決意を翼に装填せよ

 敵襲を告げるサイレンが、ノーチラス号に鳴り響く。

 急いでリットも格納庫ハンガーへと走った。

 営倉えいそうから出してもらった今、彼を待っていてくれた人がいる。迎えてくれた仲間がいる。だったら、未熟でも整備班の一員として働きたい。

 そういう想いが今、リットを突き動かしていた。

 手早く宇宙服を身に着け、既に真空の宇宙と繋がったデッキへと上がる。

 二重のエアロックを通り抜けると、そこは既に戦場だった。


「何機で来てるの、数だよ数! ええ? 沢山? 馬鹿野郎、それを数えるんだよ!」

「第一波、8機でしょ! その後ろには戦艦クラスも……え? 何? おかしな反応?」

「っしゃ、マスティマのウォーバットが出るぞ! 道を空けろっ!」


 緊迫した空気の中で、灰色の悪魔付きがカタパルトへと歩く。

 その勇姿は、さながら教会に飾られた魔除けの悪魔像ガーゴイルだ。

 そして、マスティマ自身が同じ名の組織を率いる守護天使でもある。

 マスティマが乗るウォーバットは、なめらかな動きで自然とカタパルト・デッキに両足を揃える。電磁加速装置で打ち出された機体は、あっという間に宇宙の闇へと消えた。

 またたく星々の中で、彼女が雲のように引く光が流星のようだ。

 しかし、それを追って飛ぶ敵意の数は増えてゆく。

 れる気持ちで周囲を見渡せば、すぐにリットは肩を掴まれた。


「リット、応急処置用の補修材を運んでくれ! 頼めるか?」

「は、はいっ! でも、あの」

「怖いか?」

「す、少し。いえ、凄く」

「正常だ。正直者の方が信用できるよ。んじゃ、頼まれてくれて!」


 それだけ言って、ポンと背を叩いて男は行ってしまう。

 急いでリットも無重力の中を泳ぎ出した。上手くバランスを取りつつ、宇宙服のエアブーストは使わない。雑多な物資や工具が入り乱れる格納庫内では、急加速は厳禁だ。

 壁伝いにてすりを使いながら、リットは補修材の保管場所へ向かった。

 だが、奥の資材置き場の前には……あの機体がある。


「あ、こいつ……ええと、カティアさんが言ってた危険物を積んでる? あれは何かしらの動力炉、それに類する物だったのか?」


 そこには、忘れ去られたように一機の戦闘機が置かれていた。

 その奇妙なシルエットをリットはよく知っている。以前、脱走しようとした時に乗った機体で、自分の市民IDを登録したものだ。結局脱走は失敗したのだが、設定は恐らくあの時のままだろう。

 それを裏付けるように、背後から来たスタッフの一人が肩を叩いた。


「それな、今ちょうどIDの解除作業をしてたんだよ。でないと、お前さんしか動かせないからさ。ったく、やってくれちゃって!」

「す、すみません!」

「ま、その話は済んでる。それより、お前に頼みがあるんだよ」

「補修材ならすぐに……それとも、なんです? なにかあったんですか?」


 整備班でもインテリで通ってるメガネの男が、ヘルメット越しにタブレットを覗き込む。見るように言われてリットも視線を落とせば、自然とバイザー同士がコツンと当たった。

 そこには、ブリッジとデータリンクした戦況がリアルタイムで表示されていた。

 そして、マスティマと数機のアーキソリッドが苦戦しているのが素人目しろうとめにもわかる。

 敵の数は多過ぎたし、その中に奇妙な動きをしている機体があった。

 男はタブレットの画面をタッチしながら教えてくれる。


「これな、この敵……。識別信号」

「つまり、じゃあ!」

「ああ……こないだお友達が使って出てった、あのアーキソリッドだ。それも、動きが妙でな……向こうで魔改造まかいぞうされたか、それとも」

「それとも?」


 男はこういった話が好きなのか、緊急時だと言うのに瞳を輝かせる。

 アーキソリッドは本来、木星圏での治安維持用にU3Fが運用する主力量産機として開発された、その先行量産型だ。ソリッド自体が性能はお察しくださいというレベルであるからして、その雛形ひながたであるアーキソリッドも決してポテンシャルは高くない。

 だが、評価試験中には数々のオプション武装が予定され、武装プランも豊富だった。実際の運用を考えて、その大半は白紙になったが……一部は実際に作られたのである。

 ユナイテットフォーミュラ規格故、どの機体にもマッチングするオプション武装として保管されていたパーツは多いらしい。そして、アーキソリッドにだけ予定されていた重武装高機動プランが存在したという。


「こいつはアーキソリッド・ディープアームズだ。増加装甲と追加武装を着込んで、重くなったウェイトを増設したブースターで帳消しにしてる。いわば天駆ける火薬庫さ」

「危なくないんですか?」

「危ないよ、だから廃案になったんだが……実際やるかね。もしくは、やらされてるか」


 リットの中で何かが警鐘けいしょうを鳴らしていた。

 ――やらされている? バリスが?

