第5話 炸裂の腹踊り

「わっはっはっは!気に入ったぞケーイチ!」


 いつの間にか大広間は酒宴に代わっていた。

 ドワーフの老若男女、老いも若きも広間に集まってテーブルを囲み、飲めや歌えの大騒ぎである。

 巨大モグラの丸焼きを中心に、葡萄酒が樽単位で無くなっていく。

 ゲラゲラと下品な笑い声が鉱道の奥にまで響いた。

 田中はギモリンの隣の席に座って、ジョッキの蒸留酒を飲んでいる。

 シルフィアはその横で少し小さくなって葡萄ジュースを飲んでいた。


「あの……お金は……」

 おずおずとシルフィアは答える。ヒト族年齢なら16歳なので、まだ酒は飲めないのだ。

「よいよい、嬢ちゃんの勉強代だと思って持って帰りなさい。ただ、今度納品するときは少しおまけしてくれんか。もちろん、ちゃんとした薬をじゃぞ」

「はいっ! それは私の一命に変えましても!」

「一命か、それは大きく出たな!」

 ギモリンは顔を真っ赤にして上機嫌で笑った。


「しかしこいつは大した奴じゃな、ヒト族のくせに。いったいどこで知り合ったんじゃ?」

「それが、お店に急に現れたんです」

「ほう!そうか……」

 異世界の民なのかも知れぬ。

 ギモリンが髭をなでて田中を見る。

 田中はネクタイを頭に締めてドワーフの若者と大いに盛り上がっていた。


 不思議な男じゃ。

 もしかしたら、あの世のフィルナルが娘たちのために遣わしたのかもしれない。


「おい、ケーイチよ」

「何ですか、おやっさん、あ、これは失礼」

 田中はゆでダコのようになった顔で答える。すでに呂律が回っていない。

「オヤッサンというのは何かわからんが、お主をわが一族の兄弟として迎えたい」

「キョウダイ?」

 田中は酔っぱらった頭をぐるぐると回して辺りを見た。

「いやー、兄弟がいっぱいだなぁ!」

「はっはっはっ!これをお主にやろう」

 そういうと、ギモリンは右の人差し指にはめていた指輪を抜き取って田中に渡した。

 金細工で、大ぶりの月長石がはめ込まれている。金の輪の部分には月桂樹が繊細なタッチで掘りこまれていた。


「ギモリン様、それは!」

 ドワーフの若者が目を見開く。

「月の加護が得られるという、月守つきもりの指輪じゃ。一族の大事な友人に送り、その安寧を祈るものじゃ」

「ははーっ! ありがとうございます」

 田中は押し頂いた。もうアルコール漬けの脳はまともに働いていない。


「それでは、私から皆様に感謝の踊りを!」

「おお!」

 ドワーフたちから歓声が上がる。

「すみません、何か書く物ありますか? 太い線が描けるやつ」

「これでいいですか?」

 ドワーフの女性が紅と炭を持ってきた。


 田中は受け取るや否や、テーブルの下に潜り込んだ。

 テーブルの下で追いかけっこをして遊んでいたドワーフの子供たちと目が合う。

「僕たち、黙っていてね」


「ケーイチ? 大丈夫? 倒れてない?」

 シルフィアが心配になって覗き込んだ。どうやら田中は倒れずに、半裸になって何かしている。

「きゃっ!」


「はいっ!お待たせしました!」

 田中はテーブルの上に飛び出した。

 胸に垂れ目、腹には大きな口が描いてある。

 少し前に出た腹を波打たせると、表情が変わる。

 所謂いわゆる、腹踊りである。


「ぎゃははははっは!」

 一瞬でドワーフの一族は爆笑に包まれた。

「ひーやめてくれ!死んじまう!」

 ドワーフの長老が腹をよじりながら涙を流している。

「はっはっはっは!こんなに笑ったのは初めてじゃ!」

 ギモリンは口に含んだ蒸留酒を吹きだした。


「ケーイチ!」

 シルフィアは唖然としていた。こんなものは見たことない。

 お腹に描いた腹……これは、何かのモンスターの真似??


「そーれそれそれシルフィアさん、のりが悪いですよ!」

 田中が腹をくねらせる。

 シルフィアは思わず吹き出した。


「それそれー!」

 ひときわ大きく腹をくねらせた田中は、丸いバナナのような果物の皮で足を滑らせひっくり返った。

 ドワーフは大爆笑だ。

 田中の後頭部で鈍い音がした。テーブルの角でしこたまぶつけたのだ。


「あー! 大丈夫! ケーイチ?」

「おーい大丈夫か?」

 心配そうにのぞきこむシルフィアと、泣き笑いをこらえながら覗き込むドワーフたちの顔がにじんでいく。

 すうっと暗くなって、田中は意識を失った。



 気付くと、田中は浅い用水路の中だった。

 かかとくらいの深さだが、座り込んでいたので尻がずぶ濡れである。

「ああ、また夢か……?」

 今日は飲んでいないはずなのに、何だかふらふらする。

 酔っているようだ。

「あれ……?」

 田中はポケットの中のハンカチを探したが、ない。シルフィアに貸したままだ。

 代わりに指先に何か固いものがふれる。

 慌てて取り出した。

 月の光を受けて神々しく光ったそれは、月長石の指輪だった。

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