凍える闇の中で

 ふと目を覚まして、寒さに星波月美ホシナミルナは凍えた。

 まだぼんやりとした視界は、焦点が定まらない。そんな中でにじんでゆがむ、姿。人影は多分、遥風空ハルカゼソラだ。

 不思議なことに、輪郭がはっきりしなくても月美にはわかる。

 空は今、誰かを手当しているようだ。

 半裸で横たわる人物は――


「……ああ、んと。オレ、気を失って……おいっ、空! そいつっ!」


 一気に鮮明になる意識が、網膜の映像を色付かせる。

 飛び起きた月美は、自分が毛布にくるまれていたことに気付いた。それを跳ね除け、立ち上がる。

 振り返った空が、穏やかな笑みを浮かべる。

 緊急事態はまだ続いてると思えるのに、妙に安心した気持ちが月美に満ちた。


「やあ、目が覚めた? 月美」

「お、おうっ! そいつ、確か……そう、初来総ウズキソウ! 敵のパイロット!」

「まあね。でも、怪我してるんだ」


 そう言って、手を止めずに空は手際よく処置を続ける。

 先程交戦し、一緒に墜落した機体のパイロット……名は、初来総。おそらく同世代か、二つか三つ年下だ。パイロットスーツを脱がされた肌には、血の跡があった。

 月美も手伝おうと思ったのだが、わずかに空がほおを赤らめる。

 再度肩越しに振り返る彼は、ほがらかな笑みを浮かべた。


「月美、あのさ……君、裸だけど」

「ほへ? ……っ!? なっ、なな、なんでっ!?」


 月美は裸になっていた。

 下着こそ付けているが、気付かず空へ向かって駆け寄ろうとしていたのだ。

 しかも、さらなる衝撃が空の口から語られる。


「うん、。結構大変だったよ」

「こんのぉ、ド変態っ!」

「んごぁっ!?」


 迷わず月美は、裸足で空の顔を踏み抜いた。

 そして、その反動で再び元の場所へ戻って毛布を頭からかぶる。

 ずれた眼鏡を整えながら、空は何故かニヤニヤしている。


「パイロットスーツが水を吸っちゃってね……試作品だから、あまり防水対策が完璧じゃないみたいだ。で、濡れたままだと風邪を引くからさ」

「そっ、そういうことは早く言えっ!」


 落ち着いて周囲を見渡すと、どこかの洞窟のようだ。そして、外では雨と風の音がうなっている。真っ暗な夜を見渡せるこの場所には、小さな音を立てて焚き火が揺れていた。

 それで初めて、月美は自分が助けられたことに気付いた。

 空は負傷した総を助け、同時に月美をも救ってくれたのだ。

 意識を失ったのを思い出して、月美は恥ずかしくなる。

 だが、空は小さく笑って手を動かし続けた。


「安心してよ、月美。ちょっとしか見てないから」

「……ちょっとは見たのかよ」

「うん。だから、眼福? いつも思ってたけど、スタイルいいよね」

「う、うるさいっ! ……で、でも……助かったよ。サ、サンキュ」

「うんうん、今日はいい日だなぁ」

「ニヤニヤすんなっての! で? そいつ、大丈夫かよ」


 どうやら総も意識はないようだ。 

 だが、薄い胸が上下していて、どこか息苦しそうだ。浅い呼吸を刻みながら、額に汗を玉と浮かべている。空が巻いてやった包帯は、じわりと静かに赤く染まっていった。


「少し深くいったかな……血が止まればいいんだけど。それより、彼の体力が心配だ。身体が冷えてしまってるから。そこで、だ」

「な、ななっ、なんだよ……オレを見て。はっ! ま、まさか……」


 こんな時でも、空はマイペースだ。

 にっこりと笑って、とんでもないことを言い放つ。


「これは、!」

「断るっ! ……って、言えない状況かよ。チッ、しゃあねえか」


 月美だって知っているし、恥ずかしいが背に腹は代えられない。

 それに、ほうっておくと体力を奪われ、総は死んでしまう。

 救助はまだ期待できず、小さな焚き火も凄く心細い。

 これが恋人同士なら、それこそアニメや漫画のシチュエーションなら……ロマンチックかもしれない。例えば、あの望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴンとかなら。

