それはとても穏やかな、日常

 星波月美ホシナミルナが科学部……通称『』に入って三日が経っていた。

 強引な遥風空ハルカゼソラが部長を務める、小さな小さな文化部というのは、表の顔だ。その実、第三高校の敷地内に広がる謎の地下施設で、人型巨大ロボットを作っている。

 月美はそこで、テストパイロットをやる羽目はめになってしまった。

 同時に、いつも一人で過ごしていた日々が唐突とうとつに終わってしまったのだった。


「クソッ、たりぃぜ……何でオレがこんなことを」


 舌打したうちしつつも、狭いコクピットの中で月美は悪態あくたいをつく。

 まだ素材の匂いが香る密閉空間は、所狭ところせましとデジタル表示が並んでいる。狭い中に固定されるように座って、安全用のハーネスがわずかに締め付けてくる。

 周囲はほぼ全てがモニターで、CG補正された映像が甲府こうふの町並みを映していた。

 そして、レーダーに敵の反応が光点ブリッツとなって浮かぶ。

 広域公共周波数オープンチャンネルには、模擬戦プラクティスの相手の声が交錯こうさくしていた。


『行くわよ、二人共っ! 先輩だからって手加減無用!』

『はわあ、なまの臨場感……ちょっちやばくなーい? 真佐マサちゃあん』

『もうっ、私語はつつしんでよ、ロトッ! 模擬戦、始まってるんだからね?』

『あいあいさーっ! って、ちょっと悠介ユウスケ! 一人で飛び出しちゃダメだよう!』


 後輩の女子達の声を、甲高い駆動音がかき消してゆく。

 突出してくる相手の機体も、月美と同じアイリス・ゼロである。試作機のゼロに続いて、今も実験機のプロト・シリーズが建造中だ。

 武装はシンプルに、ライフルとサーベル、そしてシールド。


「マニュアルにあったソードがねえな……ま、退屈しのぎの遊びだし、軽くんでやっか」


 月美に気負いはない。

 マニュアルを一読しただけで操縦は把握したし、なにより空が要点のみを事細ことこまかに教えてくれた。勿論、手取り足取り教えると言って触ってきたので、肘鉄ひじてつ御見舞おみまいしたが。

 すでにもう、月美はアイリス・ゼロの全てを掌握しょうあくしていた。

 だが、だから何だという感動もない。

 ただの気まぐれ、ほんの一時の暇潰しだ。

 初めて人から求められたこと、その嬉しさを心の中で否定する。


『っし、ヤンキー先輩っ! 勝負っ!』

「だからよぉ……ヤンキーって言うんじゃっ、ねぇっ!」


 頭上へと飛び上がった機体は、荻原悠介オギハラユウスケだ。

 太陽を背にして、狙いを定める月美の顔をしかめさせる。だが、すぐに彼女は機体をひるがえした。下町の商店街をビリビリと震わせながら、巨体が高速で走り出す。

 月美の操縦で、アイリス・ゼロがたくみな足さばきを見せた。

 これも全て、空が事前に設定したモーションパターンのおかげだ。最適化された機動シークエンスが無数に用意され、瞬時にコンピュータはその場でマニューバを作成する。そのきっかけを与えてやるのがパイロットだ。


一年坊主いちねんボウズが、甘いんだよ!」


 悠介の射撃をけつつ、応射おうしゃ

 はがねの右腕に構えさせたライフルが、集束する光をほとばしらせる。

 アイリス・ゼロの武器全般、さらには動力部等にも広く応用されている未知のテクノロジー……だ。あらゆる既存の法則を無視する輝きは、未来を照らすか、それとも焼くか。 

 だが、月美はそんなことには興味なかった。

 あっという間に悠介の機体が頭部を貫かれる。


『あっ、こら悠介! 何やってんの、それじゃ駄目!』

『まあまあ、真佐ちゃんー? 次はぁ、あたしだあっ!』

「あーもぉ、お前ら! ちゃんと連携しろ! オレが一人な意味がないだろっ!」


 おっとりと独特な口調で喋るのが、三好ミヨシロトだ。ムードメーカー的な存在で、快活で闊達かったつ、絵に描いたようなポジティブ娘である。

 瞬時に彼女は突出してきて、手にしたサーベルを発動させた。

 発信されるパナセア粒子の奔流ほんりゅうが刃となり、それを振りかぶって加速するロト。


『もーらいっ!』

「甘ぇ、っての!」


 月美のひとみが視線を無数に散らして、瞬時に情報を読み取ってゆく。その間も二つのフットペダルと操縦桿で、目まぐるしく機体を操る。指使いの繊細なタッチ一つで、ゼロは自分の身体も同然に動いた。

