第5話 再会

 キーンコーンカーンコーン

 予鈴が校舎中に鳴り響く。もう五分前か。快とだらだらと喋りながら待っている と、すぐにその時はきた。

 キーンコーンカーンコーン

 本鈴が鳴り、それと同時に担任の先生が教室に入っていった。

「ぐちゃぐちゃだな。まずは座りなおそうか。これが座席順だ。黒板のところに貼るから各自で見て、適当なところに座ってくれ」

 生徒たちは、黒板前に集まりそれを見て五十音順座席に座り直した。僕は右から三行目、前から三列目の席だった。その隣には未来がいて、未来の後ろに快人がいた。

「良かったじゃねえか未来。司の隣だな。」

「うるさいなあ。まあ、皆が近くに集まれたのは良かったわね。まあ、これはいつも通りのことだけどね。」

 五十音順の席順配置になると言葉の並び的にいつも僕たちの席は近くなる。それがあってか、僕たちは自然と仲良くなっていったのだ。新たな席が決まり、皆騒いでる中で、担任は独りでに、僕たちに向かって喋り始めた。

「お前ら静かにな。改めて、みんな、久しぶりだな。どうだ、お前ら。春休みはちゃんと勉強してたか?お前らは、今年から三年生だかんな。これからは気を引き締めて勉学に励まなきゃだめなんだぞ。やらない奴から遅れていくんだ、取り組みはできるだけ、早くだ。人がやらないなんて関係はねえ。どれだけ早くやるかが勝負だ。勝負は、始まる前から始まってるんだぜ。そこを肝に入れとけ。そういうことで、俺がこの一年、このクラスの担任になる榊だ。よろしくな。まあ、去年、一昨年と俺の顔を見続けていると思うが嫌な顔すんなよ。先生悲しくなるからさ。今年もみんなで頑張ろうな。言っとくが、今年の俺は違うぜ。三年生モードだかんな。宜しく」と豪快に笑う。

 榊先生は、THE熱血先生と言っても、それは過言では無いかもしれない。そのくらいに熱い。多分、皆が頭に浮かべている想像と一緒だと思う。でも、違うのはそのルックスと人気だ。彼の若さと、イケメン俳優のように整った容姿、180cmもの長身から生徒からの人気は厚い。先生のいつも通りの自己紹介の後には、「またお前かよ」と大声で喚く男子に、「やったー」と叫ぶ女子たちでクラスは沸いた。だが、そのどれもが嫌味は全くなく、むしろ皆が皆、彼が担任になることを祝福しているようである。

「で、一つ報告だ。お前らのクラスに新しい友達が増える。みんな仲良くしてくれよ」

 窓際の淡黄色のカーテンがふわりと揺れる。優しい太陽の光がその薄いカーテンを抜け、僕たちの顔を静かに照らす。そよ風が女子たちの髪を優しく揺らす。ゆったりと時が流れていく。それと逆行するように僕の心の臓はゆっくりと鼓動を増していた。

「さあ、入ってきて。落ち着いて。自分のペースでな」

 彼女はゆっくりと教室に入ってきて、教団の上に立った。

「彼女はこの春から、この街に越して来た。さあ自己紹介をしてくれ」

「はい」

 おどおどしながらも、彼女は教壇の前に立った。彼女は何かを探しているようだった。じっくりとクラスを見渡している。右から左へと。左へと流れる彼女の目線が僕の目線と重なったときに、彼女の瞳は微かにだが動きを魅せた気がした。その目には潤いが見て取れた。それはまるで何かがこぼれるのを耐えているようだった。そのまま僕をじっと見つめていた。やっぱり彼女には何かがあったのだと確信した。その何かは分からない。でも、それは人に頼らなければ、自分の身が壊れてしまうような大きな何かだ。彼女はその視線を正面に戻し、皆に語り掛けた。

「みなさん、初めまして。私の名前は水城あかりです。わけあって、この街に引っ越してきました。まだ、分からないことが多くありますので、その際には教えてもらえたらありがたいです。どうぞ、これからよろしくお願いします」

 彼女は手を膝に着け丁寧に頭を下げ、挨拶をした。男子も女子も物珍しそうに彼女を見ている。こんな田舎に転校生が入ってくることすら珍しいのだから。それが、とびきりの美人となるとひそひそとなるのも当たり前と言えば当たり前だ。

「だそうだ。みんな仲良くな。じゃあ水城、一番左後ろの空いている席に座ってくれ」

 彼女は両手を前にして鞄を持ち、そのまま左後ろの席に歩いていき、静かに座った。後ろから、視線を感じる。やはり彼女がここに来た要因に大きく僕は関わっている。

「じゃあ、まあこれで、ホームルームも終わりだ。授業はいつも通り八時四十五分から。それまでは休憩だ。まだ、周りのクラスはホームルームをしているのかもしれないから、くれぐれも静かにな。じゃあ、解散で」

 最後の言葉を発する前に、もう先生はドアの方に向かいそのまま歩き出し後ろ手に、出席簿を持ちながら手を振っていた。本当に根がめんどくさがり屋なのがすぐわかる。そんなこんなで、ホームルームは終了した。


「ねえ、どこからきたの」、「部活とか、何か興味ある?良ければ紹介するよー」、「お昼ご飯はどうする?」彼女は終始質問攻めを食らっている。その質問たちを手で押し止め「ちょっと待ってて」と言い、それから僕のもとにやって来た。

「ねえ、今日の放課後、時間はある?」彼女が尋ねる。

「うん。何もない、時間はいくらでもあるさ」

「じゃあ、帰り一緒に帰りましょ。この辺りの地理についても教えてほしい。殆ど覚えていないから」

「わかった」

「ありがとう」

 一通り話が済むと彼女は何事もなかったように自分の席に戻っていった。そして、また彼女のもとに集まった女の子たちと些細な会話をしている。少しぎこちないようにもみえるが。

「ねえ、司。あの子とは知り合い?」隣にいる未来が聞いてきた。

「ああ。顔なじみだった女の子だ」本当に久しぶりなのだがね。

 ふぅんと彼女はある一点を見つめたまま停止している。その目はまるで人を透視しようとしているみたいな眼差しだった。

「まあ、司。今日は四限までしかない。学校はすぐに終わる、あの女の子とどっか飯でも食いに行けよ。駅前マックとかでいいんでねぇの。近いし、学生だし。それに、今クーポンでポテトが安くなる、お得だろ」彼が一つの提案をくれた、それでいいかもしれない。

「うん、考えとく」

 まあ、その言葉を鵜呑みに僕はマックに行くんだろうな。いや、駅前町には色々な食べ物屋があるわけだ。彼女に選ばせるのもいいかもしれない。春休み中にあった教科書販売に行っていない彼女の手元にはその教科書たちは無く、隣の生徒に見させてもらっていた。授業はいつも通り進んだ。学校はいつもの日常を取り戻した。僕はその日常に肩を慣らしていかなきゃならない。どの授業も体感的にはすぐに終わりの鐘を鳴らし、その日の学校はすぐに終わった。

「じゃあ、帰りのホームルームを始める。っつっても何も言うことは何もないんだけどな。あ、そうだ。水城、クラスにはもう慣れたか」

「はい」ぎこちない返事。

「まあ、時期にならしていけばいい。自分のペースで良いからな。あと、今日は四限で終わりだが、明日からは六限授業に入るぞ。みんな心してかかれ。寝るんじゃねえぞ。じゃ、これにて解散だ。みんないいぞ。帰って」

 この人のホームルームは本当に早く終わる。適当だ。まあ、そこが良いのだが、ほかに何か通達することがあるのではないかと思ってしまう。いつも、ほかのクラスの二倍は速く終わるからだ。

「未来と快人は今日部活なのか?」

「いや今日は自由参加な感じだよ。四限で終わっちゃうし、みんな最初の日は遊びたいだろうしね。厳しい部活はやるだろうけど、私のところは緩いから。ないね。」

「俺もそんな感じ」

「そうか」

 そうこう話しているうちに彼女が僕のもとにやってきた。彼女は座っている僕を見下ろす形で僕に言った。

「さあ、帰りましょ」

「ああ、帰るか」

 僕は彼女の横に来たところで一緒に足を踏み出した。そのまま、教室を出て廊下を歩いていく。

「お前、今日予定入ってる?」快人が後ろから顔をだしてそう呼びかける。

「何も入ってないけど。それがどうかしたの」わたしはそう返した。

 彼はにやりと笑って、こう言った。

「あいつらをつけないか。気にならない?」


 僕たちは並んで歩いた。女子とこうやって並んで歩くのなんて未来と時々登校際か帰り際に出逢い、一緒に学校に行くとき、帰るときくらいだろう。なんか緊張する。

「久しぶり。楠木司君。何年振りかしらね?」

 彼女が改まって、言葉を発した。そりゃあ分からなくもなるだろう。どんな態度で接していいのか。初対面と言っても、なにぶんおかしくないのだから。

「そんなに改まらなくていいさ。」

「失礼。。気にしないで」

「十年ぶりくらいだろう。会えるなんて思ってもいなかった」

「うん。私も、会えるとは思ってもなかった。いろいろ、疑問な点がたくさんあると思う。それはちょっとずつ話していく。だから待っててほしい。後からゆっくりと話すから」

 僕たちは、学校を出て左に曲がり、駅前通りに向かって進んでいく。この道は、電車通学する学生たちの、学校までの通り道になっており、下校時刻であるこの時間の通学路は学生たちで溢れかえっていた。左を見ても右を見ても学生たちの頭しかなかった。こんなに周りに多くの人たちがいると、しゃべり辛い。彼女とはもっと静かな場所で喋りたい。可憐な妖精のような彼女にその喧噪は似合わなかった。

