第4話「真昼の月に吼える」

 東京湾、メガフロート。

 ここからは、かつての日本皇国にほんこうこく皇都こうとが一望できる。すでに住む者もなく、瓦礫がれき廃墟はいきょさびれた遺都いと……東京。

 今から5年前、西暦2092年に惨劇は起きた。

 突如とつじょとしてパラレイドの大軍が、東京へと次元転移ディストーション・リープしてきたのだ。

 戦闘らしい戦闘もなく、皇都は蹂躙じゅうりんされた。

 復興の余地がないほどに破壊の限りを尽くされ、多くの命が失われたのである。

 その地獄のような光景を、今も西村巧ニシムラタクミは覚えていた。

 そして、永遠に忘れないだろう。


「ナナカ、あと何時間だっけ?」

『同じことを20分前も聞いてたよ?』


 自分でも時計を確認し、僚機りょうき広域公共周波数オープンチャンネルを通じて言葉を交わす。

 すぐ近くで警備行動任務中の、御剣那奈華ミツルギナナカからフラットな声が返ってきた。

 二人は今、メガフロートでの極秘式典警備に駆り出されていた。かなり厳重な態勢で、続々と日本皇国軍にほんこうこくぐんの機材や人員が行き来する。

 ふと、不意にタクミとナナカの機体に冷ややかな声が浴びせられた。


『おっ、見ろよ。慣性機動兵器イナーシャルアームドだぜ』

『まだ使ってるとこあんだな。……あ、東京校区の連中か! 道理で!』

『ポンコツで警備、ごくろーさん。俺達も所定の位置に付こうぜ』


 目の前を黒いパンツァー・モータロイド、94式【星炎せいえん】が通り過ぎる。

 タクミ達の機体より2m程大きいから、丁度大人と子供ぐらいのサイズ差があった。皇国陸軍の現行での制式採用機であり、主力PMRパメラだ。

 乗っているのは少年ばかり……つい先日までタクミとナナカがそうだったように、幼年兵ようねんへいだ。

 緩慢かんまんな操縦で去る背中を見送っていると、ナナカの声がわずかにとがる。


『何あれ。私達、卒業生なのに。そりゃ……入学前から東京校区はなかったけどさ』

「【星炎】ってことは、千葉校区か神奈川校区だね」

『ちょっと、タクミ? 悔しく、ないの?』

「まあ、こいつが旧式なのは事実だよ。けど……信用と実績は証明済みだし」


 タクミの言葉に満足したように、呼吸の余韻を残してナナカは静かになった。

 ――慣性機動兵器。

 それは、以前から人類同盟各国でPMRと同時に配備が進んでいた人型兵器である。PMRより一回り小さく、全高は5m程だ。だが、大きな特徴として慣性蓄積器イナーシャルキャパシタによる慣性制御機動かんせいせいぎょきどうにある。加速と減速を操ることで、時に高い剛性と防御力を得ることができるのだ。

 だが、パラレイドとの戦況が悪化する中、生産ラインの一本化のためにすたはじめている。タクミ達の乗るバンガードも、第一世代型の古いものだ。

 そして……消滅した東京校区に入るはずだった幼年兵には、この機体しか回ってこなかったのだ。


「まあ、それはそれでラッキーだったかな? 運用ノウハウが充実してる旧型機の方が、何かと融通が利くしね」

『出た、アームドジャンキー……あんまし変にいじらないでよ?』

「大丈夫だよ。ただ、卒業してみれば間借りしてた群馬校区も悪くなかったなって……ん? これは……?」


 不意にタクミは、違和感を感じた。

 警備状況を確認する声は緊張感に満ちて、今も回線を行き交っている。

 先日、月の先日アラリア共和国が名をアラリア連合帝国と改めた。木星圏の自治独立運動組織、インデペンデンス・ステイトとの連合である。そして、参加した組織は他にもいるらしい。現在、新たに皇帝団こうていだんと呼ばれ始めた、月の指導部との折衝せっしょうが続いている。

