初陣、その敵の名は

 先程の緊張と恐怖に、まだ実感がない。

 自分が尻軽しりがるな女だと思われていたこともふくめ、星波月美ホシナミルナには現実感がなかった。今はただ、密閉されたコクピットの中が自分だけのリアル。

 それでも、チラリと背後を振り返る。

 後部座席では、いつもの調子で遥風空ハルカゼソラがデータチェックを行っていた。

 視線に気付いたのか、彼はこちらを見もせずに呟く。


「パイロットスーツ、着てくれたね。どう? こう、やっぱりピッチリしてると興奮するよね。えもいわれぬえが」

「今すぐ考えた奴をブン殴りたい」

「……ありがとう、月美」

手前てめぇかよ! ……なんだよこれ、恥ずかしい、じゃんかよ」


 今、二人を乗せたアイリス・ゼロが地下を移動する。

 後輩達がオペレーターとして、全ての手順を操作してくれていた。

 射出位置まで動く間は、月美も空も無力である。

 ただ黙って、巨人が打ち出されるのを待つだけだ。


「あ、あのな、空……その……このスーツな、すっげえ恥ずかしいんだ。だから」

「あ、脱ぐ?」

「脱がねえよ! ……でも、ちゃんとした、やつなんだろ?」

「ああ、勿論もちろん生命維持装置せいめいいじそうちも兼ねてるし、いざという時は電気ショックによる蘇生措置も可能だし、何より!」

「アホ……ま、まあ、その、なんだ……今回は、敵とやらが来てんだろ? ガチの勝負じゃねえかって思ったら……まあ、しょうがないなって」


 そう、敵だ。

 学校の地下で巨大人形機動兵器を建造しているからには、戦うべき相手がいるのだ。それが宇宙人なのか、怪獣なのか、それとも同じ人間なのか……まだ、月美にはわからない。

 だが、常にシミュレーションをこなす中で考えてはいた。

 空は、この戦いを後輩達の時代に残したくないと言う。

 同時に、そうなった場合は一緒に……まともな戦力を残してやりたいと笑うのだ。

 それは、月美にとってはあまり興味のない話である。

 それでも、そう言ってはばからない空には、不思議とかれた。

 通信が響いて突然賑やかになったのは、そんな時だった。


『もしもーし! 月美ちゃん先輩、準備いいですか?』

『現在街の地下を移動中、裏山の第18番ゲートから射出します!』

『えっと、濃霧発生装置のうむはっせいそうちってこれでいいのか? とにかく、カモフラージュ開始っと』


 県立第三高校の地下に広がる、巨大な構造物。

 ユグドラシルと呼ばれる秘密基地は、現在も広がりながら造られ続けている。この施設が完成する頃には、その敵との戦いは苛烈を極めているのだろうか? それとも、空が望むように自分達の世代だけで終わらせられるだろうか?

