第2話「吼える望郷の巣襲機」

 地球の軌道守備艦隊オービタル・ガードナー(※1)からの、砲撃。

 彼等は地球衛星軌道上の全艦艇を結集させ、コロニーの残骸破砕作業に火線を集中させている。あたかも、その中から現れた何かを一緒に隠滅いんめつするかのように。

 そう、モニター越しにクルベが感じているのは焦りだ。

 見えない影に怯えてか、駆り立てられるような散漫な攻撃が続く。

 そして、バラバラに砕けるコロニーの中から……赤い影が飛び出した。


「なんだ……? デカいな、150mはある」


 あまりの驚きに思考が停止する。

 人間の感情は時として、処理不能な情報を前にフラットになるのだ。

 だからこそクルベは、異形の巨大機動兵器を前に冷静でいられた。

 そして、混戦する広域公共周波数オープンチャンネルに響く、少年の声。


『やめてくれ……僕は、帰ってきたんだ。僕は……それに、僕だけじゃない! せめて』


 ――せめて、このを。

 それは悲痛な叫びだった。

 まるで、人ならざる巨大な赤き魔神がすすり泣いているようだ。

 だが、軌道守備艦隊から一斉にミサイルが放たれる。局地戦用の戦術核に相当する、Gx反応弾ジンキ・ニュークリア(※2)だ。宇宙の闇に白い軌跡を残して、殺意と敵意の塊が無数に殺到する。

 そしてクルベは、同じ軍人とは思えぬ取り乱した声を聞いた。


『艦隊司令より各員へ! 特殊弾頭の使用に関しては人類同盟本営の判断であり、その責任は――』

『クソッ、バケモノめ……来るなっ! 戻って来るなあ!』

『奴らを、あの外訪者アウターを皆殺しにしたって……次は地球をやる気に決まってるっ!』

『総員奮起せよ、あれは既に極秘開発の巣襲機そうしゅうきなどではない! 敵だ! パラレイドやヴァーミリオン(※3)、そして外訪者と同じ……地球の敵だ!』


 ありったけの憎悪が、赤い巨影を包む。

 だが、クルベははっきりと目視した。

 まるで身を守るように、巨大な機動兵器が身を縮こまらせて防御の体制を取る。その異様に長いアンバランスな両手が、やはり何かを握っているようだ。

 そして、信じられない光景にクルベは絶句した。

 周囲を覆って降り注ぐミサイルが、無数の光によって撃ち落とされる。

 赤き魔神は全身からの光条で、名もなき星座を描いた。

 核爆発に匹敵する光が、なにもかもを飲み込んでゆく。

 宇宙を照らす白い闇の中へと、反撃らしい反撃もせずに消えてゆく巨大機動兵器。

 見知らぬ通信が入ったのは、そんな時だった。


『あー、リョウ・クルベ中尉? 聞こえているね?』

「……あんたは?」

『ああ、小生しょうせい八十島彌助ヤソジマヤスケ二尉……それともこう言えばいいかね? 秘匿機関ひとくきかんウロボロスの技術顧問……その【樹雷皇じゅらいおう】(※4)を作った人間であると!』

「【樹雷皇】……? それが、このバカげた大砲の名前か」

『左様。この後にウェポンコンテナを搭載し、動力部の問題を解決すれば完成する……全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい【樹雷皇】。天駆ける武器庫だよ』


 彌助の話では、この巨大な集束荷電粒子砲自体オプティカル・フォトンカノンが巨大な機動兵器だと言う。そのコンセプトは、先程コロニー内部から現れた機体に酷似していた。

 そして彌助は、秘匿機関の特務二尉らしい言葉で指揮系統を無視する。


『中尉、【樹雷皇】をしばらく預ける。フヒヒ……いいデータが取れそうだ。そして、あれを……巣襲機エルンダーグを保護、防衛して離脱して欲しい。合流座標をこれから送るので、少し待ち給えよ』

「あ、あれを保護しろだって!? ……エルンダーグ? しかし、あれは」


 その時、クルベは目を疑った。

 Gx反応弾が無数に連鎖爆発した、数万度の高温にあぶられた空間の中から……ゆっくりと赤い影が浮かび上がる。

 血のように暗い赤が鈍く輝く、その魔神の名がエルンダーグ。

 あまりの威容に言葉を失うクルベに、彌助は手短に説明してくれた。


『今、地球は……こっちの地球は多くの脅威にさらされてる。想像して見給みたまえ……月や木星圏では人類同士の争いが絶えず、パラレイドやヴァーミリオン、隕石アリメテオ・アントといった未知の外敵とも永久戦争の真っ最中。そんな時、新たな敵が現れたら?』

