鋼鉄令嬢アストレア

はじめに

『鋼鉄令嬢アストレア』の完璧過ぎる二面性

 自分は昔「もう生きてけないお…」って絶望した。

 でも、生きることをやめるのに失敗してしまった。

 それから、ただ死んでない時期が少しありました。

 そんな中で、自分ができることをやろうと思った。

 できることが少なくても、死ねないなりにそのことに一生懸命になりたかった。

 好きでもあるし、可能性の少ない俺でも少ない選択肢に向き合ったつもり。

 そんな訳で「小説家としてなら、生きてけるかもしれにい!」って思ったんです。そこから、貯金を食い潰しながらの長く辛いワナビ生活が始まりました。公募で賞を取るまで三年くらい? ガリゴリ削れるメンタルを奮い立たせた日々は、価値あるものだったと今は思います。その時学んだ多くのことが、今も自分を生かしてくれてます。


 プロとしてデビューし、商業作家になる。

 それで食ってく、それなら生きていると自分で思える。

 そう感じたから、随分勉強もしたし、とにかく沢山の賞に応募しました。無数のラノベを読んで、解析、考察、そして分析しました。楽しくはなかったですが、充実してました。読むものを幸せな豊かさで満たすための作品を、ただただかてとして飲み込みました。

 勿論もちろん、小説執筆のハウトゥ本も沢山読みました。

 その中でも、冲方丁うぶかたとう先生の『冲方丁のライトノベルの書き方講座』は、具体性があってよかった気がしてます。少し古い本ですが、作家志望の方には読んで欲しいですね。冲方丁先生という、一流の最前線作家が己の権威をもって出した指南本……世に無数の小説ハウトゥ本がある中、自分はアレコレ読んで「これはいいなあ」って思えました。


 冲方丁先生の著作の中で、面白かったのは『全く無関係な、接点のないモチーフやガジェット同士を繋げるとこからはじめよう』というものでした。世の創作が技術論で語られ、昔よりも体系化した一種の学問のように語られる今だからこその視点です。

 接点のないアイディア同士を結びつける。

 例えば、最終兵器と彼女。

 高橋しん先生の『最終兵器彼女』という傑作SF漫画があります。

 自分も好きで、買った単行本を繰り返し読みました。

 この作品が内容の豊かなものであり、それ以上にタイトルと売り方で優れたものだと思っています。普通に『最終兵器』と『彼女』という、全く世界観や価値観の違う単語が結びついているんです。そして、それを体現する物語が両方の要素をたくみに交わらせ、混ぜ込ませてつづられています。冲方丁先生も仰ってますが、創作の中で有効な一つの手法として、この作品が好例になるだけの力を持っていると感じました。

 北海道の普通の少年少女が、恋人同士になる。

 だが、晴れて主人公の彼女になった女の子……優しくおおらかなどんくさい女の子が、世界の緊張と破綻の中で最終兵器として改造されてゆく。世界系と呼ばれる、一種の『世界の命運と終焉しゅうえんが、極めてミクロな主人公周辺の視点で完結している』という物語が繰り広げられます。切ない……そして、愛おしい。世界最強の無敵兵器にされてしまったヒロインは、単純にして純粋な『主人公の少年が好き、彼の彼女でいたい』という、それだけのことで生きてます。そして、戦乱の中で戦いつつ、その描写がない。ただ『戦争に行っても、帰ってくれば主人公の彼女でいたい』という健気けなげさ、気丈きじょうさがえがかれる。

 間違いなく傑作だし、その論法は今も無数の名作を生み出している。


 で、甘味亭太丸先生の『鋼鉄令嬢こうてつれいじょうアストレア』である。

 このタイトルが、巨大なスーパーロボットと可憐かれんなヒロインを結びつけている。

 『鋼鉄』と『令嬢』という、全く関係ない単語がくっついた化学反応ケミストリ……本来まじわらぬ単語同士、日常を生きていれば繋げて使うことがない言葉が作品を物語っている。鋼鉄令嬢という単語は、ロボットモノコンテンツが持つ四文字熟語の豊かさ、格好良さをちゃんと踏襲、継承している。

 機動戦士きどうせんし交響詩篇こうきょうしへん伝説巨神でんせつきょしん銀河漂流ぎんがひょうりゅう

 タイトルを飾る枕詞まくらことばの格好良さは、常に相反する二つのエッセンスをいだいていたい。

 そして、その伝統を刻んだタイトルに恥じぬ面白さがあるから嬉しい。


 甘味亭太丸先生の『鋼鉄令嬢アストレア』は、没落した名家の御嬢様おじょうさまがスーパーロボットで謎の侵略者と戦う物語である。一族の遺産であるスーパーロボット、アストレアで主人公の真道美李奈シンドウミイナは戦う。しかし、面白いのは……没落した家の御嬢様である主人公が、。御嬢様でありながら、お金がなくてその日を生きて暮らすことすら大変なのだ。しかし、昔から存在する『御嬢様』というヒロイン属性の、その本質を見事に描写しているので気にならない。同時に、ステレオタイプの御嬢様キャラとして、ライバルにして相棒である於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミというヒロインも出演している。

 御嬢様ながら貧乏なので、切実な日々のやりくりが描かれる。その豊かとは言い難い生活が、自然と気高く美しい主人公の本質を浮き彫りにする。御嬢様なのに貧乏、これも『御嬢様』と『貧乏』という、真逆まぎゃくの単語を繋げた故の魅力を秘めている。二つの言葉は互いに相手へのギャップがある、所謂いわゆるギャップ萌えである。これが計算された巧みさなのか、たまたま生まれた素晴らしさかはわからない。だが、氏が傑作を生み出した事実は本物だし、それを最後まで維持して完結させたのは実力の賜物たまものだろう。


 そんな珠玉の名作の外伝を、勝手に書いた。

 本編でアストレアが大暴れして、それを操る主人公にしてヒロインが美しい……そんな世界観の中に、自分がただ『好きです、大好きです! あなたの作品が素晴らしんです!』という気持ちだけでスピンオフを書いた。主人公ロボのアストレアが謎の敵ヴァーミリオンと戦う、その前哨戦ぜんしょうせんを書かせて頂いた。勿論、自分の創作仲間の全員がそうであるように、原作者の甘味亭太丸先生は自分の二次創作を許してくれた。主人公の家に務めるメイドが、実はゲテモノなロボで露払いをしているという設定だ。

 楽しかった。

 書けて嬉しかった。

 そして、自分が外伝を書いて独自の設定をじ込んでも……原作の世界観は損なわれない。損なわれるどころか、全く影響されず己の創作を貫いてくれる。許容と甘受を示して、勝手な外伝を喜んでくれるのに……そのことに影響されない個性が最後まで輝いていた。異なる価値観の言葉に溢れているアストレアは、原作と異なる俺のファン創作とも『異なる言葉や概念を組み合わせた創作物』を貫いてくれた。完結した今、とにかく大勢に読んで欲しいと思うのはその強さがあるからだと思う。

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