「ごめんな。裏道を通ればよかったな。うるさいだろ」

「大丈夫。改めて、司君に聞くわ。何で私がこの街に来たのか心当たりはある?」

 僕の目を見つめ、彼女は言った。何かを見通すような瞳だった。

「一つだけ、引っかかった点があった。昨今の事件だ。それが、君がここに来た理由の一つなんだと思ってる。」

 彼女は僕に視線を合わさず、ただ前を無機質なその目で眺めながら口を開いた。その横顔は美しかった。

「そう。私は唯一の身よりである祖母を無くして、本当に一人になった。」

周りに散ずる学生たちの声の中で、ただ彼女の声だけに耳を集中させた。

「周りに頼る者が誰もいなくなった、さらに自給のできない子どもたちに対してとられている制度ってあなたは知っている?」

「いや、知らない」僕は本当に知らなかった。

「周りに身寄りもいない孤高の子供たちはね、その齢が十八を迎えるまで保護施設で暮らすことが許されるの。十八から、私たちは大人だよ。でも、それまでは、傷心である彼らを大人は守らなければならない。でもね、知ってる?ここ昨今の保護施設は子供たちで溢れかえって、もうパンクしてしまっているの。だから、政府はそれを緩和させるため十五歳から一人暮らしをしてもいいってことに変わった。まあそんなところ、詳しくは報道されていないけれど。私も知ったのは祖母が亡くなってから。だから、私たちは自分で住む場所を決めることが出来る。そんな高いところには住むことはできない、でも政府の求める規定範囲内の部屋であればどこでも住むことができる。まあ、いくつかの縛りはあるのだけれどね。その中でもいくらか自由になれるってこと。それで私はこの街を選んだ。懐かしい。この街だと、幾分気分が楽なように錯覚させられる」

 寂しそうな表情を浮かべながら彼女は話した。

「それは、お婆ちゃんが無くなった時には、悲しかった。何故彼女が殺されなければならなかったのと思った。何故、この世界は私をさらに不幸にするのって。この世界を呪いもした。ねえ、楠木くん。この世界はね、幸、と不幸との分配がおかしいと思うんだ。幸せなものはより幸せを得るし、不幸なものはより不幸に堕ちるようにできている。この世界は理不尽なんだ。思うにそっちの方が、ドラマ性があるからなのかもしれない。彼らは楽しんでいる。厳しい境遇でも、たくましく生きる人間ってをね。でも、その不遇という境遇に立たされたものにとって、その人生は苦の何ものでもない。でも、悔やんだって仕方が無いものね。仕方がないのだから。この世界は理不尽の塊なの。それでも生きなければならない理由があるらしい。でも、思わない。生きる意味ってのは、無理に自分の中に作っていかなきゃならないものだと私は思わない。私たちはそれを無理やりこじつけて生きている、それは本当に無意識的なもの。それを自分で自覚している人間もいる、でもほとんどの人間のそれは胸の内に隠れている。でもその隠れた何かが、私たちの生を動かしている。何も考えずに生きている人間だって、生にしがみつく理由を探してる。無意識に探してる。私たちは結局最終的には死ぬ、死んで灰になる。結局は、何が残るのか。永久というものは、この世界には存在しない。いつかは必ず崩れ去る。いつかは崩れ去るものを探求する。結局のところ、私たちは忘れ去られながら生きていく。私たちは生きていたという痕跡すら消えていく。私たちの、存在は0になる。そんな世界で生きる意味はあるのかな。」

「一つ聞いていいか?どうして僕のところに君は来たの」

 彼女は少し前に小走りで走っていって、その身体を僕の方に向け、僕の目を見て、笑ってこういった。

「あなただけが私をこの世界に引き留めてくれると、そう感じたのよ。それは昔から変わらなくあったんだ。それは幻覚なんかじゃなかった。それだけは、真実だと信じれた。」

 唐突に思った。彼女を、あかりを。

 僕は、この残酷な世界から守らないといけないと。彼女の笑顔を。

 その運命は今僕に訪れたのかもしれない。それが僕の理由なのかもしれない。

「生きる意味の探求は大切かもしれない。でも、食べなければ僕たちは死んでしまう。さすがに、餓死はしたくないだろう。食べものを探そう。歩きながら話していると、もう近くまで来てしまったみたいだし。」

「何でもいいわ。私、何でも食べるから」

「分かった。」

 僕たちは近くのハンバーガーショップに入り、同じ時を過ごした。傍から見た僕たちは食事を共にする学生カップルのようにも見えたかもしれない。僕といるときの彼女だけは、何も気にせずに笑っていたように感じられた。でも、本当の彼女は世界に追いやられ心を痛めるか弱い女の子なのだ。枕を涙で濡らす、悲しき少女なのだ。僕たちは偽物の彼、彼女しか見えていない。笑顔を振りまいている姿しか見えていない。でも、本当に見るべきなのは彼、彼女のみえていない姿。それが真実なのだ。その真実を僕たちは受け止め、抱きしめてやらなければならない。心に傷を負う者を救う唯一の方法は、その身体をやさしく抱きしめる。それしか方法はないのだ。

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