鮮烈、鳳凰の羽撃き

 霧沙キリサ・アレスターは、ダンタリオンの目を通して見る光景に言葉を失った。

 ゆらりとトレーラーのコンテナから現れた、あかいレヴァンテイン。

 それは、奇妙な機体だった。


「あれも……ドヴェルグで造ったものなの? ……センサーが、変だ。まさか」


 そのレヴァンテインは、不思議と輪郭がにじんでゆらぐ。まるで蜃気楼しんきろうのように、ゆらゆらと揺れているのだ。その背面は、頭部から背中に向けて無数の放熱テープが棚引たなびいている。まるで怒髪天とはつてんの長い長い蓬髪ほうはつだ。

 そして、背には……天へと屹立きつりつする左右一対の小さな翼がある。それも恐らく放熱用のラジエーターで、そこから景色をゆがませる熱量が広がっていた。一見してスマートな細身のライトウェイト級だが、他に目を引くのは……鳥の尾羽根のような腰部のリアスカートだった。

 そして、通信の中に聞き覚えのある声が響く。


『おや、起動したようですねえ? で、霧沙さん? 無事ですか? おかげでダンタリオンの弱点が把握できました。いい仕事ですねえ、ウフフフフ』

「ダーイン、あれは!」

『不死鳥は灰の中より蘇る……あれは、。そういう名前の機体です』

「フェニックス……」


 居並ぶ旧政府軍のレヴァンテインを、キュインと振り向く紅い影。フェニックスは、強力な放射熱を放ちながら、ゆっくり敵へと歩き出した。

 その中から、あの仄暮灰児ホノグレハイジの声が聴こえた。


『おいっ、おかしいぜこの機体っ! モニターのカウントはなんだ! 300秒って』

『ああ、灰児君。大丈夫ですよ、今回は爆発したりはしませんから』

『それより、武器だ! 武器はねえのか、畜生ッ』

『武器……ええ、。まだねえ、フフフ』


 異様な空気に気圧されつつも、敵のレヴァンテインが統制を取り戻した。だが、アサルトライフルを向けた旧政府軍の中から、徐々に混乱が広がってゆく。

 それをただただ聴くしかない霧沙。


『少佐っ、ロックオンできません! システムが……レヴァンテインがあの機体を認識できないんです!』

『なにを言うっ! 肉眼ではっきり見えている! モニター越しにも!』

『そうなんですが……所属不明機は、!』


 そして、不死鳥は雄々しく羽撃はばたく。

 不意に地を蹴るフェニックスは、あっという間に先頭の敵へ肉薄した。

 はやい、そして鋭い機動。

 あっという間にフェニックスは、貫手ぬきての手刀を敵機へと突き刺す。ガクン! と揺れた旧政府軍の機体は、そのまま動かなくなった。引き抜かれたフェニックスの手が、無数のケーブルやコードを引っ張り出して、引き千切る。

 それはあたかも、熱砂の戦場が見せる悪夢のようだった。


『へへ……こいつがだんだんわかってきたぜ。いい動きだ、シャープで軽い。思うままに動く。俺の操縦についてくる!』


 灰児の声は、高揚感の中でたけたかぶぶっていた。

 それは、いやらしくてだらしない男の声ではなかった。

 そして、惨劇が始まる。

 フェニックスは、自らに焼き付けられた失敗作の烙印らくいんを、己の熱と炎で消し炭へと変える。甲高いエグゾーストを響かせ、髪を振り乱す修羅のように舞う紅い影。

 七十二柱の悪魔にして破滅と復活の化身、フェニックス。

 鳳凰ほうおうぶように滑る大地が、放たれる熱でにらいでいた。


『全機、センサーに頼るな! 手動で照準を合わせえるんだ!』

『む、無理です! それに……ふ、増えたっ! 増えてる!』

『慌てるんじゃねえ、残像だ! 発する熱が空気を……陽炎かげろうみたいなもんだ!』

『レーダーまで誤作動を、う、うわあああっ!?』


 ダンタリオンの中でモニターを凝視する霧沙も、はっきりと見た。

 ゆらゆらと揺れるフェニックスが、高速で滑走してゆく。レッグスライダーの巻き上げる砂塵に、無数の影がゆらいで浮かび上がる。

 高すぎる出力で、排熱された空気がけているのだ。

 空気の寒暖差と気圧差が生まれて、そこに一瞬前のフェニックスを浮かび上がらせる。残像を増やしてきざみながら、不死鳥が死を振りまいた。

 灰児は素手のフェニックスで、次々と敵をほふってゆく。


『おっしゃ、いい調子だぜ! ……これだ、これだよ! 俺が求めてたのは……へっ、見てるか日暮ヒグレのおっさん! あんたの目は確かだぜ……くもってたのは俺の目だった。俺はずっと、前を……拾ってくれたあんたを見てなかったんだ!』


 既にもう、戦場は恐怖に飲み込まれていた。

 敵はアサルトライフルを乱射するが、それは全てフェニックスの影をむなしくすり抜ける。そして、フェニックスの拳と蹴りが、容赦なく鉄屑ジャンクの山を生み出していった。

 死を生み出す鳳凰の怒りが、灰児の操縦でくるう。


『おっ、なんだ? ダーイン、例のカウントがゼロになった! 爆発すんのか!?』

『しませんよお、今回のは多分。あ、絶対に爆発しません。きっと、恐らく』

『なんだ? 安全装置が解除? ……武器があるのか!』

『ええ、ええ。そうですとも……言ったでしょう? 武器はまだない、まだって』


 とうとう敵のレヴァンテインは、最後の隊長機になっていた。

 後ずさりながらも、少佐と呼ばれていた男の怒声が響く。周囲では戦車が後退しようとしていたが、その一台が少佐の機体に踏みつけられた。


『逃げるなぁ、最後まで戦え! 戦って死ねぇ! ……ハッ!? な、なんだ……バケモノめ、なにをするんだ! わ、私には、アラーの加護が――!?』


 フェニックスの背後で、長く伸びた腰のリアアーマーが開く。

 その中から、剣の柄と思しきものが出てきた。

 見るからに巨大な、両手持ちの大剣を思わせる長さだ。


『っしゃあ、武器があんじゃねえかよ!』

『今、できたとこです。灰児君、繊細な武器なので気をつけてください? それは……フェニックスの起動と同時に、溶剤を混合させて精製される剣ですから。排熱を利用して固化体にした、空気の中では数秒しか維持できぬ刃……超々高密度の単分子結晶体』


 フェニックスは、背から真上に打ち出された剣をキャッチする。

 それは、例えるならば硝子ガラスの剣。

 全く厚みのない刀身は、見えない。ただ、揺らめく熱波の中でぼんやりと、光を反射して両刃の剣が浮かぶ。

 それを両手で握って振り絞り、フェニックスが疾風かぜになる。


『クソッ! アラーよ、我を……まっ、守れ! 私を守れ! 私は大隊指揮官だったんだ、守れぇぇぇっ!』


 敵機は、盾にするように足元の戦車を蹴り上げた。

 その分厚い車体を、なんなく硝子の刃が通り抜ける。

 なんの抵抗もなく、するりと斬り裂く。

 風の疾さで通過してゆく、輝きの刃。

 そして、その奥で取り乱した最後の敵機をも、綺麗に両断した。

 スピンしながら停止するフェニックスが、周囲に烈風の熱を逃がす。それはあたかも、復活の炎に燃える不死鳥の翼のよう。


『っしゃあ、これが……なるほど、リヴァイブレードってやつか!』


 斬撃で払い抜けたポーズのまま、固まるフェニックス。その手に握られた剣が、バリン! と粉々にひび割れ砕けた。

 ダーインの説明が耳には聴こえるが、霧沙の頭には入ってこない。

 それは、空気中ではすぐに劣化してしまう究極の剣。抜刀後、数秒しか刀身を維持できない反面、全てを容易に斬り裂く剃刀のような一撃を誇る。そして、起動時にリアアーマー内で溶剤各種が混ぜられて精製され、五分経過後に完成する硝子の剣だ。

 復活の刃は、その名の如くリヴァイブレードという。

 呆然と見詰める霧沙は、ようやく灰児が自分へ呼びかけていることに気付いた。


『よぉ、生きてっか? へへ……こちとら脚が痛くて変な汗が止まらねえ。泣けてくるぜ。……いや、マジで痛いんですけど。ひびどころか折れてねえか? これ』

「え、ええと……灰児?」

『おうよ! とんでもねえじゃじゃ馬だぜ。それに、コクピットが蒸し暑い!』

「よく、無事で」

『ああ? そりゃ俺の台詞だ。誰に言ってんだよ、誰に。俺ぁ天才だぜ? へへ……逃げるにしたって、前向きに、前のめりに。女の前では前屈まえかがみになるけどな!』

「……バカ」


 停止したフェニックスは、つかつばだけになってしまった剣を再びリアアーマーへと仕舞う。ようやく、吹き荒れていた暴力が去った。忌まわしきテロリズムにした軍隊を、一陣の風が薙ぎ払ったのだ。

 霧沙がコクピットを開放すると、ダンタリオンの足元にダーインが見上げてくる。

 彼は、いつもの張り付いたような笑顔で……細い目の奥に瞳を輝かせた。


「どうもどうも、お疲れ様です。いやあ、ダンタリオンの装甲は無敵ですねえ! ダンタリオンは強い……その弱点、パイロットが人間であるということを除けば、ねえ?」

「あたしの操縦が問題ってこと? 正規の教育を受けた訳じゃないから、それは」

「いえいえ! いいんです、霧沙さんや灰児君のような、突出した操縦技術とセンスがなければ……そうでなければ、ドヴェルグの機体は扱えません。量産する時はもっとマイルドにデチューンですねえ」


 霧沙はコクピットから這い出て、フェニックスへと走る。近づくだけでもう、熱い。皮膚が焼かれるようだ。だが……初めて霧沙は、仲間を失って一度死んだ、その先の人生の今に見つけた。

 灰児ももしかしたら、自分を見つけてくれたのかもしれない。

 戦火が全てを灰にした、その中からなにかが蘇りつつ合った。


 数日の後、ジュネーブの新国連総会で決議が採択され、クルド人の難民を救済するため各国が動き出した。先にPKOによる国境維持活動をしていた、日本の国防軍から奇妙なデータが提出され、握り潰される。

 生まれ直した悪魔がまた一機、世に放たれる……闇から闇へと、影の中を戦いだけ求めて。その長き旅路を生き急ぐ霧沙は、もうひとりでははなかった。

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