第7話 魔法科学校の造形師(キター)

 「うえ,おれ,気持ち悪い」

 翌朝目を醒ました田中が見たのは,二日酔いに苦しむ大巨人だった.

 「あー頭が痛い……」

 クルセイデルも頭を抱えている.

 ジルベールは少し顔色が悪かった.

 かろうじて元気なのはロキとリューリュー,リアムと我らが(?)田中である.

 といっても,リアムも顔をしかめていた.


 飲み過ぎの後悔,それは酒飲みの永遠の宿命であろう.

 いや,冒険のパーティーメンバーを皆二日酔いにしてしまっていいのか,田中?

 世界のファンタジーものの歴史の中,前代未聞であろう.


 「大丈夫か? アーナン?」

 ロキは岩山の様な背中をさすったが,アーナンがまともに動けないのは誰にでもわかった.

 「迎え酒はどうでしょう? こちらの世界にもありますか? 二日酔いの苦しみは酒で制するという……?」

 田中はコップにウイスキーを持ってきていた.

 「うう,俺,飲んでみる」


 数分後,アーナンは完全に倒れていた.

 草むらに大の字で,苦しいような楽しいような顔で眠っている.

 いびきの大音響は地の底のモグラをも叩き起こす重低音であった.

 ほとんど音波兵器なのだが,このように倒れると全く役に立たなかった.


 「……仕方がない,行こう」

 ロキはため息交じりに出発を促した.

 彼はすでに戦闘装備に着替えていた.

 白銀の甲冑に,背中に背負った大剣.まさに,ザ・勇者である.

 リューリューは拳頭にスパイクのついた手甲をはめていた.

 クルセイデルは頭を振りながら,水を大量に飲んでいる.

 「おや,ナインの魔女っ娘くん.あまり水を飲むと,おしっこの回数が増えるぞ」

 懸想する男性の前で,あまりにたびたび野に花を摘みに行くのは格好悪いだろう,との田中の一応の思いやりであるが,客観的にはただのセクハラであった.

 田中はというと,例のけったいな装備――誘導灯と拡声器を持ち,頭にヘルメット,背中に風呂敷包み――工事現場侵入泥棒の格好である.はっきり言ってこんなオヤジに何も言われたくないという姿であった.


 「五月蠅い! あんたのせいでしょ! 死になさい!」

 クルセイデルはロキに聞こえないようにつぶやいた.


  ***


 一時間ほど歩くと,そこは件の呪い沼であった.

 呪い沼という割には意外と普通の瓢箪池である.

 少々アオコと水蓮が多いが,陽射しも照っているし周りの柳並木も手入れさえすればそれなりの庭園になりそうであった.

 不気味と言えば,奥の方に苔むした廃墟となった屋敷が見える.

 しかし,昨今の廃墟ツアー好きの若者の目から見れば,「○ピュタは本当にあったんだ」的なリアクションで片付けられるレベルの呑気な場所である.


 「何だ,意外と普通の場所ですなあ」

 普通でない恰好の田中が講評する.


 「ここには,恐ろしい伝説があるのです」

 リアムが低い声で説明した.

 「昔々,ここにはモードレット卿という騎士が住んでおりました.彼には恋する姫,モルガンがいました.彼はモルガンを振り向かせるべく,贅を凝らした屋敷と庭園を用意したのです」

 「おおっ……雰囲気出ますな.それで悲恋の物語になるのですな」

 「まあ……悲恋と言えば……そうですが」

 「違うんですか?」

 「モルガンは結婚の約束をしながら,結婚の二日前に,遥か遠国の騎士と逃げたのです」


 「うわー.駆け落ちですか? ロマンチックだなぁ」

 顔色が悪いジルベールが,愁いを含んだ目で言った.他のメンバーは話の結末を知っているらしく,黙々と歩いている.


 「はい.モードレット卿は,この屋敷での結婚式に,王族から貴族まで,百人の客を招待していました.早馬を走らせて結婚式の中止を伝えたくとも,もはや間に合わず.結婚式の当日……」

 「あ……分かった! 沼に身を投げて自殺したんでしょう? 可哀そうな悲劇のモードレット卿……」

 ジルベールが胸の前で手を合わせ,祈りをささげた.


 「いえ,可哀そうなモードレット卿を囲んで三日三晩残念会をしたそうです」

 「それなら,どこが呪いの沼??」

 思わず田中が突っ込みを入れた.


