第5話 燃えないゴミ持参でダンジョンに行くのは、間違っているだろうか

 「と、いうわけで、ロキさんは闇の魔法使いを成敗しに行くそうです」

 

 田中はタオルで体を拭き拭き、ウィンディエル、シルフィア、ノルマルに報告していた。

 一旦ロキに頼んで三姉妹の魔法店マジック・ショップに送り届けてもらい、風呂を借りてフワモコの糞を洗い流させてもらった。今は肌触りの良いタオル地の白いガウンを借りて着ている。パンツからスーツまで、服は全て魔法の洗濯なるものに出されており、現在ガウンの下はノーパンであった。

 店先に白いガウンのおっさんが毛脛むき出しの革靴姿で立っているのは異様である。しかし、今は客がいないので何とかセーフである。


 田中の報告に、途端に不安そうな顔になるウィンディエル。

 「闇の魔法使い、ダナシン……」

 「お姉さま、知ってるの?」

 「ええ、魔法院にいた時に、聞いたことがあるわ。成績は優秀で、いつも学年で二位だったとか……」

 「二位って何?」

 ノルマルがシルフィアに尋ねる。

 「にばん、ってことよ」

 「じゃあ、誰が一番なの?」

 「それは……」

 ウィンディエルが答えようとした瞬間、ボン!とカウンターの傍に白い煙が立った。

 すわ火事だ、消火器を持ってこなければ、と慌てる田中をよそに一同は至って落ち着いている。


 「あたしよ。久しぶりね、ウィンディエル」

 煙の中から現れた人影は、クルセイデルであった。

 「クルセイデル……お久しぶり、本当に」

 ウィンディエルは旧友に会って屈託ない笑みを浮かべた。

 クルセイデルの方がむしろ‘腹に一物心に荷物’という感じの表情である。幼女の顔なのに、心はキン○マンであった。おいおい、こんな古い表現誰も分からんわ。

 相思相愛と岡惚れの差、愛人と本妻の余裕の差とでも言おうか。いや、これは言いすぎか。


 「あの万年二位の変態魔法使い、方々で悪い噂は訊いたけど、ついに爆発したみたいよ」

 「いつも張り合っていたけれど、成績ではいつもあなたに勝てなかったものね」

 ウィンディエルは頬に手を当て、ため息をついた。


 「おや、二人はお知り合いなんですか?」

 カウンターの影から、ひょっこり顔を出してしゃしゃり出る田中。


 「ぎゃっ! 何!? あんたその格好、変態?」

 クルセイデルは目を覆った。口の割には純心なのだろうか。


 「え? いや、これは? はっ!」

 ガウンのひもがほどけ、田中の前側は全開状態となっていたのだ。

 しかも、ちょうどクルセイデルに見せつけるようなアングルである。シルフィア達からは背中しか見えない。


 「とっととその汚いものをしまいなさい!」

 言われなくても慌ててガウンの前を閉じる田中である。


 「ケーイチ、私も魔法院の卒業生なんです。もちろん、クルセイデルみたいな優秀な生徒ではありませんでしたけど」

 「ふん、ご謙遜。薬草学の試験は何回かあんたに負けたことがあるでしょ」

 「それだけよ」

 ウィンディエルは少し頬を染め、懐かしそうに笑った。


 「あんたがこんな小さな魔法店の跡継ぎに帰るとは思わなかったけどね……まあ、家の事情だからしょうがないか」

 クルセイデルは腰に手を当て、店を見回した。

 魔法院で優秀な成績を上げた者は院に残ってそのまま魔法の研究を続けるのが常である。

 ウィンディエルは父が急逝し、幼い妹たちがいたために家業を継ぐことになったのだ。

 「小さくとも、この仕事もやりがいがあるのよ。それで、ダナシンを討伐に行くの? 簡単ではなさそうだけど……」

 「ロキの性格は知っているでしょ? 今、仲間を非常招集してるとこ。巨人族のアーナンとか、女戦士のリューリューとかにも連絡を取ってるわ。万が一ってこともあるから」

 「そう……」

 ウェンディエルはうつむいた。

 「いいわね、あなたは強くて……ロキの力になれて……」

 「やめてくれる? あたしはあたしの仕事をするだけ」

 クルセイデルは面白くなさそうに、言葉を吐き出した。彼女にすれば、ロキに愛される方がよほど幸せに違いない。

 二人のやり取りの機微は、シルフィアやノルマルには分からない。

