スーパー◇ボット競争「」- 美央ねきスパッツ祭 -

 二つの地球を守護する超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたい……リジャスト・グリッターズ。この混成部隊は少数精鋭として、あらゆる危機に対応して戦ってきた。構成員は大半が少年少女であり、子供達が大半だ。

 そのことに胸を痛める大人をよそに、彼等彼女等の士気は高い。

 誰もが自分の暮らす地球を愛し、友の生まれた地球を尊重していた。

 二つに一つを選んで、どちらかの地球を差し出す……そんな選択は認められない。

 だからこそ、多くの者達は自主的に訓練カリキュラムをこなしていた。

 例えばそう……三番艦愛鷹さんばんかんあしたかの重力ブロック内の周回マラソンなどがそうだ。


「ハァ、ハァ……もぉ駄目、ごめん……私、駄目。エリー、先に行って」

「がんばろ、篤名アツナ? ラスト一周だから。生活班だって適度に運動しないと、宇宙じゃ身体が弱っちゃうの。私達のコロニーでも、長期航路の宇宙船じゃこれくらいしてたし」

「でも、ちょっとハードだよぉ……なんで、ルゥも、いちずも、平気なのぉ」


 ふらふらと手すりにつかまり立ち止まるのは、渡辺篤名ワタナベアツナだ。そのかたわらでは、エリー・キュル・ペッパが寄り添っている。彼女も息があがっているが、流石は宇宙育ちだ。コロニーの人間は宇宙うみをよく知っているし、理解も深い。

 地球生まれの地球育ちな神塚美央カミヅカミオとしては、彼女達が生活班を支えてくれるのはありがたかった。どんな機動兵器も弾薬と推進剤がなければ動けないように、パイロットにも一日三食と寝床、なにより文化的な娯楽が必須だから。それを過不足なく供給してくれる二人には、日頃から感謝を欠かさない美央だった。


「二人共、お先っ! 無理しないでよ? ここから先は……私達パイロットの本気の一周だからっ!」


 スタート地点と同じゴール地点が近付いてくる。

 そこでは、タイムウォッチを持って小さな女の子が立っていた。服装は美央達と同じスパッツにランニングだが、汗をかいた様子はない。

 幼児体型を強調する格好で、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさが美央達に叫ぶ。


「貴様等、たるんでおるっ! 走れ、走れ、走れ! ラスト一周、持てる力を振り絞れ!」


 かれこれ、同じ場所をグルグルと20周くらいは走っている。

 美央も他の面々も汗だくで、脱落者もちらほらと出ていた。

 だが、これは美央達が自ら望んだ訓練の一環だ。

 特殊部隊とも言えるリジャスト・グリッターズでの生活は、あらゆる部署や作業で体力が要求されるからだ。

 そんな中、唯一すずしい顔をしている少女が声をあげる。


「刹那ちゃーん! なんかご褒美とかないのー? 私、このペースなら何周でもできるよー?」

「ええい、シルバー! お前はアンドロイドだろうっ! ……ふむ、そうだな。ラスト一周、トップでゴールした者には私から商品を出そう。金一封と特別休暇、および次回の上陸時の外泊許可もだ!」


 その言葉が、少女達を戦士へと変貌させる。

 刹那の前を通り過ぎる誰もが、瞳に強い光をギラつかせていた。


「つまり……お小遣こづかい付きで上陸、一泊二日の贅沢三昧ってことだよーっ!」

「あ、ちょっと待って! もっ、ミヤコ! 無理にペースを上げちゃ駄目だってば」

「外泊許可はアカリちゃんとシナ君にあげるね! 私は……金一封でっ、MGマキシマムグレード1/100のゴーアルターをおおおおっ! 買う、んっ、だああああっ!」


 弾丸のように一人の少女が飛び出した。

 すでに成人しているが、快活で闊達かったつな笑顔は少女か、それよりもずっと若く見える。皇都スメラギミヤコ一条灯イチジョウアカリの制止を振り切り、一気にトップに躍り出た。

 脅威の末脚すえあしを見せられ、美央が燃えない訳がない。

 自慢ではないが、昔から勝負事に妥協したことはないのだ。

 勝敗は別にして、常にその時点でのベストを尽くす……それが美央の生き方だ。些細ささいなことでもくだらないことでも、彼女は自分で決めた価値基準で最大限に善処する。機獣無法者アーマーローグなどという無頼漢アウトローのような仕事をしていれば、それは当然にも思えた。


