ASH TO RUSH!!

 沸騰ふっとうする真空がにらいでゆがむ。

 強力な加速Gの中で、リットはシートに固定されたまま奥歯を噛む。

 コクピットが折り畳まれて、ウォーバットと背中を合わせるように合体したアモン。今、リットは文字通りマスティマに背中を預けて宇宙を駆ける。

 十二枚のアクティブバインダーが、光をまとって星の尾を引いた。


「ぐっ、ああ! なんて加速だ……マスティマさん!」

『少し揺れるぞ、少年。速攻で片付ける!』


 既にU3Fの第二波が押し寄せていた。

 そして、その全てがマスティマのウォーバット・アモンへと殺到してくる。

 レーダーの光点が密集してくる中で、必死でリットもパネルに触れた。コンソールを操作して、機体状況を表示させる。

 アモンは高機動戦闘用のバックパックとなって、ウォーバットの運動性能を過激な領域へと連れ出し始めた。破綻寸前の急加速と急制動の中、次々と周囲で敵機がぜる。

 その悲鳴が、広域公共周波数オープンチャンネルを行き交う。

 命の音、それがついえる声だ。


『がああああっ! 悪魔付きが、ああああ!』

『いっ、嫌だ……死にたくない! お、俺は――』

『逆賊め、反乱部隊め……平和を乱す者に、俺に変わって誰かがさばきを!』


 次々とE・クレイモアーの光がソリッドを斬り伏せてゆく。

 機体のコンディションは良好で、合体時の戦闘力は想像以上だった。

 以前、マスティマの部屋で見た設計図は理解していた。だが、その力を限界まで引きずり出してマスティマは翔ぶ。

 圧倒的な物量差の中を、堕天だてんの十二翼を得た翼が疾駆した。

 だが、その動きについてくる閃光が走る。

 すぐにデータを解析しようとしたリットは、CG補正されたカメラ映像を見て目を丸くした。


「な、何だ? この紫色のソリッド……カスタム機? 速いっ!」

『チィ、奴だ』

「奴? しってる奴なんです?」

『忘れ方がわからないほどにな』


 冷静なマスティマの声も、どこか強張こわばっていた。

 そして、緊張感の中で集中力をこじるような戦闘が続く。

 敵に気圧され怯む気配があったが、その中で紫色のソリッドだけが周囲を鼓舞して戦う。両腕部に直接マウントされたガトリングと、両手に持った雌雄一対しゆういっついのツインダガー。機動性を高めるためにシェイプされたシルエットは、メインカメラの光で残像を刻んで迫る。