 乙女心よのう、としたり顔で頷く田中であった。このオッサン、どこまでも上から目線である。困ったものだ。


 「それより、この田中恵一を借りるわよ。こいつ、いろいろ役に立ちそうだから」

 「は、私ですか!?」

 「この世界に田中恵一が他にいるかっ、ていうのよ。当たり前でしょう? いいわよね? ウィンディエル?」

 「え、ええ私は……そうですか、ケーイチ、頑張ってきてください」

 「え、ええ? は、あのー? 私、喧嘩とかはからきし駄目ですが? ウィンディエルさんの頼みなら……??」

 「無能なら無能なりに使い道はあるから、来なさい」

 「えーっと、クルセイデル、私が呼びだしたんだけど……」

 「あら、シルフィアが? でも、いいわよね? あんた、もし魔法院を受験するなら、試験の時点数をおまけするからさ」


 「え、本当!? ありがとう、ケーイチ、行ってらっしゃい!」

 満面の笑顔で田中に手を振るシルフィア。

 なかば、人身売買に近い取引であった。


 「行ってらっしゃい、ケーイチ!」

 ノルマルまで姉の真似をして両手を振る。


 「あ……いや、その……はは、お任せを!?」

 そういうことになった(って、陰陽師かい)。

 なんだかんだで、行かざるを得なくなってしまった田中である。


 「じゃあ、洗濯がもう終わったからこちらで着替えて!」

 シルフィアの手招きに従い、田中はダイニングに向かった。

 ノルマルも着替えについて行ったので、店内にはウェンディエルとクルセイデルだけが残された。

 しばし、沈黙となる二人。

 「クルセイデル?」 

 先に沈黙を破ったのはウィンディエルだった。

 「何?」

 不機嫌そうにクルセイデルは答える。

 「ロキを、助けて。きっと、生きて帰ってこられるように……お願い……」

 「分かってるわよ。そんなの。あんたに言われなくたって」

 ますます不機嫌になったクルセイデルの表情に、それでも微笑を浮かべるウィンディエルだった。


  ***


 「はぁ……私は空手も柔道も、剣道もやったことないし、何も役に立たないと思うんですがねぇ」

 ネクタイから靴下まで、魔法の洗濯でピカピカになった田中は、クルセイデルに連れられて、不思議な森の一角に来ていた。


 「いいから、黙ってついてきなさい」

 「ここは、一体どこですか?」

 何度も転位魔法で連れまわされたので、少々目が回る田中である。

 「西のはずれ、ウフヌシの森。この奥には、力場の狂った場所があるのよ」

 鬱蒼とした森の中を、クルセイデルはすたすたと歩いていく。

 一歩間違えると遭難しそうだ。生い茂った木々は日の光を遮り、昼なお暗い。

 植生がエルフの静か森と随分違う。

 亜熱帯の植物の様で、気根や曲がりくねった幹が特徴的な大木が生えている。


 「ここよ」

 クルセイデルは立ち止まり、木と木の間を杖で指差した。

 森の中にできた広場とでもいうのだろうか。

 ぐるりと木が円形に立ち並び、囲まれた場所には植物がない。そして、その真ん中には田中の見慣れたものがあった。

 壊れたピアノ。

 車のタイヤ。

 瓦礫。

 破れたぬいぐるみ。

 黄色と黒の縞のカラーコーン。

 長靴に、冷蔵庫。

 時計。

 「これは……ゴミ捨て場?」 

 ずり落ちた眼鏡を押し上げ、田中は観察した。

 「いや、産業廃棄物の不法投棄!?」


 「ふむふむ、やはりそうなのね。まともに動かないものや、壊れたものが多いと思っていたんだけど。世界転位の影響ではなく、元から破棄された物なのか」

 クルセイデルは自分の推論が正しかったことに満足し、頷いた。

 「これは、ひどいですな! こんなところまで違法投棄のトラックが来るんですか?」

 「そんなわけないじゃない。あんた馬鹿?」

 「うっ!」

 娘くらいの少女に罵倒されるのは今更ながら心が痛む。

 「ほら、今の時間くらいに……」


 クルセイデルが指差すと、中空に黄金色の穴が開いた。中からバラバラと物が落ちてくる。

 「あんたたちの世界のゴミ捨て場に異空間のゲートが開いているのか、聖域とされる場所に、ああやってごみを不法投棄しているのかは分からないけどね。物がああやって漂着して来るのよ」

