第6話「選択を迫り来る、死」

 リョウ・クルベは戦慄せんりつした。

 ルナティック7セブンの一角を奇跡的に撃破した、その喜びが薄れてゆく。

 無数に襲い来る謎の敵は、その尖兵せんぺいたる不気味な機動兵器だけがコンピューターに登録されている。そして今、目の前に一際巨大な次元転移ディストーション・リープ反応が揺らいでいた。

 見上げるその巨躯きょくは、人類の運用する兵器の概念がいねん超越ちょうえつしていた。

 例えるならそう、騎士の鎧を模した城だ。


「れんふぁ、春季ハルキのエルンダーグとはまだ連絡が取れないか?」

『は、はい……ごめんなさい。少し、この子の調子が悪くて』

「いや、いい。とりあえず今は、みんなで生き残ることを考えよう」


 すぐにメガフロート警備任務中だった、2機のバンガードとイルミネート・リンクを構築する。向こうに話のわかる少年がいたのは僥倖ぎょうこうだった。西村巧ニシムラタクミはプロの軍人であるクルベから見ても、冷静で落ち着いた判断力と洞察力が生きている。

 この地獄のような惨状で、理性的にそれらを働かせられるのは一つの才能だ。


『クルベ中尉、でしたよね。敵の増援が続いています。それに、この巨大な次元転移反応』

「戦艦クラスが出てくるのかもな。ここは撤退が吉と思うが……援護する、君達は戦域外へ離脱しろ。それと、うちのれんふぁを頼む」

『中尉はどうするんです?』

「君達の離脱を援護する。悪いが俺は軍人なんでね。それで飯を食ってる以上、未来の逸材いつざいである君達を死なせる訳にはいかない。税金泥棒ぜいきんどろぼうなんて言われたくないしな」


 少しの強がりと、些細ささいな義務感。

 そして、確固たる責任感だけがクルベを動かしていた。

 幸い、この重力下の大気圏内でも、特殊装備の愛機センチュリオンは普段と変わらぬ操作感覚で戦える。宇宙案山子うちゅうかかしなどと揶揄やゆされることもあるが、オービット・ガンナーは空間戦闘能力では他の機動兵器に劣ることはない。

 むしろ、アウトレンジでの砲戦では絶対的なアドバンテージがある。

 それをかせば、少年少女の撤退を援護できるはずだ。

 だが、そんなクルベの考えを否定する声がりんとして響く。


『失礼ながらクルベ中尉。脱出するなら全員で一点突破しかないかと』

「君は……ええと」

皇立兵練予備校東京校区卒業生こうりつへいれんよびこうとうきょうこうくそつぎょうせい御剣那奈華ミツルギナナカです。今は一人の英雄ではなく、全員が兵士として力を合わせる時』

「……もっともだ。だが、君達を兵隊として数えることには抵抗を感じる」

『ならばご安心ください。私達も、制度上は正規の軍人と同等ですので』


 ――幼年兵ようねんへい

 パラレイドとの永久戦争が常態化し、多くの外敵に面した人類同盟じんるいどうめい各国が採択した悪魔の制度だ。それはつまり、本来守るべき未来の人的資源を、未熟なままに兵士として逐次投入ちくじとうにゅうするというものだ。

 多くの少年少女が、過酷な戦場でお取りや弾除け、無謀な特攻に使い捨てられた。

 宇宙のオービット・ガンナー乗りにもちらほら幼年兵はいる。

 皆、高等教育の無償化をえさに釣られた、他に生きる海を知らぬ稚魚ちぎょ達だ。

 そして、彼等彼女等が一人前になれることは少ない。


「……了解した。では、全員で現状の危機から脱出を選択する。俺が指揮を取るがいいか? 何かあったら、タクミ……君があとを引き継げ。蛮勇ばんゆう、犬死はこれを許さない。生存を最優先に、徹底して自衛戦闘をこなせ。いいな?」


 クルベは命令を終えるか終えぬかの中で機体をひるがえす。

 いよいよ目の前に、そそり立つ鋼鉄の破壊神が姿を表した。

 全高400mを超えるその巨体の着陸に、メガフロート全体が揺れる。激震に見舞われる中で、2機のバンガードはお互いの死角をカバーしながら臨戦態勢だ。対して、更紗サラサれんふぁの【シンデレラ】は動きが鈍い。機体の不調もあるが、乗り手の練度がまるで違う。