 「モルガンを呪え!というテーマのどんちゃん騒ぎでした.酒に酔った招待客が沼で泳ぐやら,トイレするやらゲロを吐くやら.結果,沼は悪臭が漂い,モードレット卿は屋敷を手放したそうです.で,呪いの沼になった」

 「ははぁ,それの,どこが恐ろしいのかね?」

 「恐ろしいとは思いませんか? この沼に百人の汚物が……」

 「おお! それは恐ろしい! そうか,水質が悪くなって過栄養になったからこんなにアオコが発生しているのか.あ,良く見ると赤潮もあるじゃないか」

 沼の一部が赤くなっていた.プランクトンの異常発生である.

 「近所の洗濯用水も流れてきますからねぇ……」


 「う……僕,想像したら気持ち悪くなった……これが呪いなの?」

 気持ち悪そうに口を抑え,えずくジルベール.


 「あー頭痛い.もう,下らない話はやめて行きましょうよ!」

 クルセイデルが頭を押さえる.

 「何だったら,クルセイデルは休んでいてもいいアルよ!」

 いつの間にかロキの隣を占拠するリューリューであった.

 「ううっ! 酒飲み娘め……」

 クルセイデルは悔しがった.


 「さて,おしゃべりはほどほどに……行くぞ,みんな」

 ロキは右手を挙げ,崩れかけた屋敷の扉に手をかけた.

 扉は両開き式で,木材は古いが補修した跡がある.

 獅子の口型のドアノッカーを引き,ゆっくりロキは扉を開けた.


 誰もいない.しかし,明らかに最近手が入った跡がある.

 ホコリにまみれているが床には無数の足跡,荷物を移動させた跡が明確に残っていた.

 ロキに続いてリューリュー,リアム,ジルベール,田中,そして二日酔いのクルセイデルの順に屋敷の中に入った.

 対面する壁に設けられた窓から,暖かな光が射し込む.

 硝子ではなく水晶の窓で,色水晶で作ったステンドグラスだった.

 男性がひざまずいて女性に求婚している図柄なので,モードレット卿が婚約者に捧げた物なのかもしれなかった.

 日の光の中を埃がちらちら止まって光っている.

 部屋の雰囲気そのものは荘厳といってよかった.

 おそらく客を招くホールの様な場所だったのだろう.中央に階段があり,二階の回廊に続いていた.


 「む! これは……何だ?」

 ロキは眉をひそめた.

 

 妙なことに,ホールのそこかしこに立像が立っているのだ.

 しかも法則性がなくバラバラで,歩くのを邪魔するような位置だ.普通部屋の装飾のためなら,中央や壁沿いの場所に置いてあるはずである.

 さらに言うと,異様な像だった.彫像ではなく,粘土で作った塑像らしいのだが,女性――少女ばかりである.

 ポーズも服装も変だ.

 芸術としての裸身ヌードならわかるのだが,完全な裸の物がない.どの像もやたら目と胸が大きく,服の丈が短い.中にはビキニ状の役に立たなそうな鎧を着ている少女の像もあった.

 石造りの荘厳な屋敷の雰囲気には全くそぐわない.誰かが明らかに後から持ち込んだ物だろう.床には像が立っている台を引きずった跡がある.


 「芸術作品……にしては,品がないわねえ」

 クルセイデルが呟く.


 「これ,何だかジルベールさんにそっくりですよ?」

 リアムが自分の傍の像を見て言った.

 「え? でも,これ女の子でしょ? 僕,男の子だし……」

 ジルベールが恥ずかしそうに,もじもじしながら言った.

 「うーん,短いスカートを履いているけど,女の子なのかな?」

 リアムとジルベールは首を傾げた.


 「何だかこの像,私の国の魔道士,十三妹シーサンメイに似てるアル」

 リューリューは隣に立っている東洋風の服を着た少女の像を指して言った.

 「でも,絶対こんな裾の短い服履かないアルよ! これじゃ下着丸見えヨ! しかも,こんなに彼女胸大きくないネ」


 「そう言われてみれば……こちらの像はスメラ皇国のコノハナサクヤ皇女にそっくりだな……服が全然違う……うーん,いや,忠実なんだけどこんなに露出してない……というか,王族がこんな,はしたない恰好するはずない」

 ロキが唸る.

 

 「魔法院の聖女カタリナもいるわ.……ビキニの魔法服なんて,絶対着ないけど」

 クルセイデルも杖で像を叩きながら言った.


 田中はというと,なぜかこの像にある雰囲気を感じ取っていた.

 どこかで見たような……

 秋葉原?

 アニメの店?

