第8話 とある魔術の筋肉兄弟(魁!魔法塾)
廃屋の地下室は,鍾乳洞につながっていた.
最初は煉瓦造りの部屋だったのだが,すでに境目がよく分からない.
食料品の保存などに使用していたのかもしれない.一応人が通れるように煉瓦と石材で組み立てた道がついているが,地下水脈の川が轟々と流れて音を立てている.見上げれば,思いもかけぬ大空間である.時折天井に光る点々が沢山見えることがあった.
「蝙蝠の巣ですね……まさか,こんなところにつながっていたなんて……」
地元民である,案内役のリアムも驚いている.
鍾乳石から時折冷たい水滴が垂れてくる.
脳裏に例のババンババンバンバンバン,ハー,ビバノンノンの曲が流れるため,時々口ずさむ呑気な田中であった.
「これは……アーナンは入れなかっただろうな……」
ロキが辺りを見回す.彼は先ほど軽々と二人の
だが,何故蜥蜴だけ
「はは,そうですなあ」
「駄目よ,ロキ.いくら優しくっても,田中恵一をかばっては.ゴーレムはアーナンだったら一撃だったんだから」
クルセイデルが忠告する.
「どこまで続いているアルか……少し寒くなってきたアルネ」
リューリューは自分の肩を抱いていた.その後にロキに温めてもらいたいとか何とか言いたいところなのだろうが,クルセイデルが牽制のため,刃のような視線を送るのである.
「あっ! あれは?」
ジルベールが前方を指差した.
ぼんやりと明かりがともり,岩の上に映し出される怪しい人影が見える.しかも,二人であった.
シルエットはクルセイデルと同様,とんがり帽子にマント――すなわち,魔法使いの姿である.
「そろそろ次の敵が出てくるところだとは思っていたが……何者だ!?」
ロキが叫び,田中から借りた工事の誘導灯を掲げた.
工事の誘導灯では十分な光量が得られるはずがない.
謎の二人が自ら光の呪文を唱えると,ヒカリゴケのせいなのか――鍾乳洞の中はぼんやりと緑色に明るくなった.ちょっとした広間のような空間になっている.
「ふふふ,俺の名前はパプリカ!」
「俺の名前は,バジル!」
「「二人合わせて,闇魔法兄弟だ」」
二人はハモりながら名乗りを上げた.
「パプリカにバジル……なんて邪悪な響き……!」
毎度のジルベールの反応である.しかし,もちろん田中には西洋野菜にしか聞こえない.
パプリカは赤いマント,バジルは黄緑色のマントを着ている.不敵にも腕組みをしてロキたちを高所から睥睨しているのであった.
厚い胸板に逞しい肩,盛り上がる腕の筋肉.
いささか魔法使いとは思えないような筋肉質の兄弟である.
「ここは俺たちが通さない.ダナシン様の偉大なる理想のため,勇者,お前たちは邪魔なのだ!」
「理想ってなにネ? さっき変態帝国の建設って聞いたアルよ!」
「ふっ! お前のような小娘に何が分かる! ええい,口で語らず,拳で語るがいいわ!」
兄弟は岩の上から飛び降り,一行の行く手を阻むように鍾乳洞の小道に立った.
「
体格から,ロキが洞察する.
そのつぶやきを聞いて,有名な‘叫び’の絵を思い出す田中であった.
「いえ,体から放出される
クルセイデルが杖を構えた.
「行くぞ! 弟よ!」
パプリカが叫ぶ.
「おう! 兄者!」
バジルが応える.
「「はあああああああああ!!」」
またまた二人はハモりながら気合いを入れた.鍾乳洞の中なので,二人の声は盛大にエコーがかかる.少々うるさいと言わざるを得ない.蝙蝠がバサバサと音を立ててどこかに逃げて行った.
パプリカの体が,赤い炎に包まれる.
「あっ! 炎の魔法か!」
リアムが叫んだ.
バジルの足元から,竜巻が起こり始めた.逆巻く風.
「風の魔法だ!」
ジルベールが叫ぶ.
「「おおおおおおおおおおおおお!!」」
闇魔法兄弟はさらに気合いを入れた.
パプリカの服が,帽子が燃え上がる.
バジルの服が,帽子が吹き飛ばされる.
「「きえええええええええ!!」」
パプリカのシャツが,パンツが,燃え上がる.
帽子の下の髪の毛が,熱でアフロになった後,さらに消し炭になって消えた.
バジルのズボンが,パンツが,ビリビリにちぎれて吹き飛んでいった.
