理想は血に濡れ、現実は汚れて
エンテ・ミンテを独房に閉じ込めたまま、U3Fの
テストを繰り返す中で、データを吸い上げられる愛機。
愛しい者の形見にすら感じる戦争の
目に映る風景が殺風景な辺境のコロニーになっても、エンテは閉じ込められたままだった。取り調べは始まらず、今になってようやく軍服姿の男が現れる。
U3Fの正規軍ではないことは、見るまでもなく明らかだった。
「ようし、外を見張ってろ。どれ……へへ、そう怖い顔をするなよ、お嬢ちゃん」
独房へと入ってきたのは、
膝を抱えてうずくまるエンテの前まで来て、彼はベルトの金具をカチャカチャと鳴らす。
「わかってると思うが、取り調べも軍法会議もねえよ。お前はこのまま、秘密裏に処刑されるんだ。だから」
「……だから?」
「少しくらい最後に、楽しませてやろうって言ってんだよ!」
覆いかぶさるように、巨漢がエンテにのしかかってくる。
重力と弾力で拮抗して揺れる乳房が顕になり、荒々しい手つきで揉みしだかれる。
恥辱に奥歯を噛み締めながら、エンテは必死で
もう、誰にも
愛しいマーレン・サイビット大佐以外に、女である自分を重ねたくない。
だが、無理矢理に唇を重ねてくる男の不快感が、逃げるエンテの舌を舌で捉える。
迷わずエンテは、牙を
「ッ! このガキャァ、噛みやがった! ……自分の立場がわかってないようだな!」
「だれがお前なんか! 大佐は優しくしてくれたんだ、私に!」
「あんな堅物のなにがいいんだ? ええ? ナニがよかったんだろうに、女はそれだけで簡単に動かせる。そういう動物だって思い出させてやるかよ!」
「……大佐を侮辱するなと、あれほど言わせておいてっ!」
エンテは思いっきり、自分を組み伏せ上になった男の股間を蹴った。
容赦せず、全力で蹴り上げた。
カエルが潰れるような感触と声とが、湿った吐息を満たす独房に広がる。
震えて動かなくなった男の下から、すぐにエンテは這い出した。口元を手の甲で拭えば、おぞましさが込み上げて酸味が込み上げる。だが、震えながら男が内股気味に立ち上がり、とうとう腰の銃を抜いた。
はだけた胸を手で隠しながら、エンテは身を固くする。
だが、不意に外が慌ただしくなり、短い悲鳴が連続して叫ばれた。
そして、独房のドアが開かれる。
「そこまでです、少佐。情報部の人間はこれだから困るわ……金に目がくらんだ連中のやること、珍しくもないけど。でもね……その
拳銃を手に、女性士官が入ってきた。
年の頃はエンテより一回り上くらいだろうか? 大人の女性で、凛とした
彼女は慌てて身構えようとした男へ、銃口を突きつけて凄む。
そして、真実がエンテの前で語られ始めた。
「木星圏の治安維持のために設立されたU3F内部に、LOCAS.T.C.と癒着して動く部隊がいることは知っているわ。大佐が危惧されてた通り、事態が動きつつある」
「チィ! 貴様、まさか」
「エンテ・ミンテ少尉! 覚えていて……貴女は一人ではないわ。そして、マーレン大佐の
「大局も読めぬ女風情が!」
銃声が響いた。
そして、銃を構えたまま男がドサリと倒れ込む。
女士官は
だが、純情な少女でいられるほど現状は甘くはなかった。
「しっかりして、エンテ少尉! 私はリンル・リル・レイル中尉。マーレン大佐の意思を継ぐ者たちの一人よ」
「大佐の……意思?」
「そう。残念ながらU3Fは今、一部の者たちの暴虐によって機能不全を起こしているわ。LOCAS.T.C.の私兵になりつつあるの。……でも、軍隊ってそうじゃないでしょう?」
「……大佐は私に
「そうよ。軍隊なんて予算を食うだけの無駄飯ぐらいで丁度いいの。軍人が忙しく働いてる世界なんてぞっとしないわ。それが、大佐が私たちに示してくれた世界でしょう?」
無言でエンテは頷く。
すぐにリンルはシャツもスカートも脱ぎ出した。
目を瞬かせるエンテの前で、彼女は下着姿になる。
「私の軍服を着て、脱出して」
「しかし! 中尉は」
「今、貴女を失うわけにはいかないわ。私たちの組織、マスティマに合流して」
「マスティマ? それは」
「マーレン大佐が有事に備えて、同志たちを集めた極秘部隊よ。U3Fに自浄作用が働かなくなった時、決起することになってるわ。それは、今」
――マスティマ。
それは、迷走し
自ら白い羽根を捨て、堕天した御使いたち。
伝説によればマスティマは、自ら人間を害することで神への忠誠心を試すという。
そんなことをエンテが考えていると、リンルは軍服を押し付けてきた。
「さ、着替えて。ここには私が残ります」
「でも」
「貴女には申し訳ないと思ってるわ。大佐を許してあげてね」
「そんな、とっくに! 私は、大佐に許されてる、から」
「……本当にそっくり、
「瓜二つ? それは」
「あら、聞いてないのかしら? 貴女は大佐の――」
その時だった。
艦内にけたたましいサイレンが鳴り響く。
恐らく、先に蹴散らされた外の見張りが意識を回復したのだろう。
混乱の中でエンテは、言われるままに着替え始める。
少し胸がきつかったが、リンルの服を身につけると、銃を渡された。
「さあ、行って。格納庫に今ならあの機体が……ウォーバットがあるわ」
「リンル中尉、私は」
リンルは最後に、一度だけエンテを抱きしめてくれた。そして、背を優しく叩いて送り出してくれる。
それは、もう決して生きて会えぬとエンテに伝えてきた。
初めて会ったまま、二度と再会はかなわない。
エンテの知らないマーレンを知る女は、瞳に強い光を灯して頷いていた。
後ろ髪を惹かれる思いで、エンテは独房を抜け出る。
振り向かずに走れば、銃を手に独房へ向かう保安員たちと何度も擦れ違った。
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