第6話 勇者のいるパーティーは、なぜハーレムになってしまうのだろうか
クルセイデルに引きずり回され、再びホルビタ村に連れて来られた田中。
次元のトンネルを抜けると、そこには巨大な何かがそびえ立っていた。
田中の顔面が思いきりその巨大な何かにぶつかる。
「ぐぬっ!」
反動でひっくり返る田中を追いかけ、何か天空からこれまた巨大な腕状の物が降りて来た。
それは田中をわしづかみにすると、宙に釣り上げた。まさに、起重機である。
「うわあああ!」
起重機は宙でジタバタとみっともなくもがく田中を、そっと地面に下ろした。
「あ、ありがとうございます……」
田中はお礼を言うべく、その起重機に声をかけようとした。
見上げる。
巨大な二本の柱。いや、脚がそびえ立っている。
脚の付け根を追って視線を上にあげると、長財布並みの大きさのあるベルトのバックルが見えた。
さらに顔を上にあげる。
茶色いシャツと、ベスト――田中世代で言えばチョッキ――が見えた。
そして、さらにその上に、ようやく岩の様にごつごつとした顔が見えたのだった。
体の割に目は小さく、優しげである。
「おお……これは……人間山脈?」
「何それ? 彼は巨人のアーナンよ」
巨人の膝までほどしか身長がないクルセイデルが、両腰に手を当てて説明した。
巨人と言っても超大型とかではない。進撃するようなのは二足歩行できるか微妙なでかさである。
アーナンは身長二メートル三十センチほど、巨人プロレスラーより少し大きめなサイズであった。
腹も胸も業務用冷蔵庫並みの分厚さがある。
「大巨人! 一人民族の大移動、おお、エル・ヒガンテ!?」
「何を馬鹿な事を言っているのよ。アーナン、来てくれたのね!」
アーナンはひざまずいた。
「クリュー、元気か?」
声が馬鹿でかい。ライブのスピーカーの傍に立っているようで、耳が割れそうだ。
「アーナン、もう少し声を小さくして。この人は異世界から来たニンゲン族、田中恵一よ」
「あっ、申し遅れました。私、こういうものでございます」
田中は律儀に名刺を差し出すのであった。
しかし、アーナンから見れば名刺は切手並みの大きさである。
「ケーイチ? ガハハハハハハ!」
アーナンは爆笑した。名刺が吹き飛ばされ、田中の顔に盛大に唾が飛んでくる。毎度、田中の名前を聞いた者の反応であった。
「やあ、クルセイデル、お帰り。 準備はできたかい?」
ロキがやって来た。
隣には旅支度のリアムがいる。
「おお!勇者様だ!」
「リアム、頑張ってくれ!」
二人の登場に、ざわめく声。
アーナンに気を取られ、全く周りを見ていなかった田中は、改めて辺りを見回し、腰を抜かした。
戻ってきた場所は、ホルビタ村の中央広場。田中、いやロキ一行を送り出すために村中のハーフリングたちが集まって、自分たちを注視していたのだ。
多くは自分の子供や孫を連れ去られた者だろう。
期待と不安の入り混じった顔でじっと見ている。
中には手を合わせて拝んでいる老人もいた。
若干悦に入る田中。
「あら、みんな揃ったのね」
「クルセイデル、久しぶりアルよ」
巨人の脚に隠れて見えなかったが、他にも二人ほど初めて会う人物がいることに気付いた。
一人は、赤い中国風の服を着た両把頭(りゃんぱとう)――お団子頭だ――の娘である。脇のスリットが腰の上まであり、スリムな体型がよく分かるが、読者の期待を裏切ってズボンを穿いていた。いわゆる、ベトナムの民族衣装アオザイに近い。ズボンとスリットの終わり付近が風に揺らされると、たまにちらりとお腹が見えるところが読者サービスと思って頂きたい。さすがにミニスカで戦うのは無理があるというものだ。
「クルセイデル、このしみったれたオヤジは誰アルか?」
「異世界のヒト族、田中恵一よ」
少々癪に障りながらも、ここで怒るのは大人げないというもの。我慢の人、田中は名刺を差し出して挨拶した。
「何? 自分を殺してくれの挨拶アルか? あたし、コウ・リューリューよ。武術家ね。宜しくするヨロシ」
