いけいけ!ぼくらのリジャスト・グリッターズ!

よくわかる?スパ◇ボ「」の説明小説

 西暦2098年……地球は未知の敵、パラレイドによって存亡の危機に立たされていた。次元転移ディストーション・リープによる大規模侵攻により、地形は変わり果て、大陸は海ごと消滅した。

 全地球規模での最終戦争は、文明の全てを闘争へと駆り立てる。

 皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうく高等部二年、摺木統矢スルギトウヤもまた鈍色にびいろの青春を送っていた。

 彼ら学生は皆、幼年兵ようねんへい……最前線へと投入される最も安い命、燃え尽きるまでわずか数秒。


「統矢君。ちょっと、いいですか?」


 透き通るような声に統矢は、手に持ったタブレットの図面から顔を上げる。

 ようやく暖かくなり始めた五月の上旬、統矢は昼休みを屋上で過ごしていた。金網の外を見下ろせば、生徒たちが中庭でバレーボールをしたり、そこかしこで弁当を広げたり……仮初かりそめの平和といえど、酷く尊いものに見える。

 そんな彼の前に、見るも玲瓏れいろうなる黒髪の少女が立っていた。

 凍れる無表情でじっと統矢を見詰めてくるのは、同じクラスの委員長、五百雀千雪イオジャクチユキだ。全校生徒が畏怖いふ畏敬いけいの念で憧憬どうけいを注ぐ、我が校の無敵のマドンナ……人型機動兵器、パンツァー・モータロイドを駆るその姿は、誰が呼んだか【閃風メイヴ】。またの名を、フェンリルの拳姫けんき

 その千雪が、春風に髪を抑えながら統矢を覗き込んでいた。


「少し、そのタブレットをお借りしたいのですが」


 ニコリともせず、怜悧れいりに澄み渡る鉄面皮てつめんぴで千雪は統矢の手元を指差す。美人なのだから少し位は笑えばいいのだが、彼女はいつもこうだ。全くと言っていいほどに感情を表に出さない。時折見せる微笑すら、どこかぎこちなくて、そのことを他者に言われても顔を僅かに赤らめうつむくだけだ。

 統矢は最初、なにを言われているか訳がわからず首を傾げた。

 物資が不足し、日本皇国の生活レベルは昭和中期まで後退している。タブレットなどという文明の利器は、見たこともないという世代さえいるのだ。そして、統矢が持つこれは大事なもの……消滅した北海道で戦死した幼馴染、更紗サラサりんなの形見だった。


「え、いや、お前……なにすんだよ」

「ありがとうございます、では」

「あっ、ちょっと待て! いいなんて言ってないだろう!」


 ヒョイと千雪は、あっさり統矢からタブレットを取り上げてしまった。

 慌てて立ち上がる統矢は、軽い身のこなしで伸べる手を避けられる。


「また、図面とにらめっこですか? 統矢君」

「しょうがないだろ! 俺はあの機体を……【氷蓮ひょうれん】をもう一度直すんだ。パーツがなかろうが生産中止だろうが、関係ないっ!」

「……ここの強度計算、間違っています」

「マジ? ちょ、ちょっと見せろよ」


 慌てて統矢は、千雪の白く細い指がなぞる画面を覗き込む。

 千雪は直ぐにデータを修正して、パンツァー・モータロイド……通称PMRパメラの最新鋭機、御巫重工みかなぎじゅうこう製97式【氷蓮】の図面を閉じる。

 ぎこちない手つきで千雪は、どうやら青森校区のネットワークへとタブレットを接続したいようだ。だが、それが統矢には気が気ではない。タブレットは個人の空間で、故人との思い出が詰まっている。更に言えば、同世代の女子には見せられない、男子故のアレコレえっちなものだって詰まっているのだ。


