重力の包容からの脱出

 激しい衝撃と振動。

 ここにきて初めて、星波月美ホシナミルナは出会った。

 自分と同等か、それ以上の操縦センスを持つ人間に。

 巨大なロボットを謎の粒子で動かすという、突拍子とっぴょうしもない非日常。その中で彼女が、特別な人間だった時間が終わったのだ。

 黒き鬼のような一本角ロングホーンは、自ら肉薄して距離を殺した。

 そうして、取っ組み合いレベルの格闘戦を仕掛けてきたのだ。


「こ、こいつっ! 離れろ、クソッ!」

「月美、落ち着いて。黒いのはどうやら、パワーで劣る反面……スピードと運動性はこちらより上らしい!」

「ちょっとの差だろ!」

「その差は大きいよ。トルク、パワーカーブ……凄いデータだ」


 後ろの遥風空ハルカゼソラに叫びながらも、月美だって理解していた。

 こうしたミルスペック、軍用レベルの精度で作られた機械の差は、それぞれがほんのちょっとだ。大きく周囲の性能を凌駕りょうがする兵器というのは、アニメや漫画の中にしか出てこない。

 そう、例えば空の好きな『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン』とか。

 実際は、同じレベルのテクノロジーで作られるから、似たり寄ったりだ。

 人型の汎用機動兵器はんようきどうへいきを作れば、同じコンセプトだから似るのは当然だ。

 だから、性能差はわずか、それも全てで上回れることは少ない。

 だが、極限の戦闘状況において、その差は時に致命的だ。


ふところに入れば……所長の、父さんの造ったアーリィだって! ステーギアなんだ!』

「声が? おいっ、お前! オレから離れろ、スケベッ!」

『女の子!? 女の子が自分をオレって、駄目だよ……い、いや、落ち着け。まずは動きを止める!』

「させるかっての!」


 空中でもつれ合いながら、モノクロームの二機がからみ合う。

 白いアイリス・ゼロが、敵を引き剥がそうと全身をきしませた。

 黒いアーリィ・ステーギアが、その手を振り払って抜刀する。

 漆黒の手が逆手さかてにぎるのは、実体剣のダガーナイフだ。電源が入ると同時に、高周波こうしゅうはを響かせ刀身が振動に金切かなきり声を歌う。

 咄嗟とっさに月美も、パナセア・ビームサーベルを抜き放った。


「間合いが……! 出力をしぼって短くすれば!」

『止まれ、止まれッ! 止まれええええっ! ……止まって、くれ』


 ガン! と強い振動がコクピットを突き抜ける。

 真っ赤なアラートが鳴り響いて、月美の焦りを加速させる。

 収束率を絞ったパナセア・ビームサーベルが、短く灯った刃を相手に突き立てた。だが、急所を外した。激しく上下を入れ替えならがちる中、相手の右肩へと突き刺さる。


「空っ、どこをやられた!」

「まずいね、バックパックを刺された。うん、これ……墜ちるね」

「落ち着いてる場合かっ!」

「大丈夫さ、! アイリス・ゼロは試作型の検証実験機けんしょうじっけんきでもあるからね。そしてなにより、君の背中に僕が乗ってる。安心して」

「……お、おう」


 何故なぜか納得してしまった。

 高速で地表に落ち始め、雲海の中へと沈んでしまう。

 黒き敵機は離れることなく、そのまま身を浴びせてきた。このままでは双方、地表に激突してしまう。そして、月美の攻撃であちら側も致命打とまではいかぬが、ダメージをったらしい。


『右肩の関節ブロックをやられた? 動力カット、第二から第五茎部けいぶ停止。くっ、機体バランスをさ! なら、左右のモーメント補正比を変更、サブスラスターの偏向推力へんこうすいりょくを』

「墜ちるのか……? 空っ、ちっとやべえぞ!」

『墜ちない! 墜ちて、なるか……おいっ、女! そっちの推力をこっちに合わせろ!』

「え……合わせるって……ど、どう」

『考えてるひまがあったら手を、機体を動かせ! 大地に激突するぞ!』


 雲を突き抜け、どんどん二機は落下してゆく。

 月美は自分が、意外と攻められると弱いタイプだと知った。攻勢に出てれば強い、自分でイニシアチブを取ってる時はなんでも上手くできるのだ。勉強でも、シミュレーションでも……アイリス・ゼロでの戦闘でも。