むむ、どうやら少々外国訛りがある。アーモンド形の猫の様な大きな目に、紫がかった黒髪。なかなかの美少女である。なじみ深い東洋系の人種のように見えるので、この世界では辺境の住人なのかもしれない。少々の不作法は許してやろう。
大人の余裕を見せようとする田中であった。
「それにしても、ケーイチって爆笑アルネ!」
「な!? 失礼な! 何でみんないつもその反応……」
「だって、ケーイチ、ケーイチ……」
リューリューはゲラゲラと笑い続けていた。
「どういう意味なんですか、いったい?」
「おしっこしたいって意味アルよ!」
腹を抱えて笑い続けるリューリュー。
「うぬう!」
「リューリュー! 失礼だよ! 初めまして、ケーイチさん」
横から現れたもう一人の人物は、礼儀正しく田中に挨拶すると同時にリューリューをたしなめた。
金色の巻き毛。
潤んだ瞳。
透き通るような白い肌。
田中はこの世界に来て初めて、ウィンディエル以外に見とれたのだった。
絶世の……美少……年だった。
登場するだけで周りに花が咲き乱れ、小鳥の合唱が始まり、小川のせせらぎが流れる、といった有様である。
僧服に身を包んだその美少年は、花弁の様な唇を開き、鈴の音の様な声を発するのであった。
「うるさいアルよ、ジルベール! 本当のこと言って何が悪いか! 哈! 双風貫耳!」
リューリューはジルベールのこめかみに両の拳を当てて捻った。
「ああっ! 乱暴しないで!」
潤んだ瞳に涙を浮かばせるジルベール。
「こら、お前たち、いい加減にしろ! だが、二人とも来てくれて本当にありがとう!」
ロキが注意すると、二人はすぐに姿勢を正した。
「ロキ……僕は、ロキの頼みなら何をおいても駆けつけるよ」
両手を握り合わせて胸に押し当てるジルベール。さながら恋する美少女である。田中の娘彩音(腐女子)が見れば、鼻血を出して狂喜乱舞するであろう。
「ふん、来てやったんだから、感謝するネ!」
リューリューは頬を赤く染めながら、ツンとそっぽを向いた。
「いや、伝説の方々にこうしてお目にかかれるとは……頼もしい限りです。」
サモンド村長は村人を代表して頭を下げた。
「紅蓮の勇者ロキ。天才魔女、クルセイデル。優しき山脈アーナン、竜拳虎足リューリュー、そして、癒しの天使ジルベール!」
当然異世界サラリーマン田中は勘定に入っていないのである。
「どうか、子供たちを、村をお救い下さい。皆様にご武運の有らんことを。リアム、しっかりな」
村長と大人たち――ハーフリング一族は一斉に頭を下げた。
***
こうして村人たちに送り出され、田中たち、いやロキのパーティーは村を後にした。
目的の呪い沼はホルビタ村から歩いて一日の距離である。
野営を一回はさんで翌朝に目的の魔法使いとの対決を開始する予定であった。
ビュッと魔法を使って転移してしまえという意見もあるのだが、それでは盛り上がらない、いや、失礼、魔法の反応を敵ダナシンに感知されてはいけないからということにしておこう。
そういや、RPGってどうしてみんなてくてく歩くのかね。
リアムは羊飼いの杖を突きながら、道を案内する。
続いてアーナン、ロキ、クルセイデル、リューリュー、ジルベール、田中……という言い方は正確でなかった。ロキからジルベールまでは四人が横並びである。アーナンの体の幅があるとはいえ、こんなのが道を歩いていたら迷惑極まりない。
クルセイデルは小柄な魔女なので、箒に乗って飛びでもすればよさそうなものだが、しっかりとロキの腕をつかんでいる。
リューリューは全くそれを気にしてない素振りだが、ちらちらと横目でそれを観察している。顔が少し赤い。クルセイデルがロキとくっついているのが、気に入らないようだ。
「クルセイデル、そんなにくっついたらロキが歩くのに邪魔だよ!」
意外や意外、それにクレームをつけたのはジルベールであった。ジルベールは本気で怒っているようだ。
「私はこれがいいんだもの。ねー、ロキ、いいでしょ?」
「いや、クルセイデル、荒れ道だからしっかり歩かないと……」
「もー、仕方がないなっ!」
クルセイデルは可愛らしくふくれっ面になってプイッと横を向いた。
ふむ、またカワイコブリッコですな!
