鳥貌の悪魔に憑かれた者

 真空の宇宙が沸騰ふっとうしている。

 U3Fの大部隊が押し寄せる中、リットを乗せたアモンが光の尾を引く。

 混線する広域公共周波数オープンチャンネルの中では、憎悪と死とが叫ばれ続けていた。

 向かう先では無数の敵機が、単騎奮戦するウォーバットを包囲している。マスティマの卓越した技量は圧倒的だったが、その力をこそぎ落とすような攻撃が続いていた。

 そして、一際ひときわ直角的で単純な機動が、暴虐的ぼうぎゃくてきスピードで飛び交っていた。


「あれは……アーキソリッドの全載せしたやつ! バリス、乗ってるのはお前なんだろ!」


 戦域へと侵入したリットのアモンを、あっという間に火線が出迎える。

 宇宙の闇を引き裂く光の中、必死で操縦桿スティックを握ってリットは回避し続けた。訓練も受けていないし、半分以上はオートでAIエーアイに選ばせている。それでも、作業用ポッドで培った機敏な操作センスをフル動員する。

 アモンは左右六対、十二枚の翼を羽撃はばたかせて虚空こくうを引き裂く。

 耳元ではずっと、敵の声が怒鳴り続けていた。


『一機来たぞ、支援機だ!』

『そんなもので! 適当にあしらっておけ!』

『今は悪魔付あくまつきが先だ……見ろ、徐々に弱ってる。へばってんだよ!』

『逆賊め、仲間のかたきッ!』


 追い払うような射撃をかいくぐり、どうにかしてマスティマに合流しようとリットは足掻あがく。藻掻もがいて飛びながら、強烈なGの中で歯を食い縛る。

 そして、彼は聞き覚えのある声に反射的な言葉を返した。


『さっすがマスティマさんだぜ……でも、墜とす! 俺だって、正しいことをして……いい暮らしがしたいんだからさあ!』

「バリス? バリス・バッカードなんだろ! どうして!」

『こ、この声……リット!? ……やっぱ、反乱軍なんだよなあ! 俺のダチをこんなとこに引っ張り出して!』


 ごう! と、ありもしない空気が震える。

 ブースターとプロペラントタンクのかたまりを背負って、両手にバズーカを構えたアーキソリッドがアモンを追い越した。

 その先には、巨大なビームの剣を構えたウォーバットが浮かんでいる。

 周囲の敵機も、たけるバリスに呼応するかのように一斉射撃を開始した。

 舞うように自在な回避を見せつつも、攻撃の隙が見い出せずに逃げるマスティマ。その航跡を追って、リットも翼を加速させる。


「マスティマさん! アモンを持ってきました。それと!」

『少年、リット君か? どうして君がっ!』

「自分で選びました! あそこにいるのはバリスです。僕の友達なんです!」

『だが、ここは戦場だ! ……覚悟していて欲しい。そして……ありがとう。助かる!』


 でたらめなリットの操縦で、アモンが無軌道に飛び回る。

 その動きが袋小路ふくろこうじおちいっていた戦場を突き破った。

 瞬間……反逆の天使が操る悪魔は、戦争の名をいただく理由を無言で語る。息を吹き返したように機動領域を広げて、あっという間に敵のソリッドが三機爆散した。

 一撃離脱、高速で迫ってビームの大剣でなで斬りにする。

 一刀のもとに斬り伏せ、次の目標へとマスティマはんだ。

 なんとか追いつこうとするリットの前で、次々と死が生まれてゆく。

 断末魔の声が満ちる中で、バリスのアーキソリッドだけがウォーバットと互角に戦っていた。バリスの技量が高いのではない。あれだけの重装備と加速力を前に、マスティマでさえふところに飛び込めないのだ。


『クッ、こうも火力をばらまかれては!』

『その悪魔付はマスティマさんだろ! やっぱ、あんた達は反乱軍だったんだよ! 俺は言われた、保証してもらった。あんた達全員の命も、リットの救助も! 俺のこれからの生活も、地位も!』

おぼれるな、少年! 大義を持てとも言わないし、私達が正義だとも思わない。だが、自分の未来を売り渡すな……未来だけではなにも買えない! 平穏へいおんも、安定した生活も!』


 次々とアーキソリッドからミサイルが放たれる。

 白煙を引き連れ分裂したマイクロミサイルの包囲を、マスティマは限界機動で苦しげに避け続けた。連鎖する爆発のその先へと、既にバリスは次の武器を構えている。

 いよいよとリットは、言われた通りに覚悟を決めるしかなかった。

 バリスを止める、救う……だが、何をどうすればどれだけ助かるのか、それは未知数だ。そして、リットは訓練を受けていない素人しろうとである。だが、アモンにはビームキャノンが二門と、自衛用のバルカン砲が搭載されている。