バジルの帽子の下は,元々髪がない,つまりハゲであった.今風に言えばスキンヘッドだ.しかし,自分で剃っているわけでなく薄毛の様である.
「「闇魔法兄弟,最強魔法モード!!」」
そこに現れたのは,全裸・禿頭の二人の男であった.
一人は,炎に包まれた全裸の男.
もう一人は,竜巻に包まれた全裸の男.
ビルドアップされた筋肉とがっしりした骨格.
なかなかいい体格ではあるが,そういう問題ではない.
「何ネ,これ! 真っ裸のハゲ,変態二人組アル!」
リューリューが両手で目を覆いながら叫んだ.とはいえ,指の隙間から男の裸を観察している.好奇心旺盛なお年頃である.
「き,汚いもの見せないでよ! ちょっと,あんたたち,隠しなさい!」
クルセイデルが顔を真っ赤にしながら叫んだ.
「さ,寒くないんですか? 前は隠した方がいいですよ……?」
何故かジルベールまで目を隠している.
ロキ,リアム,そして田中は微妙な苦笑を浮かべた.
二人の全裸男は,誇らしげに腕を組んで立っている.
尻も局部も丸出しであった.
「何が変態だ! この美しい肉体美に対して失礼な!」
「そうだ,兄者,あなたは美しい!」
「おう,お前もだ! 弟よ!」
「「この溢れんばかりの魔力,見よ!」
パプリカは鍾乳石を一撃で叩き割った.
「待ちなさい,それのどこが魔法なのよ!」
本家魔法使い,クルセイデルは怒った.確かに,これではただの馬鹿力自慢だ.石を割るのに火の魔法が要るとはとても思えない.
「はははは,小娘,どうだ!」
パプリカは誇らしげに両腰に手を当てた.
もはや立派な変態である.
「全身から魔力を放出し,戦う.この肉体以外,余計なものはいらぬ!」
「我々は悪夢のような修業の結果,この絶大なる魔力を手に入れたのだ! 兄者は燃え盛る炎の中に,来る日も来る日も裸で飛び込む日々.おいたわしや,兄者!」
「言うなぁ,弟よ! お前も裸で谷に飛び込み,風の力を手に入れたではないかぁ!」
「兄者!」
「弟よ!」
二人は全裸のまま,がっちりと抱き合った.
「「俺たちの苦行,修業に理解を示さなかった世間を見返してやるのだ!」」
「……しかし,その魔法を何に使うんだ?」
ロキが大剣を抜いて面倒くさそうに肩に担いで言った.
「知れたことよ! わが兄弟がいれば,戦は敵なし! なあ,兄者?」
「おう,弟よ.……にもかかわらず,仕官を求めて魔法を見せた王族も貴族も,我々を拒否したのだ!」
「そ,その魔法を見せたのかい? 宮殿や王宮の庭で?」
リアムが怪訝な顔で尋ねた.
「当り前であろう! 力があるかと問われれば,それを見せるのが力を持つ者の定め! なのに……奴らめ……」
パプリカは歯噛みした.
「下品などとぬかしおったのだ.汚い尻は見たくないなどと……奴らに何が分かるか!」
バジルが熱い涙を流す.
「あっ! 聞いたことあります! 半年前にカカルドゥア公国の商業ギルド長のお屋敷が,魔法使いに破壊されたっていう事件!」
「ジルベール,良く覚えてるわね,そんなの.……こいつら,私が入る随分前に,魔法院を離れて東方の魔法の修業に出たとかいう兄弟だと思うわ.あっちこっちで騒ぎを起こした噂は聞いたことがある.こんな穴倉でくすぶってたのね.」
「ははあ,魔法院というところは変な人ばかりなのかね?」
田中がなかなか正しいことを言ったが,クルセイデルは睨み付けた.
「ふふふ,お前は噂に聞く魔女クルセイデルか.東洋のヨーガ,易筋行など知るまい? 自分の体を極限まで苛め抜いて,おのれの体に真理を求めるこのやり方,想像もつくまい! 小娘!」
「そうだ,禿げるほどの修業など,貴様に分かる筈ない!」
「そんなの,想像したくもないわ.それより,さっきから言ってるけど,葉っぱででも何でもいいから隠しなさいよ!」
クルセイデルは顔をそむけながら言った.
いや,こんなところでヨーガや易筋行も引き合いに出されたら失礼というものであろう.
魔法兄弟はクルセイデルの言葉に耳を貸すことなく,むしろ手足を大きく広げてポーズをとった.