「へえ、都ってばやるじゃない。それに、綺麗な脚してる。やっぱ独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんで鍛えてる毎日は伊達じゃないって――っ!? ちょ、ちょっと、あんた達っ!」


 限界を超えた力を解放させたのは、都だけではなかった。

 数人の少女が、目の前にぶらさげられた人参を追う駿馬しゅんめのように駆ける。

 あっという間に重力ブロックの居住区画通路は、生足なまあし乙女達ヴァルキュリア疾走フルドライブするトラックへと早変わりした。部屋を出てきた飛猷流狼トバカリルロウがそれを見て固まり、向かいの部屋では佐々佐助サッササスケが黙って再びドアを閉める。擦れ違うナオト・オウレンや天原旭アマハラアサヒも言葉を失い固まった。そして、二度見してあんぐりと口を開けて固まる。

 美央は先頭集団を見据えて、自分の中のギアをトップへと叩き込む。

 引き締まった脚線美きゃくせんびが躍動して、全身の筋肉が一つの駆動体へと昇華した。


「っし、本気出す! 休暇も金一封も嬉しいけど……あんな走り見せられたら、燃えない訳にいかないっ!」


 加速する美央がトップスピードに達して、徐々に先頭集団との距離が縮まり始める。

 最初に追いついた一人を、美央は鮮やかにパスして追い抜く。

 忍び寄るように背後についてから、タイミングよく抜きん出る。


「まあ、美央さん! 流石ですね。ですが、私も負けてはいられません!」

美李奈ミイナ、無理しない無理しないっ! やるからには本気、このまま引き離すっ」

「美央さんは、休暇の使い方をもう決めていますか?」

「あー、なんか刹那ちゃんがそんなこと言ってたような……別に!」

「私は、真道美李奈シンドウミイナは買い出しに、バーゲンセールに行きたいのです! 安く上質な食材で皆さんに料理を出すには、やはり休暇を使うべき……この戦い、ゆずれません!」

「あーもぉ、休暇は美李奈にあげるから! もー、完全におさんどんモードだよっ」


 美李奈を徐々に置き去りに、美央は前だけを見て走る。

 すぐに先頭の数人が見えてきた。

 体力や筋力、運動神経に反射速度はほぼ互角……ここからは美央も全能力をフル動員だ。先頭集団の後方について、送り狼のようにペースを上げる。

 宇宙戦艦愛鷹の重力ブロックが折り返しに差し掛かる時、美央は勝負に出た。


千雪チユキっ! それ以上メスゴリラになってどうすんのさ、いくら巨乳でも腰がくびれてても、腹筋バッキバキだとドン引きしちゃうよ!」

「美央さん、おだててもなにも出ませんよ?」

めてないし! あとっ、統矢はれんふぁみたいな、ほわふわマシュマロ系女子が好きだって」

「……本当ですか? やっぱり男の子というのは……いえ、でも……美央さん、その」

「ごめん、嘘! 詳しくはあとで!」


 僅かに速度を鈍らせた五百雀千雪イオジャクチユキを、一瞬で追い抜く。

 メスゴリラ呼ばわりは心の中で謝罪したが、本人に自覚がないので不要だったかもしれない。千雪の肉体は均整が取れ過ぎていて、トップモデルとアスリートが同居したような肉体美だ。裸の付き合いで確認済みなので、嫌いではない。

 そんなことを思い出しつつ、次もごぼう抜きに抜き去る。


「シファナ、お先っ!」

「美央さん! 流石さすがですね……ですが、私も負ける訳には」

「シファナはなに? 休暇? 外泊許可? 金一封?」

「恥ずかしながら、スメルの姫巫女ひめみこともあろう者が……俗物ぞくぶつと笑ってください」

「ん、別に……なに? なにがどうしたのさ」

「先日、ミスリルとアマゾー・ン・トットゥコ・ムゥなる大規模商会の目録もくろくを見ました。私は……ミスリルと自分に、新しい携帯電話というものが欲しいのです」

「あー、ずっとガラケーだったもんね。それで金一封狙い……ま、考えとく! 取れたらあげるよ、そろそろスマホにしなきゃね! んじゃ!」


 シファナは特別体力が秀でた人間ではないが、流石の精神力としか言いようがない。苦しげな顔を見せずに汗を流す彼女を、そっと抜きつつ肩をポンと叩く。美央に触れられたからか、シファナはようやく立ち止まって両膝に手をついた。

