第22話 なんとかの月というお菓子

「はあ、いい月。今夜は中秋の名月か」

 私は何杯目かのお茶を飲みながら、窓を見上げて独りごちた。

 今夜中に出張の報告書を仕上げないとならない。エッセイや小説ならいくらでもすらすら書けるのに、ビジネス文書はとことん苦手だ。

 全然書けなくて煮詰まって、今こうして現実逃避をしている。

「月見団子、とは行かなくても“なんとかの月”系のお菓子が欲しいなあ。コンビニに売ってるかしら。確かあのコンビニに似たようなお菓子が売ってたよなあ。カスタード饅頭だっけ」

 こうやって考えているうちに、なんとかの月に似てるカスタードのあれを急に食べたくなってきた。

 食べたい。

 いかん、ますます現実逃避の度合いが強くなっている。しかし、甘いもの食べれば脳に栄養が行きそうだし、報告書だって書けるかもしれない。

 私はそう言い訳しながら、コンビニへと向かうべくジャケットを羽織って外へ出た。

 月明かりは自分をくっきり照らし、秋の空気はしんとして冷たくジャケット越しに染みてくる。

「あ~、なんかの歌に同じ月を見てたとかあったなあ」

 歌おうと思ったが、歌詞を忘れている。

「ま、ロマンティックより食欲だわね、今の自分は」

 それにしても見事な満月だ。あれがお菓子となって食べられたらなあ。きっと極上のカスタードクリームとスポンジケーキでできているに違いない。って、まだなんとかの月系のお菓子を考えている。

 そんな食いしん坊な考えがどっかの神様に伝わってしまったのだろう、唐突に月が落ちてきた。

「え? 落下?」

 落ちた月は自分の方に向かっているように見える。

「え? もしかして潰される?」

 それは光りながらもどんどん小さくなって自分の方に向かってくる。

「え? ええ?」

 戸惑っている間に月は手のひらサイズの光り輝くスポンジケーキとカスタードクリームのあのお菓子となって落ちてきた。

「えーと、お菓子? 月? って光が強い。目立つ、やばい」

 そう、月の光が凝縮されたようにそれは街灯よりも強く周辺を照らしている。両手で覆い隠しても隠し切れない光だ。このままじゃ深夜とはいえ、まぶしくて周辺の人に見つかってしまう。

「とりあえず、食べちゃえ」

 パクッ。

 月はやはり極上のカスタードクリームとスポンジケーキでできたお菓子であった。


 それから数か月が過ぎた。メディアや学界は月が突然消滅した謎で騒がれていたが、私は黙っていた。だって自分が食べたなんて言ったら、おかしい奴と思われて病院へ送り込まれるに決まっている。

 しかし、別の意味で周囲から病院行きをしつこく勧められてうんざりしている。

 あれから、私はほぼ29日周期で激やせと激太りを繰り返す身体になったからだ。

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