「ひゃはぁ! ありのままの姿を見せる,ありのままの自分になる,その美しさの分からぬ奴らなど,皆殺しだぁ!」
「おう! 兄者! 俺たちは自由だ! 風よ吹け! 風よ風よ,俺に力を与えてくれ! ダナシン様とともに,裸の王国を作り上げるのだぁ!」
二人とも,少しも寒くないようだ.
鍾乳洞の中は夏でもひんやりしている物なのだが.
全ての人が裸の世界.
裸の王国……オール・ザ・ピープル,全員全裸の世界を.
ヌーディストビーチみたいなものか?
裸のお姉さんが沢山いる国を想像したい田中であったが,目の前のマッチョ全裸男二人の強烈なイメージがそれを阻むのであった.
こんな二人が近所を歩きまわっていたら,とても娘を外出させられない.
「ええい,能書きはここまで,行くぞ! 勇者! ほわたぁ! 飛翔炎熱破!」 長い長い能書きの後,パプリカはロキに飛びかかった.
炎をまとった体で――炎が熱くないほど鍛え上げた体で? 肉弾戦を挑む,それが彼の戦法である.何だか魔法というより,ただのびっくり人間という気もしないでもない.
ロキは大剣でパプリカの右拳を受けた.
なんと,刃で切れない.拳を覆う魔力で,武器の攻撃を無力化しているのである.
「おお! 流石は兄者!」
パプリカはそのまま,じわじわと拳を進めて行った.両刃の大剣の刃が,ロキの顔に迫るその時――
ロキの体が,白く輝いた.
髪の毛が,一気に紅に染まる.
「うわ! あっつ!」
ぼーっと見ていた田中は,ロキの周りの空気がいきなり熱くなったので慌てて飛びのいた.しかし,他のメンバーはあらかじめ分かっていたかのように退避している.
「あ,あれは?」
「超超高熱よ.ロキの体の炎の能力が発動した時,彼の体は白熱化するの.推定数万度.太陽も星も,高温の物は赤ではなくより白に近づくでしょう?」
ロキの顔をうっとりと眺めながらクルセイデルが解説した.
「鎧がよく融けませんね?」
「あれは,ロキ専用の特別品.‘炎竜の鎧’アル! ロキのお師匠様が贈ったものネ.ロキの高熱に負けず,超高熱をまとう特別の剣と鎧アル!」
ロキのことを知っているのはクルセイデルだけではないという猛アピールである.リューリューも解説した.
「あっ! 熱そう!」
ジルベールが叫んだ.
ロキの鎧の腰当て部分が,パプリカの局部近くに当ろうとしている.
そして,当った.
これは熱い.
思わず自分の局部を押さえる田中である.
「あちゃ,あちゃ,あちゃ!」
パプリカの拳,そして局部はジュウ,という音を立てて焼けた.慌てて体をロキから離し,パプリカは地下水脈に飛び込んだ.そのまま激流に流されて流れていく.
「あーれー!」
パプリカの悲鳴が鍾乳洞にこだました.
「兄者―!」
バジルは叫んだが,パプリカの声は川の音にかき消されていった.
「おのれぇ! よくも勇者め!」
怒りに燃えたバジルは,華麗に――と言っても全裸だが,鍾乳洞の空中に飛びあがった.
ヒカリゴケの緑色に照らされる,全裸の筋肉男.誰がどう見ても変態である.
「兄者の仇! 喰らえ! 風神昇竜脚!」
「全く,何で空中に飛びあがるアルか.空中じゃ,方向転換ができないから逆に攻撃してくれって言ってる様なモノネ!」
落下してくる速度に合わせ,リューリューは二起脚――二段蹴りを放った.見事にヒットする.
「おまけに,裸だから急所が全部丸わかりアル! 托塔天王! 朝陽手! 頂心肘!」
打ち上げの掌打,アッパー,ひじ打ち.
連続コンボが次々と当り,バジルは鍾乳洞の壁に吹き飛ばされた.格闘ゲームならこれで終わりのはずだったが,壁に激突する寸前,ふわりと空中でバジルは止まった.
「アイヤー? これ,何アルか? こいつ,変な感触アル!」
一応女の子らしく,リューリューは靴の裏をハンカチで拭きながら驚いた.
何かベタベタしたものが靴についているのだ.
「兄者にも見せたことのない究極奥義! 風を身にまとうことにより,俺は飛ぶことができるのだ.箒や絨毯などのアイテムなしでな! そして!」
バジルはさらに,背中で鍾乳洞の壁にくっついた.
「体から粘液を出すことにより,壁に張り付くことも可能だ」
バジルの汗は,その粘度により接着剤のような働きをするのだ.
