楽園は終わりぬ

 座標不明の無人島に流れ着いて、気付けば三日が経っていた。

 その間ずっと、星波月美ホシナミルナは自分の無力さを思いさらされていた。勉強ができること、テストの点数が高いことはここでは意味がない。学んできたのは知識ではなく、ただのデータだったのだ。そして、それを詰め込むだけでは学んだとさえ言えない。

 料理も釣りも狩りもできない、火すら起こせない。

 それに比べたら、男子二人のサバイバリティがまぶしい。


ソウ君、そっちはどうだい? 釣れてる?」

「思ったよりは。今、これで……五匹目です」

「今日食べる分以外は、海水で洗って干物ひものにしよう」

「あ、ならいぶしてみません? 島の奥で俺、野生の山桜っぽいのを見ましたよ」

燻製くんせいか……いいね。せっかくだし、試してみよう」


 今、月美はぽつねんと海辺の岩肌に座っている。

 なんだがちょっとやるせなくて、ひざを抱えて小さくなっているのだ。

 眼の前では、手製の釣り竿を片手に、遥風空ハルカゼソラ初来総ウヅキソウが食料を調達している。さっき月美も手伝おうとしたのだが、まずえさの虫が無理だった。自分でも恥ずかしいくらい、なにもできない。

 そして、男同士なんだかんだで打ち解けてる二人が……少し、うらやましい。

 空はずけずけとしたとこがあって、すぐに人の心に入り込んでくる。

 総は最初こそ敵対組織の人間として壁を作っていたが、状況をよく考える柔軟な思考があった。まずは生き延びること、そのために協力することを自分から言いだしてくれたのだ。


「なんだよ……裏山にキャンプに来てんじゃねぇぞ。ったく、楽しそうでいいよな」

「んー? なんか言ったかい? そうだ、月美。こっちにおいでよ」

「……いい」

「ごらんよ、見たことない魚が沢山……結構南の方にあるみたいだね、この島」


 空はいつものマイペースで、こんな時でも余裕の笑みだ。

 バカだからきっと、鈍感で危機感がないのだと思う。

 それは、嘘だ。

 空は学校生活ではうだつのあがらない男子で、その上にオタクでキモくて格好悪い。だが、遭難した危機的状況でも笑顔を絶やさず、こうして敵の総とも協力して生き残ろうとしてる。