「ええと、ネットワークへの接続は……これでしょうか? 違いますね、でも統矢君。こういう趣味なんですか? いけない人ですね」

「おいバカやめろっ! 違う、そのグラビア画像は辰馬タツマ先輩に頼まれて」

「兄がいつもすみません。……統矢君が自分で使う、こういう画像はないんですか?」

「使うとか言うなっ、生々しい!」

「このフォルダでしょうか……あっ」


 千雪の奴はとうとう、写真が詰め込まれたフォルダを開放した。

 そこには、ショートカットの美少女の笑顔があった。北海道校区の教室で、自宅のキッチンで、そして統矢と一緒にPMRの前で。戦友にして幼馴染、更紗りんなの在りし日の肖像……それはもう、永遠の世界へいってしまった。

 我ながら女々しいと思っていたが、統矢はそうした写真を消せずにいた。

 そして、りんなそっくりの謎の少女、更紗れんふぁが現れた今でも時々眺めている。見ればみるほどにで、そのことがどうしても気になるのだ。


「……すみません、統矢君。少し、度が過ぎました。あら? こっちの写真は」

「思い出だけを詰め込んでると、ちょっと重いからな。お、お前な、千雪……その仏頂面すましがお、どうにかした方がいいぞ、本当に。損してるんだよ……かっ、かか、か、かわいいから、さ」


 千雪が最後に見せたのは、統矢の新しい仲間たち……この青森校区の戦技教導部せんぎきょうどうぶ全員で撮った一番新しい写真だ。遠慮無く三つ編み美人の肩を抱く優男が、千雪の兄で部長の五百雀辰馬イオジャクタツマ。恥ずかしげにはにかみつつ、彼に身を寄せてる眼鏡の少女が副部長、御巫桔梗ミカナギキキョウだ。一年のラスカ・ランシングや、整備科の佐伯瑠璃サエキラピス、そして……あの面影。千雪と一緒に統矢を挟んで立つのは、更紗れんふぁだ。

 部活の仲間と言うには、絆は鉄と血でびたような臭いがする。

 明日には誰かがいなくなる、そういう現実と背中合わせの仲だった。


「……いいんだ、千雪。ネットだろ? 貸せよ、繋いでやる」

「は、はい」


 おずおずと差し出されるタブレットを千雪に持たせたまま、手慣れた様子で統矢は指を走らせる。どの校区も、基本的には皇国軍、そして人類同盟じんるいどうめいの軍事基地だ。一般の生徒が使わずとも、ネットワークはまだ辛うじて前世紀レベルを維持している。

 かつて世界を覆って席巻した電脳社会グローバルネットも、今は戦争にしか使われていない現実があった。


「ほら、繋がったぜ。あと、わかるか?」

「はい。ありがとうございます、統矢君」

「しっかし、お前がネットなあ……なにすんだ?」

「勿論、ゲームです」

「……は? げぇむ、だあ?」

「今、ダウンロードしてます……スパロボ、


 美貌のクラス委員とゲーム、どうも統矢の中で結びつかない。しかし、タイトルを聞いて妙な納得が湧き上がる。千雪は無類のPMR好き、そしてロボ好き……時々ちょっとメカフェチなのだ。

 千雪は「ほら、見てください」と、金網により掛かる統矢に身を寄せてくる。

 統矢にも画面が見えるように、ぐっと顔を近づけ、豊満な胸を押し付けてくるのだ。

 自然と統矢は、甘い柑橘系かんきつけいのような匂いに鼻腔びこうをくすぐられた。


「どっ、どど、どんなゲームなんだ? ロボか? お前の好きなメカメカしいやつか?」

「はい。今世紀初頭に大流行した作品で、今も有志の手によって存続されてるんです。個々に性能の違う人型機動兵器を指揮し、戦術的な勝利を積み重ねてゆくシミュレーションですね」