 賢明なる読者氏にはもうお分かりであろう.はい,そうです.美少女フィギュアだ.ジルベールの像は,男の娘という奴でしょうな.


 その時,ホールに甲高い笑い声が響いた.

 「ヒャハハハハハハハ! 僕の芸術作品に,目を奪われている様じゃないか!」

 回廊を歩き,男が階段を降りて来る.

 男は緑色のマントを羽織り,痩せぎす――というより,ヒョロヒョロだった.

 髪は長髪で,肩まで垂れているのだが清潔感がない.また,長髪の騎士のような凛々しさもなかった.


 「貴様! ダナシンの手の者だな!? 子供たちを返せ!」

 ロキが叫んだ.


 「腐フフ,君が噂に聞いた勇者,ロキか.爽やかだねぇ.その爽やかさが憎い……ククク,お前程度,ダナシン様が相手にするはずがないだろう.この僕,ダナシン様の一番弟子,ズッキーニが相手をしてやろう!」

 ズッキーニはバタバタとマントを翻した.


 「ズッキーニ! 何て恐ろしげな響きだ……」

 リアムが呟き,ジルベールが頷く.

 田中にはイタリア料理に入っている西洋野菜にしか聞こえなかった.以前,レストランでキュウリと間違えたら,若いOLに死ぬほど笑われたのである.


 「腐フフ,問答無用!」

 問答をしてきたのはお前じゃないか,との突込みはおいておいて,ズッキーニは魔法使いのワンドを振った.例の指揮棒みたいなやつだ.

 

 バン,という大きな音がして,階段の左右の壁にあった扉が開いた.

 ぞろぞろと何者かが出てくる.

 それは土色で,腹が大きく,さらに身長も二メートル近くあった.目はくぼみ,鼻は出っ張りとして一応ある.先ほどのフィギュア――いや,少女たちの立像と比べると,えらく雑な作りであった.


 「腐フフ,ゴーレムたち,奴らを押し潰せ!」


 ゴーレムは一斉に右向け右,左向け左をすると,ヨチヨチとロキたちの方に向かって歩いてきた.両手を前に突き出している.なかなかの威圧感である.

 どこからともなくドスコイ,とか,ゴッチャンデス,とか聞こえてきそうだが,マワシはつけていないのでご注意を.


 「うわ! 土色のデブ人形がこっちにやって来る!」

 驚く田中をしり目に,ロキは剣を抜き放った.

 リューリューは腰を落とし,クルセイデルは杖を構えた.


 「フン!」

 ロキは一刀のもとに土人形を切り倒した.

 ちょうど中心に核があったらしく,土くれに帰る土人形.


 「! 崩撼突撃,熊猫拳,鉄山靠!」

 ズシン,と震脚,地面を踏みしめる音がする.リューリューは巨大土人形を背中の体当たりで吹き飛ばしていた.


 リューリューが使うこの拳法,熊猫拳という.

 基本技を小熊猫という套路(型)で練り,大熊猫,六大笹拳,八大熊笹という套路で実戦用法を学ぶ.併せて学ぶのは六合大竿.

 かつて,革命を逃れて辺境に逃れた拳法の達人を父に持つ,詠七娘という女性が川のほとりで洗濯しようとしていたところ,大熊猫パンダが乳バンドに,小熊猫レッサーパンダが下ばきに悪戯しようとしたため,手に持っていた物干し竿でこれを撃退しようとした.

 しかし,大熊猫は巧みにこれを避けたという.これに感ずるところあり,小熊猫の軽妙な手法と大熊猫の重厚な歩法を組み合わせ,生まれたのが熊猫拳であった.

 かつてはその手の形から六本指拳と呼ばれていたが,旅の僧がリューリューの祖先‘コショー’に熊猫秘訣という巻物一巻を渡し,これを熊猫拳と広く呼ばれるようになったという.

 以上,民明書房「熊猫拳の系譜」より抜粋.


 「真実の文字,エメスをいちいち書き換えてる暇はないわね!」

 クルセイデルが魔法の杖を振ると,先端から青い稲妻が飛び出し,ゴーレムの頭を吹き飛ばした.もともと,ゴーレムは額にかかれたヘブライ文字に魔力が込められており,エメス(真実)をメス(死)に書き換えると機能停止するのだそうだ.

 リアムも果敢に羊飼いの杖で土人形を殴っている.

 ジルベールは回復呪文の準備をするため,聖職者の杖を持って体に力を溜めている.うっすら杖が光り始めた.


