第11話 とある魔術の超山椒魚

 「くそーっ! 全員皆殺しだー!」


 ダナシンは拡声器を持ったまま叫んだ.

 鍾乳洞中にワンワンとエコーが響く.

 田中は剣幕に圧倒されて,後ろ向きに転がっていた.


 「ダナシン! 子供たちとマリエルさんを解放しろ! お前の手下は全員倒した!」

 ロキが声も高らかに宣言する.

 例えエコー付きでも,悪漢の言葉などにひるまない勇者であった.


 「おのれ! 音に聞く紅蓮の勇者ロキだな! 爽やかな顔しやがって! お前の様な奴がジョッシーを独り占めにするのだ!」

 私怨なのか八つ当たりなのか分からない.だが,ダナシンの言う通り彼のパーティーの女子は独り占めである.正確には美少年までだが.


 「イブセーハンザキ,ハンザキハンザキ! 出でよ,水の魔神マ・スージ!」

 酔っぱらっている割には見事な滑舌で,ダナシンは呪文を唱えた.


 地底湖の湖面がにわかにブクブクと沸き立つ.

 言っておくが,温泉が湧いたわけではない.

 何か巨大な丸い物が地底湖の湖底深くから上がってくる.

 少年時代ネッシーの特集番組に夢中であった田中には内心燃えるものがあった.


 「フフフ,水の魔神を召喚したぞ! 貴様の魔法属性は炎! 果たして,マ・スージに勝てるかな!?」

 カラカラと高らかに笑うダナシン.

 湖面は丸く盛り上がり,巨大な黒い物体が姿を現した.

 光る二つの眼,丸く大きな頭.こっちの世界の人間から見れば,中型トラック並みのでかさである.

 ぬるりとした長い体.

 暗褐色の体に,黒い迷彩模様の様な斑点があった.

 手足は短く,尾は水中に沈んでいる. 

 魔獣マ・スージは巨大な口を開けた.


 「何て恐ろしい姿! こんな不気味な姿,見たことない!」

 ジルベールが叫ぶ.


 「グフフフ,魔獣マスージはこの地底湖の主! 落ちてきた動物や人間を食い続け,今や頭が大きすぎて洞窟から出られないという悪夢のような怪物だ! しかも,迷い込んできたものは決して外には逃がさないという悪辣さだぞ!」

 

 賢明なる読者諸氏にはもうお分かりであろう.

 この化け物,巨大なオオサンショウウオである.


 「いや,これたまに山の沢の中にいる奴だ.町の人はサラマンダーだって言ってるけど,蛙の仲間だよ.こんなに大きいのは初めて見たなあ」

 リアム,ご名答.サンショウウオは両生類である.英語では何故か火蜥蜴サラマンダーと言うのだから不思議である.

 オオサンショウウオは特別天然記念物.一メートルを超える大きさになることもあるが,マ・スージは規格外の大きさであった.かの食通,北大路魯山人は食べたことがあるらしいが,これだけでかければ美食倶楽部で団体様用の肉がとれることであろう.


 「あんたらしい,不気味なペットね!」

 クルセイデルが顔をしかめながらワンドを構えた.

 「料理にして食ってしまうアルよ!」

 リューリューの食欲,恐るべし.見た目からはとても食べようとは思わない. 山椒魚サンショウウオはその名にふさわしく山椒の臭いがするというが,筆者はそんな臭いがしたと思ったことはない.水臭いだけであった.


 「ふっふっふっ! 可愛さ余って憎さ千倍,やっておしまい!」


 ダナシンの声とともに,サンショウウオはクルセイデルに襲いかかった.馬鹿でかい口を開け,とにかく一飲みにしようとして来る.

 ロキが大剣を持って立ちはだかった.

 鼻づらに鋭い刃を叩きこんだ.

 しかし.

 ぬるり,とロキの剣が体の表面を滑った.

 「何!?」

 「ふっふっふ! マ・スージの体表には,たっぷりと粘液がついているのだ.どんな刃物も通さぬ! 水分をたっぷり含んでいるのだ.火の魔力など効かないぞ!」

 ダナシンは拡声器で解説した.

 

 「ならば,これはどうだ!」

 ロキの体が白熱化した.髪は赤く,鎧は白く輝く.

 超超高熱である.

 魔力の量で押し切ってしまおうという少年漫画の主人公的な力技であった.

 「えやあああああ!」

 ロキは火の位――上段に剣を振り上げ,宙高く舞い上がった.