「あ、ああ……なあ、千雪。ちょっと顔が近――」

「いいですか、見ててください。自宅のデータを呼び出しました、今は第48話『栄光の落日、再び』です。……どうしても、統矢君にも、見せたくて」


 嬉しそうに千雪は、少し不慣れな様子で画面を触ってゆく。

 ……多分、はしゃいでるんだと思う。

 いつもの無表情を、僅かに弾ませ目元を緩めたあの顔は。

 画面には3D表示でマップが表示され、デフォルメされた等身の低いロボットが沢山並んでいた。そして千雪は、自分だけのスーパーロボット軍団を指揮する司令官なのだった。

 互いの呼気が肌を撫でる距離で、千雪はゲームを再開し始めた。


「えっと……相手を全滅させればいいのか?」

「そうですね、このマップはそうです」

「……数が全然違うぞ? 相手は五倍以上の兵力だ」

「大丈夫です、こちらは一騎当千のスーパーロボット軍団ですから!」

「……た、楽しそうだな」

「はいっ!」


 要領を覚え始めたのか、千雪の操作は少しなめらかになっていった。

 そして、画面上でアイコンが進軍を開始する。

 画面の中のゲームという戦場を、統矢はぼんやりと眺めつつ……やっぱりどうしても、密着してくる千雪の体温が気になる。二の腕に当たるたわわな柔らかさが気になるのだ。


「では、サクッとクリアしてみましょう。スパロボ必勝パターン、開始です!」

「……おいおい、全軍で前進かよ。後詰は? 予備兵力は、そもそもだな――」

「メリッサを先行させ、集中をかけて単騎突入……敵のターゲットを中央に固定」

「待て、千雪。独断専行だ、無茶な進軍だぞ! ……ま、まあ、俺が言えたことじゃないけど」

「トール一号機とピージオンで命中率補正、そのまま速やかに火力を集中です!」

「これが指揮官機か、で……おいおい、電子作戦機までいるのか。ほ、本格的だな」

「最後は、ゴーアルターと神牙を中心としたスーパー系で中央を突破!」

「単なるゴリ押しじゃねーか! ってか、まるで武装や配備機に統一感ねぇな、この部隊」

「ふふ、あきれるほどに有効な戦略です……」


 千雪は、楽しそうだ。

 あの千雪が、表情こそ変わらないが楽しそうにゲームをしている。

 画面の中では今、どうやらボスキャラらしき巨大ロボの周囲を、正義のスーパーロボット軍団が囲んでいる。


「な、なあ千雪……お前の指揮、な。これ、密集させすぎじゃねえか?」

「バルトさんの指揮範囲内は、命中と回避が高くなるんです。これは、アレックス君のジャミング範囲内でも同じですね。そして、この機体……」

「えっと、ヴァルキリー?」

「御巫先輩の89式【幻雷げんらい改型弐号機かいがたにごうきと同じ、狙撃戦に特化したユニットです。強力な援護射撃が得られるので、多くのユニットを隣接させているんです」

「お、結構かわいいが乗ってるのな。……なんか、男キャラが群がってるみたいでヤだな」

「……統矢君、こういう感じの女の子がタイプですか……チェックですね……」

「ん? なんか言ったか? で、ボスがなんか」

「ああ、MAPマップ兵器ですね。Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon……大量広域先制攻撃兵器です。固まった敵を一網打尽にする攻撃で……ッ!?」


 援護攻撃シフトだとかフォーメーションがどうこうだとか言っていた、千雪のユニットたちが光の中に消えた。どうやらボスを中心に固まり過ぎてたらしく、大規模殲滅兵器で文字通り一網打尽にされてしまった。

 千雪は「まあ」と目を丸くして、それから慌てて画面に食いついた。


「だ、大丈夫です。ゴーアルターは硬いので、寧ろHPヒットポイントが減るほど強くなるので! あと、メリッサやトールは避けますので! 他の子も大丈夫です、ほら!」

「なんか、一機だけ派手に食らって爆発したぞ? いいのか?」

「ああ……統矢君の【氷蓮】が……そうですよね、装甲900しかないですもんね」

「俺かよ! ってか、俺たちも出てるのかよ!」

「ありがとうございます、統矢君……そして、ありがとうございました。かたきは討ちます! 安らかに眠ってください……私の胸の中で」

「勝手に殺すな」


 味方のターンが回ってくるや、千雪は整然と並んだユニットたちに一斉攻撃を指示する。ゴーアルターや神牙といった強力な攻撃力のユニットを、ピージオンやヴァルキリーが援護攻撃で補佐。次にトールの一号機と四号機が合体技を浴びせると、ボスのHPが二割を切り――


