第8話 花見
明け放していた窓から涼しい風が入り込んできて、僕の身体を優しく冷やす。その冷たさが僕の眠りを自然と覚ました。まだ、携帯のアラームが鳴ったという感触はなかったから、まだその時にはなっていないのだろう。しかし、空模様はその色を青白くして、僕に起きろと告げているような気配もする。僕はその空の啓示に導かれ、身体を起こした。伸びをして、近くにあった携帯に手を伸ばした。その画面の時刻表示はam5:30を指している。割と、早くに起こしてくれたそうだ。まあ、寝坊して、遅刻するよりかは幾分かましだ。僕は立ちあがり、自室を出て、洗面台で顔を洗った。その後私服に着替え一階に降りた。一階はまだ、真っ暗だった。まだ六時前なので、父も母も起きていない。リビングに置いてあった財布を持ち、皆が来るまでの暇つぶし用に文庫を一冊選定し、それをポケットに入れた。そうやって準備がすべて済んだところで、スニーカーを履き家を出た。時刻はam5:45だった。その場所につくまでの道中にあるコンビニで緑茶とおにぎりを一つ買い、僕は多分am6:00ちょっとすぎくらいにその場所近くに着いたと思う。人はまばらで、ブルーシートを広げているものがちらほら見えた。ああ、ブルーシート持ってくるのを忘れてしまったと考えていると、後ろから未来が来た。
「おはよう。早かったわね」
「すまん。下に引くシート的なものを持ってくるのを忘れてしまった。」
はあ、小さくため息をついているのだが、なぜかその顔は安堵のような表情にも見えた。
「良かったわ。持ってきておいて。あなたは、そういうの持ってこないような気がしてたのよね」
「未来は気が利きくな。ありがとう、家に取りに帰ろうかとも思ってたんだ。良かった」
「あなたは気が抜けてるわ。さあ、引くわよ」
僕たちが目星をつけていた場所は運のいいことにまだ誰も先客はいなかった。僕たちはそこにシートを引き、二人して寝転がった。まだ、まぶしいと感じるほどの太陽の光は指していなかったが、今日は非常に良い天気だった。熱くもなく、寒くもなく、どちらかと言えば涼しいと言えるような感じだ。
「よかったわね。これでひと段落」
「昨日はどうなることかとも思ったわね。昨夜は、小雨が降り注いでいたんだもの。すぐやんでよかったわ」
確かに。昨晩、九時ごろから雨の音が聞こえていた。その音は僕が寝るその時までなり響き続けていた、だが徐々にその音も小さくなっていったからよかった。
「十一時くらいに呼んでいる。昼飯や飲み物はその時に近くのコンビニに買いに行こうよ」僕は横にいる彼女にそういった。
「いや、それなら大丈夫。ママが久々に明日みんなで遊ぶんだって言ったら張り切ってね。でっかいお弁当を作ってくれてるの。それを持ってきてくれるらしいわ」
「ああ、本当?じゃあ、それまで自由に過ごそうか。自分は少し仮眠をとっていいか?久しく、休日に早起きしたから眠たくて堪らないんだ」
「うん。お好きなように。皆が来た時にでも、起こすからゆっくりしてていいよ」
僕はシートの上に横になった。僕の隣で彼女は何をしているのか。横目にはせたが、携帯で漫画を読んでいるみたいだ。今、話題の恋愛漫画。寝がえりを打ち、何も考えないようにして、確実な睡眠をとろうとする。邪念というより、雑念というものが睡眠の邪魔をする。何も考えることをしなければ、脳も無駄な創造を止め、自然と眠りに至る。
「司君」
僕は薄く瞼を開いた。視界は少し薄暗かった。
「近いよ」
「わあ、ごめん。起きてた?」
「いや、今起きたんだ。おはよう。今来たの?」
「いや、少し前に。彼らと少しお話をしていたの」
未来と、快人が小さく手を振っている。
「何だよ。みんなしておしゃべりを楽しんで。起こしてくれよ。それなら」
みんな顔を合わしあう。その顔はきょとんとしている。
「俺たちは何度も起こしたんだぜ。それなのにお前起きないから、休日いつも昼過ぎまで寝てるからそうなるんだよ。俺たちみたいに、朝ジョギングとかしたらどうだ」
うんうん。とみんなして頷いている。
「仕方ねえだろ。僕たちは今日に限れば早くから起きて場所取りとかしてたんだぜ。なあ。」
「ふーん。でも、私は寝過ごしたりしていないよ」
「くっそ。お前なあ」
「まあ、快適な睡眠がとれたよ。眠気も冷めてすっきりした。っていうか、僕が眠っている間に随分と仲良くなってるようだね」
「いや、未来さんと快人君とても良い方たちだね」
彼女の顔は本当の笑顔を帯びているような気もする。それだけでもここに来た価値があったのかな。まだ、始まったばかりだけどそれはもう既に断言すらできるようにも感じた。そう思うほどに彼女の笑みは良いものだった気がした。
「それなら、良かった。」僕も笑ってそう言った。
「ご飯はどうするんだ?お前ら持ってきた?俺、何も用意していないぜ」
快人は餌をねだる子犬のように、皆に助けを乞うように目を向けている。その目を垣間見て、未来は時間を問うた。
「十二時前かな。それがどうかしたか」
「それなら、もうそろそろかも。」
そろそろ?と、その言葉の意味に首をかしげていたそのときに、僕たちの後ろから声が聞こえてきた。
「未来!お弁当作ってきたよ」
