センシティブ・マインド

 リットが営倉えいそうで過ごした、孤独で息苦しい一週間。

 その時間は、彼に自己を見詰め直す機会をもたらした。自分のとった行動、自分の選んだ道……その判断材料になった知識と経験、そして価値観。そうしたものを一つ一つ精査していたら、一週間はあっという間に過ぎていたのだった。


「リット・スケイル、釈放しゃくほうだ。出てこいよ」


 久々に名を呼ばれて、重々しい扉が開かれる。

 ようやく人との会話が許されたことで、リットは驚く程に懐かしさを感じた。そして、そんな気持ちになる自分にも驚いた。

 彼を迎えに来てくれたのは、意外にも格納庫ハンガーの整備班の面々だった。

 リットはこのノーチラス号に来てからは、整備班に組み込まれていたのだ。


「あの、皆さんは……なんで?」

「はぁ? 何を言ってんだ、小僧! いいから飯に行くぞ、飯!」

「ろくなものを食ってないんだろう? 熱い茶でも飲んで、まずは腹ごしらえだ」

「班長がさ、そわそわしてんだよ。あれからもう、ずっと」


 意外だった。

 自分が整備班の皆に、仲間だと思われていたことが。髭面ひげづらの班長は職人肌で、黙ってついてこいとばかりに歩き出す。ツナギ姿の面々に並んで、リットは気圧けおされながらも食堂へと歩いた。

 迷ったものの、思ったことを聞いてみる。

 脱走騒ぎまで起こした自分が、何事もなかったかのように迎えられるのは何故なぜかと。


「なに言ってんの。ぶっちゃけ、俺等だって似たようなもんだからさ」

「似たような……? マスティマに参加してる人達がですか?」

「そうさ、リット。こころざしや信念、正義感……それで人は集まるが、集まり続けていくには金がいる。金がなければえるし、心もすさむ。だが」

「だが?」

「だが、マスティマが許すってんだから、しょうがないのさ。営倉に入ったり船外作業、いもの皮むきにトイレ掃除、なんでもいい。反省してなおも一緒に行くというなら……それを許すのが彼女であり、彼女の名を示すこの組織ってこった」


 正直、滅茶苦茶むちゃくちゃだ。武力を持って事に当たる自警武装組織じけいぶそうそしきにしては、軽過ぎる。本来ならば、その力に伴う責任が生じ、それは罰則を伴う規律や規則で縛られるべきだ。

 そうは思うが、一応リットも営倉入りの罰を受けた。

 その罰の軽さもあって、リットには不可解でならない。

 だが、それがマスティマの精神なのだと言われれば、返す言葉は一つだった。


「えっと、じゃあ……マスティマって、正義の味方的な? ボランティアというか、そういうのなんですか?」


 食堂の前で振り向いた整備班の男達が、リットを見て目を丸くする。

 次の瞬間、誰もが顔を見合わせ笑い出した。

 そして、リットの問いには意外な人物が応えてくれる。


「それは違うな、リット君。正義は人の数だけある、そういうものだ。私達はいうなれば、……民を害するあらゆる存在の敵だ」

「あ、マスティマさん」

「もう一週間か。宇宙にいると時間の流れが早いな。食事は?」

「これからです、皆さんと。マスティマさんは?」

「ん、おや――い、いや、給水だ。のどかわいただけだ」


 今、おやつって言いそうになった。

 そう思っていると、ツイとマスティマは目をそらしてしまう。

 彼女は整備班の面々とも挨拶を交わして、一同を追い越し食堂へと入っていった。

 勿論もちろん、リットも仲間達と一緒にあとへ続く。

 そう、知らぬ間に仲間とみなされていたが、嫌ではなかった。

 そして、食堂では意外な顔がリット達を出迎えてくれる。


「む、今の時間は軽いものしか出せん! 売店PXでレーションのたぐいでも……おや? リットか。そうか、お前も出してもらえたか」


 そこには、エプロン姿のカティアが甲斐甲斐かいがいしく働いていた。聞けば、彼女もついさっき解放されたという。小さな身体で彼女は、リットの前にトテトテとやってくる。

 食堂をふくむ一部の共有スペースだけが、人工重力ブロックの中にある。

 格納庫は勿論、膨大な数の個室も全て普段から無重力だ。


「カティアさん。えっと、その、お疲れ様です?」

「何故、疑問形なのだ?」

「いや、出所というか、営倉から出てきたんですし。お疲れ様です」

「疲れてなどおらん! だが、当面は脱走もできんし、タダ飯喰らいをしている訳にもいかなくてな。かといって、私の専門は情報処理だが、部外者が触れていいものでもない」

「それで、おさんどんですか」

「……し、しかたなかろう。キッチンが人員不足なんだ」


 どやどやと整備班の面々で、テーブル一つまるまる占拠してのお茶会が始まった。マスティマも呼ばれて、隅っこに腰掛けている。彼女は誰の言葉にも応じ、あけすけな話にも真面目に応える。

