スーパー◇ボット馬鹿ゲー「」- 犬も喰わないナントヤラ -

 最初は、お茶会だった。

 リジャスト・グリッターズに集いし少女パイロット達の、親交を目的としたレクリエーションだったのだ。

 女性陣に長姉と慕われてる一条灯イチジョウアカリは、アップルパイを焼いてみた。

 シルバーは皇都スメラギミヤコに無理やり着せられたドレスが似合ってたし、マモルも珍しくスカートをはいてめかし込んでいた。エリー・キュル・ペッパーの入れてくれた紅茶は芳醇ほうじゅんな香りをくゆらしていたし、タキシードの執事に扮した神塚美央カミヅカミオ給仕きゅうじは完璧だった。

 それなのに……嗚呼ああ、それなのに。

 灯は頭が痛かった。

 ことの発端はほんの些細なことだった。


御剣那奈華ミツルギナナカ先輩……今なら前言の撤回が可能だと思いますが』

『そうね、でも……リジャスト・グリッターズは実力が全て、そう言ったのは貴女あなたでしょう? 今更その言い様は滑稽こっけいかもね、五百雀千雪イオジャクチユキ


 あっという間に、淑女レディが集う乙女の午後は消えた。

 そして、停泊地の郊外に広げた茶会が台無しになる。

 オイルの臭いとメカニカルノイズの金切り声に満ちて、貴重な半舷休息はんげんきゅうそくの昼下がりが闘争の空気に塗り替えられていった。

 広域公共周波数オープンチャンネルを行き交う少女達の声が、凄みを増す中で研ぎ澄まされてゆく。

 相克そうこくする二体の人型機動兵器を前に、一番冷静だったのはオスカー3、灯だった。


旗艦きかんのコスモフリートに連絡して! 至急、西村巧ニシムラタクミ君と摺木統矢スルギトウヤ君を! 保安員に言って拘束してでも連れてきて!」

「えー、あの二人なら歩駆アルク佐助サスケと街に出ちゃったよー」


 灯は無邪気に瞳を輝かせるシルバーに溜息ためいきこぼして、携帯端末を取り出す。

 周囲の少女達も騒然としていたが、灯が少女でいられる時間は終わって久しい。年長者でもあるし、彼女には全員の友人であり姉であり、必要とあらば母親役もやらねばならぬ責任があった。

 好きで買って出た役割だが、内心驚いている。

 普段はおとなしく品のいい二人が、とんだ爆弾娘ピンキーボムだったことにだ。


「もしもし、シナ? ごめんなさい、巧君と統矢君、つかまるかしら? え? 一緒にいる? 今、市内の……模型店? もうっ、男の子って。いえ、いいの。頼めるかしら……至急よ、緊急事態なの」


 高まる駆動音が互いの音域で空気をぶつけ合う。

 向き合う二機の人型機動兵器は、一触即発の間合いへと互いに歩み寄ってゆく。それを横目に見ながら、灯は「ああ、もうっ!」とくちびるんだ。

 携帯端末の向こうでは、要領を得ない槻代級ツキシロシナの声が巧と統矢とを呼んでいる。

 その二人をこの場に連れてこないと……最悪、地球の存亡の危機に関わる。

 何故なら、他者がどうでもいいと言えることに本気で本音をぶつけてしまう二人は……二つの地球の未来を担うリジャスト・グリッターズの、前線を維持する先行突撃ペアなのだから。

 東堂清次郎トウドウセイジロウ司令が直接任命した二人には、その実力がある。

 そして、異常なまでに突出した突破力という面では、灯もそれは認めざるを得ない。

 しかし、互いに背を預け合う二人は今、それこそ拳と剣とを相手へ向けていた。


「では、お二人ともよろしいですか? 戦域フィールドを設定したので、その外は場外とさせていただきます! 勝敗は、機体の両足以外が地に突いた方が負けです!」


 ちょっと待ってえ、待ってえ!