「優紀、走らないで。待ってよ」
未来のお母さんが弁当をと届けにこちらに駆けてきた。そしてなぜか、その後ろには僕の母もいた。何で母さんがいるのだろう。
「はい、これお弁当。美味しそうなん作ってきたよ。久しぶりね。司くん、未来と仲良くしてるかい?未来ったら、家で最近は寂しい寂しいってねえ」
「ん?」僕は首を傾げた。
「ああ、もう余計なこと言わないで。用が済んだら早く帰って」
彼女は慌てて母の口を押えた。
「ひどいよ、それは。未来ったらお弁当を持って来たらもう用無しって」
「ごめん、ありがとうママ。大好きよ」
「よろしい」
母に頭撫でられて、喜んでいる。まるで子供みたい。昔から変わらない。未来は家族ととても仲が良いのだ。両親の仲もとても良好だ。時々けんかもしたりするらしいけど、その喧嘩だって、とても些細なものらしい。テレビのチャンネルの取り合いだとか、勝手に私の買っていたビールを飲んだなど、まるで子供だ。そう、どちらも子供みたいな感性を持っていて、だから波長がよく合うのかもしれない。その姿を傍から見ていたら、とても微笑ましく感じる。でも、お父さんはいつも奥さんの尻に敷かれているというか、言い合ったりしても必ずお母さんが勝っちゃうそうだ。彼女曰く、私の家族の中で一番の権力を持つのはお母さんらしい。亭主関白の反対?などと言っていた記憶がる。何でお母さんが強いのかって。それはお母さんが男勝りな方でね。まあ、男勝りなのは古きからの由来があるらしい。真紀さん曰く、『私たちの家系は元来こういう性格でな』ということ。女系の家系で女の子しか生まれてこないけど、生まれてくるどの女の子もまるで男の子のような言葉遣いで、その背は高く力強い。そう考えれば確かに彼女の背は僕より高く、小さい頃から空手を続けていて、その段位は五段だ。空手の段位のことは良く知らないが、凄いということは伝わってくる。よく彼女の母から言われていた。『彼女を怒らせない方がいいよ』と。良かった。もしかしたら大変なことになっていたのかもしれない。未来が少し男っぽいのもそれ故なのかもしれない。小学生の頃の彼女は、母に似て言葉遣いもとても荒かった。今は、改まっているが、怒るとその表情がまた現れる。では、何故家族ぐるみの付き合いがあるのだろうか。
「母さんはどうしたんだよ。何で来てるの?」
「司ったら、もう。教えなさいよ。みんなでお花見をするんなら、私も弁当ぐらい作ったわよ。何か食べるものは持ってるの?」
「コンビニにでも買いに行こうかなんて思ってたよ」
「それは、面倒くさいじゃない?よかったは間に合って。ありがとう、優紀」
「いやいや、久しぶりに楽しかったよ。水入らずで、一緒にお弁当作りなんて。いつ以来よ?小、中学時代の家庭科の時間以来かな」
「確かに、そのくらいになるかもしれないわね」
そう、僕たちの母たちは小、中時代から。もう三十年来の付き合いである。だから、未来とは家族ぐるみで仲が良いのだ。
「久しぶりだね、未来ちゃん。元気?」
「はい。元気です。舞さんはいつにもしてお綺麗ですね」
「あら。いつからそんな言葉を覚えたの。この前見たときには、そんな綺麗な言葉は使ってはいなかったのに。子供の成長は早いものね。可愛くなっちゃって。」
「そりゃあ、私の娘だから。当たり前だ。」
「ママ、恥ずかしいからそんなこと言わない」
「まあ、照れちゃって。そうでしょう、司君」
「あっ、うん。」
突然で詰まってしまった。いやまあ、大丈夫。多分これが正しい返事、だと思うんだが。
「何?その返事は」
「ええっ、なに」
「『うん』の前の『あっ』は」
「ええっと、ただ言葉が詰まっただけだよ。悪い意味はないさ」
「ほんと?まあいいけど。ありがとね、ママと舞さん」
ふう、良かった。
「いえいえ。後ろにいるのは快人くん?」
「いつも、司がお世話になっております」
「お世話になってるのは、お前だろうよ。いつも、宿題見せてやってるくせに」
「まあ、それはお互いさまでしょう。司と仲良くしてくれてるそうね」
「はい。それはとても仲良く、親友ですから」
親友って。まあうれしいから良いか。
「そして、そのお隣にいるのは誰かしら?新しい学校のお友達?」
あかりは自らその言葉に答えた。
「お、お久しぶりです。司君のお母さん。あかりです。水城あかりです。あ、あの、小さいころよくお世話になっていました。あ、あの頃は、ほんとにご迷惑をおかけしました」
「え…、あかりちゃん、本当に…本当にあかりちゃんなの。…良かった。…良かった。大きくなって」母のその手は自然とあかりの頬に触れていた、それは、さきほど未来の母が未来をなでていたのと同じように、それはまるで実の娘に触れるように、行方不明だった娘にやっと出会えた母親のような、それは生きていることをその手で確かめようとするように。その手は小刻みに揺れていた。
母のその手は、あかりの琴線に触れたのだろう。彼女の目からも、うっすらと滴が伝っていた。人の温かさを感じたのは久しかったのだろうと思う。その手の体温は、彼女の肌を通してその内側まで直に伝わったのだ。
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