あの子に裏技的なパワーを

言語道断の超絶ロボ、再臨!?

 アフォート・リッケンバーグは憂鬱ゆううつな日々を送っていた。

 仕事は充実していたし、社内での評価も鰻登うなぎのぼりだった。

 なにより、年下のかわいい後輩と恋人関係になった。

 だが、そうした夢のようなサクセスストーリーも、彼の陰鬱いんうつな日々を塗り替えてはくれなかった。アフォートは毎日、義憤ぎふんに支配されていた。

 上司のアリュー・ノブレスに呼び出されたのは、そんな時だった。


「まったく、何の話なんだ? 今になって今更いまさら……そう、今更だ」


 今更遅いという言葉を、アフォートは噛み潰して歩く。

 社屋しゃおくの長い長い廊下を進めば、最奥に位置する場末部署が見えてきた。かつては大人気ネットゲームだった『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』を制作した、メインチームの使っていた研究室だ。

 今、ゲームはゲームの世界を超えて飛び出した。

 夢の人型兵器は、悪夢の現実となって戦っている。

 ゲームは忠実な人型兵器のパイロット育成用シミュレーターとして機能した。

 そして、ゲームと全く同じ人型兵器、ヴェサロイド……通称VDヴィーディは世界の秩序を破壊したのだ。


「こんなことが……ええい、わかっていたはずだ! だが、がたい……度し難いぞ!」


 アフォートはずっと、この数日の動向を見せつけられた。

 ゲームのアーカディアンは、そのまま現実のVDを操作するシミュレーターだった。そして、そうしたゲーマーが操るVDは現実の戦争で絶対兵器と化したのだ。

 あらゆる兵器の上位に位置する、人型の機動兵器。

 それを操る人間は、すでにゲームで操縦を熟知している。

 現実のコクピットに襲い来る縦横のGやストレスさえ、多くの者達が乗り越えていった。

 皆、年端もゆかぬ少年少女だった。


「クソッ、これがアーカディアンの……俺の愛したゲームの生み出した地獄なのか。どうして……何故、ロボットを戦争に使いたがる! どうしてですか!」


 バン! と扉を開いて、アフォートはとある研究室に乱入した。

 乱雑に散らかった部屋の奥で、ホワイトボードを前に小さな少女が振り向く。

 見た目にだまされてはいけない……アフォートより年上の女性はダボダボの大き過ぎる白衣姿で出迎えてくれる。

 彼女の背には、びっちりと数式や計算式が乱舞する文字が満たされていた。


「来たわね、アフォン! 待ってたわ……これを見て頂戴ちょうだい! 完璧よ……れするわ」


 彼女の名は、アリュー・ノブレス。

 あのアーカディアンを生み出したスタッフの一人である。

 そして、ゲームバランスを調整する段階で排除された、才女さいじょ過ぎる故の難物なんぶつだった。他ならぬアフォート本人が、彼女がいてはまずいから根回しをして排除したのだ。

 その後ろめたさを感じぬ程に、アリューは奇人変人、そして天才だった。

 常人を逸した才能の持ち主は、得てして常人が遊ぶゲームの開発に向かないものだった。


「……アリュー主任、どうして俺を? もう既に、アーカディアンはVer4.03までがリリースされて、順調に利益をあげています。なにより、現実がゲームに追いついた」


 アフォートの言葉を受けても、小さく華奢きゃしゃなアリューは動じない。

 小学生レベルの矮躯わいくにたわわな胸を揺らして、彼女はホワイトボードを叩いた。


「以前のEVD-00、〝アブソレイル〟を再設計したわ! やっぱり、ゲームには最強過ぎる隠しキャラが必要なのよ。大丈夫、稼働時間の問題はクリアしたわ!」


 鼻息も荒くバンバンとホワイトボードを叩いて、アリューはしたり顔だ。

 だが、製品版アーカディアンの全てを取り仕切るアフォートは溜息を一つ。

 彼の鬱陶うっとうしさを感じる気持ちは、ゲームがゲームではなくなった時からずっとだ。

 それなのに、アリューはゲームの中に没頭している。

 その彼女は、歩み寄ったアフォートを見上げて意気揚々いきようようと語り出した。


「EVD-00〝アブソレイル〟は、突出した攻撃力と防御力、及び機動力故に稼働時間という難点を抱えたわ。そこで。再設計してオーラム用のバックパックにまとめてみたの!」

「はあ……アクティブスラスターが生み出す巨大なビームの翼に、一撃必殺のメガバスターキャノン。そして、その砲身をさやにした長刀身のヒートキャリバー……クソゲー過ぎますね」


 以前見せられたバランスブレイカーな隠しキャラの装備が、そのままオーラム用の装備として再構築されていた。一目で見て、アフォートはアリューの才能を思い知る。制御困難な万能性を維持したまま、オーラムに合体するバックパックの性能を追求している。

