第9話 花見⑵


「あの。私もみんなの為にお弁当を」

 あかりは、持ってきていた大きなトートバッグから四角い大きなプラスチックの二段弁を取り出した。、ウインナー、卵焼き、空揚げ、など運動会定番のおかずに、もう一つの弁当に大きなまるおにぎりを四つ作ってくれていた。そうだ、彼女は料理が上手いのだった。「わあ、おいしそう。これ全部あかりさん手作り?」

 目を輝かせている。やはり、そこは女の子だ。

「はい。料理作るのは好きなんです」

「女子力高いわね」

 僕は改めて、彼女の作った弁当を見てみた。とても上手く作られている。とても美味しそうだ。ん。

「ねえ、これは何?」

「ああ。これはタラの芽。野草だね」

「へえ、野草か。凄いな。これ、どこに売ってるの?」

「ふふ。ここら辺のスーパーには売っていなかったよ。学校の裏ってお山になっているじゃない?」

「うん。そうだけど、それがどうかしたの」

「あの裏山で見つけたのよ。」

「へえ、そんなものが。でもいつ?」

「昨日。今日持っていくお弁当の食材を買いにスーパーに行ったの。そして、何一つ疑問なく買い物も終わり家に帰ってきたの。そして、食材を冷蔵庫に入れているときにね。何か足りないなって感じたの。そして、思ったの。緑がたりないって。」

「で、野草をとりに?」

「うん」

「そこで、野草を取りに行こうってなるのがすごいや」

「節約だよ。節約。それに、前住んでいた場所もすんごい田舎でね。四方八方見渡すところ山しかなかったんだよ。そんなところで過ごしていたし、その周りにはたくさんの野草が生えていたの。だからかな。よく、おばあちゃんとお山に取りに行ってて。それを思い出してね」彼女の顔がまた曇ってしまった。つらい過去を思い出させてしまったのかもしれない。

「でもすごいよ。早く食べてみたい。おいしそうだ」

「うん。食べましょう。」

「じゃあ食べるか。もうこんな時間になってしまった。母さんたちが、弁当持ってきたの十二時だったのにもう半だ」

「ほんと、ペコペコだよ」

「で、みんな飲み物はあるか?おれは忘れてしまったんだが」

「あ、私も。というかママ飲み物入れてくれてない」

「私は一応、水筒がバッグにあったはず…」

 あかりは隣にあったバッグをごそごそと確かめ始めた、しかし、その動作を何回も何回も続けている。そして、顔を上げた。

「あの、私も家に忘れてきたみたい」

「じゃあ、俺が買ってくるよ。で、どうする?みんな飲み物は」

「僕は緑茶で」、「私も緑茶」、「じゃあ、私も緑茶」

「みんな緑茶な。じゃあ、買ってくる。待ってろよ。」

 快人は、靴を履くと同時に全速力でかけていった。勢いつけすぎて、人にぶつかりそうになっている。


 三人になった。ちゃらけものの彼が抜けたことでそこには、自然と静寂が生まれた。そりゃあ、そうだ。あの二人に関しては、今日がほんとに初対面だ。いつかは、こんな時間が生まれることも明らかだっただろう。

「ねえ、あかりさん。あなたは、司の何なの?難しい訊き方でごめんなさい」

あかりは、ただ一言。

「私は、司君の旧知の友人というのが正しいかもしれないわね」

「旧知ね。いつから付き合いがあるの」

「三歳ごろかしらね。その当時、同じ住宅地に住んでいたの。それで仲良くしていたの。そうよね、司君?」

「そう、彼女は幼少の頃から親しくしていた友人だ」

「でも、その住宅だってこの小さな町の中にあるものでしょう。司、今住んでいる家に引っ越す前もこの街に住んでいたのでしょう」

「そうだね」

「じゃあ、何であなたはこの街に住んでいなかったの?何か理由があるのでしょう?」

 あかりの顔は、とても冷めていた。何でこんなことを喋らされているのだろうとも思っているのかもしれない。

「ただの、引っ越しよ。特に理由は無いわ。」

「それだけじゃない。じゃあ、何であなたはそんなに司と仲が良いの?」

「それがどうかした?」

「それがどうかじゃないわよ?教えてよ。理由。あなた絶対何かを隠している」

「人間。みな隠し事はありますよ。それをあなたに話す義理はありません」

未来は小さくため息をついた。これ以上追及しても何の意味もないとも思ったのだろうか。

「分かった。これ以上はもう何も言わない。だけど一つだけ言っておくわ。司だけは巻き込むのはやめて」

巻き込む、何の話だ。

「ふうん」

「絶対よ。じゃないと…」


 その時、快人が靴を脱ぎ棄て、此方の元に突っ込んできた。

「はあはあ、か、買ってきたよ」

「随分疲れてるわね。歩いて、ゆっくり買いに行っても良かったのに」

「だった、みんなを待たせるのは悪いからさ」

快人は咽喉の渇きを潤いで満たし、ふうと息を大きく息を吐いた。「食べよう、早く。本当にお腹ぺこぺこだよ。はいこれ、みんなお茶」快人はそう言って、自身の前に置いていたお茶のボトルを僕たちに渡していった。

「そうだな。じゃあ、食べようか。」

 十二時四十五分、僕たちの少し遅れた昼食が始まった。弁当の数は六つ。それは、僕たちの母が持ってきた弁当箱が四つに、あかりが持ってきた弁当箱が二つ。あかりが弁当を持ってきてくれてよかった。多分、僕たちの弁当だけじゃ、四人じゃ少し足りなそうだった。多分、三人分くらいの分量で作って来たのだろう。僕と、未来と、快人。この三人が、集まって遊ぶのだろうというのを見越した分量だ。さすが、親だ。わかっていたのだろう

