第18話 公務員の味方?4
ここは某市役所の戸籍課。そこへ一組の夫婦が訪れていた。母親の腕にはスヤスヤと眠る赤ん坊からして、出生届を出しに来たと一目でわかる風景でもある。離婚や死亡届、挙句の果てには婚姻届や離婚届不受理願いなど、殺伐とした事案が多い戸籍課において数少ないおめでたい届でもある。
しかし、そのほんわかした空気は母親のヒステリックな声で破られた。
「なんですって! うちの子の名前がダメだから受理できないというのですか!」
職員と思しき若手男性はその迫力に圧されながらも、弱弱しく反論する。
「はい、ダメと言うか、この名前の漢字は全て人名漢字ではないので受理できません」
「そんなことを言ってるのじゃないの!うちの
母親はキンキンと金切り声を張り上げる。そばの父親は、まるで能面のように表情は無く、力無く突っ立っているだけである。恐らくこの妻には逆らえないのだろうなと一目でわかる体だ。
「なんとかとおっしゃっても、別の字にしていただくしか……」
「もう、あんたじゃ話にならないわよ!市長を呼びなさいよ!」
「典型的なクレーマー、そして児童虐待をする親だな。見苦しい」
不意に彼らとは違う声が割り込まれてきた。
母親達が振り向くと、全身白タイツにサングラス、白マントを付けた男が立っていた。胸には『公』をモチーフにしたと思われるエンブレム。役所というお堅い機関においてそれは異彩を放っていた。
「私は公務員仮面! 市民のために働く公務員に、理不尽な要求を為すものを成敗するために現れた!」
「係長、国の機関に出るアレがうちにも来てしまいました」
「噂のアレ、来ちゃったか。しかもフレーズが国から市民に変わってるし」
地方自治体に初めて現れた公務員仮面に、職員たちも戸惑っている。
「公務員仮面? 何よ、あんたは口出ししないで!」
「ふっ、私の容姿に驚かないのはお前が初めてだな。なかなかのタマだ」
「人の話を聞いてないでしょ、あんた」
「ところで、その赤ん坊の馬鹿げた名前を取り下げるつもりは無いのか?」
馬鹿げたとはっきりと言われた母親は怒りのあまりに顔を真っ赤にしていく。
「ば、馬鹿げたなんて!! うちの
「まず、そこの職員が言うように、全てが戸籍に使える人名漢字ではない。法務省戸籍統一文字というサイトで調べればすぐにわかることだ。
まあ、辞書もひかずに、
「な、何よ、法務省だなんて仰々しい名前を出して、知性をひけらかしているの!」
「さらに!流行りのアニメに乗っかる安直な発想、すぐに読めない読み仮名、おまけにアニメのあのキャラは女の子だが、その子は男の子だ」
「かわいいならなんだっていいじゃないの!!」
次々と繰り出される正論に真っ向から感情的になって反論する母親、それはまさに言っても聞かないクレーマー、毒になる親そのものであった。公務員仮面は頭を振りながら畳み掛けた。
「そんなにかわいい名前ならば、お前が改名してその名前を名乗ったらどうだ?」
「そ、そんなことできる訳ないじゃないの!!」
母親がそう答えた瞬間、公務員仮面は素早く母親から赤ん坊をひったくり、父親の前に素早く移動した。
「ああ、
「そこの父親、お前の子だろ? 少しの間、抱っこしてやってくれ。」
突然、自分に呼び掛けられた父親は戸惑いながらも、我が子を受け取り抱っこをした。
それを見届けてから、公務員仮面は奇妙な構えを取り始めた。
「あー! お父さんと赤ちゃんはこっちへ、早く!」
フロアの他の客を避難誘導していた職員が、素早く父親と赤ん坊を隅に匿う。
「自分で名乗れない名前を名付けようとする身勝手さ、人の制止も聞かずに欲望を押し付ける傲慢さ、お前はもはや親ではない!
女性でも手加減はせんっ!懲戒免職パ~ンチッ!」
『ドゴオォォ!!』
次の瞬間、母親の姿は消え、壁には人形の穴が空いているだけであった。
公務員仮面は父親の元まで行き、声をかける。
「さて、虐待の現場はたくさんの人が見ているから、児童相談所への通報はスムーズに行くな。お前も父親ならこの子を守るためにも強くならないといけないな。これからはシングルファーザーとなるのだから」
父親はまだ呆然としているが、公務員仮面は職員達へ向き直りいつもの口上を述べようとした時、一人の職員が尋ねた。
「あ、あの、国の機関でないのに、なぜここへ?」
「…俺も昔、キラキラネームを付けられてな。詳しくは伏せるが、あるアニメキャラの名前で、到底日本人とは思えない響きに、暴走族並みの当て字だった」
公務員仮面の意外な過去語りに一同は驚きを隠せなかった。
「しかも、名付けた後にその主人公は、発狂して自殺するというとんでもないオチでな。お互いに責任を擦り付けあった両親は離婚、俺は親の承諾無しで改名できる年齢になるまでは、いじめられ、進学や就職の面接では笑われ、落とされてきた」
「そ、そんなことが」
「…俺は、そんな不幸を再生産させたくなかっただけだ」
「おかげさまでこの子と我々がた……」
職員が賛辞を贈ろうとするのを、公務員仮面が遮る。
「さ、ここまでだ。人事評価に影響するから、それ以上は言わなくてもいい。賛辞は心の中で受け取った。では、さらばだ!」
行け!公務員仮面、次なる行政の理不尽に立ち向かうのだ!
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