重力の包容からの脱出
激しい衝撃と振動。
ここにきて初めて、
自分と同等か、それ以上の操縦センスを持つ人間に。
巨大なロボットを謎の粒子で動かすという、
黒き鬼のような
そうして、取っ組み合いレベルの格闘戦を仕掛けてきたのだ。
「こ、こいつっ! 離れろ、クソッ!」
「月美、落ち着いて。黒いのはどうやら、パワーで劣る反面……スピードと運動性はこちらより上らしい!」
「ちょっとの差だろ!」
「その差は大きいよ。トルク、パワーカーブ……凄いデータだ」
後ろの
こうしたミルスペック、軍用レベルの精度で作られた機械の差は、それぞれがほんのちょっとだ。大きく周囲の性能を
そう、例えば空の好きな『
実際は、同じレベルのテクノロジーで作られるから、似たり寄ったりだ。
人型の
だから、性能差は
だが、極限の戦闘状況において、その差は時に致命的だ。
『
「声が? おいっ、お前! オレから離れろ、スケベッ!」
『女の子!? 女の子が自分をオレって、駄目だよ……い、いや、落ち着け。まずは動きを止める!』
「させるかっての!」
空中で
白いアイリス・ゼロが、敵を引き剥がそうと全身を
黒いアーリィ・ステーギアが、その手を振り払って抜刀する。
漆黒の手が
「間合いが……! 出力を
『止まれ、止まれッ! 止まれええええっ! ……止まって、くれ』
ガン! と強い振動がコクピットを突き抜ける。
真っ赤なアラートが鳴り響いて、月美の焦りを加速させる。
収束率を絞ったパナセア・ビームサーベルが、短く灯った刃を相手に突き立てた。だが、急所を外した。激しく上下を入れ替えならが
「空っ、どこをやられた!」
「まずいね、バックパックを刺された。うん、これ……墜ちるね」
「落ち着いてる場合かっ!」
「大丈夫さ、こんなこともあろうかと! アイリス・ゼロは試作型の
「……お、おう」
高速で地表に落ち始め、雲海の中へと沈んでしまう。
黒き敵機は離れることなく、そのまま身を浴びせてきた。このままでは双方、地表に激突してしまう。そして、月美の攻撃であちら側も致命打とまではいかぬが、ダメージを
『右肩の関節ブロックをやられた? 動力カット、第二から第五
「墜ちるのか……? 空っ、ちっとやべえぞ!」
『墜ちない! 墜ちて、なるか……おいっ、女! そっちの推力をこっちに合わせろ!』
「え……合わせるって……ど、どう」
『考えてる
雲を突き抜け、どんどん二機は落下してゆく。
月美は自分が、意外と攻められると弱いタイプだと知った。攻勢に出てれば強い、自分でイニシアチブを取ってる時はなんでも上手くできるのだ。勉強でも、シミュレーションでも……アイリス・ゼロでの戦闘でも。
だが、守りに入ると情けないくらい、
そんな月美の肩を、ポンと背後から空が叩いてくる。
「大丈夫だよ、月美。何があっても僕が君を守る。彼氏だからね」
「誰が! ……誰が、彼氏、なんだよ」
「え、今言ったよね? 僕だよ、僕。遥風空だよ。あれ? 聴こえなかった?」
「そういう意味じゃねえよ! ……それは、知ってるよ」
あっちの男子に丸聞こえなんだが、不思議と本音は声が小さくなる。
そして、空は後部座席で機体のダメージコントロールをしながら、回線の向こうに叫んだ。
「そっちの君、名前は?」
『……
「うん、そうなんだ。ごめんね。あと、彼女は……星波月美は俺の彼女だから」
思わず「だから、
だが、心なしかやっぱり声が小さくなってしまう。
「あ、違うって言ってる。じゃや、月美は恋人、それ以上……愛人? 違うな、
『言ってる意味がわからねえ、けど、あんたは冷静だな』
「好きな人の前で格好悪くはなれないからね。まあ、実際は後ろに座ってるんだけど」
『こっちもダメージがあって、パワーが上がらない。そっちもだろ? 双方の推力を同時に使って減速、不時着を試みる? 異論は?』
「ないね。むしろ、ありがとう。君、いい奴だな」
『う、うるさい! 同調する、そっちに合わせるから!』
こういう時に不思議と、空が
ただのオタクでスケベで、謎の自信に
だが、月美は気付けば彼を信じていた。彼が言うから、総とかいう相手のパイロットだって信じられそうだ。
不思議な感覚の中で、月美は自分に任された仕事に集中する。
「雲を抜けた……雨かよ、ここはどこだ? 太平洋!?」
「海に出ちゃったね。総君、いい? 同時に減速する、カウントダウン! 10、9、8、7……」
月美は思い知らされた。
自分は操縦が上手いんじゃない、強いパイロットでもない。調子がいい時だけハイパフォーマンスで乗れるだけの、突発的なアクシデントに弱い人間だった。
空と総の冷静さが、驚くほどに
ああ、二人は男の子同士なんだな……そんなことを思った。
「3、2、1……減速!」
「おうっ!」
『ブースト! ……だ、駄目かっ! 少しパワーが、ほんの少し足りない!』
ガクガク揺れる機体が、減速する。
だが、豪雨の洋上に待ち受ける重力は、決して三人を許さない。
巨大な二機の人型機動兵器を捕まえ、引きずり降ろそうとしている。
月美は
「イチかバチかだ、出力最大っ! フルチャージ!」
限界以上にパワーゲインを上げて、射撃。
大きく減速したが、それでも
(あ……これ、死んだな。はは……そっか。ママのいる天国に、行くんだ)
何もかもが闇に沈んで、全てが消え失せてゆく。
だが、そんな中で触れてくるぬくもりがあった。
(空か? なんで……なんで、オレを助けんだよ。いつもさあ……なんでオレに、優しいんだよ)
その中にぼんやりと、月美は空の顔を見た。
海、
細身なのにたくましい力で、空は月美を両手に砂浜へと歩き出す。
吹き荒れる嵐の中、波は
そして、
「止まれっ! ステーギアを……アーリィ・ステーギアを見た人間を……生かして、は、おけ、な……」
揺れる視界が色を失ってゆく。
その中で、月美は見た。
自分と同じ、全身のシルエットを浮き上がらせる、裸も同然な露出ゼロのパイロットスーツ。その手に拳銃を握って突きつける、一人の少年が立っていた。
彼も荒れ狂う海に
見れば、その脇腹にドス黒い血が
パイロットスーツを突き破って、黒い破片が突き刺さっている。
立ち止まった空の声は、異様な程に落ち着いていた。
「まずは岸に上がろう。君、さっきの総君だろ? そんなものを――」
「動くなっ! ……さっきは、協力に感謝、す……っ! だ、駄目だ! しっかりしろ、初来総! 父さんに合わせる顔が……だから!」
「銃を下ろしてくれないかな、総君。僕はいい、でも……月美にそんなもの、向けないでくれ」
少し、いや……かなり空が怒っている。
それが不思議と、不鮮明な意識の中で確かに拾えた。
「あんたの恋人か? そう言ってたよな、さっき」
「僕が一方的にね。でも、心からそう思ってるよ。そうなればいいなって……君は? 好きな人、いないの? 恋、してる?」
「何を言って、る……お前……馬鹿、なの――」
総が倒れた。
同時に、月美の意識も途切れてゆく。
狭く
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