 だが、守りに入ると情けないくらい、無様ぶざまだ。

 そんな月美の肩を、ポンと背後から空が叩いてくる。


「大丈夫だよ、月美。何があっても僕が君を守る。彼氏だからね」

「誰が! ……誰が、彼氏、なんだよ」

「え、今言ったよね? 僕だよ、僕。遥風空だよ。あれ? 聴こえなかった?」

「そういう意味じゃねえよ! ……それは、知ってるよ」


 あっちの男子に丸聞こえなんだが、不思議と本音は声が小さくなる。

 そして、空は後部座席で機体のダメージコントロールをしながら、回線の向こうに叫んだ。


「そっちの君、名前は?」

『……初来総ウヅキソウ。なんだ、男も乗ってるのか』

「うん、そうなんだ。ごめんね。あと、彼女は……星波月美は俺の彼女だから」


 思わず「だから、げーよ!」と叫んだ。

 だが、心なしかやっぱり声が小さくなってしまう。


「あ、違うって言ってる。じゃや、月美は恋人、それ以上……愛人? 違うな、婚約者フィアンセ? まあ、さ」

『言ってる意味がわからねえ、けど、あんたは冷静だな』

「好きな人の前で格好悪くはなれないからね。まあ、実際は後ろに座ってるんだけど」

『こっちもダメージがあって、パワーが上がらない。そっちもだろ? 双方の推力を同時に使って減速、不時着を試みる? 異論は?』

「ないね。むしろ、ありがとう。君、いい奴だな」

『う、うるさい! 同調する、そっちに合わせるから!』


 こういう時に不思議と、空がたのもしい。

 ただのオタクでスケベで、謎の自信に根拠こんきょなどいつもないのに。

 だが、月美は気付けば彼を信じていた。彼が言うから、総とかいう相手のパイロットだって信じられそうだ。

 不思議な感覚の中で、月美は自分に任された仕事に集中する。


「雲を抜けた……雨かよ、ここはどこだ? 太平洋!?」

「海に出ちゃったね。総君、いい? 同時に減速する、カウントダウン! 10、9、8、7……」


 月美は思い知らされた。

 自分は操縦が上手いんじゃない、強いパイロットでもない。調子がいい時だけハイパフォーマンスで乗れるだけの、突発的なアクシデントに弱い人間だった。

 空と総の冷静さが、驚くほどにうらやましい。

 ああ、二人は男の子同士なんだな……そんなことを思った。


「3、2、1……減速!」

「おうっ!」

『ブースト! ……だ、駄目かっ! 少しパワーが、ほんの少し足りない!』


 ガクガク揺れる機体が、減速する。

 だが、豪雨の洋上に待ち受ける重力は、決して三人を許さない。

 巨大な二機の人型機動兵器を捕まえ、引きずり降ろそうとしている。

 月美はひらめくままに、まだ左手に保持していたパナセア・ビームライフルを真下に構えた。


「イチかバチかだ、出力最大っ! フルチャージ!」


 限界以上にパワーゲインを上げて、射撃。

 まばゆい光条が真下の海を沸騰ふっとうさせる。そして、ジェネレーターが耐えきれず銃身そのものが火を吹いた。その爆発すらも、下に向けて全身で上昇気流を受け止める。

 大きく減速したが、それでもゆるやかに落下する中……あっという間に目の前が闇に染まった。大地に激突したのだと思って、月美は薄れゆく意識の中でつぶやいた。


(あ……これ、死んだな。はは……そっか。ママのいる天国に、行くんだ)


 何もかもが闇に沈んで、全てが消え失せてゆく。

 だが、そんな中で触れてくるぬくもりがあった。


(空か? なんで……なんで、オレを助けんだよ。いつもさあ……なんでオレに、優しいんだよ)


 混濁こんだくとする意識の中で、閉じては開き、また閉じられる視界。

 その中にぼんやりと、月美は空の顔を見た。

 海、浅瀬あさせの中を空は月美を抱えてコクピットから出た。まるでお姫様のように、しっかりと抱き上げてくれる。彼のことは典型的なオタク、モヤシっ子だと思っていた。

 細身なのにたくましい力で、空は月美を両手に砂浜へと歩き出す。

 吹き荒れる嵐の中、波は容赦ようしゃなく二人に叩きつけた。

 そして、撃鉄げきてつの上がる鈍い金属音が小さく響く。


「止まれっ! ステーギアを……アーリィ・ステーギアを見た人間を……生かして、は、おけ、な……」


 揺れる視界が色を失ってゆく。

 その中で、月美は見た。

 自分と同じ、全身のシルエットを浮き上がらせる、裸も同然な露出ゼロのパイロットスーツ。その手に拳銃を握って突きつける、一人の少年が立っていた。

 彼も荒れ狂う海にひざまで浸かりながら、荒い息で肩を上下させている。

 見れば、その脇腹にドス黒い血がにじんでいた。

 パイロットスーツを突き破って、黒い破片が突き刺さっている。

 立ち止まった空の声は、異様な程に落ち着いていた。


「まずは岸に上がろう。君、さっきの総君だろ? そんなものを――」

「動くなっ! ……さっきは、協力に感謝、す……っ! だ、駄目だ! しっかりしろ、初来総! 父さんに合わせる顔が……だから!」

「銃を下ろしてくれないかな、総君。僕はいい、でも……月美にそんなもの、向けないでくれ」


 少し、いや……かなり空が怒っている。

 それが不思議と、不鮮明な意識の中で確かに拾えた。


「あんたの恋人か? そう言ってたよな、さっき」

「僕が一方的にね。でも、心からそう思ってるよ。そうなればいいなって……君は? 好きな人、いないの? 恋、してる?」

「何を言って、る……お前……馬鹿、なの――」


 総が倒れた。

 同時に、月美の意識も途切れてゆく。

 狭くにじんでゆく景色の中で、最後にはっきりとしていたのは……月美を抱えながらも、急いで総に駆け寄る空の確かな足取りだけだった。

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