小さな雑貨屋
鐘辺完
第1話 希望
ここは小さな雑貨屋〈かみや〉。
「いらっしゃい」
「あの。すいません」
店に入ってきたのは、地味な格好をした中年男性だった。あまりこの店には中年男性のひとり客は来ない。
男のしょぼくれた表情に店員の裕美子は声をかける。
「何かお探しでしょうか?」
「この店に、『希望』ってあるんでしょうか?」
「えっと……」
裕美子は困った。質問の意味は「ここに希望は売っているのか?」ということなのだろうけれど、ひょっとしたらそういう商品名の何かがあったかもしれない。
「どのような『希望』をご希望でしょうか?」
口にしてから、何かおかしなことを言ったと思ったが、出した言葉は戻せない。
「どんな『希望』……」男は上を向いてしばし考えたのち言った。「具体的なことは考えてませんでした」
「うちにお客さんのもとめる『希望』があるかはわかりませんけれど、見て回っているうちにヒントくらい見つかるかもしれませんよ」
「そうですね。じゃあ、見させていただきます」
男は狭い店内をゆっくり歩いて商品を見ていった。
あらゆる雑貨を網羅するにはちょっとしたビルくらいの敷地が必要だ。この小さな店には文房具や玩具、小さなインテリア、食器などが店主のチョイスで少しずつ置かれている。
(もっと大きな店のほうが『希望』が見つかると思うけどな)
裕美子は思う。だが雑貨店でも巨大ネット通販でも、『希望』コーナーがある店なんて見た記憶がない。
「すいません。これください」
男が声をかけてきた。
「はい」
振り向くと、男は手に陶器でできたフクロウの置物を持っていた。
「864円になります」
男の出す千円札を受け取り、釣りを渡す。
フクロウを紙に包み、袋に入れた。
「ありがとう」
男は品物を受け取って、店を出ようとした。
「あの、すいません」
「はい」
男が振り向く。
「失礼ですが……。それが『希望』なんでしょうか?」
「さあ。なんかこのフクロウと目が合ったら、これが『希望』に近いものかなぁと思いました。違うと思うときが来たら、次の『希望』をまた探しに来ます」
男は言うと去って行った。
(うちに『希望』があるんだろうか。あとで店長に『希望』を仕入れられないか聞こう)
三丁目の角にある小さな雑貨屋。
いずれ『希望』は店頭に並ぶのだろうか──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます