百合めかしく、スパ◇ボ「」

 リジャスト・グリッターズの戦いは、日々続いていた。

 若き少年少女が多数を占める中で、ささやかな日常生活は戦闘へと飲み込まれてゆく。それでも、鈍色にびいろに輝く彼ら彼女らの青春は確かに存在した。

 戦うだけが全てではないから、誰もが暮らしの中にうるおいを求める。

 それを望むことは当たり前で、大人たちは積極的にそのことを許容していた。

 だから、神塚美央カミヅカミオの提案は許されたし、多くの仲間たちに喜ばれた。


「さて、と……こんなもんでいいかな? やっぱ軍艦だから、どうしても殺風景かなあ」


 美央は手をパンパンと叩いて、自分の部屋を見渡す。コスモフリートの士官用個室は、手狭ながらも暮せば快適だ。住めば都とはよく言ったもので、不自由はない。

 ただ、やはり飾り気のない実用一点張りの室内は味気なかった。

 絨毯を敷いて中央にテーブルを置き、飲み物と菓子を用意する。

 それくらいしかできなくても、普段よりは少し華やいで見える。

 当然、労を厭わず働いた彼女自身が楽しみにしているからだ。

 その時、ドアがノックされ、返事をすれば勢い良く開かれる。


「やっほー、美央! 来たよー!」

「美央さん、本日はお招きいただきありがとうございました」


 現れたのは、シルバーと真道美李奈シンドウミイナだ。

 二人とも何故か、おそろいのパジャマを着ている。

 そう、今夜は美央の部屋でささやかながらパジャマパーティだ。

 美央は美李奈の差し出すお土産を受け取りつつ、早速クッションの上にあぐらをかいて座ったシルバーを振り返った。


「わ、私これ好きだな。懐かしい感じだもん」

「パンの耳を味付けして揚げたものです。シナモン味と、ココア味と、それとメイプル味」

「サンキュ、美李奈。で……なんでおそろいのパジャマなの?」

「ええ、実は」


 シルバーは珍しそうに美央の部屋を見渡し、瞳を輝かせて本棚に駆け寄る。以前に聞いた話だが、彼女たちの時代では紙媒体の本は珍しいそうだ。知識自体が価値を失った時代、そして紙媒体が貴重過ぎる世界なのだという。

 そして、美央は美李奈から事情を話してもらって、思わず微笑ましくて笑みを浮かべる。

 シルバーは着るものに頓着とんちゃくがなく、時には下着だけでサンダー・チャイルドの艦内をほっつき歩くらしい。男性諸氏からの嬉しい悲鳴を受けて、彼女に服をきせようという機運が高まったのだ。支給されるものでは味気ないので、美李奈が時間をやりくりして縫ったものだという。


「布地は一枚で買えば安上がりですし、私も新調をと思ってましたので」

「ああ、それで」


 美李奈は、楽しそうに本を読み出しゴロゴロ転がるシルバーの隣に座った。シルバーは美李奈にもよく懐いていて、律儀に正座する彼女の膝に乗り上げて笑う。まるで姉妹のように仲睦まじくて、思わず美央は鼻の奥が熱くなった。

 これ、これだよ。

 これなんですよ!

 戦いの日々で美央が飢えていたもの、それは……少女たちの健全なふれあいだ。

 美少女揃いのリジャスト・グリッターズに欠けていたのは、これである。

 改めて美央は、心のハードディスクに二人の姿を保存した。見目麗しいお嬢様と、子犬のように愛くるしいアンドロイドの少女……最高である。

 そうこうしていると、他の仲間たちも順次やってきた。


「おいーっす! 美央ちゃん、来たよ。これね、アカリちゃんから預かってきた」

「あっ、ミヤコさん。お疲れ様です」

「もーっ、固い固い、なんかガチガチに固いよ? 都さん、だって……ニシシ、ちょっとそれかたーい!」

「えっと、じゃあ……いいのかな、年上の先輩に。都、ちゃん」

「それだよ、それー! うんうん、大変よろしい。はいこれ、灯ちゃんのアップルパイ」


 皇都スメラギミヤコは支給された軍の寝間着を着ていたが、無機質なグレイの布地でも華やかさが損なわれていない。むしろ、そでがダボダボに余っている、サイズの大きいパジャマを着せられてるのがイイ。彼女はお土産を渡しつつ、美央にギュー! っと抱きついてきた。

