第7話「その世界を人は廃惑星と謳った」

 それは、極めて特殊な体験だった。

 リョウ・クルベが次元転移ディストーション・リープに身をゆだねるのは、これが二度目だ。宇宙から地上への次元転移では、藍田春季アイダハルキのエルンダーグとはぐれてしまった。

 その時は、一瞬で終わった。

 気付いた時には、メガフロートへ降り立っていたのだ。

 だが、今は違う。


「何だ……? 次元転移の終了までが、異常に長い」


 それは、正しく異空間としか形容できぬ光景だった。

 機体のモニターは、虹色に輝く光だけを映し出している。まるで、無限に続く回廊かいろうへと放り込まれたようだ。以前の次元転移とは明らかに違う。

 そして、ようやくクルベを包む異次元の光景が出口へと辿たどく。

 真っ白な光に塗り潰される中で、衝撃が機体を襲った。


「終わった、か? だが、これは……!?」


 すぐに重力を感じた。

 インナーが汗で湿って、不快だ。そこに張り付くスーツの重さが、自然と重力下の現在位置を伝えてくる。だが、即座に視線を走らせる先で、全てのデータがクルベの予想を裏切っていた。

 何より、モニターが映し出す周囲の風景が常識の埒外らちがいだった。


「な、何だ……ここは、どこだ?」


 見渡す限りの、砂漠さばく

 灰色ににごった空の下、どこまでも砂の海が続いている。

 世界は今、ねずみ色の空と乾いた砂色に二分されていた。

 そして、当然のように機体が警告音を発してくる。

 オービットガンナー・モジュールは基本的に、重力下の大気圏内では運用が想定されていない。重力制御システムを組み込んだ深々度単独侵攻用ブースターデプス・イントルーダーユニットも、今は作動していないようだ。

 クルベは外の安全を数値上でだけ確認して、コクピットのハッチを開放する。

 空気があるのはわかったが、そこが地球だとは思えぬ光景が広がっていた。

 そして、すぐに少年の声で振り返る。


「クルベ中尉、ですね? 先ずはお互い、無事でなによりです。エルンダーグ、って呼んでましたが……彼も無事です。男の子……そう年も変わらない幼年兵ようねんへいの声でしたが」


 屈んだまま停止したセンチュリオンの足元に、一人の少年が立っていた。

 酷く冷静で、落ち着いた声だった。

 年長者のクルベが驚くほどに、彼の声は静かで細く小さく、それなのに通りがいい。

 少年の言う通り、少し離れた場所にエルンダーグの巨体が倒れていた。


「君は……ああ、そうか。先程のバンガードの」

西村巧ニシムラタクミです。幼年兵だから、階級はありませんが……先程は救援、ありがとうございました。その……嬉しかったですよ。あれは、使い捨てられて当然の状況でした」

「……軍の方針はそうだろうがね。生憎あいにくと、今は超法規的な立場で作戦行動中だ」

「で、しょうね。オービットガンナー・モジュールが地上に降りるくらいですから」


 巧はそう言って、小さく笑った。

 つられてクルベも、肩をすくめてみせる。

 だが、状況は予断を許さない。巧が振り返る先には、二機のバンガードが互いを支え合うようにして擱座かくざしていた。ダメージはこれから調べなければわからないが、動けるにしても戦闘は難しいだろう。

 そして、それはクルベのセンチュリオンも同じだった。

 だが、先ずは命が助かったことを喜ぶべきだろうか?

 それでも、地球のどこともわからぬ場所に飛ばされた今は不安がつのる。あの、ジェネシードと名乗った連中の巨大な人型機動兵器、ダルティリア……その力は圧倒的だった。


「なるほど、消えた超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいとやらは、あれにやられたのか」


 それは、当初は日本の独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんを母体とした異変調査団いへんちょうさだんだった。世界各地で頻発ひんぱつする謎の次元転移、そして特殊で突飛とっぴな戦力の合流、管理統括かんりとうかつを目的とした存在である。それが、独自の行動を開始すると軍に通達した矢先に……消えた。

 

 何の痕跡も残さず、ドバイの街と一緒に失われた。

 その意味を、クルベは理解したつもりになった。

 あの、ジェネシードにやられたのだと。

 今はそう結論付けるしかできなかった。


「とりあえず、クルベ中尉」

「ああ、その、なんだ。階級はもう、意味を持たないだろう。ただのクルベでいい」

「わかりました、クルベさん。それで、ここは」

「さあね。地球だとしたら、サハラ砂漠かタクラマカン砂漠か……サバイバルキットのミネラルウォーターは、大事に使うしかないようだな」

「いえ……実は、すで天測てんそくを先程。何せ、衛星とのイルミネート・リンクが途絶とだえていたので」


 さかしいことだと思ったし、それが頼もしい。

 素直にクルベは、巧の行動力に心の中で賞賛をささげた。この現状で一番の年長者、加えて尉官いかんであることを考慮すれば、抱き締めてまわしたい衝動は我慢する必要があったが。

