選択画面でL+R+AB…隠しVDが!

絶対無敵の最強ロボ、降臨!?

 重役たちがまばらに集まり、徐々に会議室の椅子いすが埋まってゆく。

 壁面いっぱいに広がるスクリーンのテストをしながら、アフォート・リッケンバーグは神経質そうな顔をひくつかせた。

 因みに、会議開始予定の時間から、すでに15分が経過している。

 どこの世界も、重役や重鎮と呼ばれる老人たちは傲慢ごうまん過ぎる。

 時間すら守れない人間に、なにが守れるんだ?

 これで口を開けば『』などと抜かすから、アフォートは腹ただしい。彼の所属する企業は、鉛筆からミサイルまでを製造する多国籍企業だ。そして、ゲーム事業にも熱心で、アフォートの努力もあって相当な収益をあげている。

 そして、彼がプロデュースする世界はもうすぐ、バーチャルから現実になる。


「おお、君も来たのかね。どうかね? 来月にゴルフでも」

「いいですね、専務! それでしたら開発七課の彼も」

「それでなあ、惜しいところで逃してしまった。ありゃ、たいだな。80cmセンチ級だよ。逃した魚は大きい? 釣りを知らんね、君は!」

「それで? どうかね、その後の娘さんの様子は」

「はあ、それが困ったもので……どうしても嫁に行くのは嫌だと渋って」

「とりあえず、今夜の河岸かしを決めましょう! いい料亭を知ってるんですよ、女将おかみが色っぽくて、庭がまた見事な枯山水かれさんすいで、勿論料理も美味うまい!」


 アフォートは内心、舌打ちをする。

 俗物ぞくぶつが、と苛立いらだちを隠そうともしない。

 だが、スクリーンに映像を投射する機械を調整して、それをパソコンと繋ぐ。そして、パソコンには市販のゲーム機と共有のコントローラーを付けた。左右のアナログスティックがついた、両手で保持して握るタイプのコントローラーだ。旧世紀のニンテンドー以来の伝統となった、十字キーと四つのボタンもある。人差し指で押し込む左右のトリガーボタンも健在だ。

 これからアフォートがプレゼンテーションするのは、ゲームだ。

 多くの子供たちを魅了し、夢を夢と捨て去った大人たちにも夢を拾わせる……そんなゲームだ。自信がある。全てをそそいできた。必ずいいゲームになる、大ヒットは間違いない。そして……一部の軍人たちが望むように、現実とを繋ぐことになるだろう。

 席がようやく埋まったのを確認して、アフォートは咳払せきばらいを一つ。


「ゴホン! では、プレゼンを始めさせて頂きます。本日、このアフォート・リッケンバーグが皆様にお見せするのは……これです!」


 バン! とアフォートが叩いたスクリーンに、光が投射されて映像を象る。

 浮かび上がるロゴと同時に、心を高鳴らせる音楽が響く。

 集まった重役や役員たちから「おお!」と歓声があがった。

 ささくれだったアフォートの気持ちは、称賛に等しい声で少しばかり癒された。それも手伝って、ようやくテンションが上ってくる。


「これが、現在各国で開発中の新機軸人型機動兵器、ヴェサロイド……通称VDヴィディを用いたネット対戦型MMOアクションゲーム! 機巧操兵きこうそうへいアーカディアンです!」


 二度の世界大戦を経て、戦争の惨劇を思い知った人類。

 疲れ果て闘争を忌避きひする中で、旧世紀の人々は夢を見た。

 真に調和と融和を果たし、人と人とが平和を分かち合える世界を。

 そして、第二の産業革命と呼ばれた時代が到来する。

 開拓すべき新たなフロンティアは、無限に広がるネットワーク社会だった。あっという間に世界規模のネットワークが確立され、社会のあらゆる場所へとネット接続環境が広がっていった。果てなき電脳空間の地平へと、人類は歩み出した。

 しかし……それでも尚、戦争を忘れることはなかった。

 それどころか、世界規模のネットワークが織り成す新世界へと戦争を持ち込んだ。

 二度と起こすまいと誓う悲惨な戦争は、忘れられないから度々起こる。現実で戦争が起こることでようやく、人類は過去の愚行を思い出すのだ。そんな不毛な繰り返しの中で、兵器だけが科学技術と共に発達してゆく。

 あたかも、人類自体が兵器であるかのように、兵器を作るための兵器であるかのように。


「皆様もご承知の通り、世界は人型機動兵器の導入で小規模かつ迅速な戦争の集結を選択しました。大量破壊兵器も、戦略爆撃機も、大勢の歩兵もゲリラも必要ありません。VDとVDとで、被害を最小限に留める……これこそが、新世紀の戦争なのです!」


 自分で言ってて反吐へどが出る。

 アフォートは自分の言葉に苦味を感じていた。

 嫌な話だ。

 戦争は全て、娯楽創作の中に閉じ込めておくべきだ。

 そう思う以上の怒りが、アフォートにはある。

 それは、少年の頃から憧れていた神話への冒涜、ほうじるべき信仰への侮辱だと思う。

 ――何故、人型の巨大ロボットを戦争に使おうとするのか。

 幼少期のアフォートを夢見心地にさせてくれたロボットは、最高だった。

 大人になってもそれは変わらない。

 架空の創作物の世界だから、悪がはびこる……敵でしかない、純然たる悪が。そして、それを倒して正義をうたい、愛をくロボットが大好きだった。この世には存在し得ない絶対の正義を、ロボットだけはしめしてくれたのだ。