 裂帛の気合いが鍾乳洞にこだまし,魔獣の頭めがけて剣を振り下ろす.

 だがしかし.

 オオサンショウウオの丸い頭はブニュリと剣の刃先を滑らせ,右の前足に当った.剣が食い込み,体の割に短い前足はたちまち切断された.

 「くっ! 外したか!」

 「でも,勇者様! 効いてますよ!」

 リアムが叫んだ.

 「フフフ,甘いな! 見よ! ハンザキパワーを!」

 ダナシンがワンドを振った.

 ブヨブヨとオオサンショウウオの体は震え,前足の切断面からあっという間に新しい前足が生えていた.

 「どうだ,超再生能力! 半分に切られても再生するという,魔獣パワーだ!」

 ‘半裂き(ハンザキ)’というサンショウウオの別名はそのせい――というか,それくらい強い生命力を持っている意味だという俗説があるが,それは本当ではないという.ここらあたりさすが魔獣と言わざるを得ない.


 まあ,プラナリアでないから当たり前なのだ.なぬ,プラナリアをご存じない?河原の石の裏とかにすんでいる,けったいな動物である.三つに切れば三つに,四つに切れば四つに分裂して成体が再生される.レバーとかで採れるちょっと不気味系動物だ.

 こりゃ失礼,脱線した.


 マ・スージはハンギャー!と,凄い声で絶叫した.怒ったのか痛かったのかは分からない.大体,サンショウウオは鳴いたりしないものである.


 「お,怒ってるアル!」

 リューリューはジャンプして二起脚(二段蹴り)を放った.何分,相手は地底湖の中に半分浸かっている.足場がなければどんな拳法もパワフルな攻撃はできない.ヌルリヌルリ,と弾き返されてしまうのだった.


 「ははは! マ・スージは無敵だ! 水攻撃!」

 オオサンショウウオは地底湖にザンブと顔を沈めた.


 「ぬっ! 何をする気だ!?」

 

 再び顔を出したサンショウウオの頬は大きく膨らんでいた.

 

 ジョロジョロジョロ……


 オオサンショウウオは口から水を放水した.


 「うわ! 吹っ飛ばされる!」

 まあまあの勢いでパーティーメンバに水がぶっかけられた.

 普通の異世界ものなら格好よく口からウォーターカッターが出たりしそうなものだが,そんなことは現実にはありえないのだ.せいぜいが鉄砲魚くらいなものだと筆者は思う.あれだけの高圧水を作るのは大変なものである.ましてや,口がガバッとでかいオオサンショウウオにそんなものを求められても,困るであろう.

 それよりサンショウウオの口に含まれた水は生臭かった.


 「きゃー! もう,服脱ぎたいアル! あ,田中は見たら殺すからネ!」

 現在たった一人でお色気を担当するリューリューが叫んだ.服はびしょびしょ,確かに下着がスケスケである.

 我らが(?)勇者ロキはそんな物に動じる男ではないのであった.

 体をますます白熱化させ,もうもうと蒸気が立ち昇った.まるでサウナのようである.

 「駄目よ! ロキ,あまり力を使っては,あなたの生命力が消耗してしまう!」

 ロリコン読者担当のクルセイデルが叫ぶ.

 

 「そんなもの,悪を倒すためには,気にしていられない!」

 ロキの瞳が燃え上がった.

 ジョシーズ+ジルベールの眼はキラキラと光った.

 

 「くそう,どこまでも格好つけやがって! 山椒魚熱血飛翔粘着粘着攻撃(ハンザキ・バーニング・フライイング・ヌメヌメアタック)!」


 オオサンショウウオは地底湖の上空に飛びあがった.

 イルカのショー並みである.ただ,イルカの様に愛らしくないので客は入るまい.空中で尾びれを振り振り,ロキたちの方に落ちてくる山椒魚.トラックが降ってくるようなものである.

 名前は大層なものだが,要するにフライイング・ボディ・プレスなのだった.


 躱さず,剣を突きだすロキ.カウンターのタイミングで頭を刺し貫くつもりである.

 剣先がオオサンショウウオの下顎に食い込み……そうになって,ヌルリと滑った.さすがはヌメヌメアタックである.そのままサンショウウオはロキに浴びせ倒しを仕掛けた.


 「駄目! 駄目よ!」


 鍾乳洞に,雷光が閃いた.

 バリバリ,と音がしてクルセイデルの杖の先から青い稲妻がほとばしる.


