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麻田麻実

第1話 風の力を持つ、少年

開け放した窓から、一筋の風が迷い込んできた。熱を帯びたこの存在は、洋頭風と呼ばれるものだ。もう9月だと言うのに、まだまだ暑い日が続いている。

青年キース レイバンは、長い欠伸をして上半身を天へと伸ばした。起床直後の伸びは、とても気持ちが良い。身体に乗りかかっている鉄や鉛等の重みが、吹き飛ばされる感じが好きだ。

「痛い……」

勢い余って、拳が天井を突いた。鈍い音が、頭に響く。

元々ここは、屋根裏部屋だった。キースが10歳になる頃、この家に住まうお貴族様が口を揃えて

「この子も、年頃ですし……一人部屋が必要ですわね」

なんて、言い出して支給された部屋だ。

キースは夢にまで見た自分用の部屋だ!と、舞い上がったが、此処へと連れて来られたその瞬間自分自身の立場を思い占める他なかった。

「愛人の子」

「居候の餓鬼」

「汚い蟲」

このお屋敷に住まう者の殆どが、そう言った目でキースを見ている。不思議なもので「そういうもんだ」と思ってしまえば、腹も立たないし悲しくもならない。キースは、そうやって痛覚を鈍らせて来た。今まで通り、これからもそうなのであろう。

この狭い部屋ですら、自分を飾るものはごく僅かしかない。

その年で、とても気に入った映画のパンフレット。タブレット端末。言葉と感情を教えてくれる、大好きな作家のオムニバス。

なんて、つまらない人間なのだろう?無趣味という訳では、ない。けれど、それは押し寄せてくる時間から逃れる為の手段のような――真理か、錯覚か。そんな感覚に陥ってしまうのだ。

トントン、と静かに梯子を登る音がした。こんな場所にやって来る物好きは、彼女くらいしか居ない。

「ソフィ。おはよう。朝食、食べに下りるよ」

片付かないよね、ごめん。と、キースが続けるより前に、メイドのソフィは首を縦へと振った。年はキースと一つ二つしか、変わらなかった筈だ。

闇夜の如き、漆黒の髪。まるで、このお屋敷に生えている草木のように、ぴっちりと切り揃えられている。連想ゲームで、庭師の禿げた頭部までも浮かんでしまって危うく笑うところであった。

「どうかなさいましたか?」

「ううん。なんでも。朝食、食べに行くよ」

「はい。お願いします。今なら、皆様がいらっしゃいませんので……」

「気を使わせちゃったね、ごめん……」

「いえいえ。お気になさらず」

キースが梯子を降りたことを確認してから、梯子に足をかけるソフィ。

いつ頃からだったか、主人の背中がこんなにも大きくなってしまった。長期休みで、キースが帰って来るたびに彼の背中の大きさを実感してしまう。

「本日は、入社式ですね……鼻が高いです」

「ソフィは、いつも大袈裟なんだから」

「あの難関試験を、ストレートで合格されたんですもの」

世界保安団の、魔物退治部隊。今の時代で、知らない人間は居ない。人々の生活を脅かしている魔物を倒す、謂わば正義の味方だ。この世に存在する、全ての生き物は魔力を蓄え過ぎると魔物へと堕ちてしまう。魔物となったら、最期――理性なんて、ありゃしない。あるものは、強烈な飢えのみ。渇きを満たす為、沢山の魔力を求める化物。

そんな魔物と、対等に戦える武器は世界保安団の魔物退治部隊のみ所有権がある「魔装武器」だけ。魔術が扱えれば、それなりには戦えるがどうしても隙が多いのが欠点でもある。その点、瞬時に魔力による特異能力を発動出来る魔装武器は強い。

「俺より、すごいやつは山ほど居るからね……」

士官学校時代のチームメイト。昔、自分を魔物から助けてくれたあの人。そして――

「まぁまぁ。ピターリオ様は、ミッズガルズでも屈指の魔術師ですから……」

ソフィが、義姉の名前を出した瞬間に右手の甲に強烈な痛みが走った。

他ならぬピターリオに、昔アイロンを直で当てられた場所だ。今も尚、傷跡はキースを縛っている。

走馬灯のように、彼女にされた残虐行為が数々と蘇る。

真冬に冷水を裸で、浴びせられたこと。中庭に彼女が掘った穴に、蟲と一緒に埋められたこと。嵐の夜、首輪の鎖で門戸へ繋がれたこと。他にも、沢山ある。ありすぎる。

「キース様、お顔色が……」

「大丈夫……慣れてることだから」

「お水を持って参ります!」

メイド服の裾を掴み、厨房へと走るソフィ。

キースは、その場で蹲った。廊下の壁一面に並ぶ絵画の人間たちが、自分を嘲笑っている。少女も、王子様も、農夫も、天使も、神様も――この世界に自分の味方なんて、居ないのだ。

ソフィが戻って来ても尚、キースはその場から動けやしなかった。








世界保安団の街、フェキュイル市。要塞教会と呼ばれる、世界保安団総本山を構えている街だ。

このフェキュイル市が要塞教会を中心に発展した為、フェキュイル市と世界保安団の歴史は切り離せないものがある。

フェキュイル駅の中央改札口は、人でごった返していた。自分たちのような、今期入団者や士官学校生も居る。

そう言えば、今日は士官学校の入学式前の事前説明会だった気がする。

「キース。遅いわね」

「珍しいよねえ。いつも一番なのに」

「あんたが、遅刻してないからじゃない?」

「あはははは。有り得る~」

青年の方が、目を細めて笑う。

顔を覆う指から覗く、東洋人特有の黄色い肌は日によく焼けていた。

肌よりも目立つのは、彼の瞳の色だ。今でこそ見慣れたが、左右非対称の瞳は観る者を惑わす。特に紫水晶のような、左目は造りもののようだ。その証拠に、道行く人々が彼の瞳を見ている。

「なあに?告白でもすんの?」

「アホか」

「ミッズガルズさん、一回も帰省しなかったんだってね」

「何よ。悪い?」

ミッズガルズ家のミグウェルが、こちらを睨んで来る。魔女のような、ウェーブがかったミディアムヘアーが畝ねる。

青年は悪びれる様子もなく、ヘラヘラと笑い出すのだ。この男の、こういう表情がミグウェルは嫌いで仕方なかった。

「悪くはないけどね。キース君が、心配していたからさ。ちょっとくらい帰っても、良かったんじゃない?ピターリオさん、ずっと居る訳でもないでしょ?」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。あんただって、実家帰ってないんでしょ」

「あははは。バレてましたか。俺は良いんだよ。自業自得ってやつだし」

自分のことを他人事のように語る彼も、好きではない。

ミグウェルは、好きの対義語は無関心なのだとよく知っている。彼の嫌いな部分を自分が知っている内は、きっと彼のことが好きなのであろう。

雑踏の中から、自ら白い光を放つ髪を持った青年が姿を現した。大事そうに、大きなキャリーケースを引き摺っている。白のワイシャツに、茶色のスラックスを履いている。いつ見ても、着ている洋服がジジくさい。