 だが、ここまで見せられた内容では、稼働時間の短さを解決していない。

 そのことを口にしたら、アリューは不敵な笑みを浮かべた。

 彼女はバン! とホワイトボードを叩いて裏表をひっくり返す。


「流石ね、アフォン! 稼働時間の問題解決は至上命題だったわ!」


 何故か嬉しそうに、アリューは説明を始めた。

 ホワイトボードの裏側にも、数式と走り書きが入り乱れている。アリューの字を見慣れているアフォートでなければ、恐らく文字と数字という認識すら持てないだろう。

 だが、アフォートは計算式を脳裏に検算して感嘆の溜息をこぼす。


「これは……アブソレイルパック? これをオーラムの専用装備に?」

「そうよ、アフォン! オーラムの決戦用装備として、バックパックにしてみたわ!」


 それは、アフォートがテストプレイ等で使うオーラムに、アリューが以前から勝手に構築していた最強キャラの装備を上乗せしたものだった。

 だが、問題はそのまま残っているように見える。


「ですから、アリュー主任。これだけの火力を盛ると、180秒しか稼働できないと」

「ええ、そうよ! だから、見なさい! 大容量バッテリーと巨大プロペラントタンクを背部に増設したわ。既に人型のシルエットを失ったけど、結果オーライよ!」

「……これだけのサブ動力部増設と、推進剤の増強……もろにデッドウエイトですが」

勿論もちろんよ! だから、ブースターを増設して推力を確保したわ! アブソレイルパック装備時のオーラムは、宇宙をつらぬ穿うが強襲殲滅兵器きょうしゅうせんめつへいきよ! 敵を敵とも認識せずに撃墜する、天翔あまかける武器庫ぶきこね!」


 滅茶苦茶だ。

 話にならない。

 だが、狂気の沙汰さたとしか思えぬプランを、天才は形にしてしまう。

 奇跡的なバランスで、アリューの設計は合理性と実用性を維持していた。


「えっと、アリュー主任……盛り盛りの武装を補うプロペラントで、重量が」

「安心して、アフォン! ウェイトレシオを帳消しにするブースターを増設したって言ってるでしょう? あらゆるVDの機動性と運動性を凌駕しているわ! 中の人の耐G能力と根性次第では、最強の機動兵器たりえるの」

「あの、既に人型じゃないんですけど」

「アブソレイルパックは、オーラム本体を包むように装備されるの。でも、安心して! 脚部を包む増加装甲か、その爪先つまさきから巨大ビームサーベルを発振可能だわ。両腕を補佐するアーマーパーツも、そのまま相手に叩きつける衝角しょうかくとして運用可能よ」

「ア、ハイ……っていうか、こんなゲテモノロボを扱える人がいるんですか?」

「突出した火力で戦場を支配し、多対一を前提とした全領域殲滅用ぜんりょういきせんめつようバックパック……どう? いいのよアフォン……素直に言いなさい! 惚れ直したと! 素晴らしいと! 最高だと!」


 アフォートは正直、言葉を失った。

 話にならない。

 こんなバックパックは、実戦で全く役に立たない。何故なら、理由は明白だ。現実の戦争では、大事なのは個体の能力ではなく、均一の戦闘力を擁する個体の数なのだ。

 戦いは、数だ。

 一騎当千のエース専用武装は必要ない。

 誰でも扱える数の勝負になるのだ。

 そして……それは勿論、アフォートには面白くない。

 だが、元を正せばロボット同士で宇宙戦争をすること事態が腹に据えかねる。

 そのことを言おうとした瞬間だった。

 アリューは目をそらして指と指とをもてあそびながら、小声でらす。


「アフォンは、嫌いなんだ……ロボット同士の戦争を。だから……」

「だから? なんです、主任」

「私は考えたわ……そういう時代を終わらせるには、アフォンのかなしみを終わらせるには、どうしたらいいかを。結果、極めて合理的な結論に至ったの。それが、アブソレイルパック……一騎当千のエースが駆る、最強の火力と機動力」

「誰が乗るんですか、誰が」


 アフォートは驚いた。

 傍若無人ぼうじゃくぶじん唯我独尊ゆいがどくそん、自分のことしか考えぬエゴイストのアリューが……自分のことを考えていてくれたことに。彼女はアフォートの心痛の根本を断つべく、戦争を早期終結させるための知恵を振り絞ってくれたのだ。