 いつも明るく元気で、さりげないスキンシップもとても温かい。

 一条灯イチジョウアカリが頼れるお姉さんなら、皇都は身近な先輩って感じである。

 思わず美央は頬が火照ったが、都はすぐに部屋の奥でシルバーや美李奈にもハグして回っていた。……最高かよ、と美央は心の中でガッツポーズである。

 そして来客は続く。


「おう、美央! 邪魔するぞよ? ほれ、土産じゃ。ん? ……なんじゃ、シファナ。はようこんか!」

「あ、あの、リリス様……この格好、ちょっと……恥ずかしい、の、ですが……」

「気にするでない、今宵はおなごしかおらん。それともなにか? ミスリルにもそう言うて恥じらうのかや?」

「そ、そんなことは! あ……美央さん、こんばんは。私も来て、よかったのでしょうか」


 突然の御褒美ごほうびである。

 暁リリスもシファナ・エルターシャも、ネグリジェ姿でやってきた。なにやらリリスは酒瓶を持っているが、彼女の酌に付き合えるのは都くらいだろう。

 どうやらシファナは、強引にリリスにネグリジェを着せられたようだ。

 それがまた、いい。

 恥じらい頬を赤らめるシファナも、威風堂々唯我独尊いふうどうどうゆいがどくそんのリリスも、とても綺麗だ。過不足ない優美な曲線が、女性的なラインを織りなしている。それが、レースの散りばめられた薄布を向こう側から押し上げているのだ。

 やはり、最高かよ!

 美央はしばらくポーッと見つめてしまったが、慌てて二人も招き入れる。

 リリスの持ち込んだワインを見て、やはりというか都が歓声をあげた。

 そして、ささやかながらパジャマパーティが始まる。他にも呼んだメンバーがいるが、そのうち来るだろう。やはり女の子には、忙しい日々の合間にこうした集いが必要なのだ。コイバナをしたり、流行のファッションを語ったりしたいのである。


「いやーっ、リリスさん! なにこれ美味しい、どこのワイン?」

「そこの売店PXで売ってたんじゃが、前に刹那セツナやバルトと飲んだらなかなかでのう。しかし、この艦の者はみんな酒が弱いから困りもんじゃて」

「私も飲むー! 美李奈は?」

「未成年ですので、お茶で。シルバーさんも飲み過ぎには気をつけてくださいね?」

「どうぞ、シルバーさん。このグラスを使ってください。美李奈さんはお茶ですね」

「まあ……シファナさん、気を使わないでください。さ、もっとこっちにいらして」


 夢の花園である。

 百合が咲きほころぶ楽園である。

 美央の中で今、キマシタワーと言う名のバベルの塔が天をく。

 ザ・最高。

 そして早速、皆が振り返って美央を呼んでくれた。

 輪の中に加わり、出されるグラスで飲み物をもらう。

 グイと飲めば、この場に満ちる少女たちのぬくもりが感じられるようで、ほんわかと身体が温かくなってくる気がする。

 そして、自然と弾むガールズトークに場が賑わい出した。


「次の上陸はいつじゃろうか。今は確か、艦隊は」

「えっとねー、シナくんがパリに寄港するって言ってたよ。すごいねー、花の都パリだよ!」

「シャンゼリゼ通りとかを歩いてみたいものですね」

「ねね、シファナはなに着てくー? 私はどうしよっかなあ」

「少し、避難民の方も上陸して息抜きできればいいですね」


 うんうんと頷き、注がれるままに美央はジュースを飲んで菓子を食べる。灯の焼いたアップルパイも、美李奈の揚げたてのパンの耳も美味しい。この深夜に飲食は非常に気になるお年頃だが、明日からダイエットを頑張れば平気だろう。大丈夫、

 そして、さらなる来客で賑やかさが増してゆく。


「すみません、遅くなりました。さ、かぐやさんも」

「あっ、あの! お邪魔し、ます」


 十六夜かぐやを連れてきたのは、エリー・キュル・ペッパーだ。遅くまで厨房の仕事をしてたらしく、エプロンを外しながら微笑む。彼女のどこか家庭的な雰囲気が好きで、思わず美央は頬が火照る。なんて愛らしい……それはかぐやも一緒だ。恋に任務にと一途なかぐやは、目の離せない妹みたいで、かわいらしい。


「えっと、厨房で余ったチーズや生ハムなんかですけど……ちょっと、女子会って雰囲気じゃないかな? おつまみみたいで、ごめんなさいね」

「なんじゃと! 都っ、確保じゃ!」

「がってんっ、リリスちゃん!」


 すぐにエリーは打ち解け、美李名とシルバーの話の輪に加わった。その横では、既にのんべえ全開モードのリリスと都が恋のアレコレを語り出す。人の色恋はなんとやらで、今の二人の話題は、槻代級ツキシロシナの灯との距離感や、摺木統矢スルギトウヤの二股疑惑、東城世代トウジョウセダイの圧倒的な包容力だ。

