PEAXION-ピージオン-

はじめに

『PEAXION-ピージオン-』だけが不殺を殺さない

 ロボットという言葉は、チェコスロバキアの作家、カレル・チャペックが生み出したものである。戯曲『R.U.R.』…邦題『ロッサム万能ロボット商会』で初めて使われた単語で、労働者(強制労働従事者)という意味の造語だ。

 つまり、ロボットは用途と必要性から造られた、何かしらの労働を代替だいたいする存在だ。

 そして、多くのロボット物コンテンツにおいて、それは戦争である場合が多い。

 ロボットはロボットにしかできない、人間ができな(したくない)仕事をになう。

 その最たるものが、命がけの戦い、つまり戦争という訳である。

 死んだ命は戻ってこないが、壊れたロボットは再生産が可能だからだ。


 そんな訳で、ロボット物コンテンツの大半は戦争や戦いをテーマの一つとして内包している。『疾風!アイアンリーガー』や『IGPX』、『バスカッシュ!』といった戦争物ではない作品も多く存在するが、スポーツという競争構造は戦争と同じく、勝ち負けが存在する概念である。

 ただ、スポーツであれば互いに敬意リスペクトを持ち、フェアプレイの精神が共有されやすい。

 だからこそ、ライバルが卑怯な反則をする中で主人公達が勝つと盛り上がる。

 しかし、戦争は命のやり取りなので四の五の言っていられない。

 誰だって生き残りたいから、そこに濃密なドラマが生まれやすいのだ。


 では、そんなロボット物コンテンツで『戦争』というテーマを扱いつつ……『誰も殺さない主人公』、即ち『不殺主人公ふさつしゅじんこう』は成立するだろうか?

 この問に対する答を、今のロボット物業界は出せていないと思う。

 不殺主人公と言えば、有名なものは『るろうに剣心』の主人公、緋村抜刀斎ひむらばっとうさいこと剣心だ。しかし、彼は己の肉体と剣(逆刃刀さかばとうという人を斬れない特別な刀)で戦い、殺しに来る相手を殺さず勝利する。そのために痛手をこうむり、自分の危険もかえりみず相手の命を守るのだ。

 この『戦い倒すが殺さない』という矛盾むじゅんを、剣心は毎回見事に乗り越えてゆく。

 時には技量差で押し切り、時には奥義を持って相手を無力化する。

 その度に剣心は傷つき、殺さぬ故に生き延びた者の恨みを買うこともあった。

 殺す以上に難しい戦いに、当時の読者達は夢中になったものだ。

 しかし、残念ながらロボット物コンテンツでは不殺主人公として大成した前例がない。


 まず誰もが思い出すのが『機動戦士ガンダムSEEDシード』の主人公、キラ・ヤマトだ。望まぬ戦いに巻き込まれた彼は、コーディネーターという遺伝子調律人間であるにもかかわらず、ナチュラル(遺伝子を調律していない人間、能力で劣る)の友達のために同族のコーディネイターと戦う。その中で成長すると同時に、相手を殺さぬ戦いを続けるようになっていくのだ。

 ここではキラに対する自分の個人的な、主観的な思い出については割愛、排除する。その上で、どうしてもキラが最も有名で、かつ成功したとは言い難い不殺主人公だと言わねばならない。まず、ロボットは本来『人間にできないこと、やりにくいことをする』ためのマシーンである。人間が生身で戦う、戦闘機や戦車で戦う以上の強さ、その説得力がロボットには求められるのだ。その中で『撃墜しても殺さない』という描写、表現が難しい。

 他にも『エウレカセブン』のレントン・サーストンなどがいるが、不殺主人公とロボットというガジェットの親和性、これを出すのは難しい。まず『殺すより何倍も生かす方が難しい』という前提を受け手側に理解してもらって、その上で『殺さずを貫く理由、貫くことの代償、そして殺してしまったらという展望』も見せていかねばならない。それは『ロボットの繊細な操縦や卓越したセンス』を生む一方で、ロボット物コンテンツの一番の魅力であるダイナミズムを損なう恐れもある。なにより、主人公におごりや独善を感じた途端に共感できなくなってしまうのだ。


 ――不殺主人公という概念自体が、ロボット物コンテンツの中で死んでゆく。


 では、ロボット物コンテンツにおける不殺主人公は悪い組み合わせなのだろうか?

 偉大な先達が多く挑んだ、命を奪わない主人公には魅力がないのだろうか?

 答は、いなだ。

 成功例がないだけだと自分は思う。

 誰も登頂していない山は、本当に難攻不落の山なのだろうか?

 そう思う先入観こそが、その山を難攻不落たらしめているのではないか?

 そんな未登頂の高みを目指している作品が、東雲メメ先生の『PEAXION-ピージオン-』です。主人公のアレックス・マイヤーズは、人を傷付けるくらいなら自分が傷付いた方がいい、そう思っている少年だ。それが優しさであるか、彼の高潔さであるか、それともただの独りよがりの偽善なのか。そうした問いかけが続く中で、戦争に巻き込まれ、命が散ってゆく戦場で成長してゆく。

 その過程の一つ一つが、とても真摯しんしな物語だと感心した。

 アレックスが搭乗する主役ロボット、ピージオン(平和Peaceと、その象徴であるPigeonを組み合わせたネーミングの妙!)は、主人公の不殺の誓いを表現するマシーンではありません。電子作戦機というポジションで、しかも『世界のあらゆる兵器を従えるプログラム』を持っている。殺す云々以前に、全てを隷属れいぞくさせ支配する力がある、そして『派手に撃っても超エースだから全部急所外して撃墜してるYO!』なんて芸当もできない機体なのだ。

 不殺主人公を、楽に不殺ですと言い張れない状況で、書く。

 主人公が生き方に迷い、彷徨さまよい、悩んでいる時……東雲メメ先生もまた、そうした彼の苦悩と葛藤に向き合っているのかもしれません。


 さて、そんな素晴らしい作品の二次創作をさせていただいて、とても光栄です。拙作せっさくでは、本編が不殺少年の物語なので……絶対殺すウーマンな絶殺ぜつころ少女を主人公にしてみました。主役ロボも対となるように、ウォーバット……これは戦争War蝙蝠Batをくっつけたものです。ま、まあ、その……アレです。本編に黒いピージオンが出て来る予定が構想段階からあって、それとかぶってしまったのは痛恨の極みでしたが。

 ですが、こころよく笑って許してくださったこともあり、新たな発想が生まれました。

 エンテ・ミンテ少尉は恋人の死と同時に、恋人の理想に準じる軍事力の申し子となります。民に変わって武力に武力で反撃する、必ず反撃する。そういう抑止力よくしりょくを体現する生き方を選んだ時……話が広がる中で、真っ黒だったウォーバットにも変化が訪れました。

 本編でアレックスが不殺という信念に向き合っているように……エンテもまた、武力と軍事力、そして抑止力としての軍隊という存在に向き合っています。彼女が恩師でもあり恋人だった男の意思を理解し、継いだ時……その先を読んで、原作にも触れていただければ嬉しいですね。


・PEAXION-ピージオン-(東雲メメ)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880917903


敬称略

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