第13話 夢

 静かに、私を載せた電車は線路を進んでいた。

 そして、いつの間にか私は眠りに落ちた。


「なあ。何寝てんだよ。真っ昼間から寝てんなよ。太るぞ」

「ああ、ごめん」

 私、いつの間にか寝落ちしてたんだ。って。

「ここはどこ」

 私は目を見張った。周りを見渡した。薄明かりが霞むぼんやりしたその目に見えたのは、明るいリビングの一室。右手の、ガラスでできた大窓の外には、良質なウッドデッキ、青青とした海が見える。太陽の光を反射して、まぶしい光がちらちらと揺れている。

 そして、私の隣には見知らぬ男性が見えた。でも、少し聞き覚えのある声だ。彼は、よく意味が分からないというような顔をした。

「ここはどこって自分の家じゃないかよ。どこか具合が悪いのか」

「いいや、平気」

うーんと私は手を額に着け、目を閉じた。確か、私は電車に乗ってて、そこで眠って、起きたらここにいる。もしかしたら、これがあの駅員さんが言ってた夢物語ってやつなのかな。

「で、あなたは誰」

誰って、はあ。と彼はため息をつく。

「記憶喪失か。昼寝していたのかと思ったら。それとも俺をおちょくってるのか?司だよ。何年来の付き合いだ」

「司?司って、あの司?」

「あの司って、どの司かわかんないけど。多分その司だよ」

「へえ。暮らしてるんだ。そういう未来もあるんだよね」

「未来って?よくわかんねえな。なあ、ちょっと外にでも出かけえか?」

彼は、そばにあった麦わら帽を私の頭の上に載せた。私は彼を見上げて言った。

「外に?まあ、構わないけど」

 私は彼に手を引かれて、玄関にあったビーサンを履き外に出た。その手はずっとつながれたままだった。

「良かったよ。ここ最近連日雨だったからさ太陽が気持ちいいね」

 私たちは二人で海岸を歩いた。当時は私と一緒だった彼の身長は優に私を越していた。見あげて話すのは、別体験みたいで何か気恥ずかしい。

「うん。そうだね。ねえ、今っていつなの?」

「今日か?今日は八月十五日。ああ、母さんのところにも久々にいかないとな。そろそろ報告もしないといけないな」

「いいや。ええっと、西暦を教えてくれない?」

「二〇三三年だよ。それがどうかした?」

「いや、どうもはしない、けど」

「もしかしたら、お前〝いまのあかり〟じゃあねえな」

え。

「まさか、図星って感じか?」

彼は笑った。

「まさか。過去のあかりと会えるとはな。こんな奇跡があるんだ」

「どうして、分かったの?」

「予感はしていたんだ。彼女はそんなことを言っていたような気もした。私は旅の中で、未来の僕にあったって言ったんだ。そのときは信じられなかった。もう昔の話だよ。十年も前の話になる」

「で、でも。これは夢の中のお話しで。何で未来の司が。だって、彼は私に言ったの。君が夢で思い描く世界。それは存在しない世界なんだって。だとしたら、私は」

「なあ、お前は何歳のあかりなんだ?」

 彼は私の肩を握り、そのまま私の瞳をじっと見つめた。

「十五歳」若いな。彼は軽く頭をなでた。

「まだ、右も左もわからなかった頃だ。その時の君はね、心底死を望んでいたよ。外から見たって誰も君のことなんて分かりはしなかったんだ。君はずっと泣いていた。心の中でずっと泣き叫んでいた。痛くて痛くて堪らなかった。でも、ごめんな。今の君に言うのは、悪すぎるよな。僕は助けてあげれなかった。いや、助けなかったんだ。君がずっと苦しんでいたことに、気づいていたのに。君が俺の前に現れるまで、俺は君を記憶の奥の奥に閉じ込めようとしていた。本当に愚かな人間だった。君には、何度謝っても足りないくらいの罰が俺にはあった。でも、俺が君を救おうとしたのは償いからじゃない。俺は君をただ救いたかったんだ。君と一緒に居たかったから」

「ねえ、司。今の私は幸せ?」

「幸せだよ。とても、幸せに暮らしている。家だって、海の近くに買ったんだ。周りに誰もいない。静かな二人だけの世界だ。平日は一緒に朝を起きる。未来の君は意外とだらしないんだよ。朝が苦手なんだ。だから俺が起こしてる。トーストを焼いて、コーヒーを沸かす。二人で喋りながら朝食を共にし。車を運転して、働きに町まで出る。俺が運転して、君が助手席に座る。君は流れている音楽に合わせてよくハミングをしている。俺はそんな君を横目に見て、毎日を送るのがとても楽しい。仕事が終われば、カフェで待つ君を迎えに行く。俺が残業で遅くなったりすると、君は怒るんだ。ねえ、ちゃんと事前に伝えてよねってね。俺は、カフェにいる君に会いに行き、そこで軽くコーヒーをすする。そこのコーヒーは絶品なんだ。君が見つけるんだ。君は大した目をしてる。それから、俺たちはスーパーに行き、買い物をする。これは買おう、いやあれも買わないと、お互いに言い合いながらね。そうして、俺たちは家に帰る。家に帰れば、一緒に夕食を作る。昨日はカレーを作ったね。野菜が沢山入ったオーガニックなカレーだ。そして、好きな映画を見る。今の君は純愛映画が大好きなんだよ。よく泣いてる。〝愛は素晴らしい〟なんてよくひとりごちてるんだ。そして、一緒に眠る。知ってるよ。君の眠っている顔は天使のように可愛いんだ。こんな生活を送ってる。時にはけんかをすることだってある。でも、けんかなんて仲の良いものには必ず起こることだ。生きていれば、からなず衝突は起こる。大したことじゃあない。僕と暮らす君はよく笑って、よく泣くんだよ。君は、本当に泣くんだよ。でもね、その涙は悲しさからくるものじゃないんだとおもってる。今の君は幸せだよ。涙を流せるくらい幸せなんだ。恥ずかしながら、俺も、君の涙を見るとよくもらい泣きをしてしまうんだ。良かったって。本当に良かったって。悲しいね、君の中ではこれは夢物語なんだ。夢の記憶なんてすぐに消え去ってしまう。でも、これだけは覚えていてほしい。今の君は幸せだよ。そして、奇跡は存在するんだ」

「良かった」

 彼の愛は本物だった。その思いの強さはその声を聴くだけで伝わった。今の私たちは幸せらしい。知れて良かった。でも、私の未来はなくなっているはずじゃあ。

「で、その眠りというのはどの位続くんだろうかね」

「ううん?わかんない」

 私もそのあたりはよく分からなかった。いつ目覚めるのかは全くの不明である。

「じゃ、まずはご飯でも食べようか?お腹すかない?」

 私は自分の腹に手をやった。確かに何も食べてなかった。

「俺が作るよ。上手いものを作ってやるぜ。何でも言いな。あと、有給でも取って、二人で遊びに行こう。過去の君と出会えるなんて、どんなSFだ。でも、どうかな。これって、犯罪?じゃないよね」彼が慌てたように私の顔を見た。

「うーん。大丈夫なんじゃないかなあ?外見は大人だし。中身は子供だけどさ」

 そういう問題かは、わかんないけど。ていうか、そんな答えを私に求めないでくれよ。

「じゃあ、休みを入れておこう。楽しみだ」

 未来の私も彼と一緒なら楽しいかもしれない。そんな未来だったらいいな。家に走り出す彼の背を追って私も駆けだした。夕日が私たちを照らし、真っ白い砂浜にくっきりとした影を刻んでいた。



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