 「轟爆雷撃波ローリングサンダー!」

 

 「何ですと,チンペイさんの歌ですか?」

 ダナシンの後ろでひっくり返り,そのまま酔いが回って寝ていた田中がムクリと起き上った.

 「カラオケの時間ですか?」

 それだけ言い残し,田中は再び寝た.

 一応こう見えても本編の主人公である.


 電気ショックで吹っ飛ばされたオオサンショウウオは,慌てて地底湖に退避した.湖のほとりはまさに死の境界線となっているのだ.このふざけた物語でも一応そういう物だと思って頂きたい.


 クルセイデルはロキの前に出て,オオサンショウウオの前に立ちはだかった.

 

 「クルセイデル,君も無理だ! 雷撃――風系魔法は有効だが,あまりに消耗しすぎる!」

 「かといって,一番有効な土系は苦手だもの!」

 いいの,あなたのためだから,という言葉を飲み込んで雷を放つクルセイデル.乙女である.ロキの言う通り,一撃ごとに疲れが顔に浮かんでいた.


 「おのれー! クルセイデル……さん,何故そんな男をかばう! そんな奴のどこがいいのだ!」

 ダナシンは嫉妬に狂って叫んだ.目尻に微妙に浮かぶ涙.

 「そんなこと,言えるわけないでしょ!」

 クルセイデルは叫んだ.


 隣にロキがいるのだから当たり前である.

 しかし,染まる頬,その後に,好きだから……好きと呟く口の形.

 残酷なことにトイメン,正対して戦っているダナシンにはありありと見えるのだった.


 「うきーっ! 俺のどこが悪いのだ! どこが嫌いだというのだ!」

 「何もかも全てよ!」


 この返事はクッキリハッキリと鍾乳洞に響き渡った.

 ダナシンのガラス細工の心はバラバラ,折れんばかりである.

 はっきり言って魔法よりも言葉の方が聞いているダナシンであった.


 オオサンショウウオは雷を避けるため湖の真ん中に退避し,目をぱちくりと瞬いて主人を見ていた.こう書くとなかなか可愛らしいものである.

 クルセイデルは大技を使ったために疲労して息が荒い.ジルベールが回復呪文を詠唱していたが,回復する傍から雷を放つので二人ともボロボロになりつつあった.

 

 「ダナシン,もう悪事は止めるんだ!」

 魔法使い同士の攻防が一旦止んだので,ロキが叫んだ.


 魔獣をコントロールするにも魔力が要るので,ダナシンの方も頭を押さえている.昔のウルトラシリーズの何とか星人の様に,脳波コントロールなのである.

 だが,正直言って脳波の電流は微弱なのでこんなことができるとはとても思えない.多分それを鍛えるのが魔法の修業なのだろうが,それは民明書房の本でも探してくれたまえ.

 とりあえず,ダナシンの脳がリモコン本体,ワンドがアンテナという理屈であろう.

 しかし,アルコールの影響,単なる飲み過ぎの可能性も否定できないところである.

 

 「俺が変われば,俺を愛してくれるのか?」

 ダナシンが拡声器で叫んだ.

 子供誘拐のことはどこかに飛んでいって,もうすっかりクルセイデルが好きになってくれないと駄々をこねている変質者である.


 嘘でもいいから,愛するって言ったらそれで終わりになるような気もする.

 だが,あくまで自分の気持ちに正直な乙女クルセイデルは叫んだ.


 「絶対イヤ! 死んでもイヤ! 生まれ変わってもイヤ!」 

 「ぎゃああああ! だったら,子供たちは返さないからなーっ! フフフ,バラバラにして,俺好みのツルペタ娘に合成してくれるわ!」

  

 ブチ切れたダナシンは,口から唾を飛ばしながら悪の権化な台詞を吐いた.

 だがその時,熱戦と男女の恋のもつれでムシムシムンムンしてきた鍾乳洞にそぐわない朗らかな声が響いた.


 「ロキさん! 帰ってきました!」

 「手下はもう激弱で,ダンゴ虫くらい簡単だったアル!」

 

 リアムとリューリューの声である.

 ダナシンはその光景に目を丸くした.

 自分が監禁していたハーフリングの女の子たちと,マリエルが湖の対岸にぞろぞろと出てきている.

 マリエルは感動の再開,危険を顧みず助けに来てくれた婚約者と,しっかり腕を組んでラブラブ状態であった.周りでリトルジョシーズがヒューヒューと冷やかしている.

 

 「な,何てこった! お前達,図ったな!」


 いや,当り前であろう.もともとこれがロキ一行の目的である.