「それが、さっきから飛び交っている外訪者という訳ですか」

『ご名答、そして……人類同盟各国の首脳はこう考えた。これ以上外敵が増えては、民衆をコントロールすることは難しい。そこで、だ』

「秘密裏に殲滅作戦を行った。目の前のあの機体……エルンダーグはその極秘任務に投入された地球側の兵器。そんなとこでしょう」

『理解が早くて助かる。あれは、巣襲機……その初号機、エルンダーグだ。勿論、我々ウロボロスも開発に関わったのであるが、失う訳にはいかぬ戦力なのだよ』


 だが、一騎当千の特殊兵器といえど、物量の前では風前のともしびだ。

 そして、オービットガンナー・モジュールのセンチュリオンが一機では、できることが限られている。その上、虎の子の集束荷電粒子砲はエネルギー切れなのだ。

 しかし、彌助は平然とクルベを困難な任務へと突き落とす。


『貴官は再度【樹雷皇】を使用、集束荷電粒子砲で活路を切り開いて現宙域を脱出してくれ給え』

「しかしエネルギーが……! ま、まさか」

『そのまさかだよ、中尉。エネルギー源ならほら、目の前に浮いているだろう? エルンダーグは対消滅機関で駆動している。そのパワーを有線接続で供給すれば問題ない』

「……この命令は勿論、正規の指揮系統を通じたものではない訳ですが」

『なに、貴官の地位と名誉、ならびに生命は保証する。ま、可能な限りというやつであるな。質問は?』

「ありません。せいぜい、いい弁護士をつけてください」

『了解した、軍事法廷で会わぬことを祈っておるよ』


 通信が切れると同時に、クルベは改めて【樹雷皇】のシステムを完全に掌握する。モニターに『YGGDRASILLユグドラシル SYSTEMシステム』の文字列が走り、異形の砲神がクルベの操縦で反転した。

 爆発的な推力で急加速、センチュリオンを乗せたまま【樹雷皇】が闇を切り裂く。

 本来ならば、小型の人型機動兵器をコントロールユニットとして接続する。

 そのドッキングハブはバイクのようであり、半ば拘束するような形になっている。

 だが、それはセンチュリオンではサイズが違い過ぎた。


「強烈な加速だ! 振り落とされたらかなわんが……さて、聴こえるか? エルンダーグ、応答せよ。こちらは人類同盟軍軌道砲兵中隊じんるいどうめいぐんきどうほへいちゅうたい所属、リョウ・クルベ中尉だ。これよりそちらを援護する。速やかに応答の後、共に現宙域を離脱してくれ」


 クルベは振り落とされぬように、センチュリオンの片手で手近な構造物を保持させる。機体を安定させてから気付いたが、それはドッキングハブを左右から挟む形で装備された固定砲だ。どうやら長砲身の電磁投射砲レールガンのようである。

 有線接続された無数のケーブルをもう片方の手に握らせる。

 まるで、巨鯨モビーディックにしがみついて流されるかのような激しい加速だった。

 そして、苦しげな声で応答がある。

 やはり、先程の少年の声はエルンダーグのパイロットだ。


『軍人さんは……あの、この娘を、先に』

「待ってろ、すぐ行く。……チッ、どうやら軍は相当エルンダーグが目障めざわりらしいな」

『……アローヘッドがあれば……いや、でも』


 激しい艦砲射撃の光が、無数にエルンダーグを襲う。

 その火線が乱れ飛ぶ中を、クルベは暴れ馬のような【樹雷皇】で飛んだ。

 同時に、エルンダーグとの接続に備えて忙しくコンソールを叩く。勝負は一瞬、そしてチャンスは一度。この乱れ飛ぶ攻撃の中で反転し、エルンダーグに合流、双方を有線接続してエネルギーを確保した後、一斉射。

 当てる必要はない。

 この【樹雷皇】は、一撃で軌道守備艦隊を壊滅させてしまうだろう。

 だが、今はこの場からの離脱だけでいいのだ。


「エルンダーグのパイロット、名は?」

春季ハルキ、です……藍田春季アイダハルキ

「了解だ、春季。今から反転減速してエルンダーグに合流する。悪いがそのデカい手で物理的に受け止めてくれるか?」

『この手は、エルンダーグの、手は……いや、でも! やってみます!』


 相対速度を合わせて、クルベは慎重に機体を制御する。

 全長200mを超える【樹雷皇】は、その砲口を友軍である軌道守備艦隊へ向けて静止した。

 エルンダーグのいかつい片手が伸び、腰溜こしだめに構えるように【樹雷皇】を固定する。

 その時、クルベは光学映像で確認した。

 やはり、エルンダーグは手になにかを持っている。

 そのことを伝えると、春季は哀願あいがんするように声を湿らせた。


『この娘を……助けたいんです。僕が駄目でも、この娘は……彼女は、どんな姿でも、彼女は……人間、だから』

「彼女?」

『地球への帰路で、拾ったんです。木星周辺宙域で。生体反応がまだちゃんと。でも、姿は……それでも、人間なんです』


 エルンダーグは小さなコンテナを手にしていた。

 その中に、一人の少女が生きているという。

 人の身を失ってまで地球を目指す、小さな小さな少女の生命……それは、同じく地球を目指して旅してきた春季にとって偶然の出会いだった。だから、地球に近付くにつれ幾度となく同じ人類に迎撃されてきた春季は考えたのだ。