「えー、我が社では各国の要請により、このVDを用いた対戦ゲームを――」


 アフォートは嬉しい。

 ドキドキしてるし、ワクワクする。

 高揚感は確かで、全身が泡立つような興奮を感じる。

 だが、なにかが違う。

 どういう訳か、心のどこかで今の現状を吹っ切れない。

 アニメや漫画、ゲームのヒーローが乗るロボットとは、違う。

 リアルな戦場を描いた、俗に言うリアルロボットアニメでさえ、道理があって筋道があって、その中でロボットを扱う者たちには矜持きょうじがあった。ロボットで住民虐殺や都市破壊はしないし、ロボットと戦うのはロボット、正義と正義のぶつかり合いだった。

 だが、現実ではそうはいかない。

 実用化の目処めどが立ったVDは、間違いなく軍用の兵器として全てを焼き尽くす。

 勝手に口がプレゼンを続ける中、心が沈んでいくのをアフォートが感じていた、その時だった。不意に突然、広い会議室にドアが乱暴に開かれる音が響く。


「ちょーっと待ったあ! 待たせたわねっ、! 颯爽見参さっそうけんざんっ、超世紀美少女ちょうせいきびしょうじょぉ!」


 この場の誰もが、ドアの方を振り向いた。

 アフォートも、自分を呼ぶうら若き女性を見て硬直した。

 待ったもなにも、口を挟む余地がないほどにプレゼンは完璧な筈だが?

 というか、待たせたもなにも、待ってないし。

 ついでに言うなら、呼んでないし。

 そこまで考えてようやく、この突飛とっぴで大胆、そして失礼な女性のことをアフォートは思い出す。ざわめく会場の中で、アフォートは不躾ぶしつけな女性の名を呼んだ。


「なっ、なな……なにやってんですか! アリュー主任っ!」


 そう、彼女はアフォートの上司で、開発チームの主任だ。

 名は、アリュー・ノブレス。

 アリューは注目を浴びる中でも堂々と、靴音をカツカツ鳴らして歩いてくる。

 見れば美人、それも目がさめるような美女だ。

 先程血迷って超世紀美少女などと名乗っていたが……確かに美少女と言い切れるハイスクールの女学生じみた童顔だが、今年で28歳である。だが、彼女が開発チームを任される才媛さいえんであることに疑いはない。それは、一番側で仕事を見ていたアフォートにはよくわかる。

 スクリーンの前まで歩いてきて、アリューは会議室の一同を振り返る。


能書のうがきはいいわっ! 見せてあげる……このゲームと、それを生み出したVDという兵器の全てを! さあ、アフォン! 対戦するわよ、準備なさい!」


 突然の自体に、老人たちは硬直してしまっている。

 勿論、アフォートも意味がわからずしきりに瞬きを繰り返した。


「あ、あの、主任……どうしてここに」

「勿論、! 私はこう思ったの……ああん、現実で実用化直前までこぎつけたロボット兵器があって、そのVDというのでゲームを作れですって? なら、作るしかないじゃない(クネクネ)……私の心血を注いだ、最強のVDと共に! ……という訳よ」

「や、どういう訳かさっぱり」

「とりあえず、ジジイ共には対戦でゲーム内容を見せるほうが手っ取り早いわ!」

「あ、あの、それは言い過ぎじゃ……一応ほら、上司の上司のまた上司、重役なので」

「さっさと準備する! ちなみに私はこの機体を使うわ……自分でプログラミングしてきたの。勿論、製品版にも入れてもらうわよ? ほら、アフォン、早く!」

「その愛称、やめてくださいって言いましたよね……アホって言われてるみたいで、その」

「貴方がアホな訳ないでしょう! この会社は無能揃いだけど、貴方は私に次ぐ頭脳と発想を持ち、それを能力に昇華させている稀有けうな存在なんだから。ほら、急いで」


 以前から知って、そして思い知っていた。

 アリューには常識が通じない。

 彼女はまさに唯我独尊ゆいがどくそん傍若無人ぼうじゃくぶじんなのだ。

 しかし、彼女が言うことは常に、結果的に間違っていないことが多い。ただし、リアルタイムでは受け入れられず拒絶されることが多いが。

 渋々データを受け取り、アフォートはパソコンにディスクをセットする。読み込み画面を通じて、アリューの用意したVDが画面に映し出された。

 その瞬間、ざわめきを広げる重役たちにアリューは振り返る。


「いいこと? ボケ老人たちっ! これから私がアフォンと対戦するわ。ゲームしてみせるから、よーく見なさい!」

「あ、あの、主任……そういうことはもっと、オブラートに包んで」

「必要ないわ! ボケ気味なんだから、ハッキリ言ってやった方が通じるの。準備は? もうっ、早くして!」

「あ、はい……で、これは……ちょっと、その、データとして整合性が。ゲームバランスが」

「私が開発した欧州連邦製のVD、EVD-00……アブソレイルよ!」

「そ、それは」

絶対アブソリュートの名を冠する最強のVDなの! 高機動と重装甲を実現し、武装を背のバックパックに集約させることで効率的な戦闘能力を最大限に発揮できるわ! 