「……あ。来た」

「ごめんごめん。ギリギリに家、出ちゃって。珍しいね。チュエンイ、ちゃんと来てるなんて」

「へいへーい。たまには、ちゃんと来ますよ~だ」

「毎回、で頼むよ」

苦笑するキース。やはり、どことなく余り顔色が優れないように思う。

そしてチュエンイは、キースのレザーの黒い手袋を見逃さなかった。

「この暑いのに、手袋……?あの傷、気にしてんの?」

「違うよ。ただの気分だって」

今の苦笑は、誤魔化し笑いだと見てとれた。何処にも焦点を当てていない、不思議で不気味で残酷な笑い方。

キースのこういう笑い方を見る度、昔の自分を思い出す。無性に腹が立って、仕方ないのだ。

チュエンイは、キースの右手首を鷲掴みにした。手袋に手をかけて、線路にそれを放り投げた。鋭利な線を描いた後、落下した手袋を見てキースは呆然とチュエンイを見上げた。

「何するんだよ!」

「別に~。構ってちゃん行動が、ウザかっただけ」

「そんなことない!」

小型犬の如く、キャンキャン吠えるキース。しかし、チュエンイは、全くもって堪えていないどころか歯牙にもかけていない。

何かまた思いついたようで、キースの右手を取った。

「なんだよ……この手は」

「ずっと、お慕いしておりました。お姫様」

流れるように一礼をしてから、キースの手の甲に口付けるチュエンイ。傷跡が花にでもなるように――と、祈りを込めてみたが……

「お前、殺されたいのか?」

「いえ。全くそんなことは、御座いません。大変、失礼致しました。謹んで、お詫び申し上げます」

逆効果でしかない。ミグウェルは、何が可笑しいのやらニヤニヤ笑っている。

ひとしきり笑い終わったミグウェルは、左手首の腕時計を見た。

「珍しいよね。ユリウス君と、コリンが遅れるの」

「まあね。って、言ってもまだ5分だけどね」

「5分でも、遅刻は遅刻でしょ?社会人になるのに、思いやられますなあ」

大袈裟に肩をすくめる、チュエンイ。キースは、肘で彼の腕を突いてやった。

「遅刻常習犯が言うなよ」

「ああ~ん。その、ツッコミ待ってました~」

「……」

「無視!?無視!?」

「馬鹿は、おいといて。なんか、あったのかもしれないわね。電話してみるわ」

生意気なことに、ミグウェルはブランドバッグを沢山持っている。そのコレクションの一つである、ミッドナイトブラッグのレザートートバッグからスマートフォンを取り出した。トートバッグの上部にブランドロゴの金飾りが施されており、相当な額がするに違いない。

「もしもし……え?は~?そういうのは、先に言いなさいよ!」

電話を一方的に切り、こちらへ向き直った。

「なんだったの……?」

「コリンがみんなにアイスを買おう!って言い出して、ユリウスはその付き添いですって」

「「あ~。はいはい」」

簡単に想像が、ついてしまった。97期生候補生13班の中でも、あの二人は特別仲が良い。

ユリウス自身は、合理主義者で「思いつき行動」が嫌いなのだそうだ。しかし、コリンに振り回されるのは不快ではない。と、自己申告していると言うことは――

「ユリウス君、エインズワースさんのこと大好きだもんねえ」

「それ、本人の前で言うなよ……機嫌損ねて、面倒くさいよ」

「でも、プリンで機嫌直るっしょ」

「お子様よね~。将来、色々なものに引っかからないといいけど……ところで。キース」

神妙な面持ちで、ミグウェルがこちらをまじまじと見つめて来た。

「え、何?どうしたの?」

「キャリーケース、どうしたの……?」

「え、あ、へぁあああああああ!?な、ない!!?い、いつから!!?」

たちまち、青ざめるキース。ミグウェルは「知らない」と一蹴したが、チュエンイはにやにやと笑っている。

「ん~。ミッズガルズさんが、電話したあたり?」

「お、お、お、おま!お前!!見てたんだな!」

「うん。面白そうだから、黙ってた~」

「殺すぞ?」

こんなにも冷酷な聲を自分自身が発せられるなんて、知りもしなかった。そして、人を殴る速度は綺麗に殺意に比例することも……キースは、知らなかった。







「それは、大変だったね~」

遅刻して来た二人組が謝罪した後、キャリーケースの盗難被害のことを一通り話した。素直に謝って来たこともあり、それどころでもないこともあり――キース達は、二人を咎めなかった。

コリンが、ストロベリー味のアイスクリームを舐めつつ嘆く。

殆ど黒に近い紺色の髪が、風に煽られて畝ねる。元々彼女の髪の毛は、四方八方に広がっている為動きが大きい。生きているように思うことが、多々ある。

「……ふむ。状況は分かったが、何故キースを狙ったんだ?」

野良猫のような瞳を曇らせて、ユリウスは考え込んでいる。胸の前で組まれた腕は、日に焼けて茹でタコの如く赤い。同年代の男子の中でも、小柄な方なこともあり――夏休み明けを憂う、少年のようにも見える。

「なんで、って?」

「いや、時間帯的にサラリーマンも多いのに……という、意味合いだ。金を持ってなさそうな奴を狙ったのが、不思議でな」

誤解が生じる言い方だな。すまない。と、ユリウスは補足した。いつ如何なる時も、彼は硬い。どんな時も、一定の力が加わっているのでロボットのように見えてしまう。

「それも、そうだね~。あ、別にユリウスくんは貧相とか言ってる訳じゃないよ~」

「うん……なんでだろ?」

「隙が多いからでしょ」

間髪入れずに、チュエンイが言う。彼の方へと振り返った時には、既に遅し――キースのスマートフォンがチュエンイの掌にあったのだ。

「お前、スリの才能もあったんだな」

「そうでしょ~?」

「威張るな、阿呆」

ユリウスが、文庫本の角でチュエンイを殴る。キースも軽く、チュエンイを睨めつけてみたが効果はなし。彼にとって、キースは子犬くらいの存在でしかないのが見てとれた。

「犯人の姿とか、見てないの?」

ミグウェルのもっともな質問に、一同は首肯した。チュエンイは、頬を掻きつつ言う。

「横顔は見たよ。多分、12、13歳くらいの男の子」

「ますます分らんな……服装は?」

「黄色のTシャツに、紺色の半ズボンだったかな」

「一杯、居そうね……魔力探索魔術とかで、探したりは?」

「魔力非保持者だったし、無理無理」

魔力非保持者。差別用語に聞こえるだろうが、そんなことはない。全人類の半分以上は魔力を持ち合わせては居らず、魔力を宿している自分たちこそが特殊側なのだ。

今の時代でこそ受け入れられつつあるが、一昔前は酷い差別が当たり前だったようだ。

魔力は先天的なものであり、後天的に魔力が宿るのは有り得ない。生まれた瞬間に、大方の定めは決まってしまっているとも言える。

「ふむ。魔術道具や魔力変換器目当ての、スリとも考えにくいな……」

「でしょうね。世界保安団特注の魔力変換器を売ったら足がつくし、そこまで馬鹿じゃないと思うわ」

「これ以上、探偵ごっこしてても仕方ないし……交番行こっか」

「そうだね……」

チュエンイの提案に、異論ある者は居ない。

キース達は、フェキュイル駅西口を目指して歩き出す。

「なあ、リージン……全て分かってる上で、楽しんでいるのではあるまいな?」

「バレた?」

悪戯が見つかった子供のように、茶目っ気たっぷりに舌を出して笑うチュエンイ。

ここまでだと、叱る気も起きないのが正直な心境であった。







「キャリーケースが、盗まれたんです!」

ぜえぜえと息を切らしつつも、矢継ぎ早に要件を言ったキース。

ちょび髭を生やした、恰幅の良い警官が溜息を吐く。そして太い指で顎を撫でてから、困ったように眉尻を下げた。

「君もかね……ここ数日、立て続いているんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ……あれ?君、士官学校の子にしては大人びてるね」