 「ははーっ、罰当たりというか、何というか。そのうち、こっちの世界がゴミで溢れなければいいんですが」

 「珍品はたまにゴブリン達が持って帰って売りさばいてるみたいよ。ただ、この場所そのものの時空が不安定で、定期的にまたどこかに消えていく――漂流していくようね」

 「それで……私にこれを見せて何をしろと?」

 「何か役に立つものがあったら、回収しなさい。異世界の物だから、あんたが武器として使えるものもあるかと思ってね」

 「えーっ! またゴミあさりですか?」

 「贅沢言わない! ウィンディエルの前で格好つけたでしょ! 全く鼻の下伸ばして、情けないったらありゃしない」

 「いや、あれは君たちが半ば強制的に……」

 「つべこべ言わない!」

 クルセイデルは田中を蹴り飛ばした。

 再び頭から産業廃棄物、いや、世界の漂流物に顔から突っ込んだ。それにしても、いいコケをする男だ。

 ぶつぶつ文句を言いながら漂流物を漁り始めた。

 拳銃は無くてもせめて水中銃、水鉄砲くらいあれば少しは役に立ちそうなものだが、そんな素敵なものはないのが現実である。

 ましてはつながる携帯やスマホ、スタンガンなど望むべくもない。


 「おおっ! これは!」

 折角綺麗になったスーツが再び汚れているが、発見の瞬間、田中の顔が歓喜に輝いた。いや、別にマゾに目覚めたわけではないぞ。


 「何々? 何か良いものでもあったの?」

 好奇心から、クルセイデルも田中の手元を覗き込んだ。


 「なぜか、飲んでない酒がありますぞ! 日本のシングル・ピュアモルトウイスキーコレクションだ! 竹鶴に白州、幻の逸品駒ケ岳まで!」

 「は? あんた馬鹿? あたしは武器になるもの探せって言ったでしょ! やり直し!」

 とは言え、ただ捨てるのはもったいない。

 傍らに大事に並べて、再び田中は漁り始めた。


 ちなみに実はこの酒類、田中の会社の社長の物であった。糖尿病で飲酒を医者に止められているにもかかわらず、隠し呑んでいたのが家族にばれて捨てられたのである。

 世の中には不思議な縁があるものだ。


 さて、かれこれ三十分ほど漁った結果、見つかったのは以下の物であった。


 安全第一と書かれた黄色いヘルメット。

 交通誘導灯(交通整理で使う棒状の赤いライトだ)。

 拡声器。

 唐草模様の風呂敷。

 田中のお楽しみウイスキー。


 交通誘導灯と拡声器は奇跡的に電池が生きていた。

 かくしてここに戦士モードの田中が完成した。


 スーツにネクタイ姿で、頭にヘルメットをかぶり、腰のベルトに誘導灯と拡声器を吊るしたサラリーマン。ウイスキーは唐草模様の風呂敷に包み、背中に背負っている。

 我々の世界の常識で考えれば、工事現場に侵入した泥棒その人であった。


 「うーん、意外とまともに使えるものってないものねぇ。その、声が大きくなる機械はなかなか役に立つかも……?」

 クルセイデルは首を傾げた。

 いや、どう考えてもこのアイデアは失敗だろう。


 「えー、これで戦うのは流石に無理じゃないか? ペチャパイ魔女君?」

 セクハラ言葉で控えめに田中は抗議したが、それは逆にクルセイデルの怒りをあおった。


 「うるさい! 黙れ社畜!」

 何故かこっちの世界のボキャブラリーに富んだクルセイデルは、田中を蹴り飛ばした。

 「とっとと、ロキたちに合流するから!」

 魔法の杖を振り、空間に穴をあけ、再び二人はホルビタ村へと戻った。

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