第27話 頭の中の……

「ェー……」


真っ白い無機質な病室の中、無機質な声が響く。

この声が聞こえてきたということは彼女が発作を起こ始めているということだ。

慌てて僕はベッドのサイドテーブルをしまい、彼女のそばに寄り添い、肩を抱いた。


「大丈夫?」


「エー……」


彼女自身、自覚していたらしく、発しかけていた声を振り払うように首を大きく振り、ついでに肩も上下させてコキコキと鳴らした。


「ふう、落ち着いた。とりあえずは大丈夫、まだ私は私という自覚はあるし、あなたは私の夫」


「良かった」


彼女は社長令嬢、僕はそのお抱え運転手の息子であり、平社員。立場も育ちも違うけれど、僕達は惹かれ合い、親や周囲の人間を説得して結婚し、幸せな時を築いていた。


だが、妻がこの奇妙な症状に悩まされるようになったのは半年前からだ。


一緒に行った病院では聞いたことがない症例だといい、紹介状を渡された。

それからあちこちの病院をタライ回しにされ、分かったことは新種の病であること、それ故に治療法も確定していないことと言うことであった。


「つまりはなすすべもないと言うことですか?」


僕が震える声で尋ねると医者は済まなそうに告げた。


「はい……。治る可能性は現時点では低いと言わざるを得ません。このまま様子を見ましょう」


匙を投げるとはこのことだ。僕は頭を抱えてしまった。


「う、ううう」


一度は落ち着いた妻がまた呻きだした。まずい、前よりも間隔が短くなっている。


「落ち着け、深呼吸をするんだ」


僕は妻の両肩を抱き、揺さぶったが妻の目はうつろになっていく。もうダメだ。この状態になると治まることはない。


「ボエー……」


「しっかりして!」


「俺はガキ大将だ!」


妻は低くて独特のあの声で叫ぶとそばにあったペンを持ち、歌い始めた。


「みんなー、今日は俺のリサイタルに来てくれてありがとう! 俺の歌を聞いてくれ!」


僕は急いでナースコールを押し、呼びかける。そうだ、耳栓も付けないと、でも看護師さんと会話ができない。パニックになっていると妻は歌い始めた。


僕はナースコールのボタンを押したまま、気絶してしまった。



「505号室の患者さんのコールだわ。発作が起きたのね」

「え……、耳栓付けなきゃ」

「なんで耳栓なんですか? 患者の訴えが聞こえないですよ」

「あの部屋の患者はねえ、頭の中にガキ大将が居るのよ」

「はあ?」

「まだ正式名称は無いけど、ジャイア〇症候群と呼んでるわ。発作が起きるとガキ大将になってボエーと言ったり、歌い始めるの。防音室なんだけど、それでも振動がすごくてねえ」


僕の意識が少し戻った。鼓膜が破けたのか、激痛と吐き気がする。妻は、いや、妻の頭の中のジャイア〇はご満悦のようだ。


「愛してるよ」


僕は妻がどんな形になっても愛すると誓ったんだ。例えジャイア〇になっても。


「おお、そんなに喜んでくれたか! アンコール行くぜ!」


……いや、やっぱり自信無くなってきた。








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