スーパー◇ボット祭典「」- バルト大尉の極秘任務 -

 ――超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたい、リジャスト・グリッターズ。

 あらゆる利害や権力から切り離された、二つの地球のために戦う特化戦力だ。民間の善意の協力者や、各軍事組織からりすぐられた人員と機材が集結し、その力は一軍に匹敵すると言わしめる最精鋭愚連隊である。

 その多くは、少年少女、そして若者だ。

 自分にとって息子や娘のような者達を率いる部隊長、バルト・イワンドは気苦労が絶えない。しかし、その苦労を買って出ることが今は、彼の中の大きな喜びであった。


「では、リーグ・ベイナー中尉。二時間ほどで戻る、それまで待機任務にあたってくれ」

「了解です、大尉。しかし……それは大尉自らが当たらねばならぬ任務なのでしょうか」

「必要性や重要度の問題ではない。俺が今、自分でそうしたいだけだ」

「成る程……そういう大尉の顔が見られる今は、自分にも好ましい状況です」

「素直に嬉しく思う、中尉。……では、


 そう言ってバルトは、この日のための特別な機材に身を包んだ。

 見た目に反比例して、強固な防御力と特殊な近接格闘能力を秘めた、それはパワードスーツだ。外見こそ有名アニメの主役ロボットを模しているが、中身は別物のミルスペック……つまり、軍用兵器としての水準を満たした戦闘用である。

 ふとバルトは、余暇よかに読んでいる戦記小説を思い出した。

 あの有名な『Artifical Mermaid』のパワードスーツ、Tactical Armored Suit…通称TASのようだ。そして、その機能を外観以外は十全に持っている。