 次元転移と重力制御を可能とした、謎のパンツァー・モータロイド……【シンデレラ】。その存在が試作実験機しさくじっけんきだとしても、乗り手のれんふぁの未熟さが気になる。正規の訓練を満足に受けた人間とは思えない。

 だが、そんなことを言ってはいられない現実が目の前にそそり立っていた。


「何だ……? あのデカブツにも、識別データが、交戦記録があるだと? ……。だが、このというのは」


 その時だった。

 巨大な甲冑の化物にも似た巨体から、光が宙へと映像を描き出す。

 そこには、地球のあおにも似た美しい長髪の少女が現れる。

 鮮明な立体映像は、ゴホンと咳払せきばらいを一つしてしゃべり始めた。


『皆様、ごきげんよう。わたくしはキィと申します。ジェネシード……この地球、惑星"アール"を生み出した古き民の末裔まつえいですわ』

「何……? この地球を? これは……ッ!? ジェネシードとかいう組織についてもデータがある。しかし、重要度SSSトリプルエスの機密だと? これは」

『こちらの機動兵器は、キィボーダーズの騎士オルトが駆る、ダルティリア。現在の地球の科学力で、この機体は撃破不能ですの。どうか、抵抗なさらないでくださいな』


 キィと名乗った少女の立体映像は、とても穏やかで静かな笑みを湛えている。それは、クルベが見ても侵略者の表情に見えなかった。

 そして、違和感を感じてやれない自分を納得させる。

 そう、彼女は自らを地球の生みの親の末裔と名乗ったのだ。

 これは侵略ではない……ジェネシードとかいう連中からすれば、


『宇宙の深淵しんえんをわたくし達は、ジェネシードの十億の民と放浪してきました。そして今、ようやく地球に辿たどいたのです。そこで、皆様にお願いしますの』


 クルベは耳を疑った。

 タクミやナナカ、れんふぁも同様だ。


『今すぐこちらの地球を……この惑星"r"を返してくださいな。わたくし達の父祖ふそつくった希望の星……廻る輪廻reincarnationの小さき星を』

「な、何を言ってるんだ……? 惑星"r"だって?」

『もしくは、あちらの地球。そう、まつろわぬ支配JURISDICTIONの大いなる星……惑星"ジェイ"を差し出すか。二つに一つ、さあ……


 理解不能な状況だが、愛機センチュリオンにはデータが存在する。

 ジェネシードと名乗る組織の機動兵器、ダルティリア。そして、無数に投入される量産壁のライリード。それは、恐るべき創世神話からの侵略者だ。

 不意にキィと名乗る少女の立体映像が消える。

 そして、若い男の無機質な声が響いた。


『キィ様からは以上だ。私はキィボーダーズの近衛騎士このえきし、オルト。これより諸君等を殲滅せんめつする。キィ様の慈悲が選択の機会を与えたが……選ぶのはお前達ではなくてもいいのだから』


