第26話 異世界渋谷ハロウィン
「魔王様っ! 大変です! また“シブヤ”が今年も出現しましたっ!」
見回りに出ていた部下のガーゴイルからの急な知らせに、魔王はまたかとため息をついた。
「うむ、今年はどこに現れたのだ?」
「はい、王国の城下町近くの森です。“うぇい系”の奴等はそのまま城下町になだれこみ、暴れています。私が見たところ、商人の荷車を押し倒して歓声をあげたり、馬を強奪して乗り回そうとしていたり、女を襲おうとするわ、どさくさ紛れに酒を盗もうとするわ、正直言って我々魔族でもあそこまでひどいことはしません。もはや王国自警団では手に負えていないようで、王国軍は我らへの攻撃を急遽中止、奴らの討伐へ向かった模様です」
「この分だと、地上から王国へ偵察に向かわせていたオークはもはや……」
「はい、上空から遠目にしか見えませんでしたが、奴らに何やら光の点滅した攻撃を受けておりました。あれでは目をやられて当分は動けますまい。おそらく“いんすた映え”という攻撃でしょう」
「ところで、お前はケガをしていないか?」
一気に報告を終えたガーゴイルの翼に傷があることに気づいた魔王は声をかけた。
「は、奴らが飲んでいた酒の器を投げつけられました。あいつらの酒の器はガラスや金属製で重たいですからね。さすがの私の翼でも傷がつきました。きっと王国軍も奴らには歯が立たないでしょう。あの泡が出る酒入りの器は目つぶしにもなりますし、中には霧が出る器を使って呪文無しに火炎攻撃してくる奴や、“えあがん”を使う輩もいますからね。こちらへ侵攻してくるのも時間の問題です」
そう、この世界では近年、収穫祭のこの時期、異世界の扉が開き、“シブヤ”と呼ばれる町が転移してくるのだ。そして、そこから“うぇい系”と呼ばれる異世界人が大量に流入してくる問題に悩まされてきた。奴らは死人のような灰色の肌、あるいは血まみれの恰好、魔女やバンパイア、果てには獣の耳を着けただけの獣人の恰好をし、「ウェーイ」という奇声をあげながら街を荒らし、そして町ごと異世界へ戻っていく。
一人一人はただの人間だ。異世界人とはいえ、勇者ではないからチート能力はない。しかし、数が多すぎる。中には“えあがん”という威力は弱いが、武器を所持している輩もおり、まき散らす小さな弾にも悩まされてきた。
魔王の顔が深刻な顔をしてうなり始めた。奴らの存在は厄介ではある。しかし、人間どもは混乱している。これは王国へ侵攻するチャンスかもしれない。
「よし!」
「おお、では、ついに王国城へ侵攻を……」
魔族達が色めきだつ。ついに我らが魔王が決断したのだ。
「王国の奴等はわしよりも、“うぇい系”人の方が手強いと認めているようなものでは無いか! わしが自らうぇい系を討伐する!」
魔物が一斉にずっこけた。
「ま、魔王様!?」
「偵察に生かせたエルフからの報告では王国はわしよりも“うぇい系”を恐れ、この時期になると店を締め、戸締まりを厳重にしたり、自警団の人数も増やすと聞く。さらに王国軍から先ほど休戦の使者が来たが、その言い分が『強大な敵の討伐という緊急事態が発生したため』だ」
「それはつまり……」
ガーゴイルがうつむきがちに言いにくそうにする。
「ああ、王国がわしより“うぇい系”が手強いと認識している証拠だ」
「確かに奴等は言葉が通じても意志の疎通はできないと言う意味ではトロールより厄介です。何を呼び掛けても『ウェーイ!』と叫びながら“いんすた映え”攻撃を仕掛けてきますから。しかし、王国が混乱している今が侵攻のチャンスなのでは?」
「いや、このままではわしの威厳に関わる」
「ま、魔王様……」
ガーゴイルが頭を抱えながらも進言をしようとした時、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「何、わしもバカではない。
先ほど魔導研究部のダークエルフが進言してきてな。シブヤの中心部から強い魔力を感じると。昨年シブヤから保護した『うぇい系』ではない異世界人に聞いたところ、そこは“シブヤクヤクショ”と言うシブヤの政府機関であり、“クチョウ”と呼ばれる王がいるらしい」
「もしかしたら……」
「ああ、恐らくうぇい系はあちらでももて余している。クチョウがうぇい系を押し付けるべくこちらへ異世界ゲートを繋げているのだろう。確かに王国へ攻めいるチャンスかもしれぬ。しかし、長い目で見れば王国が手強いと認めているうぇい系リーダーを討伐すれば、わしの威厳もこの地に轟こうものよ」
「魔王様……確かにうまくすれば、異世界の町がまるごと手に入ります!」
「そうだ、シブヤを抑え、うぇい系を蹴散らせば異世界の品物や技術が入るかもしれぬ。
皆の者、戦じゃ! 真の敵は“シブヤクヤクショ”にあり!」
「「「おおー!!」」」
こうして魔王によって渋谷ハロウィンは全滅した。
一方、地図で切り取ったかのように渋谷区が消滅したのはまた別の話である。
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