 あの悪魔付き、ウォーバットのチューニングや、今後についてで話題に花が咲いた。

 カティアがサンドイッチや温めたマフィンを出してくれて、リットも久々に食事らしい食事にありつく。人の輪の中がこんなに落ち着くなんて、思ってもみなかった。

 だから自然と、ずっと気になっていたことも口にできた。


「あの、マスティマさん。バリスは……僕の友達はどうなったか、知りませんか?」

「ああ、アーキソリッドで出ていった彼か。残念だが、バリス君のその後についての情報はない。ただ」

「ただ?」

「カティア女史の聴取で、彼女がU3F本隊への連絡をした上で脱走を図ったことがわかっている。予定された通りにいけば、彼だけがU3Fに回収されたと見るのが打倒だろう」


 その時、ドン! とテーブルに追加の料理が置かれた。

 山盛りのポテトサラダの皿を押し出し、平坦な顔でカティアがマスティマをにらむ。


「私の計画に抜かりはない! あの小僧は無事に本隊に合流したと見るべきだ。事前に善意の協力者であると伝えてある」

「それは、助かります」

「お前のためではないぞ、マスティマ! だが、覚えておけ……お前達の大義はともかく、やってることは反逆行為、テロリズムだ。私は機会があれば、捕虜交換でもなんでもいいからU3Fへ……原隊へ復帰する。組織のうみを出すには、中から変えていかねばならんのだ!」

「ええ、仰る通りです。カティア女史、軍の改革に期待してます。あと」

「あと? なんだ、マスティマ」


 マスティマは真っ直ぐカティアを見て、りんとした表情で言葉を選ぶ。

 そのました横顔を見ると、本当に天使であるかのような錯覚をリットは覚えた。そして、整備班の面々が見詰める視線にも、同じ気持ちを見て取ることができる。

 彼女はこの船の女神で、組織を体現する天使で、そして戦士。

 同時に、誰にとっても妹や愛娘のような存在なのかもしれない。

 マスティマは少し躊躇ちゅうちょした後、カティアに毅然きぜんと言い放った。


「あと……やはり、アイスクリームを出して欲しいのですが」


 カティアの目が点になった。

 一瞬、静まり返ったテーブルを爆笑が満たす。


「マッ、マスティマ! お前かっ! キッチンの冷凍庫に沢山のアイスクリームが……お前なのか!」

「パイロットの消費カロリーに応じて、その、ええと……とにかく、お願いします」

「っ! ま、待ってろ! グヌヌ……なんてやりにくい娘だ。若い頃のラティーラに、そういうところもそっくりだよ! まったく!」


 苦虫にがむしつぶしたような顔で、カティアは厨房ちゅうぼうへ行ってしまった。

 笑い声の中でマスティマは、ようやく羞恥心しゅうちしんを作動させてほおを赤らめる。


「ん、ま、まあ……諸君等も食べるか? リット君もどうだろうか」

「あ、いえ……その、今はいいです」

「チョコミントや抹茶まっちゃ、イチゴもあるぞ」

「ま、また今度……ええ、今度で」


 そうか、と少し残念そうなマスティマに、再度の爆笑が巻き起こる。

 だが、そんな時間は長くは続かなかった。

 突然、耳をつんざくサイレン音が鳴り響く。それは、この船の危機を知らせるアラートだ。耳の奥の奥まで震わせるように、エマージェンシーが不安をあおってくる。

 そして、次の瞬間にはマスティマは椅子を蹴って走り出していた。

 整備班の面々も続いて立ち上がる。


「野郎共っ、格納庫だ! 出せる機体から放り出せ!」

「応急修理作業の準備、それと補修材もでしょう!」

「出所したてで悪いな、リット! 忙しくてかなわねぇよ……行くぜ!」


 気付けばリットも皆と走っていた。

 ツナギに着替える時間すら惜しい。

 そして、まかり間違えば宇宙服すら着る間もなくこの船は爆散してしまうのだ。すでにもう、他人事ひとごとではない。そして、人任せにしていい仕事などここにはないのだ。

 マスティマという組織、そして個人へも思うところはまだある。

 しかし、それを思い考え、伝えて話し合う機会は無数にあるのだ。

 その未来が今、脅かされているなら……リットもまた、自分のできることをするしかなかった。

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