ネットの人々

「先輩、ずっと気になってたんですけど、この作業って意味あるんですか?」

「ああ、大いにあるよ。なんたってここの品はオリンピックだチャンピオンズリーグだ、大きな大会御用達だからな」

「それ何年前の話しですか」

「俺がここ入った時が最後だから…うーむ」


 話しにあった例の契約たちは、10年かそれくらい前にとっくに契約を打ち切られていた。まあ、現状自分が入るまで続いていたということは、仕事がなくならなかったことの何よりの証拠なのだが。


「今ある契約は?」

「チーフから聞いてるのは…名古屋の市民公園のやつを修理するのと、群馬の工場からの委託…」

「ほかは無いんですか」

「ごめん、クライアントのことはあまり覚えてねぇんだ。直すところとか、実作業のほうが大事だからな」

「それってどうなんですか」

「ん? まあノータリンと思われるかもしれないが、仕事に支障は出ないし…」

「いや、商売をする姿勢として…」

「あっ、そっち?」


 これを活字に起こして、実際に読まれたとしたら、休み時間の他愛のない話しと思われるだろうが、実のところ、あの話し合いの間もずっと手は動いていて、ひもを繰っては結び、どんどん面積を広げていったのだ。


「しかし…これ…」

「おお、ゴールネットな。今更名前いうのもへんだけど、毎日作ってるもんな」

「手作業でやる意味無いでしょう」

「ん?」

「大きいし、幾何学的だし、あとなにげに消耗品だし、どう考えても機械工業の品物じゃないですか」

「まあそうだわな」

「もうそろそろ、修理のほうに注力した方がいいですよ。10年前に契約が切れたリーグも、向こうが『納品早い方がいい』って言ったからでしょう? まあ、それまで何十年も気づかなかったのもバカですが」

「ははは」

「ネット作ってる時間全部修理に注げれば、受注量も増えますし、それにまたチャンピオンズリーグの契約とってこれるでしょう」

「おお、言えてる」


 二人で未来の仕事にわくわくした。

 そうこうしているうちに、月曜日から作っていたネットが完成した。平日だけで出来るので5日、いつものペースだ。


 納品のため業者に名古屋まで運んでもらう。見送るとき、がんばった、よかった、またやろうという気分になった。

 よく考えたら、さっきネットづくりをやめようと言ったんだった、思い出したが、来週もまた、ひもを繰っては結び、どんどん面積を広げていくのだろう。他愛もない話しをしながら。

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