 もしそうならと考えると、自然と宇宙服の内側に汗がにじんでゆく。

 無事にバリスはU3Fに拾われ……そして、彼が望んだ通りに軍人になった。もしくは、彼の意思など関係なく利用されている。それも、危険過ぎて廃案になった過激な機体で。

 最後のアーキソリッドが出て静かになり始めた格納庫で、リットは表情を失った。


「止めなきゃ……どうすれば、でも。ううん、どうしたいんだ……止めたいんだろ!」


 自分へ呼びかけ小さく叫んで、リットは全力でそれを肯定する。

 マスティマ達が命懸けで戦うこの宇宙は、紛れもなく戦場だ。そして、民の敵の敵と己を定義する彼女達にとって、現状のU3Fとは戦わない理由がない。

 しかし、そのU3Fがリットの友人を盾にしてくるなら。

 その時はもう、バリスの生命いのちを誰も守ってはくれないのだ。

 血の気が引く感覚に、リットは思わずよろける。

 察した男が支えてくれて、そのまま整備班の班長に無線で叫ぶ。


「おやっさん! こいつを……を出すしかありませんよね!」


 聞き慣れぬ名にリットは振り返る。

 鳥のような翼を持つ、この機体の名はアモン。カティアはそこに禁忌きんきの力が積み込まれたと言っていた。

 アモン、それは悪魔の名。

 そして、そこに自分のIDを刻んだのは他ならぬリットだ。

 まるで、悪魔との契約書にサインしてしまった気持ちだ。

 だが、一つだけ確かなことがある……あの機体を、アモンを動かせるのは今、自分しかいないということだ。それを知るからこそ、男はバン! とリットの肩を抱いてきた。


「ボウズしか乗れないってんなら、ボウズにやってもらうんですよ! おやっさん!」

「バカを言えっ、まだ子供だ! まだ、子供なんだ……本当なら、マスティマだって」

「そうですよ、でも、あっちだって……U3Fだって子供を使ってる。あの鹵獲ろかくされたアーキソリッドはこないだ逃げてった小僧だ。わざと所属を示す信号をそのままにして、こっちを撹乱かくらんしてんですよ!」

「だがっ! こっちも子供を戦わせれば……あのU3Fと一緒になっちまう」

「おやっさんも俺も、まだU3Fの軍人でしょう! U3Fは憎いが、憎く思える体質を変えるために戦ってるんじゃないですか」

「目的の崇高さと、手段の正当性は別問題だ。……くそっ!」


 班長も葛藤していた。

 ただ、男の手に持つタブレットの中で光点が動き回る。

 表示を見れば、マスティマ達は劣勢だ。数が違うため、味方のアーキソリッドは次々と損傷し、ダメージの大きな機体から戦列を離れざるを得ない。

 たちまちウォーバットが孤立してしまう。

 これだけの包囲の中でも、マスティマの悪魔付きは幾つもの光点を消し去っていた。

 リットはそれを見て、決断する。


「班長、僕に行かせてくださいっ! 子供を使うんじゃないんですよ、僕は使われたりなんかしない! バリスのためにも、僕が自分の意志で行きます!」


 詭弁に等しいとわかっていてさえ、叫ばずにはいられない。

 班長は拳を握り締めたまま、黙ってうつむいていた。

 やがて、中破したアーキソリッドが戻ってきた。そのまま着艦しようとして姿勢を崩し、身を横たえるように格納庫へと転がり込んでくる。慌ただしくなる中で、ようやく班長は言葉を絞り出した。


「……マニュアルを渡してやんな。マスティマのためにも、今はアモンが必要だ」

「了解です、おやっさん! さ、ボウズ。お前にたくす。黙ってマスティマんとこまで飛ばしてくれればいい。あとは、そうだな……もしあれが友達だったら、覚悟してくれ」

「大丈夫です、話して見せますよ。聖書にだって『始めに言葉ありき』でしょう?」


 信仰は持っていないし、クリスマスの夜くらいにしか神様は信じない。

 だが、友のためなら契約した悪魔に身を委ねてもいいと思った。

 リットは急いでアモンのコクピットに飛び乗る。

 戻ってきたという不思議な感慨かんがいがあって、脱走のあの日を思い出した。

 だが、今は再びこの場に戻ってくるため……黙って誘導に従い機体を始動させる。どうやら通常動力のようで、アモンはゆっくりとタキシングでカタパルトへと移動を始めた。

 鳥貌ちょうぼうの悪魔アモンの名を冠した翼は、漆黒の宇宙へと打ち出されるのだった。

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