「あ、俺は士官学校生じゃなくて今期入団者で……」

「それは、失敬。とりあえず、被害届書いてくれるかな」

「あ、はい」

事務的に渡された、被害届とボールペンを受け取る。

盗難物は、なるべく詳細に書くように注意書きがあった。キースは、キャリーケースの中身を細かく書き始める。

「採用証明書に、タブレット、充電ケーブル……」

「予想していたけど、一番痛いの盗られたわね……」

横でミグウェルが、頭を抱えている。彼女の言う通り、今は採用証明書がないのが一番困る。紛失した場合などの再発行手続きは、入社式の三日前までだ。当日では、間に合わない。

背後から甲高い声が、飛んできた。

「ひったくり犯は、まだ捕まらないんですの!?」

糸のように細い身体をした、夫人だ。顔も細長く、チェーンが付いたレンズの大きな金縁の眼鏡をかけている。輪郭の長さが、増長するかのような眼鏡だ。くいっと、眼鏡を細長い指で持ち上げた。

「うちの息子は、とても優秀ですのよ!華やかな、世界保安団学生生活が待っていると言いますのに!」

その息子は、年齢は12、13歳くらいに見える。白いワイシャツにココアブラウンのスラックスーー士官学校の制服をかっちりと着こなしている。不安からか、随分と萎縮しているのが見てとれた。

警官は、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません……今、捜査していますので」

「んまああ!本当に役立たずですのね!どこまで、進んだのです!?」

「守秘義務があるので、申し上げられません……」

「早くして下さらないと、説明会に間に合いませんわ!この税金泥棒がぁあああああ!!」

盗難被害の件は同情するが、この態度は余りにも礼節がなってなさ過ぎる。

何か言おうと、ちらちらと二人の様子を伺うキース。しかし、夫人の剣幕ははっきり言ってとても怖い。

「お困りのようですね、奥さん」

「あ、あなたは……?」

「世界保安団の今期入団者――チュエンイ リージンです。先輩として、困っている後輩を放ってはおけません。実は、僕の友達も盗難被害に遭いまして……」

夫人の手を包むように、握るチュエンイ。腹立つことに誰が見ても、信用できる誠実で清楚さがある。度々思うのだが、この男は風俗とかで働けば碌でもない稼ぎ方をするに違いない。

(いつもこうなら良いのに……いや、それはそれで気持ち悪いな)

夫人は、たちまちチュエンイの虜になり彼が言うこと全てに「はい」と返事をしているではないか。話が纏まったのか、チュエンイは夫人の元を離れてこちらへとやって来た。

「オツカレサマ」

「ありがと~。息子さんが、入学証明書が入ったトランク盗まれちゃったみたいでさ」

「ああ……なるほど。だから、あんなに騒いでたんだな」

「うんうん。まあ、見苦しいババアだよね」

「おい」

「約束しちゃったし、犯人探しますか」

キース達は、確信した。この男は、決して善人ではない。どちらかと言うと、悪人を通り越して悪魔に近しい存在だ。そんな男が、善を行おうとするということは――。

「お金、貰ったんだな?」

「流石に捕まえる前に、貰わないよ。着手金は、貰ったけど」

「それは、貰ってる内に入るんだよ!」

「たかが、50ポンドだから……ケチ過ぎない?」

「うっわぁ……」

50ポンドと言うと、同世代の学生の小遣いの額と同じくらいではないだろうか?それをケチと言うなんて、この男と来たら……。

「まあ、出来ない約束はしないだろう。こいつも」

「うんうん。さあ、二択だよ!汗水流して走り回って、犯人を見つけて説得するか――俺の魔術で見つけて、撃ち落とすか。さあ、どっち!」

チュエンイの人差し指と中指が、仰々しく起立する。

「何故、後者は平和的解決じゃないんだ?」

「後者は世界保安団の人に見つかると、ダルいんで~余り、やりたくないな~」

「実質一択、か。じゃあ、前者だな」

「ありがと~。俺も、余り問題起こしたくないしね」

「どの口が言ってんだ、どの口が」

コリンが、大通りに向かってもう走り出していた。聞き込みをするつもりなのだろう。キースと、ミグウェルは彼女の後を追う。

コリンは、カモシカのように脚が早い。油断すると、いよいよ追いつけなくなる。

「行かないの?ユリウス君」

三人の姿が、見えなくなった頃。チュエンイは半歩後ろに居る、ユリウスに声をかけた。

「リージンこそ」

「ふぃ~。本当、隠し事とか出来ないよねえ。君には」

「魔術、使わないのか?」

「そこまで、お見通しですか……」

こちらが大袈裟に肩を落としてみても、ユリウスの張りは緩まない。チュエンイは、一人苦笑した。

「俺も、東洋の――魔術には興味がある。拝むには、リージンが一番良いと思っただけだ」

「はいはい。本当に他言無用だからね?」

チュエンイは、懐から短刀を取り出した。鞘を抜き、手首の中でもぷりっと浮き出た弾力性の高い血管を刺した。看護師が、採血をする時に選ぶ位置と同じだ。

チュエンイ リージンは、息を吸って吐いて……凍てつくような、声音で詠唱を始める。

『猥雑なる森羅万象。遍く美醜の翅を授かりし、者よ――我が魂の緒より、生誕せよ。祝福は刹那、呪いは永久に――我が胸に秘めたり。主命を為せ……赫鴉』

他でもない、チュエンイの血液から誕生した鴉達。十羽程、生み出された存在たちは大空へと散っていった。

「先程、撃ち落とすと言っていたな?あの赤い鴉は、攻撃魔術も使えるのか?」

「うん。だって俺の血を対価として、召喚した生物だからね。俺が使える魔術は、扱えるよ」

「なるほどな…」

「ちなみに、延々と死体を食って動き続けることも出来るよ」

「無人偵察攻撃機……いや、生物兵器か」

そして、それを生み出すチュエンイ リージンという人間は、それ以上の――

「褒めて褒めて~」

「凄い凄い」

こういう時。チュエンイは、なんでもないように笑うのだ。

見た目も性格も、キースとはまるで違う。なのに、ここだけはそっくりなのだ。







世界保安団の総本山である、要塞教会。建物の規模で言うなら、まさに城そのものだ。

その中でも、坂道の上にそびえ立つ、魔物退治部隊専用棟。

一人の女性が固定電話の受話器を置くなり、プリプリと怒り出した。

「なに、怒ってんの……?」

赤毛の青年、ルータス グランデスタが気怠げに顔を上げる。先程は英国新聞を読んでいたが、今は仏国新聞を読んでいるようだ。

「ここ数日起きてる、士官学校生の入学証明書盗難の件で文句言われたんだけど!うちら、関係なくない!?お前らの危機管理能力の問題だっつーの!!バーカ!!」

アイマヒュリー グローディアは、テーブルに広がっている空の菓子袋を文句を言いつつも片付ける。しかし、それは自分が食べたものだろう。というツッコミは、敢えてしないルータス。