 そして、獰猛どうもうな肉食獣にも似た声が響き渡った。


『そこまでだなァ、悪魔付きっ!』

『やはり……戦技教導大隊せんぎきょうどうだいたい所属か! 武装と機体ナンバーは、ナックス・バルダー少佐!』

『女? 女の声を乗せてるのか、悪魔付きは! しかし、俺も有名になったものだ!』


 ビームの粒子が刃となって、紫色の殺意にともる。

 左右のダガーを逆手に構えて、鋭く切り込んでくるカスタム機が迫った。

 その加速力はソリッドよりも過激で、今のウォーバット・アモンに追従してくる。そればかりか、明らかに手練を感じさせる挙動にリットは畏怖いふを感じた。

 今、アモンのコクピットでリットは見ているしかできない。

 戦うマスティマの為に、データを収集して機体の状況を把握、確認し続ける。

 だが、その敵は初めてマスティマと戦い以上に戦い、リットに極限の激突を見せつけた。


「マスティマさん、なんです! その、戦技教導大隊って!」

『訓練で仮想敵アグレッサーとして戦う、パイロット養成や戦技モーションパターンの作成を任されたエリート部隊だ。そして、ナックス・バルダーは』

『余裕を見せてくれるなよ? 男も連れ込んでて、それは!』


 ウォーバット・アモンの大剣が、繰り出される連撃を受け止め弾く。

 しかし、巨大な一振りの大剣に対して、敵は右の牙と左の爪を絶え間なく繰り出した。

 E・ソードブレイカーがビームの粒子を拡散させる中、推力に頼ってマスティマが距離を取る。だが、まとわりつく影のような敵意が肉薄の距離に食らいついた。

 そして、徐々にU3Fの部隊は統制を取り戻そうとしていた。

 背後では母艦からの援護も始まり、その射程がノーチラス号を捉えそうになる。

 背中に背中を密着される中、装甲で隔たれた向こうにリットは焦りを感じた。

 あのマスティマが押されているのだ。


『他愛ないな、悪魔付き! せいぜいいい声で鳴いてくれよ……久々の実戦、命のやり取りなのだからなあ!』

『そうだ、ナックス・バルダー……貴様にとって演習や訓練はさぞや眠かろう。だから! 命を退屈しのぎにもてあそぶ! それが許されると思い込む! それは、傲慢ごうまんッ!』


 斬撃時の破壊力と溶断性に特化したE・クレイモアーは、密着の距離では刃が長過ぎて遅れを取る。そして、防戦に回れば敵のエネルギーフィールド類を無効化するE・クレイモアーの使用頻度が増え続けた。

 まるでなぶるような攻撃の中で、ソリッドカスタムの男が舌なめずりする気配。

 そして、リットは二人の因縁と男の素顔を知った。


『事故だよ、事故! 新兵ばかりの訓練では事故がつきものだ……そして、我が戦技に値する者だけをするのも、また私の仕事なのだよ』

『戦技教導大隊が、定期的に新兵の一部を虐待ぎゃくたい恫喝どうかつ……あまつさえ、訓練時に実弾を用いた非合法演習で殺害している事実はつかんでいる!』

『ほう? さては貴様、やはりU3Fのパイロット……耳に覚えのある声だな? これは』

『黙ってもらおうか! 人が人を選別するなど! ……リット君!』


 不意にマスティマが呼びかけてくれた。

 雑多な情報を整理しながら、リットはつい背後を肩越しに振り返ってしまう。

 コクピットのシートの向こうには、こちらに背を預けたマスティマがいる。

 何重もの装甲の向こうで、戦っている。

 その彼女が今、リットの名を呼んだのだ。


『あれを使う……ブレイズ! ホロウリアクタ起動、最終安全装置を制御側へ!』

『了解、ホロウリアクタ起動シーケンス開始……認証権を譲渡』


 リット側のコクピットで、コンソールに備え付けてあるタッチパネルに奇妙なアイコンが浮かんだ。あの事件の発端となったコンテナ……『H.R.』とだけ書かれた謎の積荷を思い出させるロゴだ。

 タッチしての認証を求める中で、マスティマの声にノイズが走る。

 ウォーバット・アモンの防御をかいくぐり、敵のダガーが機体をかすめたのだ。

 振動の中で、マスティマの声が叫ばれる。


『リット君! これからホロウリアクタを使う! そっち側で起動を認証してくれ!』

「ホロウリアクタ? 何です、それ!」

『世界の価値観を一変させるものだ。そして、完全には制御できず解析も現在は不能……!』

「賭けろってことですか、これ! なら――」


 タッチパネルに触れた、その瞬間だった。

 不意に、メインモニタに小さなウィンドウがポップアップする。300秒をカウントする数字が回り始めて、同時に制御用AIの声が冷たくとがって響いた。


『……ウェイクアップ、。モード・アウゴエイデス。ホロウリアクタ起動』


 瞬間、リットは驚きに目を見張った。

 押され続けていたウォーバット・アモンが、恐るべき俊敏さで敵のマークを振り切ったのだ。その余波で、援護しようと近づいてた無数のソリッドが爆発する。

 突然、今までの動きがそよ風に思えるかのような嵐が吹き荒れる。

 Gの衝撃に骨をきしませ、声さえ出せない中でリットは聞いた。

 突然の豹変でその場に降臨した、断罪の天使であり悪魔……マスティマの名を持つ審判の執行者エクスキューショナーを。


『ばっ、馬鹿な……背に、翼が……あ、いや! あれは余剰エネルギーか!? 周りっ、邪魔だ! ついてこれぬ者に用はないっ!』


 先程の激闘が嘘のように、ソリッドのカスタム機が遅く感じる。

 そして、アモンと合体した後も完全にウォーバットを制御していたマスティマさえ、驚きに声を失っていた。先程のは、あまりの速さでウォーバット・アモンが瞬間移動のように加速した。その直線上にいた敵が、背のアクティブバインダーから発する光に触れて爆散したのだ。

