死せる英雄の真実

 拘束こうそくされたリットは、カティアと共にとらわれの身となった。

 以前、宇宙漂流から助け出された時とは違う。

 マスティマと呼ばれる反乱軍の中から、運用するダイバーシティ・ウォーカーを奪取だっしゅしての逃走を試みたのだ。

 そして失敗し、二人は男達に銃を向けられている。

 すでに気密性を取り戻した格納庫ハンガーの空気は、酷く重い沈黙で濁っていた。

 そんな中でも、カティアはいつもの調子で気炎をあげる。


「条約に基づく捕虜ほりょとしてのあつかいを要求する! そうでなければ――な、なにがおかしい!」


 声を張り上げるカティアに、男達は笑い出した。

 今まで、仲間のように接してくれた者達。それが今、銃を向けてくる。こうした力関係になって初めて、リットは現状を理解した。

 マスティマはこころざしや行いは別にして、やはりU3Fから離反した反乱軍なのだ。

 彼等は殺気立っているせいか、普段の物腰柔らかな、どこか軍隊とは別種の雰囲気がなかった。


「捕虜だって? おいおい、俺達マスティマは反乱軍なんだろう?」

「そう言ってたよなあ、お嬢ちゃん」

悪辣あくらつで非道な反乱軍の俺達としては……捕虜の権利だ条約だは眠いね! 寝言さ!」


 格納庫のすみで壁に向かって立たされる。

 両手は頭の上に。

 そして、ボディチェックを受けた。

 その間ずっと、銃口に生命を握られたままだ。

 だが、不思議とリットはバリスのことばかり気になった。アーキソリッドで飛び出したバリスは、無事にU3Fの回収部隊に拾ってもらえただろうか? ある意味では、一人で宇宙に飛び出した彼の方が、今のリットより危険なのだから。

 そうこうしていると、背後が少し賑やかになる。


「ああ、マスティマ! ヒューロス提督も!」


 組織のトップがそろって現れ、その視線に背中をかれる思いだ。

 だが、こんな状況でもカティアは肩越しに振り返って叫び続ける。


「我々をすみやかに解放しろ! お前達のやっていることは、義勇兵をかたったただの反乱だ! 軍の機材を私的に専有、運用し、行政府に許可なく武力を独断で行使している!」

「口の減らねぇお嬢ちゃんだなあ、おい……」


 リットも恐る恐る背後を振り返って、思わず言葉を飲み込む。

 眼光鋭く周囲を睨むカティアに、ライフルの銃口が押し当てられた。

 だが、んだ声が静かに制止をうながす。


「そこまでにしよう。事情はなんであれ、彼女達を我々は一度受け入れた。その時から、この二人も……逃げた者も含めて、三人はマスティマの構成員だと私は思う」


 他ならぬ組織の象徴、マスティマと呼ばれた少女の声だった。

 しかし、カリスマ的な美貌と知性を見せる彼女に、数人の男達が異を唱える。


「しかしマスティマ! ……じゃあ、俺等マスティマの脱走兵ということでいいですかね?」

「脱走は銃殺刑だ! 軍隊でない俺等だからこそ、ケジメをつけなきゃいけねえ」

「そうだ、見せしめが必要なんだよ!」


 だが、マスティマはそんな男達の一人、一番大柄な男に無防備に近付く。そして、ライフルの銃口をつかむと……それを自分へと向けさせた。

 そして、先程より強い口調で言葉を放つ。

 それは攻撃的ではなく、高圧的でもない静かな声音だった。


「私達は軍隊ではない。そして、見せしめも不要だ。逆賊のそしりを受けようとも、民のために戦うとちかった者達が集まった。その意思を体現する私の、これはお願いです」

「マスティマ……」

「太古の昔、ジャパンという国にサムライがいた。そして、サムライならざる者達が志をたばねて、みやこを守るために自警団を組織したという記録がある。知っているか? シンセングミというのだ」


 リットは、名前だけは知っている。

 今でも古い二次元ムービーで、平面の銀幕ぎんまくに踊るサムライは人気娯楽作品だ。そして、シンセングミとはブシドー時代の終焉しゅうえんを飾った、ジャパンの最後のサムライ集団だと言われている。剣の手練てだればかり集った、本来はサムライの階級ではない者達がサムライを目指した組織。血に飢えたおおかみとさえ恐れられながらも、都を守って戦ったという。

 だが、リットの知識はその程度だ。

 そして、さらなる真実をマスティマは語った。


「シンセングミは団結のために、血のおきてを作った。そして、従わぬ者やそむいた者を次々と粛清しゅくせい、処刑したのだ。私の言いたい意味が諸君等にはもうわかると思う」