「では、行ってくる。何か合ったら連絡を」

「ハッ! 大尉、お気をつけて。それと……忘れ物です」

「ああ、そうだった。すまんな、中尉」


 リーグからかごを受け取り、自分の手が既に装甲の内側にあることを思い出す。

 だが、ヤマダ主任が総力を上げて造ってくれたスーツの性能は上々だ。

 各部のモーター音を微かに響かせ、バルトは菓子で満たされた籠を手に外へ出た。作戦指揮車が停まる大通りは、今まさに祝祭の喧騒に満ちている。

 平和そのものの光景が、夕暮れ時の街を一層賑やかに彩っていた。

 バルトは周囲を見渡し、狭苦しいスーツの中で安堵の溜息ためいきこぼす。

 自分の目が届く範囲に、平和な日常が広がっていた。

 それをスーツ越しに感じると、不思議と責任の重圧を感じなくなる。多くの命を預かる現場指揮官として、使命感だけがより強く愛おしく認識できた。

 そんなバルトに、すぐに周囲の子供達が駆け寄ってきた。


「すげー! だ!」

「えっと、えと……そうだ! トリック・オア・トリート!」

「ペンギンダー、お菓子をくれなきゃ悪戯いたずらするぞ!」


 バルトは今、ペンギンの姿になっていた。

 そして、子供達に籠の中からお菓子を配る。

 今、リジャスト・グリッターズは補給のためにフランスのオルレアンに寄港していた。常日頃から厳しい戦いを強いられる中、つかの間の休息をとっている。

 バルトは一応、街の警備の総責任者を自ら申し出ていた。

 それは、槻代級ツキシロシナ吹雪優フブキユウといった若者達へ休暇をやりたかったからだ。

 子供達はキッチンでエリー・キュル・ペッパー達が焼いてくれたクッキーを受け取り、笑顔を満開に咲かせる。そしてバルトは、快く周囲の観光客の記念撮影にも応じた。


「ありがとー! ペンギンダー!」

「毎週アニメ、見てるかんな! お前、負けんなよ!」

「そうだよ、ペンギンダー。頑張って! わたし、応援してるから!」


 子供達は本気でバルトをアニメのキャラクターだと思っている。そして、笑顔で手を振り駆けていった。その背に手を……ヒレにも似た小さな翼を振って、バルトは見送る。

 着ぐるみにも等しいこのスーツを着てなければ、部隊の皆が驚いただろう。

 自分にも他人にも厳しいバルトは今、その口元に笑みを浮かべていた。


「こういう任務も引き受けてみるものだな。さて……警備状況の視察と確認に、ん?」


 歩き出したバルトは、不意に軽い衝撃に身を揺さぶられた。

 自然と両手は、それを内包する翼で華奢きゃしゃ矮躯わいくを抱きとめていた。

 子供がペンギンダーな自分に抱きついてきたのだ。

 そして、すぐに彼女が子供ではないと知れる。

 そう、バチコーン! と飛びついてきたのは、バルトのよく知る女性だった。


「うわああ、ペンギンダー! ちょっとこれ、何? すっごい再現度! 本物みたい! ねね、写真いい? いいよね?」


 オスカー小隊の皇都スメラギミヤコだ。

 彼女は今、とんがり帽子に黒いマントで魔女の姿をしている。そう、今日はハロウィン……おごそかに先祖をなつかしんで過ごす日だ。同時に、ハメを外して仮装で練り歩く昨今の盛り上がりがある。バルトの記憶にあるハロウィンは、それは静かなものだが……こうした馬鹿騒ぎも嫌いではない。

 自然と首を縦に振ると、都は自分の携帯電話を己に向ける。


「やた! じゃあ、一緒に……んー、自撮りむずい! ペンギンダー、もっとくっついて。ひっついて!」


 小柄だがほどよくスタイルのいい都が、ぐいぐいと身を寄せてくる。

 バルトはただ身を硬くして、その中心線まで硬くならないように緊張してしまった。都はバルトにとって、同じ年頃の娘がいてもおかしくない年齢だ。そして、彼女のような若人わこうどが涙に濡れないよう、その未来を守るのがバルトの任務である。

 他ならぬ都自身が、普段からその気持をバルトと、部隊全員と共有してくれていた。


「ありがと、ペンギンダー! これ、お礼っ! あ、クッキーもらってくね!」


 都は最後にバルトのスーツにキスして、クッキーを勝手にもらって去っていった。

 直接触れられた訳でもないのに、頬が少し熱い。

 そうこうしていると、今度は別の一団がやってくる。


「ほら、晃! 見て、ペンギンダー! 凄いよこれ、めっちゃ完成度高い!」

「あ、あの、美央ミオさん……手、手を……えっと」

「何? ヤなの? もー、お祭りくらい付き合いなさいよ!」


 ドラキュラの格好をした少年の手を、怪獣の着ぐるみ姿がグイグイ引っ張って近付いてくる。あれは確か、日本の有名な怪獣……ゴジラだ。見事な作り込みの着ぐるみは、その首元に少女の顔が丸く露出していた。

 神塚美央カミヅカミオである。

 そして、その手で引っ張られて赤面しているのは、御門晃ミカドアキラだった。

 二人はバルトが中身とも知らずに、ハロウィンの祭を満喫しているようだ。


「晃、私とペンギンダーを写真に撮って。はいこれ、携帯!」

「え、あ、ちょっと、美央さん!」

「いい? かわいく撮りなさいよ? じゃないと、あとでかぐやに言いつけるから」

「待ってくださいよぉ、何を言いつけるんですか、何を!」

「私と晃がデートしたって」

「違いますよ、そもそも僕が手伝わなかったら美央さんはそれを着れなかったじゃ、ない、です、か……はぁ、いいですけど。撮りますよ!」


 美央は遠慮なく肩を組んできた。

 アニメのペンギンロボットと怪獣王という、異色のツーショットがフラッシュを浴びる。美央はすぐに晃から携帯を回収し、その写真を確認してにんまりと笑顔になった。

 バルトは圧倒されつつも、彼女の笑みに不思議な安らぎを感じた。

 一騎当千のパイロットとして神牙しんがを駆る機獣無法者アーマーローグも、今は一人の可憐な少女だった。

 そうこうしていると、晃がぺこりと頭を下げる。


「うちの美央さんがすみません、ペンギンダーさん。あ……僕も写真、いいですか?」


 いつもそうだが、晃は礼儀正しい。

 無言でうなずくと、彼も隣に並んで自分に携帯電話のカメラを向ける。

 優雅な声が響いたのは、そんな時だった。


「美央さん、晃さんも。そろそろパレードが始まります。移動しましょう」


 そこには、真道美李奈シンドウミイナの姿があった。

 その露出も激しい艶姿あですがたに、思わずバルトは絶句してしまう。次の瞬間にはつい、ペンギンダーである今を忘れて小言を言いそうになった。彼女はバルトにとって、多くの女性隊員がそうであるように愛娘まなむすめも同然だ。