これこそ,東洋の闇魔法‘阿論亜留腐亜’である.
ヤモリは物質間力――ファンデルワールス力によって壁に張り付くと言われているが,何とかこれを人間の身で再現できないかと,道士‘阿論’が編み出したと言われている.唾の粘りを増やすことから始め,最終的には体中から分泌される液体全ての粘度を上げることができるという.
この技を成し遂げた者の汗からはムチンとグルコサミン,ヒアルロンサン,一型から五型のコラーゲン分泌が上昇することが科学的に証明されているが,使い方を誤ると尿が出なくなる,尿閉を起こして腎盂腎炎を発症するため注意が必要である.
尚,瞬間接着剤の名前はこの技から名付けられたという説があるが,それは俗説である.
以上,民明書房「東洋闇魔法大全」より抜粋.
「ははは,粘液により体が輝く,天使の様であろう!」
「空飛ぶ,壁に引っ付く変態アル!」
「壁掛け変態! 空飛ぶ変態!」
「天使様に失礼だよ!」
リューリュー,クルセイデル,ジルベールの抗議に耳を貸すはずもなく,バジルは再び空中飛行を開始した.
しかし,飛んでいるときは風を攻撃に使うことができないらしい.風に乗って手足をブンブン振り回すので,ジルベールの帽子は取られてしまった.
「あっ! 僕の帽子!」
「あきらめなさい,ジルベール!」
クルセイデルの言うとおり,帽子は粘液でバジルの手にくっついている.もうあまり使いたくない.
「全員,あそこの岩の下に撤退だ!」
ロキの号令で大きな岩の下に潜り込んで身を潜めた.
岩の上,鍾乳洞の大空間をムササビの様に飛び回るバジル.
断っておくが,全裸である.
「ははは,恐れをなしたか! 勇者め! 出てこい! 俺と勝負しろ!」
放っておいて先に進みたいのだが,いずれにせよ,鬱陶しい.
ロキが剣で叩き落とそうかと考えていると,クルセイデルが言った.
「私に任せて!」
「どうするんだ? クルセイデル? 雷撃か? 意外とすばしっこいぞ?」
「そうね,狙いをつけても当りそうにないし,鍾乳洞を壊してしまったら落盤でこちらが危ない.全く触れたくもないわ,あんなの」
「そうアルね,触りたくないアル.あたし,この服もう袖のところベタベタするから破って捨てたアル!」
リューリューの服はノースリーブになっていた.粘液が服についたので,気持ち悪かったようだ.
クルセイデルは,腰のカバンから一体の人形を取り出した.布で出来た,不細工な人形である.簡単にボタンと毛糸で目と口が作ってあった.背中にあたる部分から長い紐が伸びている.紐の先には長方形の針山のようなクッションがくっついていた.
「おや,チビッ子魔女君? こんな時に人形遊びかね? それにしても不細工な出来ですなあ.うちの娘の方がまだ裁縫が上手い……」
田中の突っ込みには全く答えず,クルセイデルはニヤリと笑った.
ロキの方から見えないが,邪悪な笑みである.
「な,何をする気……」
「……マブヤー,マブヤー,ウーティキミソーリ……ハゴー,ハゴー,ヤッター,ムル,パチミカス,タッピラカス……タックルセ」
クルセイデルは人形を地面に寝かせ,何かを呟き始めた.沖縄弁っぽく聞こえるかもしれないが、魔法の呪文である.
「田中恵一!」
「はいっ!?」
クルセイデルが突然フルネームで呼んだので,田中は思わず元気な返事を返してしまった.
「行け! 田中!」
クルセイデルが叫ぶと,人形は地面から立ち上がった.
岩の下で屈んでいたはずの田中の体は,ばね仕掛けの様に気を付けの姿勢になった.
はずみで岩にヘルメットが当たり,派手な音がする.
「歩け!」
クルセイデルが命じると,人形が歩き始める.
田中も同じように歩き始めた.
「あわわわ,これはどうなってるんですか?」
「髪の毛と名前,名刺を頂いたからね.それは,私たちにとってはこういうことよ」
いつの間にかクルセイデルは,人形から伸びた紐の先についた,針山のような四角いクッションを持っていた.良く見るとクッションには十字と丸のアップリケがつけてある.田中には見覚えがあった.
コントローラーである.
「十字ボタン,A・B,ジャンプ!」
田中は髭の生えたイタリア人の様に走りだし,岩の上をはねた.
鍾乳洞に生えている白いキノコの上を踏むと,体がさらに高くジャンプする.