 意外と凄い奴なのだ。

 正直に見直した。

 月美がなんだか面白くない気持ちでふてくされてると、二人は釣りに集中しながら言葉を交わす。なんのかんので総も、空と月美に少しだけ心を許し始めていた。


「そういえば、総君も意外と落ち着いてるね。それに、手慣てなれてる」

「サバイバル訓練、やりましたから。それに、こういうことだって想定するのがパイロットでしょう? ……そう、なってしまったんですよ」

「そっか……いや、ゴメン。今はお互いの組織のことは忘れようって言ったのにな」

「ふふ、そうですよ、空さん。ルール違反です。だから……一番大きいこれ、もらいますね」

「あっ! そ、その魚はほら、あれだよ! 僕が釣ったから! 僕が月美に――」

「空さんにはこの、小さくて薄い子をあげますから」

「……あとでみんなで食べるから、同じだろうに」

「自分のスコアにはこだわるんですよ、こういう時でもね」


 二人は、サバイバルキットに同梱どうこんされていた多目的容器の中で、それぞれに釣った魚をやり取りしている。空が釣り上げた、鮮やかな青い魚が総の方へと移された。

 空も総も、気付けば笑っている。

 こういう日々で戦わなくて済むなら、それもいい。

 スマートフォンの充電は切れて久しいし、そろそろ魚と木の実にも飽きてきた。

 だが、ここには進学も卒業も保留されて、ただ生きてることに忙しいのだ。


「なんだよ、二人して楽しんじゃってよ……オレ、なんか……邪魔者じゃんかよ。……ん?」


 気付けば、総が振り返って月美を見ていた。

 彼はなんだか意味深な目配せをして、不意にわざとらしく声をあげた。


「あー、そういえば今夜のまきがもう少し欲しいですよね。俺、拾っておきますよ」

「え? そうかい? あ、それなら月美に頼めば――」

「月美さんにはこっちを頼もうと思うんで。月美さん! 竿を頼みますよ。ちょっと俺、行ってきますから」


 思わず月美は、自分を指差し「オ、オレ?」と目を丸くした。

 そして、すぐに察した。

 総の奴め、いらない気を回して……つまり、

 少し不機嫌な月美を、空と二人きりにしてあげよう、と。

 いらぬ世話である。

 そもそも、空は月美の彼氏ではない。

 だが、月美を空は彼女だと公言してはばからない。

 それが不快でないから、ちょっと胸がもやもやするのだ。

 そんなことを思いながら、上目遣いににらんでると……空は「あ、そっか!」と一人で納得したようだ。そして、彼は絶望的なレベルで空気の読めない男だった。


「あ、じゃあ二人でここで釣りを続けてよ。そういうのはほら、僕が行くからさ」

「あ、あの、空さん。そうじゃなくて、俺」

「総君はまだ、怪我が心配だ。傷口が広がらないように、あまり運動量の多い仕事はしない方がいい。それに、君の方が釣りが上手いから、月美に教えてやってよ」

「そういうんじゃなくて! あの、空さん!」


 空は総に釣り竿を渡すと、そのまま走り出す。

 月美の前で急停止して足踏みのまま、ポンポンと頭を叩いてきた。


「海の風が気持ちいいんだよ。餌はほら、総君につけてもらえばいいから」

「おいおい、あのなあ。オレは……あ、いや、別に期待してた訳じゃ」

「森の奥に山桜っぽいのがあるってさ。そのチップで燻製なんて、素敵だと思わない? ちょっと僕が探してみるよ。これも一種の探検さ。じゃ!」


 すちゃっ、と無駄にいい笑顔で、空は行ってしまった。

 見送る月美は、背後で同じあきれ顔の総を振り返る。

 気付けば二人共、自然と吹き出してしまった。


「あいつ、アホなんだよ! あと、変に気ぃまわすな。ほれ、竿貸せ!」

「……なんていうか、空さんって……ある意味で凄い人ですよね」

「だろ? バカなんだよ」

「少し、古い友人に似てるかも。趣味とかもそうだけど、なんだか……接し方というか、距離感? 柔らかさ、かな」


 月美は釣り竿を受け取り、見よう見まねで水面へ釣り糸をらす。

 さっきもやってみて、五分で投げ出した。

 ただ待ってるだけというのも、性に合わないのだ。

 だが、隣の総が珍しくよく喋るので、気持ちが楽になる。

 こうして話してるだけでも、敵味方というのを忘れられるのは、いい。


「あと、あの……空さんって、結構頭良かったりしませんか?」

「お前、本気でそう思うかぁ?」

「い、いえ……勉強がどうとかじゃなくて、こう、上手く言えないですけど」

「あいつはバカなんだよ。バカ正直でお人好しなんだな、うんうん」

「よく、知ってるんですね。空さんのこと」

「や、こ、これはな! あのな、あいつが勝手にオレに寄ってきてな、それで」


 だが、総の言うことも一理ある。

 空は賢い。

 まず、この無人島で救助を待つ間、敵味方を忘れて協力し合うことを総に認めさせた。そのためにまず、ルールを決めた。お互いに詮索せんさくしないこと、お互いの機体には触らないこと。そして、非常時以外は機体に近寄らず、そのエネルギー等を温存すること。最後に、今だけお互いの組織や立場を忘れること。

 そのうえで、救助が来るまで助け合おうと提案したのだ。

 とても冷静で実際的で、そして素早い英断だったと思う。

 それを受け入れ、銃を捨ててくれた総も利発的な少年だ。


「ん、やっぱり……あいつに似てるかもしれないな」

「あんだよ、さっきから。あいつって? 昔の友達か」

「今も、友達だと思ってますよ。でも……ずっと連絡、取ってないですけどね」

「なんだそりゃ!? メールくらいしろよっ!」


 だが、総は寂しく笑った。

 どこか切なくて、哀しくて、そして強い笑みだった。

 言葉にできない想いを抱えて、それを最後まで背負って歩く……そんな覚悟を感じる。年下の男の子が見せるそんな笑顔に、不思議と空のいつもの脳天気な顔が重なった。

 いつも楽しそうに笑ってる、時々ニヤニヤとキモく笑ってる空。

 学校の地下で巨大人型兵器なんかを作って、それを一部の者以外に秘密にしている。

 その秘密をまだ、月美は空から詳しく聞いていない。

 そして、次の総の一言が教えてくれた。

 空は多分、今の総と同じことを考えているのかもしれない。


「巻き込みたくないんですよ。こんなこと……普通じゃない」

「……ロボットのパイロット、ってか?」

「そうでしょう? しかも、俺達はパナセア粒子の実証実験と称して、世界のミリタリーバランスを一変させるようなものを作ってる。そのトップに立ってるのは……俺の父さんなんだ」


 胸が痛かった。

 月美も自然と、自分の父親を思い出す。

 傲慢ごうまんで自信家で、独善的で。

 そして、母を愛してくれた人だ。

 間違いなく血のつながった、自分の父親だ。

 気付けば月美は、自分に言い聞かせるように言葉を選んでいた。


「ならよ、総……オヤジさんのこと、許してやれよ」

「えっ?」

「お前がそう思うように、少なくない数がオヤジさんを憎く思ってそうだからよ。そういう人間は敵が多いんだよ。それも、外よりさらに内側、仲間内にな」

「……それは、そうかも、だけど」

「すぐにとは言わねえ、でも……いつか、許そうぜ。いつの日か……さ」


 総は曖昧あいまいうなずいだ。

 我ながら似合わないことを言った、そう思った。

 自分にできるかどうかわからないことを、よくもまあ人に……だが、確かにできるとは思えない。今は許してなんか、やらない。

 だが、それが未来永劫ずっと同じなら、救われない気がした。

 そんなことを思っていると……不意に爆音が響く。


「ん……月美さんっ、あれ! 助けが……来たんだ!」


 空を低空で、巨大なヘリが通過した。

 こちらを見つけたと思う。

 そして……それは第三高校のユグドラシルから来てくれた後輩達ではなかった。

 すぐに二機、黒いシルエットの巨大な人型が降りてくる。

 風圧にさらされる中で、月美は目を手でかばいながら見た……額に一本角を生やす漆黒の巨人が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのを。

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