光る田中アイ。
察知したクルセイデルが田中を睨み付ける。
意味はこうである。‘オヤジ、黙ってろよ、殺すぞ’
「ありがとう、ジルベール。僧院のお勤めがあっただろうに、抜けてくるのは大変だっただろう」
装備を背負ったロキは手を伸ばし、丸い僧帽を被ったジルベールの頭を撫でた。
「ロキの行いは、必ず白い女神様の御心に沿った行いだから、一生懸命院長様にお願いしたんだ」
嬉しそうに顔を赤らめるジルベール。
「ロキの行くところなら、どんなところでも……地獄の中だって」
最後の方は口ごもっている。
院長もおそらくジルベールに惚れているので言いなりなのではなかろうか。恐ろしきかな薔薇族ワールド。
「ふん、アタシだって大変だったけど来てやったネ。感謝イッパイして欲しいヨ!」
リューリューが文句を言いながら、肩でロキを小突いた。
「そうだね、どうもありがとう、リューリュー」
ロキが肩を抱いてリューリューに感謝すると、リューリューの顔は真っ赤になった。もちろん、ロキからすれば友愛のしるしのつもりである。
「そんなので、誤魔化されないネ! ほんとに、ロキは勝手な奴なんだからネ!」
後ろでこんなことをしている四人をよそに、大巨人……いや、アーナンは黙々と歩みを進めていくのだった。
この時、最後尾を歩き、ねっとりと観察していた田中は気付いた。
なんという恐ろしいパーティーだろう。
パーティーというとバブルの時期のディスコでフィーバーを思い出してしまう 田中であるが、これは何だ?
ネルトン?
ラブワゴン?
この三人は全員ロキの奴に惚れているのでは?
ハーレム?
いかん、いかんぞ!
こんないい加減な奴にウィンディエルさんは断じて渡さん!
意味なく燃える田中である。
いや、というかロキの鈍感ぶりも大したものだ。
カワイコブリッコ、ツンデレ、一途(といっても男だが)。
ありとあらゆるモーションに、全く気付いていないようである。
これが勇者?
さすが勇者?
とりあえず、山道トレッキング――久しぶりの運動に、田中の息は次第に上がっていた。
太陽はゆっくりと西に沈み、辺りはとっぷりと夜闇に包まれた。
呪い沼に程近い森までやって来た七人は、少し開けた場所を探して火を起こした。
ここでようやく田中は活躍した。例によって、ライターがポケットに入っていたのだ。乾いた下草に簡単に火をつけてみせると、それなりに皆驚いた。
「なるほど、これは便利だ。魔王が量産しようとしているのは分かるな。凄く有意義な物ですね」
ロキは頷いた。
下草から薪に火種は移され、赤々と燃える火。
キャンプファイヤーみたいだ、とのんきな田中であった。
全員それぞれリュックから食料を出し、食事の支度が始まった。
毎度おなじみ干し肉と黒パン、干しブドウという冒険者飯である。まあ、今回の場合獲物を探している暇も無かったので仕方がないであろう。
田中は何も持っていなかったので、ロキとリアムに分けてもらった。
アーナンは小山のような体をちんまりと丸め、焚火がはぜる音に目を細めている。
「おお、これはいけますな」
田中は感心した。
干し肉が滋味豊かで、噛むほどに味が染み出てくる。複雑な味だ。鳥のような、牛のような……?