 同時に、ダルティリアと呼ばれた巨大要塞のごとき人型が瞳を光らせる。着膨れした鎧武者のような機体が、その大きさと重さを感じさせぬ足取りで前進を始めた。

 向かってくるその一歩一歩が、巨大なメガフロートを大きく揺らめかせる。


『クルベ中尉。逃げの一手で行きますよね? ……そうやすやすとは帰してくれそうもないですけど』

「ああ、そうだなタクミ。クッ、こんな時は彼が……いや、頼れてしまうなら、それも悲劇だ。彼はもう、俺達地球人のために戦った、戦い終えたのだから」


 だが、徐々に下がりつつ追い詰められるクルベ達は、感じた。

 誰もが皆、退路への糸口すらつかめぬ中でで聞いたのだ。

 それは例えるなら、あかき魔神の咆哮ほうこう

 音速を何倍も超えたスピードが、周囲の空気を風圧へと変えた。

 そして、ダルティリアの前に巨大な壁が立ちふさがる。

 敵に対して半分もないその姿は、それでも150mもの巨体に少年の決意を乗せていた。


『すみません、クルベさん! さっきの次元転移ではぐれてしまって……ここは僕が抑えます。離脱を!』

「春季か!? いや、しかし……今まで何処どこへ」

『エルンダーグの質量が、もしかしたら次元転移の負担になったのかも……地球の裏側まで飛ばされました。でも、戻ってきましたよ……僕は! 飛んで! 戦う、ために!』


 両手を伸べる山のようなダルティリアに対して、エルンダーグもつめとがる両手で迎え撃つ。金属音が重々しく響いて、二体の超弩級兵器ちょうどきゅうへいきはがっぷり四つに組み合った。

 全高で二倍以上違えば、その質量差は十倍では済まない。

 だが、悲痛な叫びを張り上げる藍田春季アイダハルキは一歩も退かない構えだ。


『グッ、アアアッ! ガァ……僕が、抑え、るんだ……ッ!』

「春季、よせっ! 離脱しろ! 俺達も逃げるつもりだ!」

『ええ、だから……早く! 急いでください!』

「君も一緒だ! 軍属ぐんぞくですらない子供を置いてなど」

『そう、言って、くれるから……僕ごと、あのを……アルミを、受け入れてくれたから! 迎えてくれた人なら、冬菜フユナを……芹井冬菜セリイフユナたくせる! そういう人のためなら、僕はまだ……まだ、戦える!』


 それは誰も知らない戦いを生き抜いた男の絶叫。

 全人類が知らぬまま、知らぬうちに終わった戦争の勝利者……地球の外敵をたった一人で剿滅そうめつしてきた少年の雄叫おたけびだった。

 エルンダーグが震えながら、ダルティリアの大質量を押し返し始める。

 今、その力を絞り出すために一人の少年が激痛と業苦に耐えている。

 魔神は少年の切なる願いと祈りを、薬物塗やくぶつまみれにして力へと変えていた。

 そんな中でも、タクミとナナカの冷静さが光る。


『クルベ中尉、チャンスです。予想外の戦力を前に、敵の足並みも乱れている。今なら脱出が可能かもしれません。僕が殿しんがりに立ちますので、隊の指揮を』

『そこのPMRパメラの子! そう、そのおめでたいカラーの。次元転移による離脱は可能か? ああ、この剣は返す。それと……すくんで動けないなら私がかついででも、引きずってでも一緒に脱出する。現状を確認、情報を共有してくれ』


 パラレイドの襲撃で事実上消滅した、東京校区の二人……恐らく、無数の辛酸しんさんを舐めてきた筈だ。それは、PMRではなく旧式の慣性制御兵器イナーシャルアームドを与えられていることからも明らかだ。

 だが、逆境で育っただけあってこの危機にもよく落ち着いている。

 部下に欲しいタイプだと、素直にクルベは思った。


『え、えと……次元転移、いけます。今度はエルンダーグも、春季君も……もう、誰もこぼさない。大丈夫っ、べる筈』

『カウントダウンを開始して。タクミ? あのトリコロールを私と守るわよ』


 その間もずっと、巨大な兵器同士の取っ組み合いが続いていた。

 春季は一人で、オルトとやらのダルティリアを押し返そうと試みる。だが、遠い宇宙で外訪者アウターを殲滅してきた機体は、簡易的なメンテナンスを受けただけなのだ。

 ずっと蓄積ちくせきしてきたダメージが、流血の赤い機体をきしませる。


「れんふぁ、いつでもやってくれ! タクミ、君は俺と援護射撃を。ナナカは【シンデレラ】の護衛! あと少し、少しでいい……こんなところで終わる訳には」

『カウントダウン、開始します。次元転移まであと5、4、3、2……1!』


 再び【シンデレラ】から虹色にじいろの光がほとばしる。

 同時に、春季の空を裂く絶叫がダルティリアを押し返した。

 そしてクルベは、少年少女達と同時に七色の輝きに包まれる。

 だが……それは、長き久遠くおんの旅への始まりだった。

 悠久ゆうきゅうときの果へと飛び立つ羽目はめになるとは、この時は考える余裕すらないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る