 思わず通話を切った灯が心の中で悲鳴をあげた。

 どんな時でも公明正大、威風堂々いふうどうどう真道美李奈シンドウミイナが勝負の審判役として全てを取り仕切っていた。その横では、都が補佐役としてタブレットに指を滑らせている。

 あとで二人共、正座でお説教……そうは思ったが、灯は考えをひるがえす。

 美李奈は二人の納得ゆく結果を尊重してるし、都はそのためのお膳立てをしてるに過ぎない。

 そして、次の瞬間に灯はシルバーへと叫ぶ。


「ちょっと、おっぱじめたよ! もっ、私の神牙シンガもこっちに降ろすようコスモフリートに言って! 私が二人を止め――」

「シルバーちゃん、ゴメン! 美央ちゃんに黙ってもらって! 面倒!」

「あいあいさー! えいっ、チョーップ!」


 何だか美少女が発してはいけないような「ゲギュ!?」という悲鳴が聴こえた。

 だが、この大惨事に美央が神牙で介入したら、それこそ目も当てられない。

 それほどまでに、御剣那奈華と五百雀千雪の一騎討ちは危険だ。


『私達東京校区は、特に私が進学予定だった東京東校区は』

『存じてます、御剣先輩。パラレイドの次元転移ディストーション・リープによる奇襲で、首都機能を失った遺都いと東京……実際に東京校区は、東西合わせて800人以上の三年生が戦死しています』

『……そのあとを知ってる? 私達は入学先の消失にともない、埼玉校区の軒先のきさきを借りて……機種転換実験きしゅてんかんじっけんに付き合わされた。それも、コスト優先の生産性を重視した機体の』

『その子は、そんなにかわいくありませんか?』

『まさか。でも、本当の使い方を知らない連中に揶揄やゆされるのは……好きじゃないの』


 これは駄目だと思った。

 那奈華のバンガードはすでに抜刀しているし、千雪の【ディープスノー】も腰を落として拳を引き絞っている。間違いなく、互いの間合いに入った瞬間に勝負は一切合切が決着する。人類の敵にのみ向けられる剣と拳が、互いを捉えて炸裂するのだ。


「……もう、若いって! ほら、都! 面白がってないで、回線回して!」

「えへへ、ごめーん! でもさー、こういうのは早いうちに出し切っちゃった方がいいよー? だってさ、灯ちゃんはさー? 級君のことちょっとでも突かれたらさ」

「馬鹿っ! そういうレベルの話はしてません!」


 嘘だった。

 実際は、違う。

 級のことを悪く言う人間は、零距離から対物ライフルでブン殴りたくなる。撃たないのはせめてもの良心だが、本音でもある。撃つ価値もないし、級が撃って欲しくないと思うだろうから叩くだけに留めるのだ。

 あの事件で、級は長らく戦線を離脱した。

 九死に一生を得る中での、つらい時期だったと思う。

 だが、それを知らない人類同盟の上層部は勝手だ。

 そして、級がどんな覚悟と決意で戦場に戻ってきたかも知らない。

 自分しか知らなくていいとさえ思える、それは清冽せいれつな生き様。

 それを教えてくれた二人の朝を、灯は一生忘れないだろう。

 だから、気持ちはわかるが……若さに任せた暴走を許す立場にない。


『御剣先輩は統矢君を女々めめしいと言いました……看過かんかできない発言です。撤回してください』

『五百雀こそ、巧を参謀タイプだから後方に引っ込めと言ったわ』

適材適所てきざいてきしょの話をしたまでです』

『……巧はどこにいても、気持ちを一番前に置ける。だから、その身がさらに前にいなくてもいいことは私が一番良く知ってる。それでも! 誰より前に立つから、私が!』

『そうして何かあったら、西村巧先輩も私みたいな身体になりますが、よろしいですか?』

『ッ! 都合のいい時だけそう言う! 普段は平気な顔をして! ……かわいくないっ!』

『御剣先輩こそ、言いたいことも言えずに! 奥ゆかしいにも程があります!』


 二機の見えない制空権、剣と拳とが触れる距離が接しそうになる。

 通常のパンツァー・モータロイドより二回りほど巨大な【ディープスノー】では、バンガードとは二倍近い質量差がある。しかし、純粋な大きさやリーチで戦術的優位が語れないのが、那奈華の乗りこなす慣性機動兵器イナーシャルアームドだ。