彼女の動きに合わせて、ブロンドの髪の毛と双丘が揺れる。ルータスは目のやり場に困り、再び仏国新聞へと視線を落とした。

「はい。それを電話の相手に言ってみよ~」

「言える訳ないじゃん!馬鹿高い学費払ってくれる、金づる相手にさ~。でも、これだけは言わせて!うちらは、お客様相談窓口じゃありませ~ん!!次、電話して来たら殴り飛ばすぞ!このタコが~!!!!」

今度は二つの拳を握り、空気を殴打する。かと思えば、今度は脚を高く上げて空気を蹴落とすと来た。

「朝から元気だよね……尊敬するわ」

「そこは、無敵素敵のアイマヒュリーちゃんですから」

「はいはい。そうですね~。ところでさ、隊長遅くない……?」

「外回りに出掛けたんだっけ?じゃあ……」

「十中八九、トラブルに巻き込まれたね」

「本当さ……」

「「トラブルメーカーだよね」」

重なった声に、はっとお互い見つめ合う。直ぐにルータスは、視線を逸らした。

「もう、本当シャイだよね~。可愛いぞ!お姉さんが、ハグしてあげる」

「うるさい。くっつくな。ビッチ」








「ごめんねえ。そういう人、一杯居るから分からないねえ」

「そうですか……」

聞き込み活動を始めるも、これと言った目星い情報は得られなかった。

パン屋の女将が、ニッと歯を見せて笑った。パンそっくりに膨らんだ頬が、歯の白さを殺してしまっているのが実に惜しい。

「鈴星小隊長も、探して居るみたいだからきっと大丈夫さ」

「教官が……」

鈴星 いつき。士官学校時代――正確には、候補生時代の自分たち13班の担当教官。底抜けに明るく、嫌味も恐れもない人だった。背だって高くない、強力な魔術を繰り出す訳でもない、本当に何処にでも居る東洋人。とても「魔物退治を生業としている、力を持つ者」に見えないのだ。

「鈴星小隊長じゃないよ~。もう、隊長だよ」

「あ、そっか。第七隊の隊長だもんね」

今期に新設される、魔物退治部隊第七隊。メンバーは、隊長の鈴星 いつき。副隊長 ロード ダグラス。隊長補佐 アイマヒュリー グローディア。彼の魔物退治部隊代表者である、イニシター リーランド統括者の補佐……ルータス グランデスタ。アカデミーの男子体術担当教官、リンドリヒ マーレ。それから――

「あんた、自分のことでしょ?」

「そうだね。チュエンイもだけど」

キースに、チュエンイ。チュエンイに関しては、魔物退治部隊一のエリートである、第一隊の内定を蹴ってこちらへやって来た。この件は、同期生の間で大きな波紋を生んだ。

「リージンって、やっぱり変わってるよな」

「内定蹴るとか、有り得ないだろ……アリベルト隊長の推薦もあったらしいぜ」

「キースと、できてんじゃね?」

何がどうなって、自分とあの男がそう言う関係になるのか。こちらが、聞きたい気分だ。

その旨を否定すると「照れるなって」なんて、茶化されてしまった。思い返しても、腹立たしい。

「ミグウェルが、第四隊行くなんて意外だったよ。絶対、避けると思ったのに」

「ピターリオが嫌いなだけよ、私は」

「だから、義姉さん居るじゃないか」

彼女も、忘れられないのであろう。幼少期、ピターリオ ミッズガルズにされた仕打ちの数々を。

ミグウェルは、ピターリオのみならずミッズガルズ家も好ましく思っていないようだった。その証拠に、夏休み中一回も帰省していない。

ミグウェルが、クロワッサンを見詰めながら言う。

「あの子、どうしてるんでしょうね?」

「ピルフェオータ義姉さんのこと?」

「ええ……覚えてる?ピターリオと、ピルフェオータの10歳のお誕生日パーティーでさ。双子の妹が、抜け出して行方不明ってまるで推理小説みたい」

「うん……ミッズガルズでは、絶対その話題出すなよ」

「言う訳ないでしょ」

不思議な話だ。双子の姉、ピターリオが鮮烈過ぎる存在だったからか……双子の妹、ピルフェオータの記憶が、殆どない。朧気に覚えている事と言えば、妹も姉の存在に怯えていたこと。自分とミグウェルと同じように、身体中傷だらけだったこと。

「はえ~。ミッズガルズって、ややこしいんだねえ」

「エインズワースにも、そういう話題入ってるの?」

「うん~。パパと、ママはよく知ってるよ~。私は、余りそういうの好きじゃないから知らないようにしているけど」

「そうよね。コリンは、それで良いわ」

ミグウェルは、コリンの頭を優しく撫でた。まるで、子供をあやすように。

エインズワース社。自分たちが、魔物たちと対等に戦う為の武器「魔装武器」を製造している、第一線の企業。その社長令嬢が、コリンだ。ミグウェルが、彼女を友と見ているのか駒と見ているのかはキースには分からない。

「ねえ、キース。約束して欲しいことがあるの」

「な、何?」

差し出された小指に、どきりとした。女の子の指は、こうも細いのか。ミグウェルの指は、とても長くもある。まるで、魔女の手のようだ。指を絡めた瞬間、魂の一部が引っこ抜かれそうに見えた。

