それはとても穏やかな、日常
強引な
月美はそこで、テストパイロットをやる
同時に、いつも一人で過ごしていた日々が
「クソッ、たりぃぜ……何でオレがこんなことを」
まだ素材の匂いが香る密閉空間は、
周囲はほぼ全てがモニターで、CG補正された映像が
そして、レーダーに敵の反応が
『行くわよ、二人共っ! 先輩だからって手加減無用!』
『はわあ、
『もうっ、私語は
『あいあいさーっ! って、ちょっと
後輩の女子達の声を、甲高い駆動音がかき消してゆく。
突出してくる相手の機体も、月美と同じアイリス・ゼロである。試作機のゼロに続いて、今も実験機のプロト・シリーズが建造中だ。
武装はシンプルに、ライフルとサーベル、そしてシールド。
「マニュアルにあったソードがねえな……ま、退屈しのぎの遊びだし、軽く
月美に気負いはない。
マニュアルを一読しただけで操縦は把握したし、なにより空が要点のみを
だが、だから何だという感動もない。
ただの気まぐれ、ほんの一時の暇潰しだ。
初めて人から求められたこと、その嬉しさを心の中で否定する。
『っし、ヤンキー先輩っ! 勝負っ!』
「だからよぉ……ヤンキーって言うんじゃっ、ねぇっ!」
頭上へと飛び上がった機体は、
太陽を背にして、狙いを定める月美の顔をしかめさせる。だが、すぐに彼女は機体を
月美の操縦で、アイリス・ゼロが
これも全て、空が事前に設定したモーションパターンのおかげだ。最適化された機動シークエンスが無数に用意され、瞬時にコンピュータはその場でマニューバを作成する。そのきっかけを与えてやるのがパイロットだ。
「
悠介の射撃を
アイリス・ゼロの武器全般、さらには動力部等にも広く応用されている未知のテクノロジー……パナセア粒子だ。あらゆる既存の法則を無視する輝きは、未来を照らすか、それとも焼くか。
だが、月美はそんなことには興味なかった。
あっという間に悠介の機体が頭部を貫かれる。
『あっ、こら悠介! 何やってんの、それじゃ駄目!』
『まあまあ、真佐ちゃんー? 次はぁ、あたしだあっ!』
「あーもぉ、お前ら! ちゃんと連携しろ! オレが一人な意味がないだろっ!」
おっとりと独特な口調で喋るのが、
瞬時に彼女は突出してきて、手にしたサーベルを発動させた。
発信されるパナセア粒子の
『もーらいっ!』
「甘ぇ、っての!」
月美の
大振りな斬撃を避けるや、急制動で月美の機体が踏み止まる。
そのまま逆襲の一撃を
瞬時に月美はビームサーベルをオフに、そして再びオン。
『ありゃ? ひどーい、真っ二つだ! なんで
「アホッ、チャンバラなんかしてられっかっての!」
ビームの
ゆらりと揺れるロトの機体を、すかさず支えてその影に隠れる。
ビームの着弾が襲ったのは、その直後だった。
『あーっ、真佐ちゃん、ひっどおーい!』
『わ、ご、ごめんっ! ロトに当たっちゃった!』
「援護すんなら位置関係考えろよっ! 乱戦なんだから、なっ!」
そのまま
驚いたのは、最後に残った上原真佐だ。彼女は一番優秀なパイロットだが、典型的な優等生タイプだと思う。月美と同じ成績優秀、加えて月美とは
真佐機は
その間に月美は、踏み込みロト機を放り投げる。
『わわっ、どいてどいてーっ! 真佐ちゃあん!』
『ま、待てっ! やっぱりサーベルを、しかし!』
模擬戦の終了を告げるブザーが鳴った。
画面上に大きく『
すぐに地下の巨大構造物『ユグドラシル』の無機質な壁が見えた。
ずらり並んだシミュレーターが次々とハッチを開く。
そして、一年生達がげっそりした顔で降りてきた。
「悠介、あなたね……もっとよく考えなきゃ!」
「い、いや、でもさ。真佐はよく考えろって言うけど、考え過ぎ。全然指示がこないから、俺はつい」
「まあまあー、そのへんでー? それよりほら、ヤンキー先輩も待ってるし」
一年生達に緊張感は、ない。
こんな金のかかった遊びを、科学部が極秘に行ってる理由がわからない。ただ、あちこちで工事中の『ユグドラシル』は秘密基地みたいだし、流石に科学部は『茶飲み部』と
