第10話 真実

「それじゃあ、この辺でお開きにしようか」

「え、まだ早くない?」

 その言葉に戸惑いを抱いて、そのように答えた未来だが手に持っていた携帯に目を向けるとそうでもないのかと呟いた。端末の時刻表示は十七時を示している。

「今日は楽しかったよな。ご飯も美味しかったよ。いろいろなことが分かったし。おばさんにありがとうと言っておいてくれよ。あかりさんもありがとう。とても美味しかったよ」

「いえいえ。美味しかったのなら、良かったです」

そして、彼女は僕たちの前に振り返った。

「みなさん、今日はこんな私の為にこんな会を開いてくれてありがとうございます。ぜひ、皆さんと仲良くできたなら嬉しいです。これからもよろしくお願いします」

 彼女は、頭を下げ、僕たちに満面の笑みを作りそう言った。それはまさしく、本当の彼女なのだと思う。その表情は時に移り変わりしているが、やはり時折見せる彼女の表情が真実を、物語っている。

「それじゃあ。皆さん。この辺で」

 彼女はもう一度頭を下げ、その身を翻し、歩を進め始めた。僕も、彼女の身を追うようにおのずと歩みを始めた。

 しかし、咄嗟にその手を未来がつかんだ。

「どこに行く気よ?司」

 僕は彼女のその問いに、間髪入れることなく答えた。

「どこに行くって、彼女を送って帰るんだよ。大した理由はないさ」

「そう?」

 未来は少し、苦い顔をして、こちらを見ていた。

「どうしたよ。未来」

「あなたは気づかなかった?彼女、本当のことを言っていた?」

 僕は突然その告白に驚いて、自ずと二の句をつなげることが出来なった。

「やっぱり、未来も気づいていたんだ」

「私が気づかないとでも思った。誰だって気づくわ。あの子の顔を見た。あんなに、うまく笑うことのできていない人の顔というものを初めてみたわ。彼女は、誰も頼れる人がいない。彼女は助けを乞ういている。それが嫌というほどに見えた。どうにかして、彼女を助けないといけない。あと、一つ。あなたは彼女の言葉に深く耳を傾けてはいけない」

 僕はその威圧するような言葉に、目を細めた。

「どういうことだよ。さっきだって言っていることが分からなったぞ」

「さっきって、私たち二人が対峙しているところといいたいわけ?」

「ああ、そうだ」

「お前ら、そんな形相で何を喋ってんだよ。どういうことだよ」

 何も状況を把握できてない快人が、そんな彼らを見て呟いた。

「あなたは、黙ってて」

 そう言い、彼女は一呼吸置いてまた喋り始めた。

「言うわ。多分、彼女はあなたを危険にさらすわ」

「危険?何だよ危険って、どういうことだよ」

「それは私にも分からない。でも、そう思ってしまうの。だから、あなたは深く付き合わないで。あの子が、この街に来た理由ってのも、ただあなたに会いに来たというそれだけの理由じゃないと思うの。必ず、その先がある。だから、やめて。あなたを危険には曝したくないの」

「わかった。でも、今日は彼女を追うよ。話したいことがあったんだ。引っかかるところが。ごめん、今日は許してくれ」

 そう言って、僕は駆けだした。

「待って、司!」

 僕はその声を振り切り、彼女の元まで走った。そして、追いついた。

「随分遅かったわね」

 彼女は、まるで僕の声を、姿を待っているみたいだった。

「ごめん遅くなった。一つ聞きたいことがあるんだ。あかり」

 彼女は歩きながら、その言葉にうなずいた。

「なに?司?」

「どうして、嘘をつくんだよ?」

「嘘?ああ、きづいていたんだ?」

「気づいたよ。何で、あんな彼らを試すような真似をした?彼女らは、君と仲良くなろうとしたんだぞ。何故それを足蹴にするようなことを」

「あなたの言うことは間違いじゃない。すべてが正しい。たぶん私は、彼らはどう思うんだろうって思ったのだと思う。それは、とてもきれいな過去を語る。そうやって、彼らは何を感じるのかと。過去にいた人たちは私のことなんて何一つも気づいてくれなかった。彼らは、私の過去を知っていながらも、その言葉はとても空虚なものに聴こえたんだ。私に語り掛けるその言葉一つ一つがとても寂しく感じた。そんな日々が悠久に続いていた。あえて、嘘を語り、その目を、その声を感じるだけで、本当の私を分かってくれるのか暗に試してみたんだと思う。彼女たちには、申し訳ないことをしたと思っているよ。」

