第8話「見知らぬ時代からの、逆転」
どこまでも広がる、砂漠。
それは干上がった海だ。
そして、
だから、
彼女の隣に立てば、巨大な都市が一望できる。
そこだけ緑に囲まれ、周囲から浮いて見える大都会が広がっていた。
「あれは……? 何で、あそこだけ街が、っ!? あ、ああ」
「おっと、大丈夫かい?」
よろけた春季を、クロムが
春季は地球圏に帰還してから、エルンダーグの機能を一部封印している。過酷な状況でエルンダーグに接続され、薬物投与されながら部品であることを強いられる……そうして引き出されるエルンダーグの100%の力は禁じられていた。
代わって春季が得たのは、仲間だ。
その仲間が、彼を
「す、すみません……クロムさん」
「なに、構うものか。しかし、キミは……確か春季といったね? 君の肉体は、まさか」
「……ええ。でも、よかったんです。僕はもう、
「フッ……キミは馬鹿だな、春季。救われた命は、救われ続けている方がいい。そんな未来には、キミはいなくていいのかい? キミが救った人が、キミを望まないと
クロムは不思議な少女だ。
そして、彼女の言葉は穏やかで静かなのに、春季の胸の奥深くへと忍び込んでくる。
背後から荷物を背負った二人が追いついて、クロムの言葉尻を拾った。
「彼女の言う通りだよ、春季。事情はさっき、クルベさんから聞いた。君はもう、あの巨大兵器の部品じゃない。そうだろう?」
「そうよ。あなた、顔色悪いし……あれ、あんまり激しく動かさない方がいいかも」
春季はあの事件が起こってから、人にこんなにも優しくされたことがない。
皮肉なものだと自分でも思う。
地球の
「すみません、タクミさんも。あと、ナナカさんも」
「さ、行こう。ええと、クロム? だったね。あの街は? 見たところ、僕達が住んでた場所……いや、住んでた時代と同等か、それ以上の文明に見えるけど」
クロムは静かに砂丘を降りながら、その街へ向かって歩く。
その背に続けば、彼女の声が静かに告げてきた。
「あれは、
「独立都市、エルヴィン?」
「ああ。あそこでは、失われし旧世紀の文明があり、絶えず進歩を続けている。しかし、その
「ここが……地球がもう、
クロムが
この場所はもう、終わり終えている。
全てが過ぎ去った、その
死よりも
それは、薬物と外科手術で身体の弱った春季に重くのしかかってきた。
ナナカの声が響いたのは、そんな時だった。
「……ん、何か……来る。飛んで、来るッ!」
次の瞬間には、突然クロムが春季を押し倒していた。そのまま彼女の胸に顔を埋めた春季は、少女の全身で
重なる身体の冷たさと、不思議な重さを感じた直後。
不意にすぐ近くに
不毛の大地に、何か巨大な質量の物質が落下した瞬間だった。
「ナナカ、二人をお願い」
「タクミ、ちょっと!」
「現状を確認する。自然の天候や動物の行動とは思えないしね。それに……」
「それに?」
「独立都市エルヴィン……なかなかに物騒な場所じゃないかな」
タクミの声は、不思議と落ち着いている。
そして、地鳴りを響かせる巨大な落下物が、メカニカルな作動音とともに持ち上がった。それは、誰の目にもはっきりと人の姿に見えた。
無数の腕を持つ鋼鉄の巨人は、スピーカーで外に向けて叫んだ。
『クソォ! 残ったのは俺だけか! ……まっ、待て! 場外だ! ステージを飛び出しちまった。仕切り直しだ! 待ってくれ!』
巨大な鋼鉄の人型が、砂を噛む関節部を
どうやら、目の前の独立都市エルヴィンから飛ばされてきたらしい。あれだけの
それは、タクミやナナカも同じようだ。
そして、クロムにいたってはその存在を知っている。
彼女は春季を抱き寄せながら、ゆっくりと身を起こした。
「おや、これはこれは……
「決闘審判?」
「この街、エルヴィンで最強の
「そんな……野蛮ですよ! それって――」
だが、春季は見た。
ダメージも
その視線の先……都市の方から、ゆっくりと何かが歩いてきた。
それは、白を基調としたカラーリングのロボットだ。
不思議とその姿は、先程の機体よりも一層人らしく見える。すらりとスタイルのよい細身の
ヒロイックである以上に、どこか神像のような
そして、その中から響いた声に春季は驚いた。
『おやおや、さんざんルールとレギュレーションを違反行為で踏み
そして、春季は白き巨神の姿に不思議な光景を見た。
沈み始めた太陽が、
そう、
白き神像は今、目に見えぬ炎を燃やして静かに歩く。
『まっ、待ってくれ! さっきは悪かった!』
『悪いと知っててやってたのか……それは悪質だ。すまないけどもう、決闘審判は終わっている。君のヘカトンケイル型ももう、戦えない。それとも、まだやるかい?』
『……参った、降参だ。これ以上はもう無理に決まってるだろう!』
どうやら戦闘は終わったようだ。
決闘審判とクロムが呼んだ、それはこのエルヴィンを守る絶対の秩序。全てが滅びた世界で……まだ、ここだけが文明の火を
そのエルヴィンで行われる、最も愚かで
『決闘審判を終了する。それに……どうやら足元に一般人がいるようだね。……ん? あれは……なっ! クロム!? いや、でも彼女は……私が小さい頃に。でも、クロムだ』
白い機体が僅かにファイティングポーズを崩す。
その端正なマスクの頭部が、春季を見ていた。正確には、春季を抱くクロムを見据えて驚きに動揺している。
パイロットは、クロムのことを知っているようだ。
だが、その口から伝わる言葉は
『そんな……もう、十年以上経っているのに。クロム、君は……全く変わっていない』
そして、タクミの声が鋭く叫ばれる。
それは、
『隙を見せたなぁ! フランベルジュ! 降参すると言った、ありゃ嘘だ! 死ねぇっ!』
全身を震わせ、
だが、大振りな拳の一つがあっさりと防がれた。
フランベルジュと呼ばれた白き神像は、軽く伸べた片手で鉄拳を受けとめた。まるで力を感じさせない、優雅な動きだった。そして、春風に指を遊ばせるようにして、大質量のパンチをあっさり止めたのだ。
だが、敵は多腕……ヘカトンケイルの名が示す通り、複数の腕を伸ばしてくる。
あっという間にフランベルジュは組み付かれた。
しかし、女性の声が冴え冴えと澄み渡る。
『……言わなかったか? 決闘裁判は終わったと。お前はもう……
フランベルジュの
邪神の触手の如く、まとわりつくヘカトンケイル型の腕がミシミシと締め上げてくる。その中で、夕闇迫る荒野の空気が引き裂かれた。
『
拳の一つを受け止めていた、フランベルジュの手が光って輝く。
そして、突然ヘカトンケイル型の拳が消滅した。まるで、
『なっ、何ぃ!』
『形勢逆転、かな? さあ、どうする! まだやるなら……覚悟するんだね』
『チイイイッ! 女がああああっ!』
『女じゃないっ、私の名前は
フランベルジュが再び、己の鉄拳を
あっという間に、ヘカトンケイル型は胴体を切り裂かれた。まるで見えない
春季はようやく、クロムの下から這い出て立ち上がる。
その時、見た……フランベルジュのコクピットから出てくる、スーツ姿の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます