鮮烈、鳳凰の羽撃き
ゆらりとトレーラーのコンテナから現れた、
それは、奇妙な機体だった。
「あれも……ドヴェルグで造ったものなの? ……センサーが、変だ。まさか」
そのレヴァンテインは、不思議と輪郭が
そして、背には……天へと
そして、通信の中に聞き覚えのある声が響く。
『おや、起動したようですねえ? で、霧沙さん? 無事ですか? おかげでダンタリオンの弱点が把握できました。いい仕事ですねえ、ウフフフフ』
「ダーイン、あれは!」
『不死鳥は灰の中より蘇る……あれは、フェニックス。そういう名前の機体です』
「フェニックス……」
居並ぶ旧政府軍のレヴァンテインを、キュインと振り向く紅い影。フェニックスは、強力な放射熱を放ちながら、ゆっくり敵へと歩き出した。
その中から、あの
『おいっ、おかしいぜこの機体っ! モニターのカウントはなんだ! 300秒って』
『ああ、灰児君。大丈夫ですよ、今回は爆発したりはしませんから』
『それより、武器だ! 武器はねえのか、畜生ッ』
『武器……ええ、まだないです。まだねえ、フフフ』
異様な空気に気圧されつつも、敵のレヴァンテインが統制を取り戻した。だが、アサルトライフルを向けた旧政府軍の中から、徐々に混乱が広がってゆく。
それをただただ聴くしかない霧沙。
『少佐っ、ロックオンできません! システムが……レヴァンテインがあの機体を認識できないんです!』
『なにを言うっ! 肉眼ではっきり見えている! モニター越しにも!』
『そうなんですが……所属不明機は、そこにいるのに、見えてしかいないんです!』
そして、不死鳥は雄々しく
不意に地を蹴るフェニックスは、あっという間に先頭の敵へ肉薄した。
あっという間にフェニックスは、
それはあたかも、熱砂の戦場が見せる悪夢のようだった。
『へへ……こいつがだんだんわかってきたぜ。いい動きだ、シャープで軽い。思うままに動く。俺の操縦についてくる!』
灰児の声は、高揚感の中で
それは、いやらしくてだらしない男の声ではなかった。
そして、惨劇が始まる。
フェニックスは、自らに焼き付けられた失敗作の
七十二柱の悪魔にして破滅と復活の化身、フェニックス。
『全機、センサーに頼るな! 手動で照準を合わせえるんだ!』
『む、無理です! それに……ふ、増えたっ! 増えてる!』
『慌てるんじゃねえ、残像だ! 発する熱が空気を……
『レーダーまで誤作動を、う、うわあああっ!?』
ダンタリオンの中でモニターを凝視する霧沙も、はっきりと見た。
ゆらゆらと揺れるフェニックスが、高速で滑走してゆく。レッグスライダーの巻き上げる砂塵に、無数の影がゆらいで浮かび上がる。
高すぎる出力で、排熱された空気が
空気の寒暖差と気圧差が生まれて、そこに一瞬前のフェニックスを浮かび上がらせる。残像を増やして
灰児は素手のフェニックスで、次々と敵を
『おっしゃ、いい調子だぜ! ……これだ、これだよ! 俺が求めてたのは……へっ、見てるか
既にもう、戦場は恐怖に飲み込まれていた。
敵はアサルトライフルを乱射するが、それは全てフェニックスの影を
死を生み出す鳳凰の怒りが、灰児の操縦で
『おっ、なんだ? ダーイン、例のカウントがゼロになった! 爆発すんのか!?』
『しませんよお、今回のは多分。あ、絶対に爆発しません。きっと、恐らく』
『なんだ? 安全装置が解除? ……武器があるのか!』
『ええ、ええ。そうですとも……言ったでしょう? 武器はまだない、まだって』
とうとう敵のレヴァンテインは、最後の隊長機になっていた。
後ずさりながらも、少佐と呼ばれていた男の怒声が響く。周囲では戦車が後退しようとしていたが、その一台が少佐の機体に踏みつけられた。
『逃げるなぁ、最後まで戦え! 戦って死ねぇ! ……ハッ!? な、なんだ……バケモノめ、なにをするんだ! わ、私には、アラーの加護が――!?』
フェニックスの背後で、長く伸びた腰のリアアーマーが開く。