「はあ。でも、あの」

「バックパックの左右に配置されたウィングは、展開時に余剰出力を放出するけど、この光の翼はいわば巨大なビームサーベルよ。そして、この基部! 翼のフレーム構造の一番外側は、可動して巨大なビームキャノンになってるわ!」

「それは、凄いですね。でも、主任――」

「それだけじゃないの! 左右のビームキャン自体はさやになってて、射撃時の排熱を利用して、内蔵された対艦用の大型ヒートキャリバーを加熱するわ! 摂氏せっし5,000度に熱されたハイパー合金のヒートキャリバーは、あらゆる装甲を貫き引き裂くの!」

「わー、すごなー、棒読みになっちゃうよー」

「遠近どこにも死角はないわ! さあ、このアブソレイルと対戦なさい! アフォン!」


 上司のアリューはいつもこうだ。

 その美貌と才能ゆえに、多くの人間が群がってくる。だが、その誰一人として相手にしない。彼女が熱意を注ぐのは、仕事と研究と……どういう訳かアフォートだけなのだ。

 彼女はいつも、かいなことを言い出してアフォートを振り回す。

 他にも優秀な人材はいるのに、アフォートだけを連れ回すのだ。


「……主任。アリュー主任」

「なに? ……ま、まあ、ちょっと興奮してしまったわね。さ、対戦しましょ……嫌なの?」

「いえ、それがどういう訳か……ちっとも」

「当たり前じゃない! ほらっ、ボケ老人たちが見てるわ。コントローラーを。ちなみに私はアーケード版も作ってて、そっちの方がコンソールは好みだわ。だってそうでしょう? ロボットっていうのは操縦するインターフェイスにもこだわるべきだもの!」

「なんか……腹が立つけど、すげえ同意です」

「でしょ! 当然だわ!」


 一番アフォートが腹が立つのは、それだけじゃない。

 どういう訳か、この我儘わがままな上司が嫌いになれないのだ。

 恋人とのデートの予定をブチ壊されたこともあるし、48時間ブッ通しでデバックをさせられたこともある。RPGにおいて、ただただひたすら全部の村人に百回ずつ話しかける作業が心を殺すと知ったのも、彼女のお陰だ。飲みにいけば浴びるほど飲んで、背負って帰る羽目になり、彼女の部屋で朝まで過ごすことになる。

 だが、嫌だと思ったことが一度もない。嫌いになれないのだ。


「……あの、わかりましたけど。対戦しますけど」

「でしょ! そうでしょ? 当たり前だわ! 早くして。私のアブソレイルを見せつけてあげる。貴方はせいぜい、いつものオーラムでかかってくるのね。中途半端で、欠点がないのが欠点で、特徴がないのが特徴っていうつまらない……そのくせ妙に生真面目きまじめで作りはしっかりしてて粘り強くて、平凡に見えて凄くまぶしくて輝いてて、ああもう!」

「え? あの、主任?」

「貴方のことなんて一言も言ってないわ! ……なによ」

「主任の、ええと、アブソレイル? このデータ……稼働時間を計算したら、この装備内容だと……180秒で行動不能になりますけど」

「……マヂ?」

「ええ、マヂです」


 ギギギとアリューは、居並ぶ老人たちを振り返った。

 そこには、対戦プレイを心待ちにしつつ、さっさとしたまえと苛立つ者たちの顔が並んでいた。それは先程から、アフォートもずっと知っていた。


「……まっ、まあ、その時はその時よ! 対戦よ、対戦! これが一番、このゲームをアピールするのに最適なの! だ、だから、その……つっ、つつ、つっ! !」

「ええ、それはいいですけど。……あ! なるほど、そういうことか! まるで駄目で使い道皆無な、ただの子供の空想みたいな無価値なこのデータ……アブソレイルの武装! これも、それぞれ近接用装備、遠距離用装備、高機動装備と、バックパックを別々に作れば……それをオーラムに換装前提で載せたりしたらどうだろう。なるほど、ふむ! いいかもしれない!」


 その時、アフォートは気付かなかった。

 新たな発見に喜ぶあまり、見ていてもわからなかったのだ。

 見下ろすすぐ側で、アリューが……女の子がしてはいけない顔で「あ"あ"ん?」と凄んだのを。自分のデータを否定されたばかりか、体よく応用で別物としてかされた彼女の、ムカついて苛立って、それでいて嬉しくてれてしまったような複雑な表情を。

 この日のプレゼンは大成功に終わり、世に大ヒットゲームが流行する。

 製品版に収録されなかったVDを知るものは少ないが……それを知る二人は幸せだった。

 二人が波乱万丈はらんばんじょうなめまぐるしい日々の中で幸せなのは、誰も知らないことなのだった。

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