 オーバーワークで倒れられては困るし、好みの美少女が辛さも見せずに激走するのはちょっと見てて辛い。

 そして、いよいよ先頭の三人をとらえた。

 意外な人物にも見えたし、当然のようにも思える。

 美央にとって美しいと思える好みの三人で、自分に勝るとも劣らぬ美少女達だ。


「まずっ、エリカ! トレーニングならユートに付き合ってもらいなって」

「あっ、美央! つ、付き合うだなんて、そんな、交際には手順というものが――」

「その付き合うじゃ、ないっ! よし、次!」


 日本皇国にほんこうこくきっての名家のお嬢様が、ここまでやるとは思わなかった。帝王学は文武両道、身体を鍛えることもまた必要ということだろう。

 残り、二人……一気に美央は余力を振り絞る。


「ほいで次は……ソーフィヤ! ……なに涼しい顔してんの、余裕?」

「ん、結構しんどい。でも、祖国の東ロシアでは苦しさを顔に出してはいけない」

「あ、そ……でもっ! お人形みたいな顔ばっかしてると、出せる力も出せないっ!」

「む……美央、私と張り合う気? それ、面白い……本気、出す」


 そのまま二人は、互いに先を競うように加速する。

 あっという間に、トップを走っていた都を左右から二人は追い越した。


「ああっ! ま、待ってー! 私のプラモー! ゴーアルター! ……うぐぐ、これが十代のパワァなんだね……ごめん灯ちゃん、ごめん級君……ついでにごめん? 千景チカゲ君も。しゃぁ、負けてられっかああああああ! ダラッシャアアアアア! これがああああっ、大人のぉぉぉぉ、女子力だあああああっ!」


 背後から都が猛烈に追い上げてくる。

 精密機械のように規則的な呼吸で、隣を走るソーフィヤはさらにペースをあげた。

 美央も最後の力を振り絞って、一周回って見えてきたゴールへ己を押し出す。

 そいて、三者はほぼ同時に刹那の前を通り過ぎた。

 そして、運命の声を聞く。


「ふむ、ほぼ同着……強いて言えば、神塚美央! 。よくやった、日頃の戦闘でもその力を発揮しつつ、もっと私の命令をだな……あ、待て! 神塚美央! どこへ行く、貴様!」


 後で刹那がわめいていたが、美央はさらりと無視してそのまま駆け抜ける。ペースを落としつつ、シャワー室へと向かう。他の面々も皆、汗塗あせまみれで息が上がったままふらふらとついてきた。

 勝利は、いい。

 全力の勝負だからこそ、勝つことが気持ちいい。

 それは他者がたたえてくれる栄誉であり、自分に誇れる名誉。

 美央はいつでも全力全開、なにごとにも全力投球だ。

 ただ、そのことを口に出したり表現したりはしないが。


「暑ぃ……もう限界、水……それと、シャワー! みんなもだよね? じゃ、一緒に」


 ようやく脚を止めた一同は、ぞろぞろと互いの健闘を讃えながらシャワールームに向かう。途中にはドリンクサーバもあったし、誰もが給水の飲み物を受け取ってそぞろに歩いた。

 だが、シャワールームに脚を踏み入れた美少女達を悲劇が襲う。


「……ん? あれ……って、なんで美央さん達がいるんですよぉ!?」


 シャワー室には、全裸のアレック・マイヤーズがいた。


「ア、アレックス!? なにしてんの、ちょ……ちょっと! それ、しまいなさいよ!」

「さっき哨戒任務しょうかいにんむから戻って、それでシャワーでしょう! ……って、みんな、いる? これは……ン、ンンッ! ゴホン! ……やあ、一風呂ひとふろどう? キラッ!」


 美央は咄嗟とっさに止めようとしたが、遅かった。

 なんとか腰にタオルを巻いたアレックスは……シャワー浴びたての身体に湯気をまとったまま、何故か混乱の挙句に笑みをこぼす。まるでエアロビインストラクターみたいなスマイルを向けてくる。

 次の瞬間、千雪の稲妻いなずまのようなハイキックが彼の後頭部を襲った。

 美央が溜息に肩をすくめる中、アレックスは「むれむれスパッツ軍団バンザイ!」と、謎の言葉を残して崩れ落ちるのだった。

 リジャスト・グリッターズの平和な日常のヒトコマは、こうして美央と仲間達を乗せて戦いへと向かう。戦いから戦いへと流れるままに戦う中、つかの間のひとときが誰をも笑顔にさせつつ、とりあえず変態は死ねという共通の意識を共有させるのだった。

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