 大振りな斬撃を避けるや、急制動で月美の機体が踏み止まる。

 そのまま逆襲の一撃を横薙ほこなぎに放てば、待ってましたとばかりにロトが剣を構えた。

 瞬時に月美はビームサーベルをオフに、そして再びオン。


『ありゃ? ひどーい、真っ二つだ! なんで鍔迫つばぜいにならないし!』

「アホッ、チャンバラなんかしてられっかっての!」


 ビームのやいばが干渉しようとした瞬間だけ、月美はスイッチを切ったのだ。それで彼女の剣筋は、ロトの防御をすり抜けるように敵を切り裂いた。

 ゆらりと揺れるロトの機体を、すかさず支えてその影に隠れる。

 ビームの着弾が襲ったのは、その直後だった。


『あーっ、真佐ちゃん、ひっどおーい!』

『わ、ご、ごめんっ! ロトに当たっちゃった!』

「援護すんなら位置関係考えろよっ! 乱戦なんだから、なっ!」


 そのまま擱座かくざしたロト機をたてにしつつ、月美はゼロの推力を爆発させる。

 驚いたのは、最後に残った上原真佐だ。彼女は一番優秀なパイロットだが、典型的な優等生タイプだと思う。月美と同じ成績優秀、加えて月美とは真逆まぎゃく品行方正ひんこうほうせいなクール美少女だ。

 真佐機は咄嗟とっさのことで、射撃を続けるか格闘で迎え撃つか、迷った。

 その間に月美は、踏み込みロト機を放り投げる。


『わわっ、どいてどいてーっ! 真佐ちゃあん!』

『ま、待てっ! やっぱりサーベルを、しかし!』


 模擬戦の終了を告げるブザーが鳴った。

 画面上に大きく『YOUユー WINウィン!!』の文字が見えて、月美はコクピットのハッチを解放する。

 すぐに地下の巨大構造物『ユグドラシル』の無機質な壁が見えた。

 ずらり並んだシミュレーターが次々とハッチを開く。

 そして、一年生達がげっそりした顔で降りてきた。


「悠介、あなたね……もっとよく考えなきゃ!」

「い、いや、でもさ。真佐はよく考えろって言うけど、考え過ぎ。全然指示がこないから、俺はつい」

「まあまあー、そのへんでー? それよりほら、ヤンキー先輩も待ってるし」


 一年生達に緊張感は、ない。

 勿論もちろん、月美だってそうだ。

 こんな金のかかった遊びを、科学部が極秘に行ってる理由がわからない。ただ、あちこちで工事中の『ユグドラシル』は秘密基地みたいだし、流石に科学部は『茶飲み部』と揶揄やゆされるだけ会って居心地はいい。