 今日の極秘式典は、そのために月側が手土産てみやげとして新テクノロジーを譲渡じょうとしてくれる予定だ。だが……タクミはひりつく肌に奇妙な違和感を感じて耳をます。


「今、通信にノイズが混じらなかった? レイブン5、確認を」

『了解……妙ね。皇国陸軍の現地本部に繋がらないわ、タクミ』

「……わかった、ありがとう。とりあえず……緊急事態エマージェンシー、だと思う。敵が、来るね」

『あ、そういう……やっぱりかあ。胡散臭うさんくさい話だったもの』

「とりあえず、手近な隊に合流しよう。以後はコールサインで、よろしく」

『了解、レイブン4。移動を開始しましょ』


 ややずんぐりとした外観ながら、質実剛健しつじつごうけんをそのまま形にしたようなバンガードに移動を命じる。小隊長用にカスタマイズされたタクミの機体は、頭部の長いブレードアンテナが特徴だ。

 そして、すぐに無線のノイズはそのまま砂嵐をかなで始めた。

 同時に、爆発音が響く。


「遅かったみたいだ。レイブン5、急ごう。戦端せんたんは既に開かれてる」

『了解』


 バンガードの腰に配置された慣性蓄積器が、独特の唸りをあげて機体を加速させる。

 稼働時間の都合上、エネルギーは温存したいが……急がなければ、温存した分を使う間もなく手遅れになる。

 そう感じたのは直感で、それを裏付ける光景がタクミの目に飛び込んできた。

 月側の慣性制御兵器が、無数にメガフロート内に降下してきていた。早くに主力兵器をPMRに切り替えた人類同盟と違って、アラリア共和国ではまだアーマードモービルや慣性機動兵器が使われている。


「っと、やっぱりアラリア連合帝国か。レイブン4、エンゲージ……コンバット・オープン」


 即座に減速と同時に、一番装甲の厚い前面で攻撃を受ける。

 月の慣性機動兵器、マスカレイドのレールガンだ。

 だが、バンガードは慣性制御兵器の特性として、。よって、タクミの緩急かんきゅうを付けた低速域での安定射撃は、同時に強固な装甲を活かす戦術でもあった。

 構えた40mm機関砲が火を吹き、すぐに敵機が蜂の巣になる。

 そして、そのまま援護射撃の支援に切り替え、タクミは僚機に道をゆずった。


『タクミ、ナイス。それじゃ……少し強引にでも、引っき回すっ!』


 背後からまるで砲弾のように、ナナカのバンガードが飛び出す。

 その両手には、煌めく白刃はくじんが握られていた。

 白兵戦用に誂えたブレードは、Gx超鋼ジンキ・クロムメタルを研ぎ澄ました一撃必殺の武器である。そして、あらゆる剣撃モーションを自在に使いこなすナナカにとって、最も効率のいい凶器だった。

 この場合、ありふれたオプション装備を必殺技へと昇華させる、ナナカ自身が凶器そのものである。


橋頭堡きょうとうほ、確保。次! ……第二波、来る。少し多い』

「レイブン5、あまり本気にならないで。その、自分も少しやってみるからさ」

『無理な相談ね、レイブン4。タクミ、さ……あのうわさ、聞いたことあるでしょ?』

「小耳に挟む程度には」


 二機は孤立した形になったが、手近なコンテナ群をバリケードに現地点を確保する。数だけは多いマスカレイドが、大挙して再び押し寄せた。その名の通り、首のない人型は仮面のような制御ユニットに三対六個のアイセンサーが不気味だ。

