第2話 楽しいもの


 三丁目の角にある小さな雑貨屋〈かみや〉。

 オーナー店長の神谷かみや昭恵は店の奥の小さな畳部屋に座っていた。

 銀縁メガネにロマンスグレーの髪を後ろでたばねている。髪の色の割に顔は若い。

 小振りのノートパソコンで、大手ネット通販のページを開き検索する。

 検索枠に「希望」と打ち込む。

 メガネの奥の目は険しい。

 画面に表示されるのは本が多い。

「裕美子さん。『希望』がタイトルに入った本とか入れてもしょうがないよね」

 店内の品物を並べ直している裕美子に声をかける。

「やっぱり、ざっくりしすぎですよねぇ。『希望』なんて」

「希望や勇気や根性や欲とかは必要なんだけどねぇ。それ自体を雑貨屋に求められても対応が難しいってもんだよ」


 そのとき客が来た。

 高校生くらいの青年であった。

「いらっしゃい」

 裕美子が対応する。

「あのー。『楽しいもの』が欲しいです」

「楽しいものですか」

「最近、楽しくないんです」

「ほう」

 奥から昭恵がぬっと出てきた。

「一番楽しい時代と言われるような歳の君みたいな子が、なんで?」

 ちょっと青年はびっくりした。

 昭恵は目つきが悪い。普通にしていても睨んでいるように見える。意図してにこやかな表情をつくらないと、相手には「この人機嫌悪いんだ」と思われがちなのだ。

 昭恵は気付いたように営業スマイルを顔に浮かべた。

「こんな小さい雑貨屋に君は何を期待して来たんだね」

 昭恵は道楽でやっている商売ゆえ、客とも対等の態度である。

「さあ。なんとなく店構えに惹かれて……」

 青年は言う。

 この店〈かみや〉は回りは住宅ばかりの角にぽつんとある。薄いピンク色の外壁と、赤い看板。周囲にまったく商売気のある建物がないので目立ってしまう。

「私はこないだいなかったんだがね。『希望』が欲しいっていう客が来たらしいんだよ。それで今日は『楽しいもの』ときた」

「その『希望』の人はどうしたんですか?」

 青年が訊く。

「そこのフクロウの置物を買っていったのよ」

 裕美子が指さす。

「へえ~。これが『希望』。じゃあ『楽しいもの』もあるんじゃないですか?」

「解釈次第だね。何を楽しいと思うか」

 昭恵は油断して目つきが鋭くなっていた。


「これなんかどうだい」

 昭恵は、指先くらいの小さな猫のミニチュアと、それが丁度入る箱の玩具を出してきた。

 箱の横のスイッチを入れた。

 猫がすすすすと箱に近寄り、ぴょいと箱に飛び込む。

「これだけ」

 青年は猫を箱からとりだして、箱のスイッチを押す。

 猫がすすすすと箱に近寄り、ぴょいと箱に飛び込む。

 青年は無言で笑顔になっていた。


「ありがとうございましたー」

 青年は猫と箱の玩具を買って帰っていった。


「あれが『楽しいもの』だったんですかね」

「さあね。何が楽しいかなんて他人にはわからんもんだよ」

「じゃあ、なんであの猫の玩具を出したんですか?」

「根拠のない勘だよ」

 昭恵は裕美子には遠慮なくデフォルトの悪い目つきで睨む。別に不機嫌ではない。

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小さな雑貨屋 鐘辺完 @belphe506

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