 「あの,ジルベールさん,何をしているんですか?」

 「あっ! ケーイチさん! 話しかけるから,集中力が途切れちゃったじゃないですか!」

 ジルベールの目が涙に潤む.杖の光は切れかけの電球のように消えてしまった.


 「すみません」

 田中はどうしたら良いのか分からないので,とりあえず柱の陰に隠れて見守ることにした.


 しかし,多勢に無勢である.ゴーレムは後から後から湧いてくるように出現する.しかも,コアを吹き飛ばさなければ,体の一部が再生してしまうように作られていた.


 「ほれほれほれ,腐フフフ! 苦しめ苦しめ,後がないぞ!」

 ズッキーニの陰湿な笑い声が響く.

 しかし,実際にロキたちはじりじりと壁際に押され始めた.田中の隠れている柱に,ロキの背中が次第に迫る.


 「腐フフ,ゴーレムども,押しつぶしてしまえ!」

 三十人ほどのデブ土人形は,ついにロキたちを壁に押し付けていた.まるで押しくら饅頭である.


 「ぐぐ,苦しい!」

 リアムがもがく.

 「みんな,負けるな!」

 ロキが全員を励ます.


 「ははは,つぶれてしまえ,つぶれてしまえ!」

 ズッキーニは高笑いした.

 壁際で土の山――ゴーレム集団に埋まる,パーティーメンバー.しかし,展開は微妙に彼の予想する方向と違っていた.


 「きゃあ! ロキ! 助けて! すりすり!」

 クルセイデルの甘え声が聞こえる.クルセイデルはロキにぴったりと密着しているのだった.どさくさに紛れてというか,何というか.これが偶然であろうか,いやない(反語).


 「あん,ロキのエッチ! そんなところ,そんなところ触っちゃダメあるよ!」

 リューリューまで顔を赤らめ,甘え声を出している.

 「でも,ロキなら仕方がないアル! あ!ケーイチなら殺すヨ!」


 「あっ! ロキ! ごめん! 僕まで! あ! でも,僕は,このままずっと一緒でも!」

 ジルベールの声まで潤んでいる.


 「あ! ごめん! いや,すまない! あ,みんな!」

 律儀に謝る真面目なロキであった.

 これではただの立体ツイスターゲームである.ロキラブの三人は,念願通り(?),ゴーレムたちに押され,ロキに密着しまくっているのだ.


 「おのれぇ! 勇者め! そうやって爽やか系男子は,俺たちの大事なものを奪っていくんだ……!」

 地団太踏むズッキーニ.

 いや,元はといえばお前たちが子供を誘拐したんだろうに.

 あと,今の状態もお前の魔法だろう.


 さて,田中の立ち位置はロキの真後ろ.女子たちには触れることもできず,固い鎧がグリグリと田中の突き出た下腹を圧迫する.


 「く……苦しい……熱い……」

 遠のく意識.

 人が密集したこの圧力.

 女子に触れそうで触れたらえらいことになるこの感覚……


 その時,ついに眠れるオッサン,加齢臭の王が発動したのだった.

 田中の眼鏡が怪しく光る!

 まさに初号機発動(暴走?)というところであろう.

 田中は両手を天高く差し上げた――というか,バンザイである.


 するりするりするり……

 デブ人形の間を,まるで泳ぐように,ウナギの様に滑りぬけていく田中五十歳.


 「よっこらせ,ああ,今日は座れた」

 気付くと田中は美少女フィギュアの台座に腰かけて,一服していた.


 「あああああ! お前,いつの間に!」

 田中を発見したズッキーニは驚愕した.

 この男,何の気配もない!

 「お前,気配が消せるのか? 一体,どうやってあの必殺の密集陣形を抜け出した?」


 「いやぁ,だてに満員電車通勤,二十六年してませんよ.ははは」

 「なっ! マンインデンシャ!? 一体それは,何の特殊スキルだ!?」

 ちなみに,気配がなかったのはただ存在感がなかっただけである.


 「く,くそ!」

 ズッキーニは杖を振り上げ,土人形の一体に命令した.さすがの田中も座席を――いや,台座から立ち上がり,逃げようとした……が.

 ボキリ.

 頭の方から微妙な音がした.

 見ると,地面に折れた腕が落ちている.デブ人形ではなく,精巧に作られた姫のフィギュアであった.田中の安全第一ヘルメットの強度は,魔法で作られたフィギュアを一撃で粉砕したのである.


 「ぎゃあああああああ!」

 ズッキーニは一旦白目を剥いて卒倒したが,何とか立ち上がる.


 「俺の,俺のサクヤ姫が……」

 「ああ,こりゃ,すいませんね」

 田中は腕を拾い上げ,無理やりつけようとしたが無駄だった.というか,台座に足を引っ掛けて像を完全にひっくり返してしまった.

 粉砕する姫.

 

 「おのれ貴様! ゴーレム,奴を殺せ!」 

 デブ土人形は巨大な手を振り回し,田中を追い回し始めた.

 田中はあわてて逃げ回る.


 ゴーレムの右手が田中の頭を襲う.

 が,憎々しいかな,安全第一ヘルメットの丸さ.

 つるりと滑って,今度は後ろのビキニの聖女(?)魔法少女の像を叩き壊した.

 

 「ぎゃあ! カタリナちゃんが! お前! 逃げるな!」


 そんなこと言っても無理である.

 元々歩けば邪魔になるような位置にフィギュアが置いてあるのだ.

 逃げる田中を追い回し,ゴーレムの腹が,肩が,尻が次々とフィギュアを粉砕していく.


 「ああ! カカルドゥアのシェヘラザードちゃん!」

 「ひいい! 萌えエルフのエクレーシアちゃん!」


 かくしてズッキーニ会心のフィギュア群は全て粉々になった.

 精神的なダメージが襲い,ズッキーニは胸を押さえて倒れた.

 手から杖が転がり落ち,操られていたゴーレムはぼんやりと立ちすくんだ.

 ようやく追い回されず,ほっとしているのは田中である.

 こんなに普段走り回ることはないので,すっかり息が上がっていた.


 「はあはあ,ぜいぜい,水飲みたい……」


 「田中恵一!」

 クルセイデルが叫んだ.

 「そいつの杖を奪いなさい! 奪って,折って!」


 奪うも何も,倒れたズッキーニのそばに黒い杖が転がっている.

 田中は首を傾げながら拾い上げ,膝に当ててボキっと折った.

 ゴーレムたちは全て土くれに戻り,バラバラになっていった.


 ロキたちは土の山を避けながら出てきたが,何やらリューリューとジルベールは少し残念そうである.


 「ありがとう,ケーイチ」

 ロキが爽やかに感謝する.

 少し胸を張る田中であった.


 「で,こいつ,どうするアルか?」

 リューリューがズッキーニを小突いた.


 「杖がないから,何もできないでしょう.魔法使いの端くれ,悪に加担した限りは責任を取らさないと.西のグスコーブドリ火山の火口に放り込んでやろうかしら」

 クルセイデルが可愛い顔で残酷なことを言うのだった.


 「そんな,可哀そうだよ.何か理由があるのかもしれないよ.ねえ,君? どうして,魔法をこんな悪いことに使ったんですか?」

 癒しの天使,ジルベールが尋ねる.


 ズッキーニもさすがに癒されたのか,口を開いた.

 「俺は,色々な国の美しい少女を,ただ美しい像に,自分の物にしたかったんだ.そのために屋敷や王宮に,雨の日も風の日も通いつめた.さらに,それだけでは飽き足らず,より忠実に作るために,公の儀式は必ずチェックして徹夜で最前列に並び,大量に資料を集め,ゴミあさりをし,スケッチを描いていたら,追放されたんだ」


 世間ではそれを,ストーカーという.


 「様々な国で同じことを繰り返しては追放され,放浪の日々……ようやく俺の姫たちに囲まれる幸せな日々を,ダナシン様が約束してくれたのだぁ……」

 泣きじゃくるズッキーニ.

 「やがて,ダナシン様と力を合わせ,この世に理想郷を建国するはずだったのに……」


 「何アルか? お前ら,もしかして変態帝国でも作る気ネ?」

 「まあ,二十字以内で要約すればそういうことですなあ」


 「あっ!この部屋に子供がつかまってるよ! でも,男の子ばっかりだ!」

 ジルベールは,ゴーレムが出てきた部屋の一つを覗き込んで叫んだ.

 リアムが飛んでいく.子供たちは檻に入れられていたので,南京錠を石で叩き壊してみんな外に出した.だが,彼の婚約者と女の子たちはここにはいなかった.


 「マリエルと女の子たちをどこにやった!」

 リアムは羊飼いの杖でズッキーニの頭を小突いた.

 「腐フフ,女はみんなダナシン様のところにいるのだ!」

 「どうしよう? とりあえず魔法のイバラで縛っておきましょうか?」

 相談より何より,クルセイデルはすでにイバラを出現させてズッキーニを亀甲縛りにしているのだった.