「マスティマ……お、俺達もその、シンセングミになるっていうのか? なってしまうと」

「シンセングミはその戦いにおいて、無数の犠牲者を出した。だが、戦場で散った同志よりも……己の法で裁いて粛清した死亡者の方が多かった。そういう組織だ」


 リットにとっては初耳だった。

 サムライでない者がサムライになるため、血の掟が必要だった。そして、それは戦場での戦いに勝る犠牲者を、組織の維持のために生み出していったのだ。

 思わずリットは口をはさんでしまう。


「つ、つまり……マスティマさんは、組織は目的を共にした者達の共有手段であって、組織のための手段は度を越してはいけない……そう言いたいんじゃ」

「こら、ボウズ! 逃げ出そうとしておいてわかりやすくまとめるな!」

「す、すみません!」


 男の一人にライフルで小突かれた。

 だが、マスティマはすずしい微笑びしょうで自分へと銃口を向けさせ、周囲を見渡して言い放った。


「ケジメが必要だという言葉には私も賛成だ。そしてそれは、組織のための私刑リンチであってはならない。どうだろう? 私とヒューロス提督に一任してもらえないだろうか」


 周囲は静まり返ってしまった。

 不満を口にしていた男達も、目配めくばせを交わしては溜息ためいきこぼす。


「わーった! わーったよ、マスティマ。あんたにゃかなわない」

「ありがとう。皆に納得してもらえるよう、善処させてもらう」

「そーいうこった! はい、解散! 解散だ! 全員、持ち場での作業に戻れ!」


 男達は一人、また一人と去っていった。

 そして、マスティマとヒューロス提督が残される。提督はクルーが仕事に戻っていくのを見送ってから、リットとカティアに楽にするよう言ってくれた。

 振り向くなりリットは、壁に背をこすりつけてへたりこんでしまう。

 だが、マスティマの言葉は厳しいもので、そこには確かに怒りやいきどおりが感じられた。


「私のウォーバットは、私や開発者サイドの人間しか動かせない。特別な機体だということは、貴女あなたでもわかった筈だ……カティア・カッティ少佐」

「……それでも、飛ばすくらいなら!」

「ブレイズは私の言う事しか聞かない。それより」


 マスティマは見上げるカティアの眼前に迫る。

 大小向き合う胸と胸とが触れ合う距離で、二人は視線を結んで見詰めあった。

 そして、マスティマが重い口を開く。


「教えて欲しい、カティア少佐。……ラティーラという女性のことを」


 それは、常々カティアが口にしていた女性の名前だ。その人をマスティマと勘違いしたのだ。恐らく、よく似た他人が、それとも……だが、純粋にリットは驚いた。

 脱走しようとした人間に対して、マスティマが発した質問は個人的な話だ。

 そのことを訝しげに思ったのか、間近で見上げるカティアが鼻で笑う。


「フン! 動機や目的を聞かないのか? 尋問じんもんは! 私は正規の軍事で、脱出を試みた逃亡者だぞ!」

「その件に関してはなかば終わったこと。そちらにマスティマへ参加しない意志の表明があれば、コロニーに近付いた時に救命ボートを差し上げる。勿論、脱走のケジメもしめす」

「その上で……ラティーラ・ラフティのことを。いや、ラティーラ・サイビットのことを聞きたいのだな? よかろう……だが、お前は打ちのめされる。真実にな」


 カティアはマスティマを見上げたまま、語り出した。


「ラティーラは私のかつての上官……私がまだお前くらいだった頃の人間だ。そして、マーレン・サイビットが最も愛した人間。

「! ……マーレン大佐に、奥様が……!?」

「U3Fの一部高官の汚職を正そうとして、マーレン大佐は妻を失った。今しがた私達がそうなったかもしれないように、組織に反する者への見せしめとしてな」


 カティアの話では、マーレン・サイビットは妻の死で大規模汚職の告発をあきらめた。そして、その後は忠実な普通の士官として生き始めたのだ。

 そう、あの日が……ウォーバットと呼ばれる試作機が動き出すまでは。

 リットは漠然ばくぜんとだが想像した。

 このノーチラス号で多くの人から教えてもらった、このマスティマの立役者にして創始者……マーレン・サイビットという人のことを。その人は、真に民を守る軍事力として自警武装組織マスティマを設立した。そして、その名を冠した少女に灰色の悪魔ウォーバットを託したのだ。


「マーレンの奴はラティーラを愛していた! だが、その全てを奪われたことで……恭順きょうじゅんを示すふりをして牙をぎ、そうして生み出されたのが、この組織とお前……マスティマだ。……な、なにがおかしいっ!」


 カティアが驚きの声をあげる。

 そっと床を蹴って浮かび上がるマスティマは、笑っていた。

 それは、とても穏やかな笑みだった。

 戸惑とまどうカティアと違って、とても優雅で優しい、そしてかなしい笑みだった。


「大佐は……それで私を。でも、私は知ることができた。私の愛した人は、誰かを愛して失った……その痛みを忘れず、未来の痛みへ立ち向かった」

「……都合のいい解釈だな、マスティマ。自分がラティーラの身代わり人形だったとは思わないのか?」

「身代わり人形で大佐が安らぐなら、それでいい。そして、私と一緒の時は大佐は……厳しくも優しい人だった。それだけで十分だ」

「マスティマ……お前は」


 マスティマは行ってしまった。

 ヒューロスが最後に、二人に一週間の営倉えいそう入りを命じる。これは軍事組織を抜け出そうとした人間への処置としては、極めて軽いものであるとリットは驚いた。

 そして、暗い中で監禁されつつ、考えた。

 薄い毛布にくるまりながら、考え続けた。

 一人の少女が組織を背負い、自分自身の個を捨てて戦う……そうまでさせる意思とは、なんなのかを。それを今、リットは自分の中に探すことができなかった。

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