第5話「砲火絶咆、刃氣一閃」

 それはリョウ・クルベにとって異次元の体験だった。

 知識として、次元転移ディストーション・リープの概念は知っている。地球を襲う謎の無人戦闘機械群、パラレイドが用いる奇襲戦術の根幹だ。距離や物量を無視し、大軍を瞬時に敵地へと送り込む未知のテクノロジー……これによって、人類同盟じんるいどうめい各国は窮地きゅうちに立たされている。

 だが、その次元転移そのものを経験するのは、恐らく自分が初めてだろう。


「くっ……まさか、こんなことでパラレイドの心境を体験するとはな……!」


 不可思議な七色の光に包まれる中、ふとクルベはパイロットスーツの手首に視線を落とした。

 デジタル表示のデバイスが表示する時刻が、不可思議な明滅と共に狂っている。

 時間の表示が崩壊する中で、不意にクルベの乗るセンチュリオンがまぶしさに包まれた。

 そして、不意に重力が彼をとらえる。

 即座に機体をコントロールすれば、不思議な安定感が愛機を安定させた。


「終わった、か? だが……これは!」


 周囲には、爆煙と業火が揺れている。

 1Gの地上の重力が、乾いた風に悲鳴と怒号をはらんでいた。

 今、ブルームと呼ばれる深々度単独侵攻用ブースターデプス・イントルーダーに接続され、クルベのセンチュリオンは。青い空の下、重力下の大気圏を飛んでいるのだ。

 本来、センチュリオンには重力下での運用機能はない。

 だが、それを可能にした機体が即座にすぐ下へと現れた。

 虹色の光を弾けさせながら、トリコロールカラーのパンツァー・モータロイドが現れる。巨大な剣を背負った姿は、現出と同時にガクン! と揺れてその場にひざまずいた。


『ッ! やっぱり次元転移のコントロール・システムに不調が……クルベ中尉、ごめんなさい。春季ハルキ君のエルンダーグとはぐれてしまいました』

「あ、ああ……いや、気にするな。と言っても、気になるだろうが……まずは君は自分を守ってくれ。何、彼は……春季はああ見えて骨のある少年だ」

『でも……』

「君のその、【シンデレラ】とやらのデータでセンチュリオンも強化されてる。まさか、オービット・ガンナーで大気のある重力下を戦場にするとはね」


 即座にクルベは、停止してしまった更紗サラサれんふぁの【シンデレラ】を守る。

 周囲には、見たこともない機動兵器が群れをなしていた。

 月面のアラリア連合帝国が運用する、アーマード・モービルではない。勿論、一部の部隊で運用される慣性機動兵器イナーシャルアームドでもない。

 それは、言うならば無貌むぼう亡霊ファントム

 白いボディに無数の文字列をうごめかせる、異形の機動兵器だ。

 そして、その表情無き顔には「」の記号が光っている。

 すぐに敵機はクルベとれんふぁを襲ってきた。


『きゃっ! な、何ですか、これっ! ……そんな、見たこともない機体……この時代には、こんな!』

「れんふぁ、機体は動くか? 援護する、一旦退こう。……なんだと? データに該当アリ……この敵機とは、交戦記録があるとでもいうのか?」


 その謎の敵は、軍の識別コードが振られていた。

 ――ライリード。

 以前、治外法権の慰安都市いあんとしドバイを壊滅させたと、記録にはある。所属は不明ながらも、そのスペックや武装等には細かなデータが揃っていた。

 宙を舞うクルベは、長銃身のレールガンをひるがえして迎撃行動に出る。

 【シンデレラ】がもたらした重力制御システムは、クルベのセンチュリオンに空間戦闘用の機動を再現させる。重力下の大気圏内にあって、未知のシステムが宇宙と同様の戦術を可能にしていた。


「ここでは死んでやれないのでな……悪いが、落とさせてもらうっ!」


 動きの鈍いれんふぁの【シンデレラ】を援護しつつ、クルベは表示されるマーカーに従い射撃を開始する。ライリードと呼ばれる無機質なのっぺらぼうは、あっという間に二機三機と火柱に変わった。

 手応えがなさすぎる。

 恐らく、無人機のたぐいか。

 だが、すぐに耳障りな哄笑こうしょうがクルベの機体を振り返らせた。


『ヒャハア! イカしたBOOTSブーツじゃねえか、ハァ……宇宙案山子うちゅうかかしがァ、降りてきちゃ、駄目だろおおおおおおっ!』


 不意に砲弾が襲う。

 電磁加速リニアレールで射出された弾体を、クルベは咄嗟とっさにいつものマニューバで回避する。

 大気の重さを感じさせぬ反応で、愛機は空間機動さながらに宙を舞った。高度な重力制御処理がされているため、普段と全く挙動が変わらない。

 改めて、秘匿機関ひとくきかんウロボロスの技術力には舌を巻く。

 だが、そのことを実感している余裕はなさそうだ。


「……機体識別、コードは……ルナティック7セブンだと!? れんふぁ、気をつけろっ!」

『クルベ中尉、な、なんですかぁ? その、ルナティック7って』

「アラリア連合帝国れんごうていこく側が所有すると言われてる、7機の特殊な一騎当千機いっきとうせんき……オーバーテクノロジーのかたまりだ。こいつは……ナンバー1、グラ・ヴィルド!」