『廃棄されたコロニーで、偽装して……それで』

「なるほど。だがな、春季。俺は軍人、兵士だ」

『は、はい』

「兵士は市民を守るもの、未来のある少年少女を守るものだ。その娘も、君自身も」


 すぐにクルベは愛機センチュリオンを飛び立たせる。【樹雷皇】を操作して動力部へのバイパスを開放し、太いケーブルを両脇に抱えてエルンダーグへ。

 そびえる巨躯の背中側のコネクタへと旋回すれば、その禍々まがまがしい姿に思わず息を呑む。【樹雷皇】、そしてエルンダーグ……人類の力は、これほどまで巨大な兵器を建造できるのかと。そうまでして戦わなければいけないかと思うと、忸怩じくじたる想いが脳裏をよぎった。


「よし、接続完了だ……春季君、コンテナをこちらで預かろう」

『お願いします、ええと、クルベ中尉』

「確かに生体反応があるな。……木星から? あそこは今、軍閥化ぐんばつかしたU3F(※5)とインデペンデンス・ステイトのせいで紛争地帯だ。隕石アリの脅威が迫っているってのにな」

『少し、彼女のデータが……反応が、妙です。姿や形みたいなものが』

「だが、避難民には違いない。そしてそれは、俺が守るべき生命だ。……よし!」


 クルベの合図で、エルンダーグは長い長い砲身を両手で構えた。

 再びエネルギーが戻ってくるのを確認して、迷わずクルベはトリガーを引く。密集陣形で近付く軌道守備艦隊をかすめるように、苛烈かれつなビームの奔流ほんりゅうほとばしった。

 エルンダーグのパワーを得た圧倒的な力が、絶え間なく照射され続ける。

 それは、当たらずとも艦隊の脚を止めるには充分な破壊力だった。


「よしっ、春季君! 離脱するっ」

『は、はい……あ、あの』

「いいんだ。君は帰ってきた、だから……帰ってもいいんだ」


 クルベのセンチュリオンごと、【樹雷皇】をエルンダーグが抱え直す。そうして、背後へと急加速。暴力的な推力を爆発させ、エルンダーグは地球光の中を飛んだ。

 そして、リョウ・クルベ中尉の数奇な運命が始まる。

 あらゆる公式記録から抹消された、もう一つの戦いと同時に。

 謎の異星生物、隕石アリから逃れてきた少女……アルミ・ロビンソンとの出会いは、その始まりに過ぎない。そして、彼の最初の仲間である春季もまた、残酷な宿命に翻弄ほんろうされてゆく。

 全ては、語られることのない英雄譚サーガ断章だんしょう、その一節にすぎないのだった。






※1:軌道守備艦隊

 人類同盟の地球圏絶対防衛ラインを死守するエリート艦隊。虎の子の防衛戦力であり、リョウ・クルベ中尉達の軌道歩兵部隊は外様とざまのような扱いを受けることもしばしば。しかし、つい先日……宇宙義賊うちゅうぎぞくを名乗る戦艦の地球降下を許してしまい、その威信は地に落ちた。なお、その際に大気圏突入装備を持たぬまま特攻した機動兵器が全て、謎の外部アクセスにより宇宙側へ押し出されたとの記録がある。

出典『スパ◇ボ「」オリジナル』


※2:Gx反応弾

 絶対元素Gxの産物で、旧来の核兵器に相当する。ただし、ウランやプルトニウムと違って、絶対元素Gxの化合物による核分裂に放射能はほとんどなく、半減期も僅か数秒である。

出典『リレイヤーズ・エイジ』


※3:ヴァーミリオン

 現在の地球を襲う謎の敵の一つ。その正体は全くもって不明であり、当初は存在自体が秘匿されていた。しかし、甲府を中心とする日本列島での戦いで、スーパーロボットのアストレアとユースティアの活躍が広まり、人類同盟側も存在を公表せざるをえなくなった。

出典『鋼鉄令嬢アストレア』


※4:【樹雷皇】

 人類同盟が日本皇国を中心に開発した、全長200mを超える巨大機動兵器。現状、地球で唯一セラフ級パラレイドと五角以上に戦える兵器でもある。全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体の名の通り、圧倒的な火力を満載した空飛ぶ武器庫である。

出典『リレイヤーズ・エイジ』


※5:U3F

 正式名称をUniversal United Universe Force(国連宇宙治安維持部隊)といい、その頭文字をとってU3Fと呼称される。政情が不安定な木星圏での、治安維持を名目とした部隊だが……地球より遠く離れた宇宙で軍閥化、一部が腐敗して横暴を繰り返している。そのため、木星コロニーの独立運動の機運が高まり、インデペンデンス・ステイトの台頭を招いた。だが、その背後ではとある一族の策謀が動いているのだった。

出典『PEAXION-ピージオン-』

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