第19話 ゆうしゃのけん(税抜19800円)

 ゆうしゃのけん(税抜19800円)


「なんだこりゃ? 勇者の剣?」

 俺は声を出してしまった。

 ここはディスカウントショップ「ラ・マンチャ」。食品はもちろん、服や雑貨、怪しい海賊品やら怪しい国産コスメやら、夜のグッズまで売っている激安が売りの24時間営業の店だ。


 腹を空かせた俺は弁当かスナックでも買おうかと思って、ラ・マンチャに立ち寄った。

 その店の中央に冒頭の「ゆうしゃのけん」が売ってた訳だ。

 見た目は確かに剣そのものであり、長さも木刀くらいはある。

「なんだよ、これ? なんかのゲームのオモチャ?」

 それにしてはいやにリアルな見た目だ。ちゃんと刀身は金属のようだし、柄もしっかりしている。

「いえ、ちゃんと本物の“ゆうしゃのけん”ですよ。ちょっと訳ありですが」

 後ろから店員が声をかけてきた。しまった、こういう店員のセールストークは捕まるとなかなか離してくれない。しかし、この怪しい剣のことが気になった俺はそのまま乗ることにした。

「本物の剣?」

「ええ。ここにほら、刃こぼれがあるでしょ。魔王を切った時にできた刃こぼれなんですよ、リアリティーありますよね」

「いや、そのままにするなよ。売るなら研げ」

「いえねえ、お客様ここは日本でしょ? 銃刃法の規制が厳しいから、切れない状態じゃないと売れないのですよ。買った後で研ぐのは構わないですけどね」

 なんだか、本当なのか嘘なのかわからないことを爽やかスマイルで店員は滔々と説明する。


「そもそも、このディスプレイおかしくね?

なんでポップが平仮名なんだよ?」

「ああ、これはバイトのミスですね。どうです?なかなかお買い得ですよ」

「切れない剣を買ってどうしろと」

 率直に疑問を口にする。訳ありというのは切れないことなのだろうが、刀剣を集めるマニアでもない限り、こんな怪しい剣を欲しがる奴なんているのか?


「いえ、RPGのお約束で、敵を倒すと金貨やアイテムを落とすでしょ? これも同じで、この剣でやっつけられたものは金貨に変わるんですよ。しかし……」

何ぃ!それを早く言え!

「買った!」

 そんなアイテムあれば働かなくて済む!人間や動物はさすがに切れないが、池に行ってブラックバスなど殺しても構わない外来種でも釣って切りつければ金貨になるだろう。俺は気が急いて“ゆうしゃのけん”を手にした。


「あ、お客様、まだ説明が……」

 手にするとずっしりと重い。さすが勇者の剣だけある。

 なんだか、勇者になったような気持ちだ。俺は剣を掲げて見上げる。世界が違って見える。俺の剣を持つ腕も光に透けて……。

 え?!透けてる?!慌てて身体を見ると俺の身体がどんどん透けていく、剣を握る力もどんどん弱くなっている。

「おい! 店員! なんだよ、これ! どう……」

 男が叫び終わらないうちに、姿は完全に消え、いくばくかの金貨と共に剣が床に落ちて行った。


 店員はやってしまったという顔をしながら呟いた。

「あちゃー。魔王の呪いで“幽者の剣”になってしまったから、付属の魔除け手袋を着用しないと取り込まれて幽霊になってしまうと説明しようとしたのに。だから訳ありのお買い得なんだよと」

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