 その美李奈が、実に扇情的せんじょうてき破廉恥はれんちとさえ言える格好をしていた。

 だが、ボロは着てても心はにしき、もとい……である。

 美央と晃も同じ感想を抱いたようで、すぐに笑顔になった。


「お疲れ様です、美李奈さん。それ、凄いですね……」

「お疲れ様、晃君。これはSFラノベの金字塔、機動砲兵ガンフリントのセンチュリオンです。それを、ロボット美少女? というものにセバスチャンが」

「おつー、美李奈。それさ、ふーん……やるじゃん。お腹、冷やさないようにね」

「私も美央さんみたいに、露出のない衣装をと思っていたんです。でも、求められれば期待に応えるのが真道家の人間の務め。さ、行きましょう」


 はっきり言って、センチュリオン少女となった美李奈は過激な容姿だった。ロボットをモチーフにした衣装なので、手足は装甲で覆われている。だが、太腿ふとももあらわだし股間の切れ込みは鋭角的で、へそ出しな上に胸の谷間がきわどい。

 ついバルトは、まるで父親のようなことを言いそうになった。

 だが、ペンギンダーなバルトを見て美李奈は優雅に微笑む。

 それは、高貴な令嬢そのもののいつくしみに溢れた表情だった。


「ペンギンダーさん、ありがとうございます。美央さんも晃君も、写真を喜んでます。これはささやかですが、お礼です。トリック・オア・トリート……さ、このマシュマロをどうぞ」


 菓子の袋を渡して、美李奈は二人と一緒に去っていった。

 その背を見送りながら、バルトも自然と気持ちがなごむ。

 少年少女が、ただの少年少女でいられる時間……それがバルトの守りたいものであり、戦う意義でもあった。

 だが、警備のためとはいえペンギンダーである彼の忙しさは終わらない。


「ま、待て世代セダイ! 待てと言っている!」

「いちず、気合い入れてコスプレしたのにね。逆転凱歌ぎゃくてんがいかだっけ? 似合ってるのになー」

「フッ、これは『Flambergeフランベルジュ逆転凱歌』の広瀬涼ヒロセリョウだ……で、でもっ、双葉フタバにじゃなくて、本当は! ……世代、に、見て、欲しくて……」

「はいはい、ほら! なら、世代を追いかけなきゃ」


 不意に、ミイラ男の仮装をした少年がバルトの前に飛び込んできた。

 よく見ればそれは、97式【氷蓮ひょうれん】に扮した東城世代トウジョウセダイだった。呆れ顔の東埜いちずと神守双葉は『誓約神意ディバイオス ~Myth of those who Lovecraft.~』のロボット少女になっている。


「このペンギンダー! ……凄い、可動部の完璧な作り込みに職人芸を感じる。あ、こう見えて武装も充実かな? この素材は耐熱耐圧処理が施されてる」


 世代は元から人型機動兵器の造詣ぞうけいが深い。一種異常と言える程の好奇心と探究心を持っている。そして、常にそのことにぶれない。彼がリジャスト・グリッターズで戦うのは、自分が興味を持った数々の人型機動兵器の姿を見守り、見届けるためでもある。

 バルトも自分のトール一号機が彼に隅々まで調べられた時のことを思い出していた。

 どうやら世代は、ハロウィンでもロボットに夢中のようだ。

 そして、人型サイズのパワードスーツに入ったバルトはロボットそのものである。


「世代! よ、よし、携帯とかいうのを貸せ。私がお前とペンギンダーを撮ってやろう」

「あ、いちずさん。そういうのはいいんだ、別に。ただ」

「……ただ?」

「僕がいちずさんと双葉さんを撮りたい……ペンギンダーと。そういうのは、駄目?」


 バルトも内心驚いたし、二人の少女は赤面にうつむきつつ互いを肘で小突き合った。

 そして、ようやく夜のとばりが訪れた空には花火が咲き誇る。

 ハロウィンの夜は始まったばかりで、その場にいる誰もが平和を満喫している。そのことが確認できただけでも、バルトにとって今回の任務は大成功なのだった。

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