第3話 名刺交換

 翌日。

 エルフの森、静か森は静かではなかった。

 と書くと妙な表現なのだが、村の中央広場はすっかりお祭りムードである。

 空には花火が打ち上げられ、楽しげな音楽が森の中に流れている。


 樹齢千年以上という巨大な御神木を背に設けられた神殿は飾り付けられ、その前にこれまた巨大な椅子と対するテーブルが設営されていた。

 両方ともベッドくらいの大きさがあるのだ。

 これが主賓である魔王の席であった。

 魔王がいかなる大きさなのか、田中には見当もつかない。

 とにかくこの椅子を見る限りは巨大怪獣の一種に違いない。


 テーブルの上には皿に盛りつけられた大量の果物と料理が並んでいる。

 子豚の丸焼はともかく、山盛りの動物の目玉なんて誰が食べるのか……

 料理の中には、田中の目からはとても食べ物とは思えない外見の物も並んでいた。


 主賓席から少しずつ距離を置きながらテーブルが並んでいる。

 こちらは一般席であろう。椅子とテーブルも普通サイズである。

 招待客と思しき様々な種族の代表者がすでに席に着いていた。


 会場の周囲には柵が立てられ、物売りのテントが設営されている。魔王の姿を見にきた一般の観衆が集まっているのだ。


 こうやって集まっているのを見ると、びっくりするほど人間離れした人々だ。いや、人々と言うのがおかしいのかもしれない。


 動物の耳や角を持った人間や、小人、下半身が馬やヤギの人間までいる、

 いや、人間とは言わないのか。フォーンとかケンタウルスとか云う言葉を知らない田中の心中を表現するのは非常に難しいのだった。


 田中に分かるのは唯一先だって会った事がある猿人とドワーフである。

ドワーフ代表は田中の心の友(?)となったギモリンであった。


 さて、田中の席は凄まじい場所にあった。


 巨大な主賓席――王座と言った方が良いのだろうか――の隣に、ちょこんと設けられた普通サイズの席のそのまた隣である。


 結婚式に出た事がない若輩諸氏には分からないかもしれないが、仲人席である。

 田中は主賓の左隣だが、良く見ると右隣にも二つ同じように席が設けられているのが分かった。

 要は、魔王が花婿だとすると両隣りに花嫁席があり、それぞれに介添え人の席があるわけだ。一夫多妻制ならばだが。

 

 兎に角、会場の中にあってはメイン席中のメイン席である。


「あのー、ウィンディエルさん?」

 田中はエルフの魔法でクリーニングされたネクタイを整え、隣の席のウィンディエルに尋ねた。

「はい?」

 美しく着飾り、田中語で言うところの‘女菩薩化’したウィンディエルは花嫁席に座っている。


「ウィンディエルさん、私がこんな所に座ってもいいんですか?」

「ケーイチがそこにいて下さらないと私が困ります」

 美女に必要とされるとは、男冥利に尽きるものである。田中は奮い立った。


「ハンドサインはオッケーですな?」

「どさ? おっけ? ええ、あの、合図は覚えています」


 おっとりしているウェンディエルが絶妙のタイミングで魔王に酌をすべく、田中はハンドサインを取り決めていた。肘を触ればバント、いや違う、杯半分、というように。


「ところで、あちらの席は何ですか?」

 田中は魔王の向こう側に設えてある席を指差した。


「ああ、あれは魔族の歓待係の席ですね」

「魔族?」

 裸族なら分かるが、これまた良く分からないものが出てきた。

「あ、来られましたよ」


 広場の袖にある花道を通り、黒いカクテルドレスを着た娘がやって来た。

 色浅黒く、頭にヤギの角が生えている。髪の毛は濃い紫である。

 魔族の娘は席に腰掛けた。眼は縦長の猫の瞳で、金色。

 エキゾチックと言うか、ワイルドと言うか蟲惑的な娘だ。

 胸元が大胆に開いているので、田中の視線は一瞬そちらに奪われたが、それよりもその後ろに付いてきた男に釘付けとなった。


 男は田中と同じ普通の人間、というか完全なビジネスマンスタイルである。

 グレーのスーツを着ており、紫色のネクタイを締めていた。

 田中もそうだが、異世界において違和感があること極まりない。


「ああっ!お前は!」

 田中の驚きが口を衝いて出た。


 男はにやりと笑う。


「ふふふ、これはこれは。妙なところで妙な人間に……」


「ヤマダ、あいつの事を知っているのか?」

 魔族の娘が田中の方を指差してその男に尋ねた。


「ふっふっふ……知り合いと言うほどの者ではありませんが、グリシャム殿、名刺交換して来て宜しいでしょうか?」

「ああ、あの不思議な儀式だな。行ってこい」


 ヤマダと呼ばれた男は田中の方に歩いて来て、四十五度のお辞儀をすると名刺を差し出した。

 名刺の文字はくっきりと、


 サンサン商事 営業一課 課長 山田 元気


 とある。 

 

 田中も名刺を差し出し、交換する。


「ふっふっふ……今さら名刺交換もないがな、田中!」


 山田はバーコードと化した頭髪を整え、不敵に笑った。


 山田元気。


 田中の高校時代の同級生である。

 学生時代の成績、入学した大学の偏差値、入社した会社、営業成績まで全て田中を凌駕する男。

 しかし何故か田中の妻である昭子に振られた過去があり、その事をずっと根に持っているのであった。


「今日はこのグリシャム殿を俺がプロデュースする。ナンバーワン間違いなしだ」

「何!どういうことだ?」


「ふふん、お前はそんなことも知らないのか。この接待対決で勝った種族がこの世界の租税率やら政治における主導権を握るんだ。俺と親交がある魔族が勝てば、異世界における新たな顧客獲得につながるもの!」


「顧客?」


「馬鹿だな、お前は。この異世界の無限の可能性が分からないのか? 珍しい産物、ほとんど手つかずの自然。まずは観光からだ。ライトノベル好きの若い世代の観光ツアーから(ぼったくりで)開始して、やがては貴重な鉱物資源を独占。遅れた文明の種族たちに、先進文明の物品を暴利で輸出。ビジネスチャンスの宝庫じゃないか!」


 田中はそんなふうに考えてみた事もなかった。大体、酔った時に偶然にしか来れない世界と取引なんてできるのだろうか。


「むむ、そんなことはとっくに考えていた(嘘)が、ナンバーワンがウィンディエルさんである事は譲れない!」

「ふっ!アディオス・アミーゴ!勝負はこれからだ!」


 おっさん二人はコテコテの挨拶をして互いの席に戻って行った。

 

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