初めての二人
気安い
今、街中を少年は急ぎ足で歩く。引っ張られる月美の手を握りながら。
こんなにも強引なエスコートを
(おいおい待て、待て待て待て……駄目だろオレッ! 何やってんだよ)
自分で心の中に叫ぶが、言葉にはならない。
何をやってるかと言われれば、何もやっていないのだ。
ただ、空に手を引かれるままに歩いている。もしかして、このまま家に連れ込まれてしまうのか? いやそれは駄目だ……付き合って間もないのに、突然男の家に行くなんてありえない。
(って、付き合ってねーし! 勝手にまとわりつかれてるだけだし!)
月美は容姿と素行からアレコレ
外野に何を言われようが、テストは学園トップだし金もコネもある。
そして、しがらみだらけの
だから……恐らく知ったら誰もが驚くだろうが、
だったのだ、と過去形で語ることを必死で否定する。
「こっちが近道だな、さあ行こう!」
「ちょ、放せって! ……ちょっと、痛い。握るなら、もっと、こぉ」
「わかった、腕を組もう。僕はでも、
「やかましいっ! って、おいおい待て、何だよお前……」
空はにこやかな笑みで歩く。
しかし、進む先では無数のネオンが瞬いていた。
俗に言う、ラブホ街だ。
しかし、空は全く気にせずきらびやかな中を突っ切ってゆく。
突っ張っててもこういう世界には無縁な月美は、目を白黒させた。もしかしてこのまま? ちょっと、今日の下着って子供っぽくないか? いや、ありえない……こんなオタク丸出しギークのクソナードとなど……
「って、通過するだけかよ!」
「ああ。駅前に行きつけの店がある。ちょっとした常連だ、気にせずついてきて」
空はラブホには目もくれず、そのまま通りを突っ切って駅前に出た。そして、大手の
いつもの校舎裏のベンチが寒い時、雨の時などに来たことがある。
だが、男子と二人、二人きりというのは始めてだ。
空はカウンターの受付に、手慣れた様子で会員カードを出す。
「お客様、只今混雑してまして……カップルシートしか空席がございませんが」
「では、そのラブラブカップルシートを頼もう! あ、これは割引券です」
やたら手際よく、空は部屋を取る。
その間ずっと、まだ月美の手を握っていた。
汗ばみ熱くなるのが恥ずかしくて、ついつい月美は
だが、空はさっさとグラスを二つもらって歩き出す。
上の空で返事をしたら、月美にもアイスコーヒーを用意してくれる。
そして、気がつけば……二人が並んで座る狭い部屋の中にいたのだった。
「さ、月美。アイスコーヒーにはミルクだけでいいんだよね?」
「あー……えっ!? あ、おう……ども」
「ここの
「はあ」
そう言って空は「ちょっと待ってて」と出てゆく。
アニメの
だが、ハッ! と我に返って即座にパソコンにかじりついた。
部屋には起動しっぱなしのデスクトップタイプがある。ネットに繋がっているので、マッハでグーグルを起動し検索する。
「えっと、男女、交際……他にキーワードは……恋人? ちげーし! けど、それで」
検索で出てきた全てが、
こんなの無理だと思った。
何せ、空とは数日前に知り合ったばかりなのだ。勝手に恋人認定されているが、彼はきっと知らないのだろう。月美がどういう
「えーっ、ちょっと待て……高校生でか? 高校生で、そんな……うわー、こっちのサイトなんか、ちょ、うわ……引くわあ。ってか、おいおい、こっちもすげーぞ」
「おまたせ、月美!」
「ホアーッ!? お、おま、おま……お、おう! 何だはえーな。ハハ、ハ……」
ブラウザバックボタンを連打しつつ、急いでウィンドウを閉じた。
見られてないと思う。
それ以前に、空は月美しか見ていなかった。
なんで無条件に真っ直ぐ見れるのか、いつも不思議だ。
「すまない、月美。『
「お、おう……ったく、しゃーねーな。ちょっと待て。……おら、これ使え!」
渋々月美は、
携帯電話で音楽を聴く時などに使ってるものだ。
それを見ると、パソコンにディスクをセットしていた空が、パァァっと笑顔になる。
「おお、ナイスだ月美! デキる女は違うな!」
「何だよそら……へへっ、これくらい誰でも持ってらあ」
「字幕版で見てもいいんだが、とにかく音楽も素晴らしいからな。ほら、月美」
「へっ? あ、ああ……オレも見んのか、ってか、え? いや……マジ!?」
空はイヤホンの片方を耳に入れて、もう片方を差し出してくる。
枝分かれした右と左のイヤホンは、伸ばしても30cm程だ。
その片方を見て、月美は目を白黒させた。
だが、空は彼女が何を動揺しているのか全く気付かないようだった。
「もっとこっちおいで、月美。ほら」
「なっ……バ、バッカじゃねえの!」
「声が大きいよ、静かに……あ、ほら! 始まっちゃう!