その中から、剣の柄と思しきものが出てきた。
見るからに巨大な、両手持ちの大剣を思わせる長さだ。
『っしゃあ、武器があんじゃねえかよ!』
『今、できたとこです。灰児君、繊細な武器なので気をつけてください? それは……フェニックスの起動と同時に、溶剤を混合させて精製される剣ですから。排熱を利用して固化体にした、空気の中では数秒しか維持できぬ刃……超々高密度の単分子結晶体』
フェニックスは、背から真上に打ち出された剣をキャッチする。
それは、例えるならば
全く厚みのない刀身は、見えない。ただ、揺らめく熱波の中でぼんやりと、光を反射して両刃の剣が浮かぶ。
それを両手で握って振り絞り、フェニックスが
『クソッ! アラーよ、我を……まっ、守れ! 私を守れ! 私は大隊指揮官だったんだ、守れぇぇぇっ!』
敵機は、盾にするように足元の戦車を蹴り上げた。
その分厚い車体を、なんなく硝子の刃が通り抜ける。
なんの抵抗もなく、するりと斬り裂く。
風の疾さで通過してゆく、輝きの刃。
そして、その奥で取り乱した最後の敵機をも、綺麗に両断した。
スピンしながら停止するフェニックスが、周囲に烈風の熱を逃がす。それはあたかも、復活の炎に燃える不死鳥の翼のよう。
『っしゃあ、これが……なるほど、リヴァイブレードってやつか!』
斬撃で払い抜けたポーズのまま、固まるフェニックス。その手に握られた剣が、バリン! と粉々にひび割れ砕けた。
ダーインの説明が耳には聴こえるが、霧沙の頭には入ってこない。
それは、空気中ではすぐに劣化してしまう究極の剣。抜刀後、数秒しか刀身を維持できない反面、全てを容易に斬り裂く剃刀のような一撃を誇る。そして、起動時にリアアーマー内で溶剤各種が混ぜられて精製され、五分経過後に完成する硝子の剣だ。
復活の刃は、その名の如くリヴァイブレードという。
呆然と見詰める霧沙は、ようやく灰児が自分へ呼びかけていることに気付いた。
『よぉ、生きてっか? へへ……こちとら脚が痛くて変な汗が止まらねえ。泣けてくるぜ。……いや、マジで痛いんですけど。ひびどころか折れてねえか? これ』
「え、ええと……灰児?」
『おうよ! とんでもねえじゃじゃ馬だぜ。それに、コクピットが蒸し暑い!』
「よく、無事で」
『ああ? そりゃ俺の台詞だ。誰に言ってんだよ、誰に。俺ぁ天才だぜ? へへ……逃げるにしたって、前向きに、前のめりに。女の前では
「……バカ」
停止したフェニックスは、
霧沙がコクピットを開放すると、ダンタリオンの足元にダーインが見上げてくる。
彼は、いつもの張り付いたような笑顔で……細い目の奥に瞳を輝かせた。
「どうもどうも、お疲れ様です。いやあ、ダンタリオンの装甲は無敵ですねえ! ダンタリオンは強い……その弱点、パイロットが人間であるということを除けば、ねえ?」
「あたしの操縦が問題ってこと? 正規の教育を受けた訳じゃないから、それは」
「いえいえ! いいんです、霧沙さんや灰児君のような、突出した操縦技術とセンスがなければ……そうでなければ、ドヴェルグの機体は扱えません。量産する時はもっとマイルドにデチューンですねえ」
霧沙はコクピットから這い出て、フェニックスへと走る。近づくだけでもう、熱い。皮膚が焼かれるようだ。だが……初めて霧沙は、仲間を失って一度死んだ、その先の人生の今に見つけた。
灰児ももしかしたら、自分を見つけてくれたのかもしれない。
戦火が全てを灰にした、その中からなにかが蘇りつつ合った。
数日の後、ジュネーブの新国連総会で決議が採択され、クルド人の難民を救済するため各国が動き出した。先にPKOによる国境維持活動をしていた、日本の国防軍から奇妙なデータが提出され、握り潰される。
生まれ直した悪魔がまた一機、世に放たれる……闇から闇へと、影の中を戦いだけ求めて。その長き旅路を生き急ぐ霧沙は、もう
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