 クルベの焦りに悲鳴が返ってくる。

 足元で派手なカラーリングの【シンデレラ】が吹き飛んだ。

 そして、ゆっくりと敵意が歩み寄ってくる。

 無数のPMRパメラや慣性機動兵器、ライリードと識別される敵機の残骸を踏みしめながら。

 その容貌は正しく、おにだ。

 巨大なモノアイは、周囲に三対六個のサブカメラが蠢いている。

 異形の戦鬼せんきは、れんふぁを倒した恐るべき一撃をクルベにも放ってきた。


『ヒャハァ! 宇宙案山子さんよぉ……重力ってなあ、こええよなあ! ハアアッ! グラビティイイイイイイイッ!』


 瞬時に眼前まで、グラ・ヴィルドが跳躍ジャンプしてくる。

 まるで重力と慣性を無視するかのような……その両者を従え支配するような機動。

 だが……クルベのセンチュリオンにかけられた魔法は、まだ12時を迎えていなかった。魔法で硝子ガラスくつへ生まれ変わった箒が、彼に星の海と同じ戦場を与える。


「……交戦規定に従い、勧告する。即刻武装を解除し、機体を停止させろ」

『避けたっ!? 俺のグラビティハンマーを――』

「警告は一度だ、そして儀礼的なやりとりは終わりにしよう。こいつは……派手に暴れてくれた礼だ」


 サブスラスターを無数に明滅させる、センチュリオンはさながら光の星座が描くオリオン。そして、そこに英雄的な高揚感はない。

 ただただ兵士としての冷たい殺意が、訓練で鍛え上げられた反射と反復をうながす。

 クルベのセンチュリオンは、突然の肉薄で迫ったグラ・ヴィルドに……

 密着の距離へとレールガンを押し当て、躊躇ためらわずに銃爪トリガーを引く。


「っ、流石さすがに慣性機動兵器は硬いな」

「無駄ぁ! 重力障壁って奴なんだよお! BARRIERバリアーってんだあ! ――ッガ!?」


 突然、相克そうこくするグラ・ヴィルドの背後に爆発が咲いた。

 思いもよらない味方の援護射撃だ。

 そして、クルベは知る……この地獄とかしたメガフロートに、まだ人類同盟軍の部隊が戦っている。だが、それが年端もゆかぬ少年少女とは思わなかった。

 高速でレンジインしてくる二機の慣性機動兵器が、肉眼でも確認できた。

 広域公共周波数オープンチャンネルへと飛び込んでくる、嫌に落ち着いた声。


『慣性制御だけじゃないな……何かしらの防御装置が働いた感じだ。……っと、ならこっちで試してみよう』


 現れたのは二機のバンガードだ。旧式の機体だが、その片方は小隊長の乗機を示す長耳ブレードアンテナのカスタマイズがなされている。その小隊長機は、少年の声と共に仲間の残骸から何かを拾い上げた。

 120mm滑空砲かっくうほうだ。

 その長砲身を構える横から、疾風はやてのようにもう一機が加速する。


『タクミ、援護』

『もうしてるよ。残弾確認……聴こえますか? そこのオービットガンナーの方。どういう理屈かは知りませんが、重力下ではセンチュリオンは不利です。退避を』

「ありがたいね、そうさせて! もら、うっ!」


 すかさずクルベは、零距離ゼロきょりでのレールガンを再度叩き込む。そして、そのまま踏み抜くように脚部で敵を蹴り落とした。

 太古から蘇ったオーパーツとさえ言われる、ルナティック7の一角が地上へ落下する。

 だが、その間隙かんげきにバンガードが回り込む。

 手にした近接戦闘用のブレードを、左右の順にその機体は投げ付けた。

 当然のようにまた、空気をゆらめかせる重力障壁とやらが攻撃を阻む。

 ――かに、見えた。


FUCKファック! FUCK、FUCK、FUCK! 何だこりゃあ!』


 グラ・ヴィルドは、投擲とうてきされたブレードを

 重力障壁は作動しなかった。

 その理由が、戦場の片隅に声を上げる。

 更紗れんふぁの【シンデレラ】だ。


『グラビティ・ケイジ、展開……重力干渉、中和……それ、知ってます。わたし達は……パラレイドは、あの戦争で使ったから。月から発掘はっくつされた、多くの技術を』


 クルベはすかさず、レールガンを愛機に構えさせる。

 両手をかざす【シンデレラ】の背後から、突出するバンガードが更なる加速で雲を引いた。その思い切りが良すぎるパイロットは、瞬時に【シンデレラ】の背からあの巨大な剣を手に取った。


『借りるぞ……正面、取った』

『ばっ、馬鹿なあ! こんなことが! こんなことがぁ!』

『悪いが、次が来る。雑魚ザコにばかり構ってられない』

『雑魚! 雑魚つったか、このメスガキィ!』


 ダキィン! と金属の割れる音。

 剛剣一閃ごうけんいっせん、少女の声を発するバンガードが巨刀を振り抜いた。

 まるで紙屑かみくずのように、グラ・ヴィルドが縦に割れる。

 沈黙して倒れるその残骸へと、クルベは容赦なくトドメの弾丸を撃ち込んだ。


「……なんとかなったか。このウロボロス謹製きんせいの箒があれば、地上でもそこそこは」

『ナナカ、お疲れ。……第二波、来るね。そこの見慣れないPMRを守ってあげて。そのテストカラー、多分実験機か何かだと思うから』


 まだ天には、次元転移の兆候ちょうこうである不気味な虹が発光している。

 そして、ゆがんでたわむシルエットが目の前に降り立とうとしていた。

 その巨体は、目測でも全高400mを超える巨大な人型となって浮かび上がった。

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