 そうこうしていると、行儀よく隣にかぐやが座ってくる。

 なんだかいつもより不思議と気が大きくなってて、美央は自然と彼女の肩を抱いた。


「あ、美央さん……あ、あの」

「かぐや、ふねの方は慣れた?」

「は、はい。その、でも……いいんでしょうか。アタシは皆さんの敵だったのに」

「もー、そゆこと気にしないの。ほら、楽にして、楽に!」

「は、はい」


 リジャスト・グリッターズも気付けば、かなりの大所帯である。そこには、訳ありのパイロットたちが無数に身を寄せ合っているのだ。

 死んだと思われていた男の帰還。

 散ったと思われていた少女の生還。

 今は敵となった者さえ、この艦では以前は仲間ったことがあるのだ。

 そんなことを思いつつ、ポンとかぐやの背を叩く。彼女は少し緊張が薄れたようで、小さくはにかんで笑顔を見せてくれた。

 そこへ、ズビシャア! とリリスと都ができあがった顔を並べてくる。


「で? お主、御門晃ミカドアキラとはどうじゃ? 進んでおるかや?」

「どうー? 仲良くできてる? おねーさん、気になってますよムフフフフ」

「あ、えっと、それは……その、晃も最近は忙しくて。……もっと、オーラムを乗りこなしたいって。よく、シミュレーターに」

「あー、真面目だからねえ。しかも、ああいう子ってほら」

「うむ、先輩風吹かしてしまう奴もいるからのう。カカッ、若い若い」

「そうそう、アレックスもなんです。でも、いい傾向かな。ふふ、彼は施設にいた時もそうだったけど、結構年下を気にかけてしまうんですよね。そういうとこ、あって」

「っと、エリー! 今、恋する乙女の顔だった? ねえ、そうだった?」

「これこれ都、よしてやらぬか……それより、級と灯はどうなんじゃ?」

「あー、私見たよ! 二人でなんか、難しい話してたー! おろそう、とか! うむ、とか!」

「……シルバーさん、いけません。それは、メリッサ・グラムの装備換装のお話だったと思いますが。武装の一部を降ろすと、重量軽減による機動力が生まれるというお話です」

「チッ」

「チッ」

「あはは、そうだった。ごめーん、リリス。都も! ……でも、もっと面白い話あるよ。あのね、統矢が千雪チユキとれんふぁを」

「詳しく」

「詳細希望じゃ」


 盛り上がっている。

 最高にハイってやつだ。

 そして、ほんわかといい気分で美央もリラックスしてくる。こんなに安らかな気分になれたのは、久しぶりだ。どういう訳か少しけだるい眠気が襲ってきたが、まだまだ夜は宵の口だ。そして、仲間たちと語りたいことは沢山ある。

 もっとお喋りしたい。

 この時間を共有して、また次の機会につなげたい。

 そのために生き残って、戦い抜きたい……みんなと一緒に。

 気付けばシファナが隣で支えてくれていたが、その柔らかな胸に寄りかかって美央は賑やかな声を聴いていた。まるで夢みたいだ。みんな楽しそうで、自分も嬉しくて、穏やかないこいの時間はゆっくり流れてゆく。


「あ、あれ? ねえ、ちょっと……リリスさん。あの」

「ん? どうしたんじゃ。お、おおう……美央、お主」

「だれー? 美央ちゃんにお酒飲ましたの」

「駄目ですよ、もう。……大丈夫でしょうか」

「あ! シファナ、あれやってあげなよ! 前に都にもやったんでしょ? 悪い精気や魔力を抜くんだー、って。チュー! って」

「うおおおっ、シルバアアアアア! 記憶を失ええええええ!」

「都さん、いけませんよ。それは乙女がしてはいけない表情です。それに、アンドロイドにコブラツイストだなんて」

「と、とりあえず、その……美央さん、どうしましょう」


 そこからのことは、あまり覚えてない。

 ただ、ベッドに運ばれた美央の耳には、いつまでも楽しい笑い声が響いていた。フィリアが差し入れを持ってきてくれたり、マモルと篤名アツナが合流したのも聴いていたが、美央は安らかな眠りの中でしかそれを知らされなかった。

 ともあれ、パジャマパーティは大好評だったようだ。

 唯一、翌朝の頭痛だけが、美央を悩ますことになるが、それはまた別の話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る