 それは、月美にはわからない。

 けど、そうなったらいいなと思う。

 そうしようと心に結んで、操縦桿スティックを握り締める。

 射出口を見上げる裏山の地下で、ガクン! と機体が揺れて止まった。


『ほいきた、射出しまーす!』

「あ、ああ、やってくれ!」

『カウント開始! 60、59、58――』


 機体と武装の再チェックを行い、最後に一度だけ肩越しに振り返った。

 空はいつもの笑顔で、眼鏡の奥の瞳を細める。


「怖い? 月美」

「バーカ、誰に言ってんだ、誰に」

「だよね」

「おう」


 カウントの声がゼロを叫んだ、その瞬間。

 強烈な縦Gが月美の身体を軋ませる。あっという間に周囲の光景が、雲を突き抜けた天空へと切り替わった。

 見渡す限りの雲海は、どこまでも広がっている。

 敵意はその向こうから、鮮烈な光を二人に突きつけてきた。


「おいでなすったな! 揺れるぜ、空! 舌ぁむなよ」

「ああ! 好きにブン回してくれ、月美」


 パナセア粒子の弾丸が、光の尾を引き殺到する。

 距離が離れてるからか、狙いは正確ではない。

 だが、射撃のたびせばまる包囲の中から、月美はアイリス・ゼロを疾走はしらせる。

 白く輝く機体は、ビームの照り返しを受けながら雲間に踊った。

 同時に、構えさせたパナセア・ビームライフルを、スイッチ。

 色の違う閃撃せんげきが行き交う中で、思ったよりも空の声は冷静だった。


「敵は三機だな……内、二機が突出してる。後方の機体はサポートか、それとも」

「それとも?」

「データ収集に徹してる。もしくは、戦闘に参加させたくない大切な人間が乗ってるとか」

「そういう感じだな! オレもそう思う!」


 やがて、目視の距離に銃口を向けてくる敵の姿が映った。

 黒い機体は、アイリス・ゼロとは正反対な禍々まがまがしさを感じる。頭部のひたいに突き出た一本角もあって、鬼のようだ。だが、その顔に評定はない。

 目元はバイザーで覆われており、その奥に光る単眼は青く冷たい。

 空の話では、あっちも初期ロッドか試作機らしい。

 だが、アイリス・ゼロを駆る月美には、敵は敵でしかない。ひょんなことから始まった、三年生の三学期……その退屈なモラトリアムの一時が、戦争に変わった。

 国家か起業か、思想か宗教か。

 それすらわからない、これは部活動のような戦争。


「なあ、空! あれもオレと同じガキが乗ってんのか?」

「わからない! けど、ありえる話だね」


 徐々に敵の狙いが正確になってゆく。

 だが、月美は冷静に牽制けんせいの射撃を散らしながら、敵をにらむ。

 敵の黒い機体の、一挙手一投足に気を配る。CG補正されて前面のモニターに映る、敵の姿。精悍で美しいシルエットのアイリス・ゼロに比べて、どこか刺々とげとげしくていかつい感じがする。直線的なデザインが配されているからだろう。

 ゆっくり息を吐いて、すぐに吸って、止める。

 そのまま月美は、乗り慣れた機体に鞭を入れた。


「まずは、突出してくる二機を叩くっ!」

「パナセア・ビームサーベル、セットOKだよ」

「先に言うなっての!」

「またまた、嬉しいくせに」


 ライフルを右手で保持しつつ、空いた左手がパナセア・ビームサーベルの柄をつかむ。

 刃のない剣を抜刀して、そのまま月美は機体を加速させた。

 動揺する敵の攻撃が、わずかに乱れる。

 相手は二機だが、連携が取れていなかった。

 まるで素人しろうと……自分だってそうだが、恐らく正規の訓練を受けた軍人じゃない。その証拠に、予想だにせぬアイリス・ゼロの接近、急加速に動揺もあらわだ。

 二機の片方が、距離を取ろうと背後に下がる。

 逆に、もう一機はサーベルを抜こうとしてもたついていた。


「まず一機ッ!」


 振りかぶったサーベルを、叩きつける。

 その一瞬、インパクトの刹那せつな……発信された粒子の刃が空気を震わせた。

 肩口からバッサリと、敵の右腕が斬られて滑落かつらくする。

 返す刀で、ようやくサーベルを握った敵の左腕を切断した。


「月美、後の奴が体勢を立て直す、けど」

「当たらねえよ! あんな腕じゃな!」


 両腕を斬り落としたので、まずは一機無力化した。

 その機体を乗り越えるように飛んで、ライフルを構える。

 数の有利が揺らいだ、そのことに驚いているのだろう。敵機は慎重に狙っても、アイリス・ゼロの軌跡を撃ち抜くだけだった。

 逆に、月美は音速に近い機動の中から精密射撃を敢行かんこう

 僅か数発放ったビームの一つが、敵の頭部を爆発させる。

 圧勝と言ってもよかった。

 この瞬間までは。

 突然、後輩達の声が行き交う回線に、見知らぬ声が割り込んできた。


『みんな、下がれっ! こいつの相手は……俺がするっ!』


 同年代、少し若い少年の声だった。

 そして、後方にいた最後の一機が飛び出してくる。

 辛うじてまだ浮いてる撃墜判定の二機は、同時に声を張り上げた。


『待ってくれ、初来ウブキ! 初来総ウブキソウ! このままやられっぱなしで!』

『所長に何て言えばいい? 俺達だってアーリィ・ステーギアに選ばれたんだ!』


 ――初来総。

 確かにそう呼ばれていた。

 黒い機体は、ステーギア……アーリィということは、プロトタイプ的なものだろうか? それを確かめる術もないまま、月美は機体を安定させてライフルを構える。

 先ほどとはまるで別物の機動で、アーリィ・ステーギアがマスクの光に尾を引いた。


「ッ、速ぇえ! さっきと別物だ……空!」

「データは取ってるよ。手強いボスキャラの登場って感じだね」

「ああもうっ、何で、落ち着いてっ! られっか、よおおおっ!」


 互いに撃ち合う中で、距離が縮まってゆく。

 かなりの手練てだれだ。それも、自分のように感覚で乗ってるタイプのパイロットではない。先程の二機と違って、洗練された動きに無駄がない。まるで精密機械だ。

 そして、その印象を裏切る熱い声が響く。


『ここでやれば……終わらせれば!』

「チィ! 何だってんだ、クソッ! 最大出力で振り切れねえ!」

『ここで終わらせれば、あいつと戦わなくて、済むんだっ!』


 激しい衝撃音。

 アイリス・ゼロに身を浴びせるようにして、敵機がのしかかってくる。

 体勢を崩した二機は、錐揉きりもみで雲を突き抜け……広がる海へと真っ逆さまに落ちていった。回転する世界の中で、月美の意識は遠のく。

 回線に後輩達の悲鳴と一緒に、先程の少年の声が響いていた。

 薄れ行く意識は、繰り返し声を聴く。

 あいつは戦わせないんだと、泣き叫ぶような強い声がずっと続いていた。

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