「これは、何の肉ですか?」
「キマイラですよ」
「キマイラ?」
「ライオンの頭に、ヤギの胴、蛇の尻尾が生えている猛獣です」
げっ……なるほど、それは複雑な味がする筈だ。田中は納得した。
「しかし、良いおつまみには少々酒が欲しいですな」
「何言ってるのよ! 遊びに来ているわけじゃないのよ!」
能天気田中の発言に反発するクルセイデル。
「でも、考えようだね。森の中は寒いから、体は温まって良く眠れるかも。明日の朝の行動にもいい影響が出るかもしれないよ」
僧のくせにジルベールが言った。
ジルベールは革袋を取りだした。あらかじめ用意していたらしい。中には葡萄酒が入っていた。
出ましたね、葡萄酒。ホントに冒険に持っていって酸化しないのかね。
コップもきちんと人数分ある。
おそらくこの中で最も良い嫁になるのはジルベールであろう。
アーナンのコップは、キチンと大きい。ただし、体が巨大すぎて中ジョッキ並みのコップはお猪口にしか見えないのだった。
田中は葡萄酒をもらい、少し口にしてみた。
うっ……渋苦。あるいは、葡萄ジュース。
高級ワインを飲んだ経験が多いわけでもない(追放された若社長に昔奢ってもらったのだ)田中でも、それほどいい酒でないのは分かった。
だが、こんな物なのだろうか。皆ちびちびと飲んでいる。
クルセイデルまで幼女の顔でしたり顔で飲んでいるのである。
せめて蒸留してブランデーにしてほしいと思う田中である。
もう一度干し肉を噛んだ。
うまい。何の肉だかよく分からんがうまい。
もったいない。
食事の間は、皆無口だった。
「これは……皆さん、いかがなものでしょうか?」
田中の妙なスイッチが入った。
「皆さん、こんな無口でよろしい物でしょうか? 一つの目標に仲間が向かう時、それは結束の儀、杯固めが必要な物ですぞ! 大いに盛り上がり、親睦を深め、明日の大きな取引を成功させようではありませんか!」
「いや、取引じゃないしー」
呟くクルセイデル。
「ここに、私の世界の酒がございます」
田中はごそごそと風呂敷包みを開け、緑の瓶を掲げた。
「森の中で飲むと言えば、この一品でございます。白州。森香る、森のウイスキーでございます!」
「ういすき?」
リアムが首を傾げた。見た目はともかく未成年で無いので、当然彼も酒を飲んでいる。
「麦から作った酒を蒸留し、樽で熟成させて作る物ですな」
「ああ、北方にそういうお酒がありますよ。風味が良いですね」
「ふふふ、ロキさん、なかなか博識ですな。しかし、酒は味わって語る物。さあさ、飲みなさい、飲みなさい。」
他人の酒、拾った酒なので気軽にコポコポとコップに注ぐ田中。
良く見ると白州二十五年、熟成を重ねた高級品であった。
気前よくじゃんじゃん全員のコップに高級シングルモルトウイスキーを注ぎ、乾杯して飲んだ。
「うわっ! 強いお酒アルよ!」
といいつつ、結構気に入っている様子のリューリューは、すでに一杯で目の下が赤くなっていた。
「でも、臭いが良いですね。ホルビタ村でも作れないかな」
酪農家らしい意見のリアム。
「うえっ、あたし苦手」
クルセイデルは舌を出した。
「……」
無言のアーナン。
「ほう! これはいい酒だ!」
喜ぶロキ。
「おう!分かりますかロキ君。これは、子供には分からない味です」
田中は意図的にクルセイデルに流し眼を送った。クルセイデルの目が怒りに燃える。コップに残していた酒をむりやり押し流すクルセイデルである。
「あら、良く味わったら美味しいんじゃない?」
クルセイデルは赤くなっていた。しかし、クルセイデルは未成年、十八歳である。本当は飲んではいけないのではないのだろうか、いや、ここは異世界なので良い事にしておいてくれ。
田中は早速二杯目をついで回っていた。
「こう、口の中に含み、鼻にその臭いを送る。どうですかな?南アルプスの肥沃な大地と、峻険な山々が浮かんできませんか? 流れゆく美しい天然水。そう、これこそ森のウイスキーです」
ペラペラと企業の広告サイトのように舌が回る田中である。
森の奥でフクロウが鳴いている。確かに、遊びに来ているのなら素晴らしいシチュエーションなのかもしれない。ホントにこれでいいのか田中?