「お、おい千雪……敵の増援みたいだぞ」

「大丈夫です、統矢君。メリッサを既に防衛戦に配置完了しているので」

「……意外とえげつないことするな、お前。で? ボスが弱ってるから、トドメだろ?」

「そうですね……ここで私の、我が軍の切り札を投入します!」


 すすーっと千雪が、空色のアイコンへ指を向ける。一角獣ユニコーンのような角の、どこかで見たような機体……マッシブな手足で、肩の装甲が盛り上がっている。どうやら無手による格闘戦特化型のユニットらしい。

 だが、表示されたステータスに統矢は、あまり明るくないゲーム的な知識で口を開く。これは……素人でもわかる、統矢でもなんとなく知れる。


「なあ、千雪。このユニット、あれじゃないか? ……弱くないか?」

「! ……な、なんてことを言うんですか、統矢君! 私、怒りますよ?」

「半端な装甲に微妙な運動性? これが防御力と回避率なんだろ? えっと、攻撃力もそこまで高くないし……オマケに、射程が1しかない武器が、使って駄目だろ」

「あ、あうう……そ、それは」

「加えて言えば、えっと、合体攻撃? 相方パートナーがいないぞ、さっき撃墜された奴か……え? お、俺? 俺の相方って、ま、まさか」

「……このユニットは……私の……89式【幻雷】改型参号機かいがたさんごうきです……」


 あっ、と思った時にはもう、遅かった。

 千雪はなんだか、プルプルと小刻みに震えている。

 ヤッチマッタ……核弾頭級の戦略地雷を、全身全霊で踏み抜いてしまった。

 そんな時、救いのかねが青森校区に鳴り響く。予鈴が告げてくるのは、午後の授業の始まり……確か統矢のクラスは、PMR実技訓練だ。

 そうこうしてると、セーブしてから千雪がゲームのアプリケーションを終了する。

 これはフォローしないとまずいと思って、統矢が言葉を選んでいると――


「……もぉ、いいです。これはこれで、とりあえず。それで、統矢君」

「は、はいぃっ! な、なんでしょうか千雪さん、ええと。そ、そうだ、帰りに甘いもんでも食ってくか? その、スパロボ? あとでゆっくりやれよ。タブレット、貸すから、なあ」

「……このタブレットには、カメラが付いてるんですよね?」

「あ、ああ。ほら、これだよ。ここを」


 千雪は、ぷぅ! と小さく頬を膨らませていたが、統矢がカメラを起動させてやると、タブレットを自分へと向けた。

 そして、統矢に身を寄せてさらに密着度を増し、頬と頬が触れる距離でフレームに二人を納める。


「お、おい、千雪」

「笑ってください、統矢君」

「……お前が言うな、お前が。お前こそ、なんだ? 笑えよ。なんで写真なんか」

「撮ります。はい、チーズ……のたっぷり載ったピザと冷えたコーラが待ってるぜ、野郎ども。パラレイドを倒してさっさと帰投だ、ガンホー!」

「棒読みだぞ、千雪。っていうか、なんだよそれ」

「海兵隊のグレイ大尉に教えてもらいました。……写真、撮れましたね。では、教室に戻りましょう」


 不思議と千雪は、統矢とのツーショットを撮ったら機嫌が治った。彼女はその写真を、先ほどのフォルダの一番新しいフォトとして保存する。

 どうして一緒に写真を撮ると、機嫌が治るのか……?

 女というのはワカランと、統矢は肩をすくめるしかなかった。


「さ、統矢君。時間がありません、戻りましょう」

「お、おう」

「それと、ページ数もあまりありません。シメてください、主人公的に」

「……お前なあ、メタ発言にも程があるぞ? な、なんだよ、シメって」

「宣伝でもしたらどうでしょうか、ギリアム・イェーガー少佐みたいに」

「あ、ああ……ええと……リレイヤーズ・エイジもよろしく! ……って、なんだかなあ」


 統矢は釈然しゃくぜんとしない気持ちを引きずりながらも、軽い足取りの千雪を追った。

 東北の短い春を揺るがす、パラレイドの大規模な本土再侵攻……その第二の次元転移が青森を襲う直前の、平和な学園生活のひとときだった。

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