「どちらが先に、闇のシンソウに近づいても暴いても恨みっこなしよ」

「え?え?」

「いいから、約束する!指きりげんまーん、嘘ついたら針千本飲―ます!」

「……うん。分かった。ところでさ。第四隊って、第一隊や第二隊に次ぐ難関隊って聞いたけど、よく受かったよね」

「ああ、それ?」

悪戯が見つかった子供のように、ウインクを決めてペロっと舌を出すミグウェル。こういう茶目っ気たっぷりな表情を見ると、普段の喧しい面や我儘な面も赦せてしまう。

「隊長に、お尻揉ませてあげたら一発だったわよ」

「不純だ!!!!!」







パン屋を後にしたキース達は、近場の公園のベンチに腰をかける。

やっと、ユリウスとチュエンイも合流出来た。何かしていたに違いないが、聞いて良い雰囲気ではなかった。

「余り進展ないみたいだね」

「まあ……うん」

「あんた、分かってるんでしょ?吐きなさいよ」

ミグウェルが、チュエンイに詰め寄った。かと思えば、鳩尾に拳骨を入れた。目にも止まらぬスピード……流石である。

「それ、別のもの吐いちゃうから……」

「ゲロ処理は、自分でやんなさいよ」

「殴っといて、言うことそれ!?」

二人を尻目にかけて、ユリウスが口を開く。

「もう一回、交番に戻って情報に聞き出すのはどうだ?」

「でも、守秘義務がどうのとか言ってなかった?」

「適当な聞き込み情報をでっち上げて、聞き出すのはそうだ?」

コリンは感嘆していたが、正直に言うと現実味がない。ミグウェルと、チュエンイが乗り気でないのがその証拠だ。

「ダメダメ。嘘は、絶対矛盾が生まれるんだから。下手したら、俺ら罰せられるよ」

「なら、リージンは何かアテはあるのか」

拗ねたように、口を尖らせるユリウス。対するチュエンイは、何処か余裕を持った笑みを浮かべている。

「大丈夫。すぐ、来るから。二人」

「二人?あ……」

公園の入口の方から、夜のような漆黒の髪をした東洋人がこちらへやって来た。13班が、一番親しい大人だ。

「鈴星、隊長」

「お~。久しぶり。お前も、荷物盗まれたんだって?」

「う……はい。隊長、調査されてるんですね」

「まあな。お得意さんの息子さんが、やられたみたいだし」

「ああ……それで。何か、情報ありました?」

「ん~。特には。ただ……盗んだ荷物を置いている、アジトがあるんじゃないかと思ってさ。探索中だよ」

いつきの腕に止まっている、赫い鴉たち。気のせいか、チュエンイの瞳孔がカッと開かれた。彼の膝の腕で、拳が握られた。

「どうした?この鴉が気になるのか?東洋式魔術だし、そんなに珍しくないだろ」

「そうですね」

「アジト、見つからないんですか?」

コリンが、首を傾げた。いつきは、眉尻を下げて顔を曇らせた。

「俺、魔力量少ないし……この鴉、そんなに沢山は生み出せないんだよな」

「あ、そっか。召喚系魔術って、操作するのにも魔力要りますもんね」

「そうなんだよな~。はっきり言って、コスパ悪いもん。リージンだったら、そうでもないだろうけどな」

「みんな、俺のこと買いかぶり過ぎですよ~。やめて下さいってば」

チュエンイが掌をヒラヒラと振り、否定する。そして、すっとベンチから立ち上がった。老人でも来たのか?と、キースは思ったけれど眼前に居るのは13、14歳くらいの金髪の少年だ。頬周りにあるそばかすが、より幼さを強調している。

「ベンチ、座るの?」

「え、えっと」

少年は、こちらを見て気まずそうに視線を逸らした。それを繰り返すこと、数回。

「きょどうふしん、だね。どうしたんだろ?」

「コリンが可愛いから、照れてるのよ」

「み、ミグちゃん!そ、そんなこと」

「冗談よ」

「ええ!?」

どんな時も欠かさない、ミグウェルのおちょくり精神。少年が、益々困っている。キースは、少年に同情した。

「どうしたの?あ、もしかして君も荷物盗まれたの?」

「う、うん……で、に、荷物の置き場所知ってて」

「え!?」

がっと、少年の肩を抱くキース。少年が、半歩下がる。はっと、我に返りキースは謝り手を離した。

「ご、ごめん。本当!?」

「う、うん。でも、一人で行くのが怖くて一緒に来て欲しいんだ」

みんなの方を振り返ったが、異論ある者は居ない様子だった。ベンチから立ち上がり、少年の後をついていく。

「あの少年が、二人目か?」

ユリウスが、チュエンイに言う。チュエンイは「予想外れだけど、まあそうかな?」なんて、煮え切らない言葉で返す。

(鈴星隊長……俺のこと、気付いてる。何者なんだよ……やっぱり、監視対象になるのは避けられなかったか。はあ、面倒くせえ)

一人心の中で、愚痴を零すチュエンイ。いつきもいつきで、同様の気持ちであった。







ロウ、と名乗る少年の後ろをただひたすらについていく。

「そっか。ロウ君は、士官学校の合格通知が入った鞄盗まれちゃったんだ。俺は、世界保安団の採用証明書盗られたんだよ」

「え!?え!?そんな、だ、大事なもの!」

顔面が、真っ青になるロウ。元より、色が白いのでより際立って見える。

「大丈夫だよ!アジト、突き詰めてくれたんでしょ?なら、もうすぐだよ!此処にいるみんな、めちゃくちゃ強いから!ね」

「え、え、え」

水を求める魚のように、ロウの口がパクパクと動く。彼はキースの顔を見て、視線を逸らした。

「みんな、魔術師だし。そこらに居る、チンピラじゃ相手にならないよ。だから、大丈夫。ね」

コリンは、うんうん頷いているが、ミグウェルと、チュエンイが頭を抱えた。

「なんで、キースが奪われたか分かったわ……」

「でしょ?色々な物に、引っかかりそうだよね」

「キャッチセールス、架空請求、ねずみ講」

「心配なるよね、ね」

二人の長い溜息。キースは、全くもって意味が分からなかった。いつきまでも、苦笑しているではないか。

「ロウ君は、どうやってアジトを突き詰めたの?空間探索魔術でも、使ったのか?」

いつきの切り詰めた質問に、ロウは身体を強ばらせた。

「え、えっと。友達で、地元の奴が居て……その子が」

「へ~。なるほど。フェキュイルって、結構広いんだけどさ。どのあたりの、地元の子?」

「え、えっと、確か、北の方で……」

いつきは、顎に手を置いた。ふむ、と独り言つ。

「俺ら、向かってるの西だけど?その子、本当に北が地元?」

チュエンイが、喉の奥でククク。と、笑う。西、と言う単語を聞いた13班は神妙な顔をしてロウを見つめる。周りは、廃業した工場ばかり。閑古鳥ではなく、コウモリが住み着いていそうな建物たちばかりだ。

「あ、アクティブな奴なんで!行動範囲広くても、不思議じゃないです!」

「友達、所謂ワルだったり?」

「な、ないです!普通の奴です!さ、さっきからなんなんですか!」

真っ赤になって怒る、ロウ。彼にとって、不都合なことばかり聞かれているのか……ずっと、早口で質問を返している。

「いや、な。西区画って、全般的に治安クソ悪いんだよ。そんなとこに詳しい友達って、聞いたから。なあ?」

チュエンイが、いつきを見て――ロウを見た。どこか、あざ笑うように、掌一つ分小さい少年を見下している。

「この人。その西区画の中でも、特に荒廃した通り、アギリヒ通りを再生したからね。嘘は、バレるんだよ。特に、悪者の嘘はね」

ロウの足が、ピタリと止まる。どうやら、アジトに着いたようだった。スプレーで落書きが施された、空き倉庫。乱暴に破壊された扉を見て、キースはここで初めてロウに恐怖心を覚えた。







散らかった事務所内を、片付けた後。アイマヒュリーはぐるりと、この狭い空間を見渡した。

ダークグレイの壁にある、染みが点々と乱舞している。目を凝らしてみれば、人の顔に見えてくるのがなんとも怖い。

壁の染みと、目線を合わせてしまい視線を逸らすアイマヒュリー。

「ここ、噂の倉庫だった場所だよね……」

「13番倉庫のこと?」

「うん。幽霊が出る、って言う」

小隊から魔物退治部隊精鋭隊の昇進により、新しい事務所を貰えることになったのは喜ばしい。しかし。怪談噺が憑いて回っている事務所なんて、呪われそうではないか。お先も、明るくならなさそうだ。