 そう思った瞬間、脳裏に目の前の少年が浮かび上がった。


「空が……? あっ、ありえねえ! クッソ、なんでオレがこんな想像を」

「月美?」

「わーってるよ、オレが、その、ええと……ひっ、ひひ、人肌で、温めればいいんだろうが」


 だが、空は立ち上がると真面目に表情を引き締める。

 彼はゆっくりと、月美に向き直った。


「待ってくれ、月美」

「な、なんだよ……オッ、オレだって、覚悟しててもちょっと、その……でも、そいつ死んじまう。ロボット同士で殺し合ったとしても、目の前にいられちゃほっとけねえよ」

「そうだ、僕も同じ気持ちだ。でも、駄目だ……月美、それは駄目だっ!」


 ガシッ! と空が両手を肩に乗せてきた。

 月美は改めて、自分が下着姿だったことを思い出す。

 彼女を連れて脱出してくれた空は、どうやら頭からずぶ濡れになることは免れたらしい。だが、パイロットスーツの上を脱いで腰で結んでいる。インナー姿の彼は、不思議と普段よりもたくましくて頼れる感じがした。

 だが、空は空だった。

 彼は、バカだった。


「月美っ、僕以外の男と抱き合うなんて駄目だ! 僕はね、僕は……NTRねとられはあまり好きじゃないんだよ!」

「……はぁ?」

「いいかい、女の子っていうのはとても大事で大切な、何者にも代えがたい純潔の貞操ていそうを守らなきゃいけないんだ。つまり」

「つまり? ……見損なったぜ、空っ! こいつを見殺しにすんのかよ!」

「違う……でも、月美。君には自分を大切にしてほしいんだ」


 空は、目がすわわっていた。

 そして、面と向かってそう言われると照れる。

 頬が熱くて、思わず月美は俯いてしまった。

 だが、空はやっぱりバカだった。


「大事な月美の処女はさ、僕との一夜にとって置かなくちゃ。ね?」

「ね、じゃねえだろ! 誰が、誰が……おっ、お前なんかに! それに、温めるだけだろ! 何考えてんだよ、このバカッ!」

「間違いがあるかもしれない。だって、彼は……総君は結構イケメンじゃない? 月美、メンクイだったりするかなと思って。それに、僕というものがありながら、こう」

「ねえよ! アホッ!」


 少しガッカリした。

 でも、同時に嬉しかった。

 空はバカだが、真面目ではあった。真剣にありえないことを心配して、月美の羞恥心を尊重しようとして……そして、死ぬほど恥ずかしい思いをさせている。

 そして、彼は眩しい笑顔で白い歯を零した。


!」

「……はぁ?」

「いけないよ、月美。愛する僕以外と、肌と肌とをこう、そして熱く抱き合い、あれこれを」

「しねぇよ! ってか見ろ、総は気絶してんだ、安全……だと、思う、ような、気がする」

「男はね、月美。おとなしい顔してスケベだからね」

「お前を見てると、すげぇ実感だよ。……で? 毛布は二枚しかないのかよ」


 月美がくるまっていたものと、総の横たえた躰の下に敷いたものだ。

 空の話では、アイリス・ゼロからは二人分のサバイバルキットを持ち出せたらしい。ナイフや携行食料、そして固形燃料と小さなコンロ、懐中電灯などだ。毛布も人数分入っていたが、総は手ぶらで脱出してしまったらしい。

 いや、銃を持っていて、向けてきた。

 自分の身を守るサバイバルキットより、相手に向ける銃を選んだのだ。

 選ばされたのか、それしか考えられなかったのか……だが、今はそれはいい。


「安心して、月美。僕、漫画で読んで知ってるさ……! ってね」

「……空、お前大丈夫か? って、ホモォ!?」

「彼は僕が責任持って、温め、め、めっ……ファクショーイッ!」

「お前が? 総と? 抱き合って? ……うへぇ。そういうの好きな奴、いるけどさ」


 くしゃみする空を見て、月美は口ごもる。

 ――お前がオレを大事に想うように、逆は考えねえのかよ。

 小さな呟きを溜息ためいきで流して、月美は自分の毛布を手にして総に歩み寄る。


「空、お前もこっちこい! ……いいか、妙なことしたらブッ殺すからな?」

「え、ちょっと、月美?」

「毛布は二枚しかねえんだし、三人一緒で寝るしかねえだろ!」

「なるほど……月美、流石さすがだな。頭いいよ、やっぱり」

「アホくさ。じゃ、まあ……こ、ここっ、こっち、こいよ」


 総が横たわる横に寝そべり、月美は華奢な少年の身を抱き寄せる。

 冷たい……真まで冷えて死体のようだ。

 三人は月美を挟んで、救助を待ちながら一夜を過ごすことになった。背中にぴったり密着してくる空が、不思議と温かい。そして、ついさっきまで命のやり取りをしていた奇妙な縁に月美はやれやれと観念する。

 空が特にいやらしいことをしてこないなと思った時には、彼の寝息がうなじをくすぐってきた。そして、総を強く抱き締め月美も疲労からくる眠気に身を委ねるのだった。

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