「答えを聴きたいか?」

「うん。」

「未来は気づいてたよ。彼女はあかりの本当の気持ちまで察していたよ」

 ふうん。

「彼女、察しのいい人ね。感性が鋭いっていうのかしら」

 そう言って、彼女は少し安心したような表情を見せて、僕の方に振り向いた。

「仲良くできそうな気もするわ。あと残り短い人生を楽しまなきゃね。自分の心を分かってくれる人間がいるというのは非常に心強いものなのね。私には何もないから、そういったものが一つでも、二つでもあると、それは心が軽くなる」

僕はその言葉によぎったものがあった。

「残り短い人生って何だよ。お前、病気でも患っているのか?」

ふふ。と笑い、彼女は言った。

「こんなに健常そうな私が病患者見える?病気なわけはないさ。とても元気だよ。頭も異常はないし、運動だって何不自由なく出来る。四肢も問題なく動く。それは、心の問題なんだ。あなたの年齢はいくつ?」

「十四だ。」

「そう。一五歳、この年齢が私は子供と大人の境界だと思ってるの。その心と体はもう殆ど出来上がっているのよ。それを敢えて法で括りつけているだけよ。本当は、煙草だって吸えるし、お酒だって飲める。でも、法が無いとそこには混沌が生まれてしまうでしょう。だから、それで縛り付けてるの。本当は、私たちは生来自由な存在なの。だから、私たちは十五歳を迎えたら大人になるし、十八歳を迎えたら法的にも大人に変わる。でも、私はその大人が醜くて仕方がない。私はね、純粋なまま、子供のまま、その生を終えたいと思っているの。そう願うことはいけないこと?私は煙草だって吸ってもいいと思ってる、皆言うわ。身体に悪いから止めなさいなんてね。皆が皆、長生きしたいなんて思っていないんだよ。出来るだけ、早く死にたいのを願っている人間だっている。それに、病気にかかる人間はただ運が悪いだけだと私は思うんだ。病気になりやすい体質に生まれてきてしまったその人の身体が悪いんだ。これは、心と体は分離しているっていう点で考えているから、その人は何ら悪くない。彼、彼女はただ運が悪かっただけなんだよ。その人が強くいきたいと思っても、その病気は何の罪のないその身体を蝕み続ける。この世界は理不尽だよね。そして、死にたいと願ってるような人間には、そんな奇跡的な死は訪れない。生きたいと願う人間に死が訪れ、死にたいと願う人間に死は訪れない。悲しい世界だ。でも、だから今の世界は、幾分昔より生きやすくなったよね。私は好きだよ。良い世界になったと思う」

「で、いつなんだよ?その予定日というのは?」

「六月十八日。予定では、二十一世紀に入って、最大の流星群が観測される日と言われてる」

ねえ。彼女は僕の目を見て、その心の奥を覗くようにつぶやいた。

「もし君は私が一緒に死んでほしいと言ったらどうする?」

そう言って、その手を後ろでクロスしてまた再び歩き始めた。

「その、君の考えが変わることってのはないのか?」

「私が死ぬという未来はもう変わらない。死を前にした日々というものは、とても奇麗なものだと私は想うの」僕の硬く閉じた口元を見て、彼女は呟いた。

「君には尚早すぎるのは分かっている。君には未来がある。返事を出す必要もない。どうせ、すぐに忘れてしまうのだから。過去の人間なんて、振り切って生きていけばいい」

そう呟いて、彼女は夕空を見上げた。

「死が優しく許される私はそんな世界を望んでる」

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