 ここ最近はいつものベンチで勉強して過ごし、放課後はここに来る。

 適当に一年をもんでやって、茶を飲んでお菓子を食べて帰るのだ。


「えへへ、ヤンキーせんぱぁい! って、いったぁあ! ぶった! ぶったよ、グーで!」

「ヤンキーじゃねえって言ってるだろ! こりゃ地毛じげだ!」

「へえ、ヤンキー先輩の髪って染めてるんじゃないん、グホッ!」

「ほらほら、二人そろって殴られてないで、リザルトでしょう?」


 ロトと悠介へ立て続けに鉄拳てっけんを御見舞しつつ、腕組み月美は溜息ためいきを零す。

 だが、彼等なりに慕ってくててる気がして、こそばゆい。こんなことは初めてで、本当に尻がむずがゆくなるのだ。


「えっと、まず悠介……論外」

「ガクッ! ひ、ひどい……」

「けど、射撃は上手いんだから、お前はバックス向きな気がすんぜ。長所を伸ばすのも手なんだから、ライフルの扱い次第でいい援護射撃ができんじゃねえの? それと」

「はいはーい! 次っ、あたし! ヤンキ……あ、いや、月美ちゃん先輩っ! あたし!」

「ロトはお前、勢いばっかだな。もっと周り見ろ。でも、グイグイ前に出るセンスはあんだから、そうだな……二手三手先を考えろ。想像力、あんだろ? それ使え、それ」

「……あの、私は」

「お前は真面目で何をやらせてもそつがねえが、判断が遅い! 考え過ぎだぜ、ったく。でも、二人の間に入って司令塔? みたいに動けばいいんじゃね? 即決即断そくだんそっけつ、日頃から意識してみろ。優柔不断ゆうじゅうふだんっぽいからな、お前」


 思うままにアレコレ言ったが、自分の方がおかしいのだ。僅か数日で、巨大ロボットをスイスイ動かしてしまう。昔から要領ようりょうがいい娘だと周囲には言われてたし、何でもコツを掴んだ時は人並み以上にできる人間だった。

 スポーツ、勉強、人付き合い、遊び……何でも要領だけはよかった。

 だが、そんな自分がこんな場所にいるが不思議で、その理由に思わず振り向いてしまう。

 空はモニターから顔を上げて、パンパンと手を叩きながらやってきた。


「じゃあ、とりあえず現物のゼロは月美に乗ってもらうとして……みんなの機体は順次建造中。だから、シミュレーター訓練は続行ってことで、ヨロシク」

「空先輩っ、ヤンキー先輩って結構ずるいッスよ。何でこんなに上手うまいんです?」

「おっ、悠介。いい質問だな……だが、えて言おう! 

「おおっ、空先輩! それ、『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン』ですね! うおお、燃えるっ!」

「わかるか、悠介っ! いいよな、エウロパ! くーっ、最高ぉ……最っ、高ぉ! 他にもさ『終末期ヘブンズアイン』とかさ! 『超真世紀エヴォンゼルオン』とかさ!」


 アホだ。

 悠介と手を取り合って握り合い、空は大きくうなずいている。

 横を見れば、また始まったかとフラットな顔の真佐と目が合った。

 彼女はバツが悪そうに瞳を反らした。


「何だぁ? おい真佐、そのヨーロッパがどうとかってのは」

「はいはい、月美ちゃん先輩っ! それはあたしが説明しましょー!」


 不意にロトが身を乗り出してくる。

 彼女の話では、『望郷悲恋エウロパヘヴン』とはアニメのことだ。大人気の作品で、SFな異世界でのボーイ・ミーツ・ガール、そして未知の知的生命体との遭遇と共存、戦いの物語だそうだ。


「なんだ、お前らそんなのまだ見てんのか? 高校生にもなって?」

「わっ、私はそんなに! 見て、ないです……そんなに、は」

「あたしは好きだよー? 結構面白いし! しの声優いるし!」


 だが、悠介と語らっていた空が突然、肩を抱いてきた。

 いつも突然、彼は密着したスキンシップに躊躇ちゅうちょがない。そして、嫌がって見てもその実……嫌なのかどうかが月美にはわからないのだ。


「おいおい、よしてくれよ月美……エウロパを見たことがないなんて、ゲファ!」

「馴れ馴れしくさわんな!」

「ナイス肘打ち……ははは、恋人にも容赦がないんだね、月美」

「誰が恋人だ、誰がっ!」

「けど、うん……部員として、だね……見ようか、エウロパ……今日、これから、俺と、二人で」

「……へ? なっ、なな、何言ってんだ! オレ、アニメなんか見ねーし!」


 一年生三人組が、三者三様に笑った。

 自分の顔が赤いのだと知って、ますます熱く火照ほてる月美。

 そんな彼女の手を、空は強く握って歩き出した。


「じゃ、そういうことで。戸締まりと部室の鍵、ヨロシク!」

「あ、いや、ちょ、放せよ! おうこら、蹴っ飛ばすぞ!」

「よせよ、ハニー……ご褒美だって言って、ゲブ! や、やめ、ガハッ! ……でも、あしが綺麗だよね、月美……あれ? もう蹴らない? まあいいや、行こう」


 こうして月美は、無理矢理むりやり連れ出されてしまった。

 無理矢理なんだと自分に言い訳して、認識不能な胸の熱さをギュッと心の奥に沈めるのだった。

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