コンパクト・ディスタンス
蛍光灯に照らされて、てらてら線の様にそれを反射する。ひとたび機械が飲み込めば、潜めた息が吹き返す。
レコーダーでテープに収めた声は聴けば聴くほど擦り切れていく。それをプラスチックに焼き付けてしまえば、もう少し命長らえると教えてもらった。近所の大通りにあるビデオ屋がその「ダビング」とかいうものをしてくれるという。
擦り切れることに怯え、一回もラジカセにつっこむことは無かった10分も入らないようなカセットを引っ張り出した。ブリキのクッキー缶にノート数冊が一緒に詰め込まれていた。
財布を左、カセットを右のポケットにしまって件のビデオ屋を訪れた。
自分より少しだけ年下あたりのご主人にカセットを渡す。A面B面全部ダビングしますが、トラックの分け方はどうしますか? と聞かれた。中身をちゃんと覚えていなかったので片面ずつでお願いした。
30分ぐらいかかるというので、近くの本屋で時間を潰すことにした。柄でもなくオーディオ雑誌なんかを手に取った。ビートルズのベストアルバムが出た時にコンポを購入した。そのときはサイズさえ家に収まればよいと考え何となく選んだが、こういう雑誌にある写真はもっともらしく映えるので心躍る。別に写真は音を奏でる構造は持ち合わせていない。何が楽しいかは分からない。
時間になってビデオ屋に戻ると、薄いケースに入ったCDと真新しいプラケースを纏ったカセットが入った紙袋を渡してくれた。ご主人は明るい笑顔だった。
家に帰ったあと、カセットはブリキ缶にもどした。CDは机の棚にでも差しておこうかと思ったが、ふとコンポのほうに目をやった。コンポの電源を入れ、ケースからCDを取り出し挿入口につっこんだ。
がちゃん。
あー、あー。
入ってますか? うーん…どうやって確認するんだろ?
ああ、後で聴けばいいか。
こんにちは。えっと、お久しぶり…かな? きっとこの声なら誰だかわかるよね?
ごめんなさい。勝手に借りて、録音しています。
あなたは私の声をほめてくれた。初めてだった。
でも、私は私の声を知らないんだ。この間遊びに来たとき、自慢げにレコーダーを見せてくれたでしょう? そのときは机の上に置いてあったんだけど、こっそりいない間に遊びに来たら、まだ同じところにあった。
私はこの後聴くけれど、私の声って、どうですか?
私は綺麗ですか?
また、今度聴かせてね。
じゃあ、また。
がちゃん。
余白のノイズが部屋を包む。
突然静寂を破ったのは、2番あたりからの「ヘルプ!」だった。
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