 アフォートは戦争の道具でしかないロボットに忸怩じくじたる想いを抱いている。

 その悩みを解決するため、アリューは決断した……戦争を最速で終わらせる術を。そのための決戦用装備を。

 結論として、万能戦闘力を結集させたバックパックをオーラムに接続し、全ての能力を満たした故のピーキーさを乗り手の制御で補う狂気のシステムを生み出したのだ。


「アフォン、さ……辛そうだもん。毎日、ずっと……」

「え? あ、ああ……そりゃ、嫌ですよ。ロボットを人間同士の戦闘に使うなど! ゲームのアーカディアンも人気ですが、それが現実になると……嫌ですね! 本当に!」

「うん……だから、思ったの……このクソみたいな戦争を、アフォンの嫌がる現実を……一瞬でも早く、終わらせようって」


 不意に、切なげな笑顔でアリューはアフォートを見上げた。

 上目遣いに大きな瞳を瞬かせるアリューが、とても綺麗に見えた。

 だが、アフォートは騙されない。

 彼女はずっと年上、28歳だ。

 いたいけな少女の顔をしていても、上司だ。

 そして、決して忘れない。

 アリューが切なげな美少女然としたウルウル顔で見上げてくる時、。それは、アフォートが積み重ねてきた過去の全てが物語っていた。


「アリュー主任、あの。いつものアレですよね、演技ですよね」

「勿論よ! でも、アフォンをあおってたかぶらせたいからよ」

「この、アブソレイルパック……こんな難しいオペレーティング、できるパイロットなんていませんよね? 射撃武器と格闘武器、双方の最高峰を積み込んで推力とエネルギーを倍プッシュした……これは高速でカッ飛ぶ人間爆弾だ。普通の人間が操りきれるものじゃない」

「大丈夫よ、アフォン。目星は付けてるの……例えば、ゲームチャンプのアキラなら?」


 ――アキラ。

 本名、御門晃ミカドアキラ

 アーカディアンのゲーム内で最強を誇る、超有名プレイヤーである。その彼が戦争に巻き込まれて、アーカディアン義勇兵として国連軍に参加していいることもアフォートは知っている。

 正直、反吐へどが出る。

 楽しいゲームとして、アフォートが望むまま、願う通りに遊んでくれた少年。

 それが今、結果的にパイロットとして戦場に出ているのだ。

 慙愧ざんきの念を禁じ得ない。

 娯楽として楽しんでくれた子供を、アフォートのゲームは戦場へ送り出したのだ。ロボットが、その存在に憧れる者と一緒に戦争の道具になっている。

 そのことにいきどおりを感じる、そんなアフォートにアリューが微笑ほほえんだ。


「アキラはきっと、現実の加速Gや人間関係、軍部のセクト争いに負けない……そんな気がするの。そして、ねえ……アフォン」

「な、何ですか。こうしている今も、アキラを始めとするプレイヤーが兵士として戦っている。わかってた……でも、納得できない! ゲーム感覚で人を殺せる兵士を、ゲームそのものが育ててしまったなんて!」


 激昂げきこうに叫ぶアフォートに、突然アリューは抱きついてきた。

 少女を通り越して幼女としか見えぬからだが、驚く程に柔らかくて温かい。


「アフォン、大丈夫だよ。私がアフォンの嫌いな戦争を終わらせてあげる」

「アリュー主任? えっと、その」

「アキラにいつか……彼みたいな有能なプレイヤーに送りたいの。戦争を集結させる、圧倒的な力……アブソレイルパックみたいなのをたくしたいの。これがペーパープラン、机上きじょう空論くうろんで終わってもいい。送り続けたいの」

「それは……傲慢ごうまんだよ。戦争をおさめるための戦争みたいなものだ。アキラは、そういう名前の少年は、それを望んでいる筈がない」

「だからよ、アフォン。……希望を託すの。それしかもう、できないじゃない? だから、チートレベルの最強の力を、いつか……アキラを始めとする凄腕プレイヤー達に託したい。ゲームから生まれた戦争を、ゲームで最強の子に潰して欲しいの」


 アリューは胸の中で見上げて、アフォートが想像だにしなかった言葉をつむぐ。


「だって……大好きなアフォンの嫌いな戦争を、嫌だと想ってる今を……彼等しか壊してくれないから。そうなら、チートでも裏技でも、最強の力を与えたいから」


 アフォートはその時、初めて知った。

 アリューがどうして、ゲームのアーカディアンにこだわったか。

 何故、彼女がアフォートの関わるゲームに首を突っ込んできたか。

 彼女は密着する中でアフォートを見上げて微笑む。


「アフォンの嫌がる、ゲームを踏み台にした現実を壊してあげる。それをやってくれる子にいつか、私は最強の力を与えるの。アブソレイルパックは増設されたプロペラントタンクで一時間以上の戦闘が可能よ。そして、その重量を帳消しにする加速力を得たわ」

「アリュー……君は、狂ってる」

「照れるわ、よして」

「褒めてない!」

「私には褒め言葉よ……アフォンのためなら狂えるの。アフォンはずっと見てきた……ゲームの中の娯楽を楽しむ子達が、戦争の走狗そうくになる現実を。その現実を、私が壊すわ。私の生んだアブソレイルパックを継承した、誰かが壊す」


 アリューはうっそりとした表情で背伸びして、アフォートの唇に唇で触れる。その時、アフォートは理解した……自分が求めて得られなかった未来が、狂気の産物によって引き寄せられるのを。

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