「うおーん!」
アーナンが突然泣き始めた。
「どうしたんですか?」
田中は背中を撫でた。
「あなたのような大巨人が泣くことなど無いでしょう?」
「俺、巨人族では、小柄。あだ名はチビ」
「おお、ガ壱号みたいですな!」
異世界では誰にも分からない藤子・F・不二雄先生の名作のネタである。
第二次世界大戦中に日本軍と接触した巨人宇宙人がアメリカをやっつけてしまうお話です。
「それ、誰?」
アーナンは泣きやんで田中に尋ねた。もう十分酔っ払っているようだ。巨人であるが酒に弱いと見える。顔が真っ赤であった。
「帝国最大の巨人、超兵器と呼ばれた男ですよ……」
「おお!カッコいい!」
アーナンはニコニコ笑って眠ってしまった。なかなか可愛い寝顔である。
「では、打ち解けるためのお話ですな」
体育座りで眠ったアーナンを尻目に、田中は再び焚き火の周りに戻った。
ロキの両隣りはクルセイデルとジルベールが占拠しているので、当然田中はアーナンとリアムに挟まれる位置である。やや遠慮がちにツンデレっているのがリューリューの立ち位置であった。
「おや、どうしたんですか、リアムさん?」
「いや、こうしている間にもマリエルがどんな目にあっているかと思うと……」
それが当り前であろう。
「まあまあ、飲みなさい。今は明日のために英気を養おうじゃありませんか」
「はあ」
「ところで、マリエルさんとはどんなご関係ですか?」
この話に、クルセイデルとリューリューとジルベールが食いついた。ピクリ、と耳が動き上目遣いで観察している。乙女の興味はやはり恋話、ということであろうか。おっと、ジルベールも乙女に入れて良いのかは良く分からないが。
「僕の幼馴染です。二人とも、ホルビタ村で育って、小さいころから、大きくなったら結婚しようって言ってたんです」
「ほお、良いですな」
「リアムさん、素敵ですね!」
頬を染め、目に星を瞬かせるジルベール。
「小さい頃の約束なんて、あてにならないアルよ?」
リューリューは現実的な突っ込みを入れた。
「でも、今度の収穫の季節が終わったら、結婚しようって約束しました。お互いの両親には挨拶しましたし、新居の準備もしてたんです」
「うーむ、堅実。今が一番楽しい時期ですな」
田中はふと、妻の昭子との馴れ初めを思い出していた。あの頃は昭子の体重も今の半分くらいであったろうか。田中の目が果てしない遠く、宇宙のかなたイス○ンダルを見つめる。
「プロポーズは、どうしたアルか?」
「今年の春、満開のレンゲ畑で指輪を渡したんです。僕と、結婚してくださいって……」
「すごい、ロマンチック!」
ジルベールの目には、アンドロメダ星雲が浮かんでいた。
「へぇ……」
クルセイデルも若干少女の目になっている。
ロキもあまり興味のないふりをしながら聞いていた。
「おー、やりますな! 漢ですなあ! さあ、ご一献、ご一献」
「あ、どうも……」
こうして二杯三杯と飲まされ、リアムもノックダウンした。
次に酔いつぶれたのはジルベールである。
うっかりちゃっかり眠り込み、ロキにもたれかかっていた。
ジルベールの寝顔はまさに天使である。
バックには百合の花が咲き乱れ、薄く開いた唇は今にも接吻を求めているようであった。
だが、ロキにその趣味はないので、幼い弟をあやすようにジルベールに毛布を掛けてやっていた。ロキは誰にでも優しい。クルセイデルとリューリューが嫉妬の炎を燃やしてそれを睨む。
「さて、我々四人だけになってしまいましたな」
酔っぱらいの勇者田中、さすが千鳥足になっても生き残っている。ロキはあまり顔に出ない立ちらしく、コップに残った白州をちびちびと飲んでいた。
ぱちぱちと焚火が爆ぜる。
「それで……ヒック、ロキさんは、ウィンディエルさんのことをどうするんですか?」
田中凄い。まさに人間急降下爆撃機である。
というか、酔った勢いは恐ろしい。ここに残った女子二人が最も聞きたい、それでいて最も聞きたくない話題を単刀直入、急転直下に投げかけた。
クルセイデルとリューリューの酔眼は見開き、爛々と光をともした。
「とても……とても大事な女性(ひと)です」
酔ってもロキは格好いい。
少々口が軽くなっているようだが、酔いがカッコよさに回るという、得するタイプであった。
普通の一般人なら、だいたいこういう風に格好つけても失敗する物である。たまにバーの宿り木で女の子を口説いている奴がいるが、あれは第三者から見ると下心丸見えである。
『いや、君のことを大事にしているから、何もしないって』
これは絶対嘘である。
おや、話がそれた。
「ほう、それなら、プロポーズするんですか?」