「……おめーも声がデケェよ。ったく、か、貸せよ」
おずおずと空に身を寄せ、イヤホンの片方を受け取る。
二人で片方ずつ分け合った世界が、あっという間に月美を異世界へと連れ去った。
その内容は正直、月美の頭にあまり入ってこなかった。
だが、思ってたよりずっとわかりやすくて、
同時に、高鳴る心臓が胸から飛び出そうだ。
そっと隣を見ると、空の顔が近い。
空は夢中で画面に
「よ、よぉ、空……えと、今のは。っておい!」
「いい……
「ちょ、おまっ! 何ガチ泣きしてんだよ! ちょっと待て、お前始めてじゃないだろ?」
「何度見ても、いい……あ、このね、二人の出会いがさあ。何ていうか、こぉ……尊い」
「わかった! わかったから、ほら! 涙、
ハンカチを渡してやると、空はさめざめと泣きながら涙を拭く。
そんな空の横顔を見ながらも、アニメのストーリーは進んでゆく。
月美も泣く程ではないが、不思議と引き込まれる物語だった。英雄の息子として生まれながら、平々凡々な主人公。このまま
「ここ、いいよなあ、うんうん。神ってる……」
「お、おう。何だお前、オレに見せるとか言って結局、お前が見たかったんじゃんかよ」
「そうだよ……グスッ。月美と見たかった……今、最高に尊い。尊みを感じる……」
「ったく、おら! 鼻かめ、鼻!」
さっぱり空のことがわからない。
だが、どうやら自分はこのオタク少年が嫌いじゃないらしい。
馴れ馴れしくて何考えてるかわからなくて、そして科学部の部長として謎のロボットを作っている。後輩のためにと、頑張っている。
巻き込まれた形だが、確かに科学部の日々が月美は嫌いじゃなかった。
能力や趣味と関係なく、人とのふれあいも悪くない……そう思わせてくれる場所だったから。
「なあ、月美……
「あんだよ、歌が4種類もあんのかよ」
「そう、全50話くらいだから」
「
「ん、まあ……そうだけど」
「……つっ、続き、見てやってもいいぜ? まあ、また今度な」
「ははは、月美は不器用だなあ。素直になればいいのに」
不意にグイと、空が腰を抱いてきた。
そのまま引き寄せられて、隣に密着してしまう。
突然のことで、月美は呼吸も鼓動も止まりそうになった。
二人を繋ぐイヤホンだけが、両者に第2話のOPを送り込んでいる。ドギマギする月美にお構いなしに、空は瞳をキラキラさせながら画面を指差した。
「このさ、OPのアニメーションも凄いの。で、歌はこれ、アニメのOP用にカットされた主題歌で、実際にはこの歌詞は2番なんだよね。でさ、カラオケで歌うとさ、あれ? こんな出だしだっけ? なんてさ! あ、あとここ! このカット! ここ神なんだよ」
「お、おう……その、おい。ちけーよ、顔。あと、手! どこ触ってんだよ!」
「ドンマイ、気にするなよ月美」
「会話になってねー! ってか……ちょっと、アニメに、集中、できない、から」
「あ、確かに。はは、ごめんごめん」
これ以上は、限界だから……こんなに異性と近いのは始めてだったから。
空があっさり身を放すと、イヤホンが少しだけ張り詰める。その細いケーブルを揺らしながら、空は最高に盛り上がりながらアレコレ教えてくれた。
アニメの『望郷悲恋エウロパヘヴン』については、よくわかった。
だが、月美は空のこと、空と接する自分のことが、ますますわからなくなってゆくのだった。
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