「セフティを、解除……撃つしか、ないのか! その覚悟は! 僕に!」

『リット君、よせ! 後悔するぞ……私の言う覚悟は、何かを捨てることではない!』

「でも、マスティマさん! 言葉が伝わらないんです! なあ、バリス……やめてくれよ、バリス! 誰かを犠牲にして、それでいい生活して安らげるものかよ!」


 その時だった、不意にアモンのコンソールに表示がともる。

 同時にマスティマのりんとした声が、リットの想いを手繰り寄せた。


「揺れるぞ、くなよ少年! ……ドッキング・センサー!」


 アーキソリッドを振り切る飛翔で、ウォーバットから同調のガイドレーザーが伸びる。

 その時、リットを内包するアモンが変形し始めた。

 まるで背に黄道十二星座ゾディアックを背負うように、翼が円環をなして広がった。

 機首が折り畳まれて、そのままアモンはウォーバットの背に合体したのだ。


『ウォーバット・アモン……この力なら! リット君、耐えてくれるな?』


 直後、強烈な加速がリットを押し潰す。

 Gは彼の中から空気を絞り出して奪った。

 たちまち周囲の包囲に穴が開く。

 堕天使だてんし十二翼じゅうによくが、スラスターの光を吐き出し輝く。きらめく流星と化したウォーバットは、無軌道な加速を続けながら周囲を切り裂いた。

 アーキソリッド以外の機体が、あっという間に遠ざかる。


「ッ! ガァァ! す、凄いGだ……マスティマさん!」

『そのアーキソリッドは我々の装備だ。君ごと返してもらうぞ、バリス君!』


 急旋回でウォーバット・アモンが身をひるがえす。

 すぐにグレネードが放たれたが、展開する弾幕の内側へとたやすく悪魔は入り込んだ。ちがうグレネードが発火して爆発するより、ウォーバット・アモンの突進力ははやい。そして、鋭い。

 バリスの息を呑む気配がリットにも伝わった。


『あのアーキソリッドを脱がす、脚を殺す! リット君、君は君の武器を……言葉を絶やすな!』

「は、はいっ! バリス、聞いて……僕達、楽な暮らしじゃなかった。ずっと宇宙船の中でさ、勉強だってろくに……でも、僕達は自分以外を不幸にしてこなかった! 自分達の不幸でさえ、支え合ってれば減らせたんだ!」


 巨大な光剣、エネルギー・クレイモアーが唸る。

 あっという間にアーキソリッドの背から、ブースターを千切って捨てた。引き裂かれたプロペラントタンクをパージして、身軽になったバリスも応射する。

 悲痛な叫びを聴きながら、リットはマスティマの操縦に耐えた。

 アーキソリッドの武器が次々と少なくなってゆく。

 最後のライフルを速射するが、虚しくウォーバット・アモンの一瞬前しか捉えられない。


『リット、カティアさんも言ってただろ! マスティマは理由がどうであれ、反乱軍なんだよ! 独善的な無法者でしかないんだ』

「じゃあ、バリス! 法を犯す者を止めるために、君も法を犯すのかい? 君のその手を、汚すのか!」

『金に目がくらんだってさ、笑ってもいいんだぜ! でも、俺だっていい暮らしが――』

「いい暮らしなら、選択肢はまだある! 今の暮らしだって、よくしてける筈だよ!」


 アーキソリッドのライフルが弾切れになった。

 同時に、バリスの声のトーンも落ちてゆく。


『……じゃあ、どうしろってさ。お前は……もうマスティマにだって戻れない。それに、U3Fが横暴な不正を働いてても』

「やり直せるんだ、バリス! 人生は終わらない! 死ぬまで終われないんだよ。だから、間違ったって誤ったって、終わらせられない……選び直さなきゃいけないんだ」


 その時だった。

 不意にウォーバット・アモンはアーキソリッドに肉薄、密着の距離で逆側に手を翳した。E・ソードブレイカーと呼ばれる、一種の粒子撹拌装置が手の平で稼働する。

 同時に、激しいビームの着弾がモニターを白く染めた。

 マスティマは本来格闘専用のE・ソードブレイカーをたてに使った。

 ほんの僅かな小さい面積、その範囲しか粒子を無効化できない中……正確に射撃を受け止める。それは、


「見ただろう、バリス君。今のビームはコクピットへの直撃弾……君を消そうとしたものだ。……新手が、来る」

『う、嘘だろ……軍人さんはみんな、俺に軍籍と身分を保証するって』

「君は体よく利用されたんだ。マスティマで運用されてる機体の、データ収集をやらされた。それと、鉄砲玉……使い捨てにしようというたくらみに乗ってしまった」


 そして、バリスの黙ってしまった回線の中に、敵意が忍び寄ってくる。

 見れば、先程より数の多い第二波が接近してくる。

 その先頭を飛ぶ指揮官機は、悪趣味な紫色に塗られていた。

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