 今、天使長セラフの如き十二翼は……オレンジ色のビームの皮膜をまとった悪魔サタンの羽根へと変貌していた。


『……ッ! あと230秒! ブレイブ、攻撃対象を近い順にリストアップ、マーカーを順に回せ! 触れる側から斬り捨てる!』

『了解。稼働時間、カウント中……ホロウリアクタ、加熱危険域へ』


 リットは理解した。

 あのカティアが恐れていた、世界を変える力……謎の積み荷の正体。

 それは恐らく、何かしらの新型動力源なのだろう。そして、それは自警武装組織じけいぶそうそしきマスティマでは解析できなかったのだ。だから、ただアモンに乗せて動かしている。限界時間まで膨大なエネルギーを吐き出すだけの、それだけの機能しか使えていないのだ。

 しかも、生み出されるパワーの大半が機体から逃げてゆく。

 蝙蝠こうもりにも似た背の翼は、ただただ無駄に垂れ流されるビームの奔流ほんりゅうだ。


『幕を引く……ナックス・バルダー、あの世で若者達にびてこい!』


 ウォーバット・アモンは、身震いするやジグザグに飛び始める。

 その通過点にいる全てが切り裂かれる。

 爆発だけがワンテンポ遅れて、漆黒の宇宙に灰色の悪魔を浮かび上がらせた。

 そして、進む先で背を向けた紫色の機体が近付く。

 速度が違い過ぎて追い越し、そのままターンする中で無数の爆発が連鎖した。

 そして、マスティマの操る悪魔は、とうとうその手に敵をとらえる。

 苦し紛れに応射されたガトリングが、虚しく弾頭をウォーバット・アモンの残像へと叩きつけた。その頃にはもう、悪魔の手は紫色の頭部を握り締めて飛び続ける。


『グッ、化物めぇ! だが、U3Fの戦力は我々だけではない! 貴様の跳梁ちょうりょうを許すことは』

『黙れと言った、そしていのれ!』

『う、ああ……あっ? あ、ああ……その声、そうか! いた……一人だけ、実技訓練の時に……あれは確か、マーレン・サイビットの子飼いの……名は、エン――!?』


 迷わずマスティマは、E・クレイモアーで一閃する。

 リットの耳に、少女の名らしき声が叫ばれた。

 ――エンテ・ミンテ。

 それがもしや、マスティマの名か。

 だが、それを問い質す時間はない。

 既に100秒を切った残り時間の表示は、赤い数字を点滅させている。

 だが、マスティマは敵機の爆発を置き去りに浮かび上がる。


『ブレイブ、照準敵艦! 直撃させる!』

『残存エネルギー、チャンバー内で正常に加圧中……メギド・パニッシャー、オンライン』


 アモンに搭載されていた二門のビームランチャーが可動する。それはスイングしてウォーバットの両脇から前へと突き出た。そのままバレルが展開され、出現したグリップを握って灰色の悪魔は飛翔する。

 艦砲射撃の中で、ビームの光は全て過去の悪魔だけを殺してゆく。

 そして今、敵艦をロックオンした少女は迷わなかった。


『メギド・パニッシャー! 撃ち抜けっ!』


 苛烈な光が周囲を白く染める。

 強力なビームは、敵艦を貫通してあっという間に爆発の花へと変えた。そして、花びらのように命が散ってゆく。ばらまかれた種がやがて、怨嗟えんさと憎悪を咲かせるだろう。

 同時に活動限界を終えたホロウリアクタは停止し、すでに再使用は不可能と表示される。

 どうやら、一度で300秒以上は稼働できず、整備と調整をせねば再稼働も無理のようだ。

 残存兵力が撤退していくのを見送り、初めての実践でリットは生き延びた。そして、周囲に浮かぶバリスのアーキソリッドを探して、安堵。

 連れて帰る、生きて帰れる今がある。

 その先の未来までずっと、封じられ続ける少女の名をリットは知った気がした。

 マスティマは何も言わず、アーキソリッドと共に愛機を帰還へひるがえすだけだった。

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