 何だか鼻息が怪しくなるズッキーニである.

 

 「ううっ! ロリッ娘魔女に縛られるとは……ムフフ!」

 「どうする? ロキ? こいつ,殺した方がいいかしら?」

 「うーん,確かに問題はあるけど,この程度の闇魔法じゃなあ……もう,ここには二度と来ないと誓えるか?」

 ロキは大剣を抜いてズッキーニの頸動脈にピタリと当てた.

 一ひねりであの世に行ける場所である.

 「ひー! 命だけはお助けを!」

 「だけど,こういう趣味はずっと繰り返すんじゃないかしら?」

 「死刑でいいヨロシ.変態は死ぬまで治らないネ」


 物騒だなあ,と思いながら田中はポケットのハンカチを取り出した.

 はずみで一緒に入れていた財布が転がり出る.

 田中の小遣いは一日五百円なので,中にはポイントカードと交通系プリペイドカードくらいしか入っていないのだが,中からバラバラとカードが飛び出した.

 「ありゃりゃ」

 田中は拾い上げた.

 「おや?」


 その時,ズッキーニの目が一枚のカードに釘づけになっていることに気付いた.

 レンタルDVDショップの会員証である.

 キャンペーンで,アニメか何かの女の子のキャラクターが描いてあるものだ.五十代の田中が持つデザインとしてはきわめて恥ずかしいのだが,キャンペーンとか期間限定という言葉に弱いので,うっかりこの図柄のカードを選んでしまったのであった.

 緑色のツインテールの髪の少女がにっこり笑っている.

 

 「そ……それは?」

 「ああ,これは会員証で……」

 「違う,その絵は何なのだ? 異世界の女神か?」

 「あー,良く知らないが歌って踊る女の子の……」


 「おおおお! 今,俺は悟った! 求道者として,悟りを得たぞ!」

 イバラのツルに縛られたオタク魔道士は叫んだ.

 「そうか……三次元でいくら理想を求めても仕方がない……空しいばかりだ! 真の理想とは,二次元にあったか! 二次元,それこそ神の領域!」

 後光が差して見えるズッキーニ.

 そこにいる全員がドン引きである.

 「な……何を言ってるアルか.ただの変態宣言ネ」

 「絵の世界が好きってことかな?」

 「馬鹿じゃない?」

 「言っている意味がよく分からないな……」


 「おお,俺は今,猛烈に創作意欲が湧いている.さらば,三次元! こんにちは二次元!」

 「何だかよく分かりませんが,このカードあげますよ.私が持っていても恥ずかしいのでね」

 田中は光の彼方を見つめ,目をキラキラさせているズッキーニの足元にカードを置いた.

 「おお! ありがとう! 異世界の使者! 神の使者! あ,ちなみにダナシン様は地下につながるその右の扉の奥,ダンジョンの最深部にいるッスよ!」

 手足を縛られてうまく挨拶のできないズッキーニは,そのまま倒れ込んで五体投地,田中に身も心も捧げる仕草をした.


 「行きましょう,こんな奴ほっといて!」

 「そうだな,早く子供たちのところに行こう!」


 五体投地するズッキーニをそのまま床に放置し,ロキ一行と田中はダンジョンへの扉を開けた.

 湿った冷たい風が,地下から吹き上げてくる.

 「不気味だな……」

 「この奥にマリエルたちが囚われているなんて……」

 リアムの顔が引き締まる.


 「私が魔法で光をつけましょう……」

 クルセイデルが呪文を呟こうとした瞬間,パチンと赤い明かりがついた.

 「はい,みなさん,足元気を付けてくださいね~」

 田中の工事誘導灯であった.


 「おお,何か便利な道具ですね,ケーイチさん」

 「ははは,お役にたてて光栄ですな」

 不気味なダンジョンが,これではただのトンネル工事現場である.

 「うーむ,魔法よりも発動時間が早いし,明度も高い.侮れないわね,異世界の技術……」

 クルセイデルもこれには感心せざるを得ないのであった.

 だが,何の武器にもならないぞ,騙されるなクルセイデル!


 何はともあれ,こうして調子に乗る田中と一緒に,ロキ一行は地下へ向かっていた.


 ちなみにズッキーニはその後都に移り住み,二次元美少女の巨匠として大成したという.だがそれは別の話.別のところで語ることにしよう(エンデ).

 めでたしめでたし,って,全然話が終わってないのだった.

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