「いやあ、本当にきれいだな。ここの桜」

 満点の桜景色に僕は自然と独り言ちていた。上を見あげても桜、左右を見回しても桜、薄紅色に囲まれたその空間はまさしく、世にある有名な花見スポットと比べても、見劣りしない。

「変わらないね。ずっと」

「そうだな。全く変わってねえ」

僕たちの横顔を見つめていたあかりの顔には少しもの悲しそうな表情が見て取れた。

「司たちは、いつから仲がいいの?」

「僕たちは、小学校の一年生の頃からだよ。同じクラスになって、仲良くなったんだ」

「それが今まで、ずっと続いているの?」

「そうだね」

「凄いな。私にはそんな長いつながりはない。人と仲良くするのが苦手でね」

「あかりさん、クラスの子とも仲良くしているようにも見えるけど」

ウインナーをもぐもぐしながらそう答える快人に、あかりは首を大げさに振り否定した。

「そんなことないです。多分、転校生という存在に興味を持って仲良くしてくれてるだけで、私自身が好きでというわけではないとは思うんです」

「そう?考えすぎだとは思うけどな」

「誰か、いなかったの?仲良くなれそうだなって感じる子たちは?」

あかりの弁当をつつききながら、未来も聞いた。

「あんまり」

「あなたは、あまり人と仲良くしようとする気持ちが無いのね。自分から、語り掛けるそういう気持ちが無いと一生人となんて、仲良くなれないわよ。あなたは自ら既に諦めているのよ。そういう姿勢を変えなきゃ人とは仲良くなんて絶対なれない。受容的な人に手を差し伸べる人なんて、本当に少ないのだから。それに、そんな気を起こす彼、彼女は君を憐れんで声をかけるの。仲良くなりたいわけじゃないんだ。あなたは、変わらなきゃいけないよ」

「そんなものは至極丁寧に説明されなくとも、分かってる。分かっていても、できないの。簡単に出来るのなら、既に悩んでいないわ」

「ごめん。悪かったわ。あなたの悩みの本質というものを考慮してなかった。じゃあ、まずは私たちと仲良くなるところから始める?」

「仲良くなってくれるんですね」

「違う」

未来はその言葉を大きく否定した。

「私たちが仲良くなってくれるじゃない。あなたが、私たちと仲良くなるの。似ているようで、違う。あなたは、もっと積極的にならなければならないわね」

「分かりました。じゃあ、あなたたちと仲良くしようと思います」

「硬いなあ。そんなに改まらなくていいんだよ。普通にしていたら、喋りやすそうだけどな」

「そうですか?初めて言われましたが」

彼女は驚いたように、少し首を傾げた。

「まあ確かに表情が硬いなりにも仄かに笑顔も垣間見えるし。あとは、あなたの気持ち次第ね」

「だそうだ。気持ちを変えていけばいいんだ。新しい地にも来たんだし。また新しく、始めようよ」僕は笑ってあかりにそう言った。隣にいる二人も笑って一緒に頷いた。やっぱり、僕の唯一の親友だ。分かっている。君は、良い人間に囲まれている。これまでは、運が悪かっただけなんだ。そう思いたい。

 それから、僕たちは語りあった。彼女の顔は少し朗らかな表情を取り戻したかのようにも感じた。というより、見つけ出したという方が正しいのかもしれない。色々なことを話してくれた。小学校時代のこと、自身の性格のこと、今の暮らしのこと、祖母の死のこと。でも、それより過去のことは何も話さなかった。今の彼女の人格の最大の原因。母の死について。それは、言葉に出して思い出したくないほど、彼女に深い傷を残しているのかもしれない。それから、彼女はより僕たちのことを知ろうとした。たくさんの質問を投げかけた。どんな小学校時代を送っていたのか、僕たちの関係性について。彼女は、僕たちのことをより深く分かろうとしている。彼女なりに、親睦を深めようと頑張っているのかもしれないように思えた。そこには僕も初めて知ったことがたくさんあった。しかし、なぜか僕は違和感を覚えてしまった。彼女の言葉そのすべてが真実であるようには思えなかった。どんな過去の話もどこか夢想的で、彼女の想像が生み出した幻想のように、それは、あまりにも綺麗すぎた。これは僕の憶測に過ぎないのだが、彼女の人格からそのような過去が垣間見えるというのが信じられなかった。彼らは、その話を何疑いなく真摯に向き合い、訊いている。そこに、疑問の表情が見えることはなかった。僕だけにしかわからなったのかもしれない。それとも、僕たちを試しているのか。虚像で彩られたその話を話すことで、その裏側にある本当の私を気づくことが出来るのか、それを暗に試しているのか。彼女なら、そういうこともあり得るのかもしれない。でも、それは実に悲しかった。その表情、その笑顔すらも虚像だった、やはり彼女は人に気を許せない性分なのだ。何かが、外れている。そんな気がした。でもわからない。彼女が時折その顔に移しだす子供のような表情、その顔はどこから来ているのか。でも、思ったことがある。結局彼女は檻の中から、その手を伸ばすことしか出来ないのだ。私たちはその彼女の全身を受け止めることはできず、その手をただつかむことしか出来ない。その手を引っ張りその呪縛から解放してあげることが果たして出来るのだろうか。

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