 だが、操縦用クローンのレベルが高くないため、バンガード二機でも対処可能である。何より、数の不利をタクミは地の利で補っていた。


「120mm滑空砲かっくうほうが欲しいな。40mmじゃ数に圧力負けしそうだ。ナナカ、いいよ」

『了っ、解っ! これで、五つ目! 噂のルナティック7セブンての、出てこないみたいね』

「そりゃね。そんなのと遭遇した日には、自分達はもうとっくに死んでるよ」

『だな』


 少しナナカの口調が強張こわばってきた。

 普段のクールを気取った小さな少女の声が張り詰めてゆく。

 そこには、剣術小町けんじゅつこまちという形容では可愛過かわいすぎて不似合いな剣鬼ソードダンサーが現れる。

 するりするりと、舞うようにナナカのバンガードはマスカレイドを処理した。そう、処理……戦いにすらならず、一方的にほふってゆく。そうなるようにタクミが仕向けて援護射撃をしているが、相変わらずナナカの近接戦闘技術は恐ろしいものがあった。

 だが、第二波を退けたところで異変に気付く。


『次っ、第三波! ……見て、タクミ! イナーシャルジェネレーターが! 塔が、崩れる』


 メガフロートに月側が用意した手土産……ジリひんの人類同盟が、のどから手が出るほど欲しがっていたもの。それが、二十世紀中盤あたりまで後退した地球文明を救う、イナーシャルジェネレーターである。

 その白亜はくあに輝く尖塔せんとうが、爆発音と共に崩れ去った。

 そして、タクミ達の戦場も姿を変えてゆく。

 激震に揺れる中、その敵は現れた。

 第三波は……月から地球に降下してきた慣性機動兵器ではなかった。


『なっ……タクミ! 所属不明機アンノウン、多数! マスカレイドじゃないぞ』

「ん、これは……待って、レイブン5。何故なぜだ? 初めて見る機体の、識別登録がされてるということは……? 初交戦は……ドバイ? 先日消滅した慰安特区いあんとっくだ」


 イルミネート・リンクで情報共有されたデータバンクには、目の前に多数出現した――そう、――所属不明機のデータがあった。

 無貌の人型は角ばった純白で、全身に奇妙な紋様もんよううごめいている。

 まるで、縦に横にと駄文だぶんを連ねたような姿。

 そして、表情のない頭部には……紋章のように"「」"の記号が明滅している。


「個体名、ライリード? なるほど、落書きまみれの機体だからライトWriteリードReadか」

『そんなこと言ってる場合では! タクミ、下がれ!』


 次元転移を用いた大規模大量戦力投入は、パラレイドではない。パラレイドは基本的に多脚型の無人機動兵器群むじんきどうへいきぐんだし、セラフ級と呼ばれる人型の戦略殲滅兵器せんりゃくせんめつへいきを投入されば、瞬時にメガフロートが地図から消える。

 だが……セラフ級パラレイドに匹敵する脅威きょういが今、タクミとナナカの前に現れた。


『黒はよお、駄目だろ……黒はよお! 黒はっ、俺の色っ、なんだよぉ!』


 それは、片手で軽々と黒いPMRを天へと吊るして現れた。

 オイルに塗れて小爆発を繰り返すのは、先程タクミのバンガードをからかった【星炎】だ。既にパイロットの生存は絶望的で、バイザー状の頭部に光はない。

 そして、大破した【星炎】より尚も黒い、漆黒しっこくの慣性制御兵器。


「レイブン5、これは多分……君の言う、噂の奴だね。ルナティック7……ナンバー1ワン、グラ・ヴィルド」

『……だな。レイブン4、命令して。あれをきざめと、斬り捨てろと!』

「これ以上の交戦は危険と判断する。後退するよ、レイブン5」

『この数、逃げ切れるものではない! 私が殿しんがりに――』

「後退すると言ったよ、


 相棒が奥歯をむ音を聴いた。

 それが最後にならないことを祈って、タクミは下がりつつ遅滞戦闘ちたいせんとうを始める。

 そして……再び空にゆがんだにじが浮かび出した。

 だが、次元転移で現れたのは、さらなる敵の増援ではなかった。

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