「12番倉庫までしかないのに、突如現れた13番倉庫。その倉庫に入った奴は――」

「言うなぁあああ!バカ~!」

パシン!アイマヒュリーが、目にもとまらぬ光の速さでルータスの頬を打つ。

「マジで信じてるの?幽霊より生きてる人間の方が、怖いでしょ」

「中二か!べ、べ、べ、べちゅに、きょ、きょわい、にに、にゃんて、いいいいい、言って、なななないじゃん!」

アイマヒュリーは、雪山に全裸で放り込まれたかのように震え上がった。

「なんて?」

「私が怖いのは、ゾンビとポルターガイストとゴーストとか、ファントムとかだし」

「幽霊じゃん。あんた、怖いのアレでしょ?ユニコーン」

「なんでさ?」

「ビッチだから」

「どつき回すぞ!!」

ローテーブルをひっくり返す、アイマヒュリー。ルータスもルータスで、訓練された兵なので避けることは造作もない。

事務所内に響き渡った、強打音。いつきの事務机の下で、昼寝をしていたコーギーが吠えだした。コッペパンのような色をした、特色のない犬だ。左足の、古傷を除けば。

コーギーは大きく脚を開いて、猛抗議している。

「ごめんね。ポチ太郎……このノッポ野郎が、酷いこと言うから~」

「普通、机は投げないけどね」

「か弱い乙女に、容赦ないよね~」

「か弱い乙女は、普通机を投げないけどね」

「ビーフジャーキーあげるから、機嫌直して」

「机、元に戻せよ!!」

アイマヒュリーは、ポチ太郎の餌付けに夢中ときた。彼女を説得して動かすより、自分で机を戻してしまった方が早い。

ルータスは、机を所定の位置へと戻した。ソファーとの間隔も、良好。

30センチ程テーブルとソファーを離すと、ゆったり脚を伸ばせるのだ。

「ん?なに、この紙」

ホッチキスでばっちりと、留められたA4のコピー用紙たち。用紙一枚あたりの文字数は多い方で、いつきの決して上手いとは言えない絵で図解もあるのだ。

アイマヒュリーは餌付けに飽きたのか、社内通信を読み始めた(普段、ロクに読まない癖に)。表紙には「奇跡の人!魔力非保持者で、魔物退治部隊入隊!ラグシェル テーリッヒさん!」と、ゴシック体の文字が主張している。

「ああ。今期入団者の、オリエンテーションのやつ」

「なんか……見るからに面倒くさそうなこと、企画するよねえ。あの人」

「いいんじゃない?楽しそうだし」

「ま~ね。ところで、色々配役ミスじゃねえ?大丈夫?」

自分に与えられた役割に、辟易するしかない。確かに、オリエンテーションを手伝ってくれ。とは、いつきに言われた。それが、こんな大掛かりな物だとは一言も聞いていない。

「大丈夫でしょ!アイマヒュリーちゃんの、キュートでコケティッシュなコスプレ姿が見られるんだから!世の男は、そりゃもうメロメロに」

「頭、大丈夫?いい病院、紹介するよ」

「マジトーンで、つっこまないで。傷つくから」







時、既に遅し。ロウの背後には、彼と同世代の派手な服装をした少年たちが三人居た。

蛍光色のパーカーを全員着ており、まるで何かのチームみたいだ。

「カラーギャング気取り?だっせぇ……」

チュエンイは、笑顔を引きつらせながらへらへらと笑っている。なんて、器用な男だ。軽薄な声に、プライドを傷つけられたのであろう――パーカー少年の中でも、一番小柄な少年が飛び掛かって来た。

「チュエンイ!」

「脇空きすぎなんだよ、ガキんちょが」

「ひぃ!」

少年の脇に陣取っている、短刀一振り。チュエンイが手首をちょっとでも、動かせば切り裂かれてしまう。反射的に後退する少年であったが、背後はユリウスが押さえている。ユリウスのか細い腕で、少年はがっちりと掴まれてしまった。

「お前ら、何してんだ!助けろよ!」

「うるせーな!パトリックが、先走ったんだろ!自業自得じゃねえか!」

「仲間だろ!助けろよ!」

窮地での、内輪揉めは自殺行為でしかない。きっと彼らには、信頼関係なんてものがないのであろう。

少年たちが酷く混乱しているのもあり、キースはかける言葉を躊躇う。下手に刺激して、怪我を負わせるのもまずい。

「おい。お前ら。地面に両膝つけて、頭の上で手を組め」

いつきが口径が小さいオートマチックを見せつけながら、少年たちの恐怖を煽る。

「分かるな?これは、銃だ。実弾が入っている」

「へ、へへ、煽りやがって!どうせ、ペイント弾とかだ――ひぎぃいいいいい!?」

パンッ!鳴り響く銃声。倉庫の壁に空いた、風穴。少年たちは、状況を理解するのに1秒強かかった。本当に危険な時、当たり前の出来事の方が理解に時間がかかるものだ。

「実弾だ。って、言ったろ?次は、ないからな」

「俺ら、悪くねーよ!ロウが合格通知なくしたのに、世界保安団が再発行しないって言うから!」

「質問いいか」

ピシッと、天に向けて挙手するユリウス。まるで授業中みたいに、背筋は張っている。キースの横で、チュエンイは必死に笑いを堪えていた。

「な、なんですか」

「ロウ君。なくしたのは、いつ頃だ?」

「い、一週間くらい前ですけど」

「異議あり!それは、有り得ない!」

ユリウスは地面と限りなく水平に、腕を広げて人差し指を突き付けた。

「ユリウス君!別の作品なるから、それ!」

「ふむ。なら、論破!」

「それも、アウト!」

「……どういうことだよ?」

パーカーを着た少年の中でも、一際目立つオーラを放っている者が言う。少年たちが、ずっと彼の顔色を窺っていることから彼がリーダーなのであろう。

「士官学校、世界保安団共に通知書は三日前までなら再発行して貰える」

「なっ!」

明らかに狼狽えるロウ。さっと顔色から、血の気が引いているのが分かる。

「一週間前に紛失しているにも関わらず、再発行の手続きをしなかったんだい?」

「し、知らなかったんです!」

「それも、可笑しい。世界保安団から送付された、書類に記してある」

「た、たまたま見落として!」

「合格通知なんて、大事なものをなくしているのに確認をしないのか?」

「そういうことも、あるじゃないですか!」

「インターネット、電話、メールいくらでも再発行の手続きの仕方を調べる方法はあるぞ」

ここまでとなると、同情する余地もない。キースは、ロウに向き直った。

「紛失したのは可哀想だと思うけど、それで仲間誘って強盗なんて最低だよ。君のせいで、何人の合格者が困ってると思うんだい?」

「馬鹿か!」

チュエンイに、激しく肩を揺さぶられるキース。がっくんがっくんと首から上が揺れて、バネがいかれたペコちゃん人形のようだ。

「何が!?」

「合格してないの!こいつ、合格してないの!大事なことなので、二回言いました」

「え、え、ええええええええ!!!!?」

ロウは、目を伏せて小さく首肯した。

「チュエインさんの、言う通りです。俺は、士官学校の試験に落ちました」

「チュエンイな」

「……うち、世界保安団一家なんです。父親は科学部隊で、母親が情報部隊で。小さい頃から、ずっと口を酸っぱくして言われていたんです。『世界保安団に入れ。時代は、魔物退治部隊だ。必ず、入るように』って。けど、俺は致命的な欠点があって」