 両者は互いの一挙手一投足に神経を突き立てながら叫ぶ。


『だいたい何よ、この……デカ女ッ!』

『胸の話を! また! 男の子のこと、知らないんですね……御剣先輩!』

『そっちの話じゃないわ、いっつも上から見下して……何cmよ!』

『178cmですが……御剣先輩が小さ過ぎるんです。150cmしかないなんて』

『……いい度胸じゃない。もう謝ったって許さないから』

『私はもとより許す気がありませんので』

『巧はね、みんなが休んでる時も東堂司令や御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさとの作戦会議にも出てるの。篠原亮司三尉シノハラリョウジさんいだって、前線で小隊を預けられるって言ってくれてるんだから!』

『ッ! あ、あの篠原三尉が……で、でもっ、統矢君だって頑張ってます!』

『そうよ、あんたが更紗さらされんふぁとイチャコラしてる時もっ! は頑張ってんの』

『そうです、だから巧先輩は色々と気を遣ってくれて』

『……今、って? 巧って呼んだ? それ、駄目……やなんだから!』

『そっちこそ、私達の統矢君を!』


 正直、帰りたい。

 艦内の自室に戻って、録画したドラマや音楽番組を見ながらベッドでダラダラしたい。そう思ったが、灯の責任感はまだ生きていた。この時点ではしっかりと機能していた。

 美李奈が毅然とした声で叫ぶ前までは。


「両者とも私語は慎んでください!」

「ねーねー、美李奈ちゃん。もういっそ、機体降りた方が早くない?」

「マモルさん、時として乙女は実力で語らねばならぬ時があるのです」

「あ、そゆの? そーゆーのかあ。わかる、なんか歩駆も言ってた!」


 この時点で灯の責任感はくだけた。

 音を立てて、木っ端微塵に砕けて散った。

 しかし、美李奈は生真面目に「両者とも、指導です!」とすずしい顔だ。

 何これ帰りたい。

 そう思ったが、目眩めまいを感じつつ都に支えられて灯はなんとか立つ。

 背後で声が響いたのは、そんな時だった。


「おい、何だこれ……千雪っ、何をやってるんだ!」

「えっと、那奈華? とりあえず……右肘関節部から異音が出てるけど、調子悪い? とりあえず、降りてこない?」


 向き合う鋼鉄の修羅しゅら羅刹らせつは、瞬時に屈んでコクピットを開放した。

 飛び出た少女達は、我先にと争い邪魔するように駆け寄ってくる。

 ほんと帰りたいと、素直に灯は頭が痛くなった。


「統矢君! 聞いてください、が」

「巧、ちょっと。あんたが甘やかすからがまた調子に乗って」


 互いに言い合ったあとで、瞬時に二人は「那奈華先輩って何?」「千雪と呼ばれる筋合いはないのですが」と視線をぶつけ合う。見えない火花がスパークする中で、灯は心痛にへこたれそうだった。

 だが、急いで駆けつけた巧と統矢は互いに顔を見合わせ肩をすくめた。


「那奈華さ……今、千雪って呼んだよね?」

「千雪もだ。先輩はうやまうもんだぜ? 那奈華先輩、ってな」


 瞬時に、二人の少女はボンッ! と顔を真っ赤にした。

 そして互いにドスドスとひじで小突き合いつつうつむく。

 身長差のありすぎるデコボココンビは、好意を寄せる男子の前でだけ乙女の顔になった。いいかげん、本当に灯は帰りたいと思ったが……不思議とあふれる苦笑は柔らかい。


「それは……那奈華先輩はいつも、私をフォローしてくれてるので」

「千雪が突っ込んでくれるから、追いかけるのが楽なだけで」

「私だって……デカい女とか腹筋割れてるとか言われると……だから那奈華先輩が、少し羨ましくて」

「いや、スタイルがいいと得だなって……私、せめてあと5cmあればなって」


 これにて一件落着となた。

 因みに「両者、開始線に戻って! 勝負はこれからです!」と律儀な美李奈は、親友のシルバーが運び出して連れて行った。

 リジャスト・グリッターズの特攻隊長でもある二人組は、こうしてどうにか良好な関係を構築し直すことに成功したのだった。

 因みに灯はどっと疲れたので、その夜は級にパスタを作らせてビールと一緒にそれを食べて爆睡したとのことだった。

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