「あわわわわ!」
跳ねる田中.
「何だ!? 貴様?」
下から田中が跳ねて来るので,慌ててバジルは避けた.
「ど,どうも,田中と,申します」
それでも挨拶しようとする田中.哀しいかな,サラリーマンの習性であった.まさに,哀・戦士.
「ちょっと待て! お前,近づいてくるな!」
「そんなこと,言われても,私の,せいでは,ないので!」
岩を跳ね,キノコの上を跳ね,田中はバジルを追いかけていく.
「意外と難しいわねえ……水に落ちたら,ゲームオーバーだし」
「ちょっと僕にも貸してよ,クルセイデル.こういうの,得意なんだ」
「あ,次は僕に.僕もこういうの得意ですよ!」
さすが男の子,ジルベールとリアムは何か(ゲーム魂)をくすぐられ,コントローラーの順番待ちをしていた.
「こんなに簡単にコントロールされるなんて,単細胞の証明アルネ……」
「いや,これはクルセイデル……ケーイチさんがさすがに可愛そうなんじゃないか?」
「えー!? ロキ,そんなことないわよ! 田中さんと二人で話し合っているときに,協力してくれるって,言ってたんだもん!」
クルセイデルは満面の笑顔で嘘をついた.
「そ,そうか……?」
ロキの顔が引きつる.
上空では徐々に,飛び跳ねる田中がバジルを鍾乳洞の壁へと追いつめていた.
「ま,待て,それ以上近づくな!」
「そ,そんな,こと,言われ,ても,体が,勝手に,飛び,跳ね,ます,んで!」
垂直に何度も何度も飛び跳ねる田中.
そして,次の瞬間.
見事,田中の頭(安全ヘルメット保護済み)はバジルの腹に直撃した.
金貨に変わる筈もないバジル.
しかし,やや予想外のことが起こった.
「あ痛,あだだだだ……首が締まる!」
絶叫する田中.首が引っこ抜かれそうだ.
ヘルメットはそのままバジルの腹にくっついてしまったのだ.
締まる顎ひも.
恐るべきかな,粘着力.
「ぎゃあ! 待て,定員はおひとり様なのだ!」
バジルの方も慌てていた.どんどん高度が下がる.彼の術で支えられるのは,一人分の重量なのだった.
二人は空中でくっつきながら,まっさかさまに落ちて行った.
落ちたところはウォーターハザード,鍾乳洞の水の中だ.
水の中でも田中のヘルメットは強力にバジルの腹に接着されていた.
水中でもがきながら,田中はヘルメットを脱いだ.
「ぎゃー!溺れる!」
腹にヘルメットをつけたバジルが流されていく.
変態,いや,闇の魔法兄弟(弟)の最後であった.
田中は必死で泳ぐ,いや立ち泳ぎでもがいた.
「ケーイチさん!」
田中の腕を力強い手がつかみ,引き上げる.
ロキだった.
ロキの背中をジルベールとリアムが引っ張っている.
リューリューとクルセイデルはどちらがロキの背中を引っ張るかの主導権争いに決着がつかず,救助に参加できなかったようである.
「大丈夫ですか?」
「はあ,はあ,いや,何とか,ゲホゲホ」
田中は大量の水を吐いた.
全然大丈夫ではないのだが,そこは男のプライド,強がって見せる田中である.
「クルセイデル,温かい風を送って,ケーイチさんを乾かしてくれ! 水温が低い! ジルベールも,回復呪文を!」
田中はガタガタと震えていた.
「分かったよ! ロキ! ケーイチさんに神の恩寵を!」
ジルベールはすぐに杖を田中に向けた.杖の周りに薔薇色の光が灯り,温風が吹いてくる.
「あったかい……生き返りますなあ」
「神のご加護を,ケーイチさん」
ジルベールの癒しのほほえみ.
これが美少女だったらと思いながらも,やっと人心地の田中である.
「はーい,私もー」
気乗りしない声で,クルセイデルが魔法の杖を振ると,轟轟とドライヤーのターボに匹敵する熱風が田中を加熱した.
「あちゃちゃちゃ!」
「あら,加減を間違えたわ」
だが,クルセイデルの温風のせいで,田中の髪の毛はパンクファッションのように逆立った.
リアムがくすくす笑っている.
ロキも思わず口を抑えていた.
リューリューは爆笑している.
「な,何ですか?」
その時,怒声が鍾乳洞に轟いた.
「誰だ! 俺の縄張りで,変な臭いを起こす奴は!」
五人が声の方を向くと,そこには第四の敵が立っていたのであった.
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