「魔力非保持者、だな」

いつきに発言に、その場に居る全員がはっとロウを見た。ロウのみならず、少年たちはみんな魔力を宿していないのだ。

「魔力移植……ってのも可能にはなって来たが、まだまだ成功率の低い手術だしな。親御さん、そっちはさせてくれなかったんだろ?」

「はい。その通りです」

「魔物退治部隊は、厳しいのは親御さんは分かってないの?」

「……第四隊のラグシェル テーリッヒ」

ミグウェルが、ぼそりと呟いた。その固有名詞は、今や時の人となっている。

「ああ……そうか。魔力非保持者なのに、魔物退治部隊の人も居る。だから――」

「はい。両親が俺でもいけるんじゃないかって、舞い上がっちゃって」

「うわ~。居る居る。そういう勘違い親」

「また、お前は!」

キースは、チュエンイを睨み付ける。ロウは「いいんです」と、首を横に振った。

「俺が、両親をがっかりさせたくなくて。言えなかった……そして、みんなに相談したら『同じ名前の奴の合格通知書盗めば良い』って話になって」

「なるほどね~。それで、パーカー君たちは、みんなの鞄にある財布を盗もう。って、算段だった訳だね~」

コリンの推理も当たっていたようで、少年たちは頷いた。

「待って。じゃあ、チュエンイが見た、黄色のTシャツに~っていうのは?」

「ああ、そりゃ着替えてやったんでしょ」

「あ、そっか。こんな目立つ格好で、強盗しないか」

「目立つっていうか、ダサい」

「言葉を慎めよ、お前は」.

ミグウェルは、いつきの方を見た。何か指示を仰いでいる、キースにはそう見えた。

「こいつら、どうしますか?やっぱり、打ち首ですか?」

「なんで、そう過激なんだ……子供と言えど、窃盗犯だからなあ。それなりの処罰は、受けて貰わないとな。特殊警察部隊に相談するわ」

「杖刑、ですかね」

「ミグウェル嬢怖いぞ~。笑って、変顔だぞ~。あばばばばばばばばばばどぅーんでゅりーんあばばばばばば」

「隊長、そんなグロい顔よくできますね」

「変顔!」

「中の中の顔で、本当によくやりますね」

「だから、変顔!」

チュエンイは、鬱陶しい程の溜息を吐いた。

「なんか、どっと疲れたんですけど……」

「同感だ」

「あ~。働きたくない~。Hカップの美女のおっぱいにパフパフされて、そのまま眠りたい~」

「仮にも入社式だぞ。そこまで怠惰なのは、如何かと思う。以前から思っていたが、お前は出来る男なのに向上心がなさすぎる。もっとちゃんとやれば」

「あー!あー!あー!うるさーい!俺は、かわいい女の子の声しか、聞こえない耳なの!」

「は~い。私、ユリ子。マカロン大好き。趣味は合コン。次の土日で、彼ぴっぴ候補五人はキープするぞ。好きなタイプは、顔がブラピで財力はアラブの石油王です」

「色々つっこみたいんだけど、とりあえず裏声やめようか」

「きゃるん☆」

「どこぞの少女漫画家の真似、やめよっか」

「仲良いね、二人」









ロウ達を、特殊警察部隊の者へと引き渡した。蒼い制服を眼前にすると、不良少年たちも流石に縮こまるのであった。ロウだけは、こちらに頭を下げたのが何故か鮮明に覚えている。

特殊警察部隊の巡査曰く、過去にも似た事例はあったそうだ。その時の担当者に指示を仰ぐとの事。少なくとも、ロウ達を悪いようにはしない。と、約束をしてくれた。

「ロウ君、真面目なのにね」

「何処が、真面目なんだよ。真面目な奴は、仲間使って窃盗したりしないでしょ」

「親の期待に応えようとして、それで追い詰められたんだろ」

キースの言葉に、眉を顰めたチュエンイ。キースは自分の発言を思い返してみたが、チュエンイが引っかかってここまで絡んで来る理由がいまいち分からなかった。

「まあまあ。良いじゃない。キース君の荷物は、戻って来たんだし~」

コリンがロリポップを舐めつつ、のほほんと言う。ユリウス、ミグウェル、いつきも首肯した。

「キースさ。優しさの使い方と、使う相手を間違えない方が良いよ」

チュエンイに耳元で囁かれ、左肩を掌でぐっと押された。まるで親から諭されているようで、何処かこせつく。

「……うん。分かった」

「約束だから」

今日は、約束を沢山する日だなあ。と、キースはチュエンイに小指を差し出した。

「……あ、うん」

「チュエンイ、こういうの嫌いだっけ?」

「いや、久々で吃驚しただけ」

チュエンイまん丸になった瞳が、徐々に閉じられていく。目の色が左右で違うだけで、こうも引き込まれる物なのか。それとも、チュエンイだからなのか。

「久々って……ああ、お前。約束とか、守る気ないしね」

「やだなあ。守れる保証がない、約束をしないだけですよ」

「真面目か!」

「真面目ですよーだ」









ギン アリベルト魔物退治部隊第一隊隊長は、遠視魔術の発動を止めた。魔力変換器は、沈黙する。

「あの子を取り逃がしたのが、そんなに惜しい?」

鋼のような、重みがある声がゆっくりとギンに語りかけて来た。重苦しさだけではなく、流水のような清涼さもある。

「当たり前だろう……!何故、よりにもよって!」

「規格外の存在だからねえ……どの隊も、必死だったのが面白かったよ。いつきの隊に行ったのも、運命の悪戯じゃないかなあ?」

「どんな運命だ!ああ……嘆かわしい」

ギン アリベルトは、発情期の猫のような金切り声を上げる。

「交差する運命は、複雑だけれど……選択の結果は、得てして単純なものだよ」

「どういう事だ?」

「ははは。君に文学表現は、分からないだろうね。失敬失敬」

「余計なお世話だ……オズウェル、体調は?」

ソファーに寝転んでいる、オズウェル。顔色を改めて見てみると、未だマシな方ではあるが……念には、念をだ。

「大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけさ」

この男が言う「ちょっと」は、他の人間が言う「ちょっと」とは大分認識のズレがある。ギンはそれを知っているからこそ、オズウェルには極力無理をさせたくないのだ。

「入社式だけ、出ても構わんぞ」

「いきなりあの人混みに行ったら、それこそぶっ倒れるよ……」

「ふむ。それもそうか……」

オズウェルに、ブランケットをかけてやるギン。金色の髪が手に当たり、少しくすぐったい。どうしてオズウェル相手だと、女性に触れるような背徳感を覚えるのだろうか。

「リージン君は、ギンとは相性が悪いよ」

「それは、そうだろう。あいつの素行不良は、知っているぞ……」

「いやいや。そっちじゃなくて」

「なんだ?」

「彼も、照れ屋だからさ」

「……は?」

オズウェルは、またクスクスと笑うだけであった。目を細めて、何か遠くを見つめている。

彼の視線の高さには、ギンは何年かけても何十年かけても……届く気がしないのであった。







入社式まで、あと1時間半程となった。

結構カツカツな時間である。

「チュエンイ~。移動系魔術で、運びなさいよ」

「可愛く言ってくれたら、運びますよ」

「ミグウェルちゃん、疲れちゃった!お願い~」

「ハイハイ」

懐より使い古された、魔力変換器を取り出すチュエンイ。今の物は、型が大分違う。恐らくだが、二世代程前の物のように思う。魔核が大分と痛んでおり、亀裂が走っている。魔核の色も黒ずんでおり、魔力が十分あるようには思えない。肝心の魔術式を打つキーボードも、ガタガタである。