 ロキたちが戦っている間,二手に分かれてリューリューとリアムが救出に向かったのだ.

 主な変態,いや,ダナシンの部下はもう片付けてしまっていたので,見張りをしていた雑魚――アホロートル(ウーパールーパー)人であった――は,過激暴力拳法娘があっという間に倒してしまったのである.

 あまりに簡単すぎたので端折はしょってしまったが,別に書くのが面倒くさかったわけではない.

 

 「よし,人質救出も済んだ.帰るか」

 ロキは剣を収めた.

 クルセイデルもほっと肩を撫で下ろす.

 「良かった,良かった,子供たちも皆無事だったアルね」

 「みんな,怪我人はいませんか? 僕のところに来てください」

 美少年ジルベールの所にリトルジョシーズが集まる.リトルとは言え女子は女子,電話番号と住所を聞き出されそうな人気であった.

 「リアム,素敵だったわ!」

 「勇者様たちのおかげだよ」

 マリエルは婚約者の顔をうっとりと見つめた.リアムは謙遜してみせるが,少し得意そうである.

 子供たちの歓声とともに,ロキたち一行はすっかり‘帰るモード’に突入しつつあった.


 「ちょっと待ったーっ!」

 ダナシンが叫んだ.

 「お前達,それでいいのか? ここに悪の首魁,権化,ダナシン様が生きているのだぞ? 倒してやろう,とか血祭りにあげて止めを刺そう,とか思わないのか?」

 「いや……まあ,今回は.罪を憎んで人を憎まずということで……」

 ロキが言いにくそうに答えた.

 「ダナシン,ロキは,そんなに暇じゃないのよ」

 肩をすくめるクルセイデル. 

 「そーそー,地底でサンショウウオと遊んでいる変態男と付き合っている暇はないアルよ.どうせ放ったらかしにしておいても,この地底湖でイジイジと両生類の飼育で一生をジメジメ腐らしていくだけアルね」

 ズケズケと言い放つリューリュー.


 実は,クルセイデルの本心もこれと一緒である.ロキの前で猫をかぶっているだけであった.


 「おのれ! 馬鹿にしおって! 俺様の力を見くびっているということか! かかれ! マ・スージ! 大驚愕食欲攻撃(マッシブ・アメージング・ハングリー・アタック)!」

 

 ダナシンは杖を振った.

 ザブザブと地底湖に波を立て,さらに巨大な口を開け,オオサンショウウオはロキの背中目掛けて突進した.

 しかし,その瞬間ロキの体が白く輝いた.

 周囲の空気に陽炎が揺れる.

 オオサンショウウオとて,火傷はしたくない.ビビったマ・スージは口を閉じ,地底湖にすごすごと戻ったのである.

 野生の本能はこの男に敵わないということを告げているのであった.


 「そういうことだ.二度と悪事はするな,ダナシン」

 颯爽と言い放ち,勇者は歩き去ろうとした.

 後に続く勇者一行とハーフリングたち.すでにその様子は遠足の様である.

 

 「ぢくしょー!」

 鍾乳洞に負け犬の遠吠えが響く.


 「まあまあ,シンちゃん.長い人生,そんなこともあるさ」

 

 地面に突っ伏して泣くダナシンの背中を,優しく叩く男がいた.

 田中である.

 まだネクタイは頭に装着されたままである.ふざけているのか真面目なのか分からない.いや,酔っているのは間違いあるまい.そろそろ帰り道のことを考えた方がよさそうなものだが,そこに考えが至らない酔漢田中である.


 「ああっタナーカ先生! でなく,元はと言えばお前が告白とかさせるからこんなことに!」


 怒ったダナシンは拡声器を放り投げた.

 拡声器は地底湖のサンショウウオ,魔獣マ・スージの頭を直撃した.

 ブヨブヨした体でも痛かったらしい.

 ボエ―という声を出して魔獣は主人に苦情を言ったが,ダナシンは杖を振って黙らせた.


 「くそ……どんなに魔法が上手くなっても,彼女は振り向いてくれない」

 「そんな悲しい恋もありますよ.ですが,人はそういう想いを繰り返して大人になっていくのです.傷つけられた人は,より優しくなれるというもの.そんな貴方を,いつか愛してくれる人が現れるでしょう」

 「うおーん,タナーカ先生!」

 「こんな悲しい思い出の品,忘れてしまいなさい」


 すがりついて泣くダナシンが握りしめていた杖を田中は取り上げると,ボキリと折った. 


 「あ」

 

 ダナシンの眼が点になった.

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