 規律と統制、あとは一定のモラル……それを守らねばならぬ時間が続いていた。

 そして、巧の報告にそれすら忘れる衝撃が襲い来る。


「残念ながら、クルベさん。ここは……

「つまり?」

「ここは、メガフロートです。……メガフロートだった場所、と言うべきでしょうか」

「おいおい、冗談はよしてくれ……って雰囲気じゃないな。ここが?」

「ええ。その証拠に、あれが」


 巧が遠くを指差した。

 クルベはその方向へと首を巡らせる。

 そこには、てた構造物が折れ曲がって風化していた。

 だが、不思議とそれに既視感デジャヴがある。

 知っている建物だ。

 それがまるで、何百年も経過したかのようにボロボロになっている。


「あれは……まさか。いや、しかし」

「ええ……


 崩れ去った尖塔せんとう、それはメガフロートに建てられた平和の象徴。和平のあかしとなるはずだった建造物だ。クルベも確かに肉眼で確認した。それは、月のアラリア連合帝国れんごうていこくが地球に作った、前史文明のオーバーテクノロジーの結晶だった。

 それが今、無残な姿をさらしている。

 破壊されて月と地球との戦争再開を告げた、そこまではクルベも知っている。

 だが、眼前の光景はそこから遙かなる時の流れを感じた。


「……俺達が地上に次元転移した時、既にイナーシャルジェネレーターは破壊されていた」

「ええ。それがあれです」

「だが、待ってくれ。これは、まるで……」

「僕も同じことを感じましたね。ですが、あまりにも非科学的過ぎます。僕達の科学という観点からは、そうとしか。で……重要な報告がもう一つ」


 巧の冷静さが、ここではありがたかった。

 同時に、クルベに現実逃避を許さぬ実際主義が恨めしい。

 言われなくてもわかっている、これはまるで……古いSF小説のような光景だ。

 そして、巧の言葉がそれとは別の危機を知らせてくる。


「れんふぁさん、だったでしょうか。あのトリコロールのパンツァー・モータロイド……【シンデレラ】がいません」

「……次元転移可能な機体が失われたということか。いや、それ以前にれんふぁが心配だ。反応は?」

「先程調べましたが、固有の動力波形どうりょくはけいを探知できませんでした」


 以前の次元転移では、巨体を誇るエルンダーグがはぐれた。春季の話では、地球の裏側へと飛ばされたという。だが、そこからわずかな時間で直接飛んで復帰したことも驚異的だ。音速を何倍も超えて、あのくれないの魔神は少年を戦場へと振り戻すのだ。

 だが、今回はそれよりも事態が深刻だ。

 そう思っていた時、少女の声が走る。


「巧! クルベ中尉も……人が」


 それは、巧の相棒とでも言うべき僚機のパイロットだ。バンガードであのルナティック7の一角を撃破した、若き幼年兵……御剣那奈華ミツルギナナカである。彼女が指差す先、砂丘から人影が降りてくる。

 旅装に身を固め、マントを羽織はおってフードを被った少女だ。

 少女だとわかったのは、彼女がフードを脱いだから。

 銀髪の、まるで少年のような顔をした女の子だった。


「おやおや、これは……初めて見るタイプのだね。それとも……まあ、いい。君達、何かお困りのようだけど? 私で力になれればいいのだが」


 どこか達観たっかんした、諦観ていかんにも似た言葉だ。

 砂漠のド真ん中で、人型機動兵器を見かけた少女の言葉ではない。

 それ以前に、こんな年端も逝かぬ女の子が、何故単独で砂漠に?

 その答を、巧がそっとつぶやいた。


「クルベさん、ここはさっきと位置関係、場所は変わっていません。ただ……」

「ただ?」

「ここは、さっきも戦っていたメガフロート……。多分」


 周囲に海はない。見渡す限りの砂漠が広がっている。

 ここがメガフロート? 咄嗟とっさにクルベは思考を巡らせた。次元転移の間際に、大量破壊兵器が放たれたとか、戦略兵器で地形が変わったとか。だが、ジェネシードと名乗った勢力の巨大兵器、ダルティリアの攻撃は苛烈かれつだったが、ここまでではない。

 そして、その答を歩み寄ってくる少女がセンチュリオンを見上げながら語った。


「私の名はクロム。まあ……旅人だ。それで? キミ達は何者だ。この廃惑星はいわくせいで何をしている」

「廃惑星、だと……?」

「そう、かつて地球と呼ばれた水と緑の星。その成れの果て。不思議なものだ、それを知らぬような顔をしているが……よければ教えよう。をね」


 クロムと名乗った少女の言葉が、衝撃となって襲う。

 クルベはここにきて、受け入れるしかない現実と対面することになった。

 先程の次元転移は、位置情報を変えて移動したのではない。

 理由は分からないが、先程の場所からクルベ達は1mmミリも動いていないのだ。

 そして……その次元転移から抜け出た先には、荒廃した地球が広がっている。まるで、古いSF小説にあった滅亡後の地球だ。そして、そのことをクロムが伝えてくる。

 今、認識を改めねばならない。

 古いSF小説などではなく、自分が今いるこの瞬間、この時間軸が……SFでしかないと言われた時間跳躍タイムスリップの果てに広がる、いわゆる古いSFが危惧きぐしていた時代なのだと。理由はわからないが、クルベ達ははるか未来の滅び終えた黄昏たそがれの時代に放り込まれたのだった。

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