「それ、大丈夫なの?動作とか」

「高速移動魔術とかなら、専門の魔術式要るけど。俺が『世界保安団要塞教会まで、行くぞ~』って念じたら、行けるよ」

「俺の箒と一緒か」

「そうそう。あ、でもキース君。風向き変えて欲しいなあ」

「よし!任せて!」

要塞教会は、ここから北東に位置する。南西に向けて吹いている風は、まるで自分たちに試練を与えているようだ。

キースも、懐より魔力変換器を取り出した。テンキーがついた、一世代前の魔力変換器。一人で居る時に、何度も助けられた相棒だ。

キースは、周囲の空気を見る。真夏の昼前だ。暑い空気が、滞りなく流れてくれている。問題ナシ。

この空気たちを北東に向けて、動かせば良いのだ。

「おっ。さっすが~」

向かい風を打ち消し、北東に向けての追い風が生まれる。

チュエンイが生み出した、魔方陣の上に乗るキース。魔方陣は、ゆっくりと上昇する。屋根まで、空までーー飛んで行く。まるで、手放した風船みたいに。

「加速」

チュエンイが言うと、魔方陣の移動速度が上がった。時速にすると、40km程だろうか。キースは、チュエンイの腕に捕まることにした。コリンは、ユリウスに捕まっている。

「ミグウェルは、俺の腕掴んでなよ」

「別に大丈夫よ」

「そう……?」

「手くらいは、貸しなさいよ!」

「どっちだよ!?もー。はい」

キースは左手をミグウェルに、差し伸べる。ミグウェルは、そっと自分の右手をキースへと重ねた。拗ねたように、唇を尖らせた様を見ると子供にしか思えない。

「俺たち、もう毎日は会えなくなるんだよね」

「配属先が違うしな。仕方なかろう」

「寂しくなるね~」

「コリンは、ユリウスと一緒じゃない」

コリンと、ユリウスは魔物退治部隊の第五隊。唯一の女性隊長が率いる隊で、女の園でもある。

ユリウスは、実直さが隊長に気に入られたらしい。隊長からの推薦を貰い、コリンが配属することもあり……入隊を決めたようであった。

「うん~。だから、寂しさは半減されるかな~」

「惚気、ご馳走様~」

「え?な、なにが?」

「凄いわね、あんた……」

この無自覚っぷりは、見ようによればあざとくも見えてしまう。なのに、コリンと来たら嫌味にもならないのだ。ミグウェルは、そう思い知るのであった。

「キース達のとこには、外部から推薦枠で一人来るらしいわね」

「みたいだね。余り知らないんだけど……」

「隊長曰く、女の子らしいよ~。可愛かったら、良いなあ」

「また始まったよ……」

「一度、姿を見たぞ」

「どんな子だった?」

ユリウスが、額に中指を当てた。そのまま、眉間に寄った皺を捏ねる。

「茶髪のおかっぱ……と言うのだろうか?少女だった。歳は恐らく、俺たちと然程変わらんと思う。金色の瞳が、印象的だったな。ハキハキ話す子だ」

「金色の瞳って、珍しいよね」

「……存在しない色、とか言われているからな。カラーコンタクトなだけかもしれんが」

「うわ……苦手なタイプかも」

「チュエンイ女の子好き謳ってる割りに、苦手なタイプも多くない?」

「取捨選択くらい、するわ」

「聞いたら長そうだから、言わなくて良いよ」

「はい」

女の子がどんな子であれ、仲良くやれたら良いなあ。キースは月並みではあるが、そんな風に胸を弾ませるのであった。







要塞教会に、着いた。教会と言うよりは、聳え立つ城と言った方が良いような建物である。

世界保安団兵としての基礎施設は、大体要塞教会内部にあるので中々に覚えるのが大変そうだ。魔物退治部隊でしか使わない部屋は、魔物退治部隊専用棟にあると地図には書いてある。

「迷子になりそうだよね……」

「キース君、本当心配性」

入社式の受付を済ませるべく、長蛇の列に並び始めるキース達。1階ロビーは、見事にごった返していて列が入り乱れている。パーテーションに沿って並んではいるが、横入りに対する罵声や注意が飛び交っているようだ。

しかも列の進みが遅く、間に合うのか不安でしかない。

「なんで、こんなに遅いんだろ?」

「合格通知提示、身分証明で顔の照合……機械でパッとやれないもんかねえ」

「顔のチェックは、確かに時間かかりそうだね」

世界保安団兵たちが、横長のパイプテーブルを運び出している。白い布をパイプテーブルに掛けて、受付のプレートを置く。新たにスタッフが3名増員されたかと思えば、また3名、またまた3名……計30名程増員された。

「あ、進み早くなったね」

「あれ?あそこのテーブル、鈴星隊長じゃない?」

ミグウェルが指差した先には、いつきと、赤毛の青年と、金髪の女性が居た。

「本当だ……隊長、やっぱりいい人だなあ」

「しかも、チェック速くない?!なんだ、アレ!?」

「うむ。テーブルに置いてある、カメラのような機械でチェックしているようだが」

「神対応」

「鈴星神」

それから、待つこと20分足らず。いつき達のテーブルで、キースは受付してもらうことになった。

「よろしくお願いします」

頭を下げて、合格通知書と保険証を提示するキース。いつきは一通り目を通してから、しっかりと頷いた。

「ほい。確かに。あ。言い忘れたんだけどさ。第七隊の話、なくなったから。リージンも」

「はい!??」

まるで、ドレッシングがなくなった。くらいの軽さで言う、いつき。

これは、解雇宣言に当たるのだろうか?内定取消し、と言うことかもしれない。それも、入社式当日で有り得るのか……?

「ちゃんと話すから、団服に着替えたらもう一回ここ来てくれ。それまでには、列捌けてるだろうし。後ろつっかえてんだよ、わりーな」

「は、はあ……大丈夫、なんですよね?」

「大丈夫大丈夫。隊の主旨が変わるだけだからさ。はい、次の方。どうぞー」

「あっと、すみません」

後ろに並んでいた少女と、ぶつかってしまった。思わず頭を下げて、謝るキース。

少女が落とした、合格通知書を拾ってあげた。

茶色のおかっぱ髪に、金色の瞳ーー。

「キャロライン……?」

「キース……?」

思い出すは、遠い日の思い出だ。痛みを伴う、幼き日の記憶。

運命の歯車が軋む音が、聞こえたようなーーそんな気がした。



第一話 End









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Biblio Take 麻田麻実 @mami_asd

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