ここ最近はいつものベンチで勉強して過ごし、放課後はここに来る。
適当に一年をもんでやって、茶を飲んでお菓子を食べて帰るのだ。
「えへへ、ヤンキーせんぱぁい! って、
「ヤンキーじゃねえって言ってるだろ! こりゃ
「へえ、ヤンキー先輩の髪って染めてるんじゃないん、グホッ!」
「ほらほら、二人
ロトと悠介へ立て続けに
だが、彼等なりに慕ってくててる気がして、こそばゆい。こんなことは初めてで、本当に尻がむずがゆくなるのだ。
「えっと、まず悠介……論外」
「ガクッ! ひ、
「けど、射撃は上手いんだから、お前はバックス向きな気がすんぜ。長所を伸ばすのも手なんだから、ライフルの扱い次第でいい援護射撃ができんじゃねえの? それと」
「はいはーい! 次っ、あたし! ヤンキ……あ、いや、月美ちゃん先輩っ! あたし!」
「ロトはお前、勢いばっかだな。もっと周り見ろ。でも、グイグイ前に出るセンスはあんだから、そうだな……二手三手先を考えろ。想像力、あんだろ? それ使え、それ」
「……あの、私は」
「お前は真面目で何をやらせてもそつがねえが、判断が遅い! 考え過ぎだぜ、ったく。でも、二人の間に入って司令塔? みたいに動けばいいんじゃね?
思うままにアレコレ言ったが、自分の方がおかしいのだ。僅か数日で、巨大ロボットをスイスイ動かしてしまう。昔から
スポーツ、勉強、人付き合い、遊び……何でも要領だけはよかった。
だが、そんな自分がこんな場所にいるが不思議で、その理由に思わず振り向いてしまう。
空はモニターから顔を上げて、パンパンと手を叩きながらやってきた。
「じゃあ、とりあえず現物のゼロは月美に乗ってもらうとして……みんなの機体は順次建造中。だから、シミュレーター訓練は続行ってことで、ヨロシク」
「空先輩っ、ヤンキー先輩って結構ずるいッスよ。何でこんなに
「おっ、悠介。いい質問だな……だが、
「おおっ、空先輩! それ、『
「わかるか、悠介っ! いいよな、エウロパ! くーっ、最高ぉ……最っ、高ぉ! 他にもさ『終末期ヘブンズアイン』とかさ! 『超真世紀エヴォンゼルオン』とかさ!」
アホだ。
悠介と手を取り合って握り合い、空は大きく
横を見れば、また始まったかとフラットな顔の真佐と目が合った。
彼女はバツが悪そうに瞳を反らした。
「何だぁ? おい真佐、そのヨーロッパがどうとかってのは」
「はいはい、月美ちゃん先輩っ! それはあたしが説明しましょー!」
不意にロトが身を乗り出してくる。
彼女の話では、『望郷悲恋エウロパヘヴン』とはアニメのことだ。大人気の作品で、SFな異世界でのボーイ・ミーツ・ガール、そして未知の知的生命体との遭遇と共存、戦いの物語だそうだ。
「なんだ、お前らそんなのまだ見てんのか? 高校生にもなって?」
「わっ、私はそんなに! 見て、ないです……そんなに、は」
「あたしは好きだよー? 結構面白いし!
だが、悠介と語らっていた空が突然、肩を抱いてきた。
いつも突然、彼は密着したスキンシップに
「おいおい、よしてくれよ月美……エウロパを見たことがないなんて、ゲファ!」
「馴れ馴れしくさわんな!」
「ナイス肘打ち……ははは、恋人にも容赦がないんだね、月美」
「誰が恋人だ、誰がっ!」
「けど、うん……部員として、だね……見ようか、エウロパ……今日、これから、俺と、二人で」
「……へ? なっ、なな、何言ってんだ! オレ、アニメなんか見ねーし!」
一年生三人組が、三者三様に笑った。
自分の顔が赤いのだと知って、ますます熱く
そんな彼女の手を、空は強く握って歩き出した。
「じゃ、そういうことで。戸締まりと部室の鍵、ヨロシク!」
「あ、いや、ちょ、放せよ! おうこら、蹴っ飛ばすぞ!」
「よせよ、ハニー……ご褒美だって言って、ゲブ! や、やめ、ガハッ! ……でも、
こうして月美は、
無理矢理なんだと自分に言い訳して、認識不能な胸の熱さをギュッと心の奥に沈めるのだった。
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