核心をもろに突く田中の言葉に、クルセイデルとリューリューからの殺意ある視線が送られた。酔っている田中は全く気にしていない。彼のネクタイはすでに頭に締められている。
この二人、微妙な仲であった。
一応ロキに関しては恋敵だが、ロキはウィンディエルの方ばかり向いている。ライバルであり、ウィンディエルをあきらめさせたい戦友であるというべきか。
「ええ……」
コップの中を見つめながら、呟くロキ。
女子二人はもだえ苦しみ、クルセイデルは暗黒の邪神を呼び出し、リューリューは究極奥義で山を崩さんとする心持だ。
「ですが、彼女はエルフです。俺たちの四倍近い寿命を持っている」
ロキは心中を吐露し始めた。
これが酒の力である(?)。
「例え結ばれたとしても、彼女より早く死んでしまいます。それを、きっとウィンディエルも分かっています。――エルフと人間の恋の話は昔から物語になっています。でも、伴侶を無くした後、長い長い時をエルフは一人で過ごさなければならないのです」
「エルフが生涯に選ぶ伴侶はただ一人。多くは、悲恋の物語として語られているわね。だから、エルフ族は人間との結婚を基本的には認めないし、祝福しない。必ず哀しい結末が待っているから……」
「切ない恋アル」
だから、あきらめましょうよ、とは言えない二人の女子である。それを口にすれば自分の株が下がることも承知であった。
「何か解決の手立てはないのですか?」
田中はウイスキーを一口含んで尋ねた。一応自分では若者を応援するカッコいいナイスミドルのつもりなのである。
「伝説の存在ですが――黄金の竜の心臓にある魔石を手に入れれば、不老長寿が得られるそうです。いつか、それを手にしたらきっと……彼女にプロポーズしたいと思います」
ロキはコップから顔を上げ、真剣な目で田中を見た。
焚火の炎がロキの瞳に映り、瞳の奥の炎が一層赤く輝いた。
彼の真摯な気持ちが伝わって来る。しかし……
田中はちょっとした違和感に、首を傾げた。
「そう、そうよ。きっといつか、見つかるわ」
クルセイデルは笑顔でうなずいた。
「そうアルよ。だから、この世界の冒険と探索の旅を続けているネ。いつか出会えるアル!」
リューリューも大きく首を縦に振る。
「ありがとう、二人とも」
ロキは爽やかに笑った。
「ふーむ……」
妙に静かな田中に、全員が思わず振り向いた。注目が田中に集まる。
田中は首を傾げて腕を組み、考え込んでいる。
立派な酔っ払いなのだが、何かのパワーが田中に集中しているようなしていないような。これが宇宙(コスモ)というやつか。
‘何よ、いらないこと言わないでよ、田中……いつかロキはきっと旅に疲れて私のところに帰ってくるのよ’というのは、クルセイデルの心の呟き。
‘いつか戦いに敗れた時に、私がそっと手を貸せばイチコロアルよ! オッサン、酔っぱらいの戯言は要らないアル!’というのはリューリューの呟きである。
二人とも何か危険なことを言い出しそうな田中にハラハラしていた。ウィンディエルをあきらめさせることに関しては、二人の間に無言の秘密協定があるのである。
「いや、私の部下で、橘川っていう奴がいましてね」
田中は考えながら話した。
「な、何の話よ?」
「キッカーって、誰アル?」
女子二人の抗議の言葉も、酔漢田中には届かない。
「そいつは、大きな商談を成功させて出世したら、恋人にプロポーズするはずだったんですが」
「あ、その気持ちは分かります! きっかけをつかみたいんですよね」
ロキは頷いた。次元を超えた共感。何やらスケールがでかい。
「そしたら、彼女に振られてしまいまして。その娘さんは別の人と結婚してしまったんですよ」
「う……」
ロキの頬が引きつる。
「それで、そいつが言うには……」
「はい……?」
「女の子というのは、そういうものではないんだそうです」
「?」
思わずクルセイデルとリューリューの背筋が伸びた。
「といいますと……?」
「男の私にもわかりませんがね、きっかけとか、出世とかじゃないんだそうです」
「……?」
一同の視線が田中の酔っぱらった顔に集まる。
田中、もはや沈没寸前であった。しきりに舟をこいでいる。
ややあって、田中は口を開いた。
「女の子とは……言って欲しい時に、言って欲しいものなんだそうです」
「言って欲しい時に……」
ロキは田中の言葉をリフレインした。
リューリューとクルセイデルは、思わず顔を見合わせた。それは、自分たちの心の代弁でもあった。
気付くと、田中はついに睡魔に負けて座ったまま眠り込んでいた。
焚火が爆ぜる。
三人の恋する若者は、黙って炎を見つめていた。
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